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●特別企画●レビューを書こう
(「カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞候補作品を読もう会」連動企画
第5回レビュー勉強会より)その2
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7月号に続き、第5回「レビュー勉強会」の参加者によるレビューを3本お届けす
る。
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"Mouse Bird Snake Wolf" 『ネズミ トリ ヘビ そしてオオカミ』(仮題)
text by David Almond, illustrations by Dave McKean
デイヴィッド・アーモンド文/デイヴ・マッキーン絵
Candlewick Press, 2013, 80pp. ISBN 978-0763659127 (US) (HB)
Walker Books, 2014, 80pp. ISBN 978-1406345995 (UK) (PB)
★2014年ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト作品
★2014年カーネギー賞ノミネート作品
(このレビューは US 版を参照して書かれています)
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花と緑にあふれ、さまざまな生き物が暮らす地上の世界。その色彩豊かな美しい世
界で、3人の子どもたちが幸せそうに遊んでいる。対照的にモノトーンで描かれる天
上の世界では、もの憂げな表情の神々が、お茶や昼寝に明け暮れる。だらしなく寝こ
ろぶその姿に、いにしえの神々が放っていた輝きはない。
ある日、幼いベンは、美しく完璧に見える地上の世界が隙間だらけであることに気
づく。創世への情熱を失った神々が未完成のまま放り出してしまったのだ。この隙間
を埋めようと想像を膨らませていったベンは、頭の中に浮かんだイメージから小さな
ネズミを創り出す。それに触発されたスーとハリーは、それぞれ空を飛ぶトリと地を
這うヘビを思い描き、命を吹き込む。途方もない力を手に入れ、神々の領域に足を踏
み入れた子どもたち。こんな動物がいたらいいな、という無邪気な好奇心から始まっ
た遊びは、だんだんエスカレートしていくが、神々はあいかわらず無関心を決め込ん
でいる。そして、創造の魅力にとりつかれたハリーとスーは、ベンの制止を振り切り、
ついに赤く光る目と鋭い牙を持つ、どう猛なオオカミを創り出してしまう……。
想像力はもろ刃の剣だ。世界を美しく彩る一方で、命を脅かす危険なものを生み出
す負の面も併せ持つ。アーモンドが紡ぐ物語の世界を、マッキーンが鮮やかに描き出
し、その底流にある重いテーマを迫力ある絵で読み手の心に突きつける。物語の冒頭
では、地上の世界と天上の世界が織りなす見事なコントラストが、想像力の素晴らし
さを歌い上げている。しかし、繊細なタッチで描かれる明るく美しい地上の世界は、
物語の展開とともに暗く不気味な影を帯びていく。たわいない遊びに目を輝かせてい
たハリーとスーが、徐々に自分を見失っていく姿に、自らの力を過信し、暴走し始め
た現代の人間を思わずにはいられない。どんな人間の心にも闇はひそんでいる。そし
て、ひとたび心の闇が生み出してしまったものは、決して無に帰すことはできないの
だ。力に溺れてさまざまな技術を開発し、それと引き換えに新たな危険を招いてしま
った人間は、これからどこへ向かっていくのだろう。闇に光るオオカミの赤い目が、
その行く末を暗示しているようだ。
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【文】David Almond(デイヴィッド・アーモンド):1951年英国生まれ。文芸誌の編
集者などを経て、作家になる。1998年に "Skellig"(『肩胛骨は翼のなごり』山田順
子訳/東京創元社)でカーネギー賞とウィットブレッド賞(現コスタ賞)を受賞。こ
の他、邦訳に『星を数えて』(金原瑞人訳/河出書房新社)、『ミナの物語』(山田
順子訳/東京創元社)などがある。2010年には国際アンデルセン賞を受賞している。
【絵】Dave McKean(デイヴ・マッキーン):1963年英国生まれ。イラストだけでな
く、写真、コミック、グラフィックデザイン、映画、音楽など、さまざまな分野で活
躍するアーティスト。デイヴィッド・アーモンドとのコラボレーションは本作品で3
作目。この他、イラストを手掛けた作品に『バイオレント・ケース』(ニール・ゲイ
マン文/中沢俊介訳/小学館集英社プロダクション)などがある。
【参考】
▼デイヴィッド・アーモンド公式ウェブサイト
http://www.davidalmond.com/
▼デイヴ・マッキーン公式ウェブサイト
http://www.davemckean.com/
▼デイヴ・マッキーン紹介ページ(Walker Books ウェブサイト内)
http://www.walker.co.uk/contributors/Dave-McKean-7584.aspx
▽デイヴィッド・アーモンド作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/a/dalmnd.htm
(手嶋由美子)
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"The Paper Dolls" 『かみにんぎょうと ぼうけんのたび』(仮題)
text by Julia Donaldson, illustrations by Rebecca Cobb
ジュリア・ドナルドソン文/レベッカ・コッブ絵
Macmillan Children's Books, 2013, 32pp. ISBN 978-1447220145 (PB)
★2014年ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト作品
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女の子がお母さんと一緒に切り紙で作ったのは、5人の子どもが手をつないでいる
紙人形だ。家の中で歌って踊って、女の子は人形たちと遊びはじめる。おやおや、そ
こへ恐竜があらわれた。でも大丈夫。紙人形は「つかまらないよ」と歌いながら、ひ
らりと飛んで逃げていく。着いた先はおもちゃのバスの上だった。さあ、農場へ出発
だ。動物たちと楽しくダンス、それから農家の屋根で星をながめる。気づくとトラが
しのびより、うなり声をあげていた。でもやっぱり大丈夫。「つかまらないよ」と歌
いながら、ふわりと浮かんで逃げていく。次はテーブルのお皿の上へ。今度はお母さ
んの持つ鍋つかみのワニが、大きな口を開けて近づいてきた。けれど、紙人形は「つ
かまらないよ」と歌いながら、ぴょーんと庭まで逃げていく。そうして、ようやくの
んびりと草むらに寝ころがっていると、なんとハサミを持った男の子がやってきた!
