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2011年10月号
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  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.134
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2011年10月15日発行 配信数2350  無料 
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●2011年10月号もくじ●
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◎出版社シリーズ研究:第2回 評論社「海外ミステリーBOX」
◎出版社シリーズ研究連動レビュー:『闇のダイヤモンド』
                  キャロライン・B・クーニー作/武富博子訳
◎特別企画:レビューを書こう
   (「カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞候補作品を読もう会」連動企画
                      第4回レビュー勉強会より)その3
 "Emily's Surprising Voyage" スー・パーキス作
 "The Loon on the Moon" チェイ・ストラシー文/エミリー・ゴールデン絵
◎賞速報
◎イベント速報:★やまねこ翻訳クラブ協力企画のお知らせあり★
◎読者の広場

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●出版社シリーズ研究●第2回 評論社「海外ミステリーBOX」
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「出版社シリーズ研究」第2回では、評論社が昨年から今年にかけて刊行したYAミ
ステリーの「海外ミステリーBOX」シリーズを取りあげる。「指輪物語」「グリー
ン・ノウ物語」「クロニクル千古の闇」など、児童文学の名作・傑作を数多く出版し
ている評論社を訪ね、シリーズを担当された編集部の岡本稚歩美さんにお話をうかが
った。

■シリーズ誕生(1)――復刊4冊

 シリーズが生まれたきっかけは、読者からの問い合わせだった。「『ウルフ谷の兄
弟』が大好きなのですが、もう手に入らないのでしょうか」。品切れ重版未定状態の
ため在庫がなく、そのときは断るしかなかった。1か月もしないうちに、別の読者か
ら要望が来た。「『ウルフ谷の兄弟』を読んで感動し、どうしても作者に手紙を出し
たいのです」。原作はすでに版元が変わっていたが、日本のエージェントとアメリカ
の出版社の協力でなんとか手紙を送ることができ、後日、作者からその読者あてに返
事が届いたという。
「あんなにいい本は忘れられない」という声を立て続けに聞いた岡本さんは、作品の
力に改めて気づき、同作品を含む、評論社が1983〜90年に刊行したミステリーの「児
童図書館・文学の部屋 SOSシリーズ」全10巻を読み直した。すると、今読んでも
本当におもしろい作品が多い! すぐさま復刊の企画を立てた。
 SOSシリーズにはYA世代にふさわしい本が多かったため、YAという観点で復
刊することに決めた。その上で対象年齢が低いものや、ミステリーの手法が現代では
古く感じられるものははずしていった。著作権の行方がわからず、残念ながら見送っ
た作品もある。最終的に選ばれたのは、『ウルフ谷の兄弟』(デーナ・ブルッキンズ
作/宮下嶺夫訳)、『とざされた時間のかなた』(ロイス・ダンカン作/佐藤見果夢
訳)、『死の影の谷間』(旧題『死のかげの谷間』/ロバート・C・オブライエン作
/越智道雄訳)、『マデックの罠』(ロブ・ホワイト作/宮下嶺夫訳)の4冊。いず
れもアメリカのすぐれたミステリーに贈られるエドガー・アラン・ポー賞(MWA賞)
の児童図書部門の受賞作か候補作だった。

■シリーズ誕生(2)――新刊4冊

 しかし新たにシリーズとして出すなら、冊数を増やしたい。上記4冊は1970〜80年
代の作品なので、1990〜2000年代以降の新しいミステリーの中から、おもしろい作品
をさがすことになった。エージェントから取り寄せ、つぎつぎと原書を読む。特に、
英語が堪能で、評論社で出版する翻訳書の原作にはほとんど目を通される社長夫人の
竹下宣子氏は、段ボール箱2箱分もの本を読まれたという。当初は他賞の受賞作品も
検討したが、結局、作品の質と読者への訴求力を考え、エドガー・アラン・ポー賞に
限ることにした。YA向けであることを意識し、性的な色合いの濃いものや読後感が
よくないものは除く。こうして厳選された4作品が、『危険ないとこ』(ナンシー・
ワーリン作/越智道雄訳)、『ラスト★ショット』(ジョン・ファインスタイン作/
唐沢則幸訳)、『深く、暗く、冷たい場所』(メアリー・D・ハーン作/せなあいこ
訳)、『闇のダイヤモンド』(キャロライン・B・クーニー作/武富博子訳)だった。
復刊4冊、新刊4冊の新シリーズの誕生である。

