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●特別企画●レビューを書こう(第3回レビュー勉強会より)
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先月号に続き、今月号でも第3回「レビュー勉強会」の参加者による、レビュー3
本をお届けする。
【参考】
▽本誌2008年11月号「特別企画1 レビューを書こう(第3回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2008/11.htm#kikaku
▽本誌2006年12月号「特別企画 レビューを書こう(第2回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2006/12.htm#kikaku
▽本誌2005年10月号「特別企画 レビューを書く(実践編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2005/10.htm#kikaku
▽本誌2003年11月号情報編「特別企画 レビューを書く(翻訳学習者編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2003/11a.htm#kikaku
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『シュワはここにいた』 ニール・シャスタマン作/金原瑞人・市川由季子共訳
小峰書店 定価1,680円(税込) 2008.06 357ページ ISBN 978-4338144216
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"The Schwa Was Here" by Neal Shusterman
Dutton Childrens Books, 2004
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★2005年ボストングローブ・ホーンブック賞フィクションと詩部門受賞作品
ある日、アンツィはシュワという見覚えのない少年に声をかけられた。ふたりは、
どうやら隣同士の席で受けている授業があるらしい。それなのに、アンツィはシュワ
の存在をまったく感じていなかった。この事実に興味を持ったアンツィは、さまざま
な実験を試みることにする。実はシュワは、存在感の薄さで有名だった。果たしてシ
ュワは、噂どおり空気のような存在で、なにをしても周りの人に気づかれないのだろ
うか。ふたりの実験は学校中で知られるようになり、やがて、クラスメートとの賭け
で、近所でも偏屈で通っているクローリーじいさんの家に忍び込む羽目になる……。
自分の存在感の薄さを当然のように受け止め、アンツィの実験にも進んで協力する
シュワ。一方、ばらばらになりそうな家族をまとめるという重要な役割を家族内で果
たしているにも関わらず、優秀な兄とかわいい妹に挟まれ、両親から注目してもらえ
ないアンツィ。ふたりは互いに平気な素振りを見せてはいるが、実は、自分の存在や
思いに気づいて欲しいと強く願っていた。物語は、そんなふたりが「今までの自分」
と決別していく様子を描いていく。
ふたりの心境に大きな変化をもたらすのが、盲目の少女レクシーとの出会いだ。ふ
たりは、ともにレクシーに恋をする。そして、恋をしたことで自分の存在をより意識
するようになっていく。友だちと同じ相手を好きになるのはよくあることだ。ようや
く真正面から向き合い始めた己の本心と、築き上げた友情との狭間で苦しむふたりの
姿は、同じ年ごろの読者には身近な現実として映るだろう。また、遠い日の自分を重
ね合わせる大人の読者もいるはずだ。このリアルさが魅力のひとつとなっている。
さらに、いくつになっても自分の存在を認めて欲しいのが人間なのだ、というメイ
ンテーマが、読者に共感を抱かせるだろう。著者シャスタマンは、人間のこの本質を、
アンツィとシュワだけでなく、大人でありながら同じような悩みを抱えているクロー
リーじいさんや、それぞれの両親の姿を通して描いていく。他人や現実と本気で向き
合えば、衝突したり見たくなかった一面を突きつけられる。痛みを伴うことも多い。
この作品は、そんな辛さを乗り越えることのすばらしさを、改めて教えてくれた。
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【作】ニール・シャスタマン(Neal Shusterman):米国生まれ。カリフォルニア大
学アーバイン校を卒業後、小説家としてだけでなく、映画やテレビの脚本家としても
活躍。サスペンス・SF・ユーモア小説など、数多くの子ども向け作品を発表してお
り、高い評価を受けている。邦訳に『父がしたこと』(唐沢則幸訳/くもん出版)が
ある。
【訳】金原瑞人(かねはら みずひと):1954年、岡山県生まれ。法政大学文学部博
士課程修了、同大学教授・翻訳家。主な訳書に『透明人間のくつ下』(アレックス・
シアラー作/竹書房)など多数。2008年に翻訳書数が300冊を超えた。
【訳】市川由季子(いちかわ ゆきこ):1959年、東京生まれ。法政大学英文学専攻
博士課程修了。金原瑞人氏に師事。訳書に『Gold Rush!――ぼくと相棒のすてきな冒
険』(シド・フライシュマン作/金原瑞人共訳/ポプラ社)がある。
【参考】
▼ニール・シャスタマン公式ウェブサイト