今度ばかりは大丈夫ではない、かも……。
ジュリア・ドナルドソンとレベッカ・コッブが初めてコンビを組んだ本作では、の
びやかな子どもの想像力が生き生きと表現されている。日常の光景が小さなきっかけ
で大冒険の舞台へと変わり、わくわくと心が躍る物語だ。リズミカルな文章は、子ど
もの歌やミュージカルも手がけている作者ならでは。逃げていく紙人形と一緒に、自
然と歌を口ずさみたくなるだろう。物語を彩るコッブのイラストはとても愛らしく、
子どもの姿や表情にはしあわせな気分があふれている。小さな子どもの絵を思わせる
画風だが、かわいらしいだけではなく、細やかな工夫が効果的に散りばめられている。
テーブルクロスは波へと姿を変え、女の子の髪どめが蝶になり空へ羽ばたく。まるで、
現実と空想の世界を自在に行き来する子どもの視点に優しく寄り添うかのようだ。
女の子を温かく見守る母親の姿もまた印象的だ。親子のふれあいの中で、子どもの
想像力はより豊かに育まれていく。ひとりの母親として、子どもとのありふれたやり
とりさえ、とても愛おしい時間なのだと感じた。親子の楽しい思い出が、いつまでも
子どもの心に残ってほしいと願う。絵本を読み終えたら、きっと自分だけの紙人形を
作りたくなることだろう。ほら、新たな冒険の旅が待っている。
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【文】Julia Donaldson(ジュリア・ドナルドソン):1948年、英国生まれ。グラス
ゴー在住。ブリストル大学で演劇とフランス語を学ぶ。絵本や物語、詩、劇の脚本な
ど、幅広い分野の作品を数多く発表。代表作である「グラファロ」シリーズ(アクセ
ル・シェフラー絵/久山太市訳/評論社)は、40を超える言語に翻訳され、全世界で
1000万部以上の販売数を記録している。
【絵】Rebecca Cobb(レベッカ・コッブ):1982年生まれ。英国ファルマス在住。
2004年ファルマス美術大学を卒業。邦訳作品に『からっぽのくつした サンタさんあ
りがとう!』(リチャード・カーティス文/木原悦子訳/世界文化社)、『ふたりだ
けのとっておきのいちにち』(ヘレン・ダンモア文/三辺律子訳/文溪堂)などがあ
る。
【参考】
▼ジュリア・ドナルドソン公式ウェブサイト
http://www.juliadonaldson.co.uk/
▼レベッカ・コッブ公式ウェブサイト
http://www.rebeccacobb.co.uk/
(増山麻美)
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『くらやみ こわいよ』
レモニー・スニケット文/ジョン・クラッセン絵/蜂飼耳訳
岩崎書店 定価1,500円(本体) 2013.05 40ページ ISBN 978-4265850419
"The Dark" text by Lemony Snicket, illustrations by Jon Klassen
Orchard Books, 2013
★2013年カナダ総督文学賞児童書部門(絵)最終候補作品
★2014年ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト作品
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幼いラズロはくらやみを怖がっている。くらやみは普段、ラズロの家の地下室にい
る。ラズロはくらやみが自分の部屋に来ないよう、地下室へ続く階段のてっぺんから
毎朝「おはよう」と声をかけていた。こうやって自分から会いにいっておけば、くら
やみの方から来ることはないと考えたのだ。ところがある晩、くらやみがラズロの寝
室に来てしまった! くらやみに導かれ、ラズロは真っ暗な家の中を歩き出す……。
作中に暗闇の姿かたちは登場しない。描かれているのは、大きな階段が広間に影を
落とす様子や、意味ありげに半開きになったドアから真っ黒な空間がのぞく光景など
だ。それがかえって怖い。けれどもストーリーが進むにしたがって、暗闇が持つ親密
さのようなものも感じられてくる。ラズロのベッドに来た「くらやみ」が声をかけ、
ラズロを案内し始める。ラズロは暗い場所を見つけるたびに「ここ?」と聞くが、返
事は「ちがいます」。怖くなったラズロが目をつぶり、目の前が真っ暗になると、今
度は「そっちでは ありません」と言われてしまう。このようなやりとりを経て、い
つしかラズロも読者も「くらやみ」/暗闇に好奇心を覚えるようになり、暗闇の世界
へと引き込まれていく。
とらえどころのない題材「暗闇」を、作家は幼い少年の行動を通じて描き出す。話
はテンポよく進み、読者の気持ちをつかんで離さない。懐中電灯を手に闇の中へ踏み
出す幼い主人公にハラハラさせられ、行く手に一体何が待ち受けるのかとじらされる。
あとにはもちろん、スニケットらしいユーモアたっぷりのオチも用意されている。一