■シリーズの魅力

 シリーズのコンセプトは、「読み始めたら止まらない! 大人も惹きつける!」。
岡本さんいわく、「ミステリーを読む楽しみには、犯罪など暗い面をのぞきこむよう
な、うしろめたいワクワク感があると思うんです」。しかしながら、大人向けのミス
テリーの中には読み終わって暗澹となるものもある。その点、YA向けのこのシリー
ズの作品は、どんなに怖くても必ずどこかに希望や光があり、後味がよい。しかもた
だの軽い読み物では終わらず、内容に深みがある。そして人間がしっかり描かれてい
る。だからこそ、大人にも読み応えがあるのだ。
 同じミステリーでもそれぞれ味わいは異なる。中でも大人っぽい作品は、身近な人
をあやめてしまった少年の贖罪の心理を描くサイコスリラー『危険ないとこ』と、大
学生が主人公の過酷なサバイバル冒険小説『マデックの罠』だろう。後者は意外にも
50〜60代の男性読者からの反応が多い。逆に13歳の少女が主人公のゴーストストーリ
ー『深く、暗く、冷たい場所』は、中学生の女の子が手に取りやすいようで、その年
代の読者から愛読者はがきが届いている。同じく少女向けでも主人公がもっと年上な
のが、アメリカ南部の屋敷や美しい人々が登場するホラーミステリー『とざされた時
間のかなた』。シリーズ誕生のきっかけとなった『ウルフ谷の兄弟』は、12歳と9歳
の兄弟がけなげにがんばる姿が大人の女性の心をつかんでいる。70年代に核戦争後の
恐怖を描いた『死の影の谷間』は、今の日本の状況に照らすとあまりにも恐ろしいが、
それでも主人公の少女の姿勢に希望が見える。『闇のダイヤモンド』は、アフリカの
難民家族と豊かなアメリカの家族のギャップなどさまざまな要素を含む社会派ミステ
リーだが、緊迫感がある中にもユーモアが感じられて読みやすく、書評ではいちばん
多く取りあげられている(本誌今月号「出版社シリーズ研究連動レビュー」参照)。
シリーズ中もっともさわやかなのは、スポーツミステリーの『ラスト★ショット』で、
西日本読書感想画コンクールの指定図書に選ばれた。

■装丁のキーワードは「かっこいい」!

 旧SOSシリーズは昔ながらの児童書らしい装丁だったが、新シリーズはイメージ
を一新。音楽雑誌や一般書を手がける若手のデザイナーに「かっこいい本を作ってく
ださい」と頼んだ結果、黒を基調にした大人っぽい装丁になった。装画は、児童書を
多く手がけている画家のほかに、女の子向けのファッション雑誌にも描いている画家
と、風景などを細密に描くリアルな絵が得意な画家に依頼した。写真を効果的に使っ
た表紙もある。ミステリーのイラストで難しいのは人物の表情だ。笑顔ではいけない
し、怖すぎても困る。ゲラを読んだデザイナーと画家と編集者が集まって作品のイメ
ージを話し合い、ラフ絵に何度も修正を加え、満足のいく装画にしあげていった。一
方で、編集者が力を入れるのはオビと見返しの文言だ。岡本さんは『死の影の谷間』
のオビの「こわい。だれか来る。」というキャッチコピーを特に気に入っている。

