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●特別企画●レビューを書こう
(「カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞候補作品を読もう会」連動企画
第4回レビュー勉強会より)その1
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2011年6月、約1か月の日程でやまねこ翻訳クラブのレビュー勉強会が開催された。
4回目となる今回は、読書室掲示板で開催中の「カーネギー賞、ケイト・グリーナウ
ェイ賞候補作品を読もう会」との連動企画として、参加者は2011年の両賞の候補作か
ら課題作品を選ぶこととなった。
勉強会では、参加者同士でコメントをつけあい、それを踏まえて改稿を重ねていっ
た。人に読んでもらうことで、自分の文章を客観的に見られるようになり、ひとりよ
がりな表現や、思い込みで書いているところを修正することができる。また、内容だ
けでなく、書式・表記や日本語の文法的な部分にもコメントがつくので、幅広い勉強
が可能だ。人のレビューにコメントをつける作業も、客観的な目を養うのにもってこ
いで、得るものは大きい。
こうして最終的に完成したレビューを、今月号、9月号、10月号と3回にわけて紹
介する予定である。勉強会の成果を是非ともご覧いただきたい。
【参考】
▽本誌2008年11、12月号
「特別企画 レビューを書こう(第3回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2008/11.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2008/12.htm#kikaku
▽本誌2006年12月号「特別企画 レビューを書こう(第2回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2006/12.htm#kikaku
▽本誌2005年10月号「特別企画 レビューを書く(実践編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2005/10.htm#kikaku
▽本誌2003年11月号情報編「特別企画 レビューを書く(翻訳学習者編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2003/11a.htm#kikaku
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『トール・ストーリー』(仮題) キャンディ・グーレイ作
"Tall Story" by Candy Gourlay
David Fickling Books, 2011 ISBN 978-1849920391 (PB)
298pp.
★2011年カーネギー賞ロングリスト作品
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バスケに打ちこむ13歳の少女アンディは、ロンドンで両親と3人暮らし。実は家族
にはもうひとり、アンディの異父兄のバーナードーがいるけれど、ずっとフィリピン
の親戚に預けられている。ロンドンで一緒に暮らしたいと一家は願うも、バーナード
ーに入国ビザが下りず、いまだかなわぬままだ。その一方で、広い家に引っ越したい
というママの願いと、バスケでポイントガードをやりたいというアンディの願いは見
事にかなった。けれど皮肉なことに、引っ越しによる転校でアンディは念願のポジシ
ョンを諦める羽目になり、さらに悪いことに、転校先にはバスケ部がなかった。引っ
越した家では初日に天井が崩落し、2人の願った結果はさんざんなものに。そんな折、
一家に待ちに待った朗報が届く。バーナードーのビザがついに下りたのだ。
迎えに行った空港で10年ぶりに兄と会って、アンディはびっくり仰天。ママからバ
ーナードーはすごく背が高いとは聞いていた。でも、まさか2メートル40センチもあ
るなんて!!
ジェットコースターのごとく、目まぐるしく幸・不幸が訪れるアンディ一家。願っ
たことはかなうけど、必ず思いもよらない結果がついてくる。そのハイテンション&
ハイテンポのストーリーは、まさにドタバタコメディだ。タイトルの "Tall Story"
からしてホラ話という意味で、これに「のっぽの話」の意味をかけている。でも、そ
れだけじゃないのがこの作品のミソ。たしかに一家に巻き起こる出来事はホラ話みた
いだけれど、バーナードーに降りかかる災難は笑うに笑えないことばかりで、彼が抱
えている悩みも深刻だ。アンディにしても、兄と一緒に暮らすことを望んでいたとは
いえ、1度しか会ったことのない、しかも巨人のような兄をすんなり受け入れること
ができずに葛藤する。そんな2人の心の内が1人称による語りで交互に描かれていて、
それぞれの思いがひしひしと伝わってくる。2人の微妙な心の距離がバスケを通して
徐々に縮まっていくところも読みどころだ。
家族一緒に暮らすこと――それがどれほど幸せでありがたいことなのか、その思い