方、画家のクラッセンは前作『ちがうねん』同様、闇を徹底的に黒く表現した。その
中に光が当たる部分を巧みに配置し、暗闇をより深く感じさせている。暗闇にポツン
と描かれた小さな男の子の姿が、物語の緊張感をいっそう高める。
この作品を読むと、子どものころ暗闇が怖かったことを思い出す。大人になった今
では懐かしいが、小さい読者にとっては現在進行形の感覚だろう。本のラズロと一緒
に怖さと向き合い、暗闇にどっぷりつかって、最後に地下室からでてきたら……。き
っと暗闇が今までと違って見えることだろう。
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【文】レモニー・スニケット(Lemony Snicket):映画化もされた「世にも不幸なで
きごと」シリーズ(宇佐川晶子訳/草思社)の著者で、作中にも登場する架空の人物。
他に "All the Wrong Questions" シリーズなどの作品がある。スニケットとして実
際に執筆を行うのは作家ダニエル・ハンドラー。1970年、サンフランシスコ生まれ。
本名でも、YA小説 "Why We Broke Up" などを発表している。
【絵】ジョン・クラッセン(Jon Klassen):1981年、カナダ生まれ。アニメ映画の
製作に携わったのち、画家、絵本作家として活躍。"Cats' Night Out"(Caroline
Stutson 文)の挿絵で2010年カナダ総督文学賞児童書部門、また、文・絵を手がけた
"This Is Not My Hat"(『ちがうねん』長谷川義史訳/クレヨンハウス)で2013年コ
ールデコット賞、2014年ケイト・グリーナウェイ賞を受賞。ロサンゼルス在住。
【訳】蜂飼耳(はちかい みみ):1974年、神奈川県生まれ。詩やエッセイ、小説、
翻訳など、活動は多岐にわたる。絵本『うきわねこ』(牧野千穂絵/ブロンズ新社)
で、第59回(2012年)産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞。詩集に『いまにも
うるおっていく陣地』(紫陽社)、訳書に『おやゆびひめ』(アンデルセン文/北見
葉胡絵/偕成社)などがある。早稲田大学文化構想学部教授。
【参考】
▼レモニー・スニケット公式ウェブサイト
http://www.lemonysnicket.com/
▼ジョン・クラッセン公式タンブラー
http://jonklassen.tumblr.com/
▼ジョン・クラッセン紹介ページ(HarperCollins ウェブサイト内)
http://www.harpercollins.com/authors/35910
▽ジョン・クラッセン作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/k/jklassen.htm
(武田牧子)
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【参考】
▽本誌2014年7月号「特別企画 レビューを書こう(第5回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2014/07.htm#kikaku
▽本誌2011年7、9、10月号
「特別企画 レビューを書こう(第4回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/07.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/09.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/10.htm#kikaku
▽本誌2008年11、12月号
「特別企画 レビューを書こう(第3回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2008/11.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2008/12.htm#kikaku
▽本誌2006年12月号「特別企画 レビューを書こう(第2回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2006/12.htm#kikaku
▽本誌2005年10月号「特別企画 レビューを書く(実践編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2005/10.htm#kikaku
▽本誌2003年11月号情報編「特別企画 レビューを書く(翻訳学習者編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2003/11a.htm#kikaku |