http://www.storyman.com/
▽金原瑞人訳書リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/mkaneha1.htm
▽ボストングローブ・ホーンブック賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/bghb/index.htm
(村上利佳)
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『ペニー・フロム・ヘブン』 ジェニファー・L・ホルム作/もりうちすみこ訳
ほるぷ出版 定価1,470円(税込) 2008.07 353ページ ISBN 978-4593533985
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"Penny from Heaven" by Jennifer L. Holm
Random House, 2006
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★2007年ニューベリー賞オナー(次点)作品
ペニーのことを本名のバーバラで呼ぶ人はだれもいない。父さんが、大好きなビン
グ・クロスビーの歌《ペニー・フロム・ヘブン》にちなんでペニーと呼んだのが始ま
りらしい。そんな子煩悩の父さんは、ペニーがまだ赤んぼうのころに亡くなった。代
わりに一家の大黒柱となった母さん、おそろしく料理の下手な〈ばーば〉、人前でも
平気でゲップをする〈じーじ〉、そして粗相ばかりしている犬のスカーレット・オハ
ラがペニーの家族。近所には父さん側の親類も大勢、住んでいる。こちらはみんなイ
タリア系で、日曜日になると〈おばあちゃん〉の家に集まり、昼下がりから夜遅くま
で食べて飲んでおしゃべりをして過ごす。ペニーが一番好きなドミニクおじさんは別
として。このおじさんは、かつて有望な野球選手だったのに、なぜか早々と引退して
しまい、車の中で暮らしている。夏休みに入ったペニーは、父さん方の親類のところ
に入りびたりで楽しく過ごしていたが、母さんが嫌な顔をするのが引っかかる。
おとなへの階段を上りはじめる主人公のひと夏を温かく描いた物語。舞台は1953年
の、のどかなアメリカ――とはいえ、大戦の傷はまだ癒えていない。やり場のない悲
しみを抱えているのは、息子のようにかわいがっていたおいっ子を亡くした〈じーじ〉
だけではなかった。世捨て人のように暮らしているドミニクおじさんも、やたらに心
配性の母さんも、戦争の犠牲者だったのだ。ふたりがある思い出を封印して生きてき
たことがわかり、ペニーはいっとき、だまされていたような思いに駆られるが、やが
て許しという感情を知る。世界の不条理を知り、おとなたちの弱さを受けいれられる
ようになる、それが成熟するということなのだと、しみじみ感じさせられた。
もっとも、この作品の真価は別のところにある。覚えきれないぐらい登場する脇役
たちが、驚くほど生き生きと描きわけられているのだ。人物描写に定評のある作家だ
けあって、ひとりひとりに独特の人間くさい味わいを持たせている。ゆったりとした
時間が流れる、この時代の空気感も大きな魅力だ。現代と比べ、はるかに人情に厚く、
さりげない優しさが息づいている。全編に漂うほのぼのとした幸せなにおいが、いつ
までも淡い余韻を読者の心に残すにちがいない。
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【作】ジェニファー・L・ホルム(Jennifer L. Holm):1968年米国カリフォルニア
州生まれ。放送プロデューサーから作家に転身。デビュー作 "Our Only May Amelia"
は2000年ニューベリー賞オナーに選ばれた。他に "The Creek"、"Boston Jane" シリ
ーズ、"Babymouse" シリーズなどがある。夫と息子、プリンセス・レイア・オーガナ
という名の猫とともにメリーランド州に暮らす。
【訳】もりうちすみこ:福岡県生まれ。九州大学教育学部卒。主な訳書に『リリー・
モラハンのうそ』(パトリシア・ライリー・ギフ作/さ・え・ら書房)、『ナム・フ
ォンの風』(ダイアナ・キッド作/あかね書房)、『Xをさがして』(デボラ・エリ
ス作/さ・え・ら書房)、『ミミズくんのにっき』(ドリーン・クローニン文/ハリ
ー・ブリス絵/朔北社)などがある。
【参考】
▼ジェニファー・L・ホルム公式ウェブサイト
http://www.jenniferholm.com/
▽ジェニファー・L・ホルム作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/h/jholm.htm
▽ニューベリー賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/newbery/index.htm
(雲野雨希)
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『ローラとゆうじょうのき』(仮題)
クラウス・バウムガート原案・絵/コーネリア・ノイデルト文
"Laura und der Freundschaftsbaum" by Klaus Baumgart, Cornelia Neudert
Baumhaus Verlag GmbH, 2008 ISBN 978-3833901188
64pp.