がこもったバーナードーの言葉が胸にしみる。なんともユーモラスで、ほろ苦く、ス
リリングで、じんとする、たくさんの要素がつまった物語だ。
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【作】Candy Gourlay(キャンディ・グーレイ):フィリピン南部ダバオ市生まれ。
新聞や雑誌の記者を経て作家の道へ。これまで短編やアンソロジーを手がけているが、
小説の出版は本作が初めて。イギリス人ジャーナリストの夫との間に3人の子どもが
いる。英国在住。
【参考】
▼キャンディ・グーレイ公式ウェブサイト
http://www.candygourlay.com/
▼"Tall Story" 作品公式ウェブサイト
http://www.tallstory.net/
▼キャンディ・グーレイ公式ブログ
http://candygourlay.blogspot.com
(蒲池由佳)
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『心をビンにとじこめて』 オリヴァー・ジェファーズ文・絵/三辺律子訳
あすなろ書房 定価1,470円(税込) 2010.02 32ページ ISBN 978-4751525289
"The Heart and the Bottle" by Oliver Jeffers
HarperCollins Children's Books, 2010
★2011年ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト作品
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女の子は、心をビンにとじこめた。大好きなおじいちゃんをなくして、さびしくて
不安でたまらなかったけど、こうすれば安心。もう心が傷つくことはない。女の子は
そのまま大人になった。そしてある日、海を見て目を輝かせている幼い少女に出会っ
た。――この子はむかしのわたしみたい。わたしもこんなふうに、海を見て、星を見
て、世界のふしぎに胸をおどらせていた。そうだ、ずっととじこめていた心をとりだ
そう。でも、とりだし方がわからない――。
心をとじこめるという比喩表現は珍しくないけれど、ジェファーズが絵にしたその
イメージには、ドキッとさせられる。とじこめた先は透明なビンの中。心とは、文字
通り、赤い心臓なのだ。そのビンを首からさげたまま暮らしている主人公は、好奇心
旺盛だった幼いころの笑顔をなくしてしまっている。ビンの中の心はだんだん大きく
重くなり、じゃまでしようがないけれど、こうしておけば傷つかないですむからと、
そのまま生活を続けている。こんなふうに何かをかかえたまま生きている人は、世の
中にたくさんいるだろう。現状を打破して新しいことを始めるのは、いつだって勇気
がいること。何かを変えようとして失敗してしまったら……? いまよりもっと傷つ
いてしまったら……? そんなことをおそれると、なかなか前に進めなくなる。
主人公は、海辺で少女と出会ったのをきっかけに、とじこめた心をとりもどす決心
をする。でも、ここからがまたたいへんなのだ。ビンをさかさにしてふってみても心
は出てこないし、ペンチ、のこぎり、電動ドリルなどさまざまな工具を使ってみても、
ビンはがんじょうでこわれない。ひとりぼっちであれこれためしている主人公を見て
いると切なくもなってくるけれど、ジェファーズ独特のほのぼのとしたやさしい絵と
ユーモアが、しめっぽさを追いやってくれる。そして、最後に高いところから落とし
たビンがころがっていった先には……。時間がかかってもだいじょうぶ。悲しみはい
つか癒えるもの。子どものころのときめきだって、よみがえるはず。裏表紙にはおじ
いちゃんの後ろ姿。ずっと見守ってくれていたのかな。
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【文・絵】オリヴァー・ジェファーズ(Oliver Jeffers):1977年オーストラリアに
生まれ、北アイルランドで育つ。アルスター大学卒業後、絵本作家として活躍。ケイ
ト・グリーナウェイ賞ショートリスト入りは2009年から3年連続。他の邦訳作品に
『みつけたよ ぼくだけのほし』『まいごのペンギン』『よにもふしぎな本をたべる
おとこのこのはなし』(いずれも三辺律子訳/ヴィレッジブックス)がある。
【訳】三辺律子(さんべ りつこ):東京都生まれ。大学卒業後、銀行勤務を経て、
白百合女子大学大学院児童文化学科修了。訳書に「龍のすむ家」シリーズ(クリス・
ダレーシー作/竹書房)、『夢の彼方への旅』(エヴァ・イボットソン作/偕成社)、
『ほんなんてだいきらい!』(バーバラ・ボットナー文/マイケル・エンバリー絵/
主婦の友社)ほか多数。
【参考】
▼オリヴァー・ジェファーズ公式ウェブサイト
http://www.oliverjeffers.com/
▽オリヴァー・ジェファーズ作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/j/ojeffers.htm
(大作道子) |