■改訳と新訳

 改訳新版の4冊は、旧版の翻訳者に改訳を依頼した。その際に原作の最新版を取り
寄せ、以前の版から変わったところがないか確認も頼んだ。改訳はおおむね、もとの
本に赤を入れる方法をとったが、『とざされた時間のかなた』を担当された佐藤見果
夢氏は、今の読者に合わせて文章のスピード感をあげるなど、全編訳し直してくれた。
またどの作品も、今は差別的とされる表現を見直したり、当時は補足説明が必要だっ
たが今は知られているようなことは言葉を変えたりするなど、全体的に手を入れた。
 新作の4冊は、編集者がこれまでに読んできた本の翻訳者を思い浮かべ、個々の作
品に合う翻訳者を選んだ。たとえば『ラスト★ショット』は、中学生の少年少女コン
ビが大学バスケットボールの決勝大会に招待されて事件に遭遇する物語で、男の子の
視点が多いので、実績ある翻訳者の中でもスポーツが得意そうな、きびきびした文体
を持つ男性翻訳者の唐沢則幸氏に依頼した。すると偶然にも「(バスケを)高校時代
に少しかじりました」とのことで、ルールにも精通され、まさに適任だった。なお、
編集者は通常の作業では訳文を読み、引っかかった部分だけ原文を確認するが、今回
の新作4冊についてはすべて原書を読破した。

■翻訳とは

 翻訳者に求めるのは、語学ができるだけではなく、日本語の文章がきちんと書ける
ことだと岡本さんはいう。そして何よりも大事なのは、作品への愛! 作品を愛して
いれば、そこに描かれている人間関係がしっかりと読みとれる。作品世界に入りこみ、
ていねいに訳し、読みやすい正しい日本語にするのが翻訳者の役割。その上で、自分
らしさが出せればいい。また、若い翻訳者には若者言葉でがんがん訳していいのか考
えてほしいし、ベテラン翻訳者が若者言葉を使った場合は、その言葉が今も使われて
いるのか注意してほしいという。言葉は時代を映すものだが、本に書かれる場合は、
数年後に読んでも正しい言葉であることが望まれる。岡本さん自身、編集者として、
「人に言われたことを謙虚に受け止め、思いこみでやらないように気をつけています」
とのこと。「何十年生きてきても、日本語は難しいですね」

■子どもにとってのミステリー

 子どもの頃に「メアリー・ポピンズ」や「クマのプーさん」が好きだった岡本さん
は、今でもいやなことがあったときなどに児童書を読み返す。「大人になった自分を
支えているのは、小さいときに読んだ児童書だという気がします」。あたりが暗くな
っているのに気づかないほど夢中で読むような、密度の濃い読書ができるのは子ども
ならでは。そうした子ども世代のために本を作る仕事にやりがいを感じている。
 グリム童話などは残酷だから子どもには与えたくないという人もいるが、子どもた
ちは大人が思うほどヤワではない。怖いものが見たいし、怖がりつつも乗り越えてい
く。ミステリーというのはそういう怖い部分を担っているのではないか。「怖いから
不健全なのではなく、その怖いところを乗り越えていく健全さがミステリーのおもし
ろさではないかと思うんです」と岡本さんは語った。

◆取材を終えて

 取材前に全8冊を読んで(うち1冊は翻訳を担当して)感じたのは、ミステリーで
ありながら、どの作品にも良質な児童文学のような読み応えがあるということだった。
今回、児童書への愛にあふれる岡本さんのお話をうかがい、数々の児童文学の名作を
翻訳出版してきた評論社ならではの選書だと改めて実感した。本をたくさん読んでい
る人にも、またふだんミステリーをあまり読まない人にもおすすめしたい。評論社で
はこれからもミステリーの傑作があれば、エドガー・アラン・ポー賞にこだわらず、
少しずつシリーズに加えていく意向だという。シリーズの今後にも注目していきたい。