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ローラとソフィーは親友同士だ。ふたりは近所の花壇で、マロニエの木の実から芽
が出ているのを見つけ、友情の木として育てることにする。ところが、ちょっと離れ
たすきに、ローラの弟トミーがふざけてサッカーボールを当ててしまい、小さな苗は
ぽっきり折れてしまった。ソフィーに嫌われると思ったトミーはローラに、「ソフィ
ーに言わないで」と頼む。はじめは怒っていたローラも、弟をかわいそうに思って言
わないことを約束するが、折れた苗を見て驚くソフィーにうまく説明することができ
ない。嘘を感じとったソフィーは腹を立て、学校でもローラのことを完全に無視する。
来週はソフィーの誕生日。「仲直りをしたい」そう思ったローラは、あるアイデアを
思いついた……。
この「ローラ」シリーズは、ドイツではほぼ毎年新作が出る人気シリーズだ。映画
にもなった第1巻では、窓から星をながめるのが好きなローラが、空から落ちてきた
お星さまを見つけ、欠けた部分を手当てし、お星さまと友達になっていく様子が描写
されていた。本作品では、このお星さまの助けを借りて、ローラがソフィーと仲直り
するための方法を思いつく。お星さまはあちこちに描かれていて、ときにはローラの
肩の上にいたり、またあるときには机の引き出しに入っていたりする。ホログラムが
きらきらと輝いてかわいらしく、ローラをピンチのときに救い、あたたかく見守って
くれる存在だ。こんなお星さまを読者である子供たちは親近感をもって迎えるにちが
いない。絵のタッチは柔らかく、多彩な色使いである。字も大きく読みやすいので、
小学校に入る前なら両親に読んでもらうのにぴったりだし、小学校低学年なら自分で
読むことができるだろう。
この作品では、ローラでなくとも誰でも日常経験するような友達との関係が生き生
きと描かれている。放課後に待ち合わせて帰ったり、休み時間に一緒にジュースを買
って飲んだり、はたまた誤解が元で仲たがいしてしまったり。そして小さい弟をかば
うあまりに、大切な友達に嘘をつく場面では、やさしい姉の姿を垣間見ることができ
る。夜空のお星さまに見守られてこの物語を読んだら、やさしくほのぼのとした気持
ちになって眠りにつくことができるにちがいない。
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【原案・絵】クラウス・バウムガート(Klaus Baumgart):ドイツ生まれ。イラスト
レーター、グラフィックデザイナーとして数々の国際的な賞を受賞。『ローラのおほ
しさま』(いずみちほこ訳/西村書店)は、1999年チルドレンズ・ブック賞にドイツ
人作家として初めて候補にあがった。邦訳として他に、『ローラのクリスマス』(い
けだかよこ訳/西村書店)、『トアトアのいちばんのともだち』(いのうえあつこ訳
/草土文化)などがある。
【文】コーネリア・ノイデルト(Cornelia Neudert):ドイツ生まれ。独文学・英文
学・美術史を専攻後、ラジオ局で子供向け番組の企画を担当。2003年の『ローラ、学
校に行く』(仮題)からバウムガートの構想を元に「ローラ」シリーズの文章を書く
ようになった。
【参考】
▼クラウス・バウムガートのインタビュー(Little Tiger Press.com 内)
http://www.littletigerpress.com/lyndall/interviews.htm
▼クラウス・バウムガートを紹介するページ(Baumhaus Verlag 内、ドイツ語)
http://www.baumhaus-verlag.de/autoren/autoren_detail.asp?ID=3
(向口敦子) |