▼評論社ウェブサイト
http://www.hyoronsha.co.jp/

▼評論社ウェブサイト「海外ミステリーBOX」シリーズ紹介
http://www.hyoronsha.co.jp//whatsnew/info.php?info_id=91

                           (取材・文/武富博子)

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●出版社シリーズ研究連動レビュー●難民一家を待ち受けるのは、死か明るい未来か
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『闇のダイヤモンド』 キャロライン・B・クーニー作/武富博子訳
評論社 定価1,680円(税込) 2011.04 332ページ ISBN 978-4566024281
"Diamonds in the Shadow" by Caroline B. Cooney
Delacorte Press, 2007
★2008年エドガー・アラン・ポー賞(MWA賞)YA小説賞候補作品
Amazonで詳細を見る  Amazonで原書を見る  bk1で詳細を見る

 アメリカの東海岸に住むジャレッドは、ごくありふれたティーンエイジャーだ。と
ころが、教会の奉仕活動に熱心な両親が、アフリカからの難民家族を自宅に一時的に
預かると申し出たことで、彼の快適な生活は一変してしまう。自分の要塞ともいえる
大事な寝室を、同い年とはいえ見ず知らずの難民の少年と分けあい、21世紀のアメリ
カでの生活になじめるように教え導いてやれだなんて冗談じゃない! どうにも納得
のいかないジャレッドの前に現れた難民一家は、彼の想像をはるかに超えた家族だっ
た。敵の兵士に両手を切り落とされた父親、そんな夫の世話は甲斐甲斐しく焼くが娘
には目もくれない母親、祖父母の遺灰を入れた箱を抱えた息子、そして、一言も話さ
ず無表情のままの娘。共同生活を送るにつれ、ジャレッドの心の中にひとつの疑問が
浮かび上がる。そして、その疑問はやがて確信へと変わった。「この4人は……」
 追う者と追われる者が抱える秘密。本作品で描かれているそれは、現代のアフリカ
で今まさに起こっている問題そのものであり、フィクションでありながら現実感にあ
ふれている。難民一家に迫るのは、残虐この上ない魔の手と想像され、思わず「なん
とか逃げ切って!」と叫んでしまう。非常に秀逸なサスペンスミステリーだ。
 さらに、アメリカとアフリカを対比させることで、生まれた地域によって生き方が
ある程度決められてしまうという厳しい現実が描き出されている。アメリカ人の少年
が自分の将来について夢を語っているときに、難民の少年はなにより安全な毎日が送
れることを切望する。この難民一家の出身地とされる西アフリカの国では、地表近く
で採れるダイヤモンドを巡って内戦が起こり、多くの人が苦しんでいるのだ。
 この作品は、さまざまな登場人物の視点で物語が進行していく。わたしが注目した
のは難民の娘アレイクだ。内戦で心にひどい傷を受け、自分が自分であることを放棄
してしまった娘が、最後にとった勇気ある行動。はたして神は、彼女の勇気に報いて
くれるのか。生き抜くということは、かくも苦しく、そしてすばらしいことなのか。
アレイクの凄惨な過去と魂の叫びに思いをはせ、物語を最後まで読んだとき、わたし
の胸に熱いものがこみあげた。

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【文】キャロライン・B・クーニー(Caroline B. Cooney):1947年米国生まれ。テ
ィーン向けのミステリー、ホラー、ロマンスなど75作以上もの作品を発表している。
邦訳された作品に『ヴァンパイアの契約』(神戸万知訳/講談社)などがある。

【訳】武富博子(たけとみ ひろこ):東京生まれ。幼少期にメルボルンとニューヨ
ークで暮らす。上智大学法学部国際関係法学科卒業。訳書に『アニーのかさ』(リサ
・グラフ作)、『13の理由』(ジェイ・アッシャー作/いずれも講談社)などがある。

【参考】
▼キャロライン・B・クーニー公式ウェブサイト
http://www.carolinebcooneybooks.com/

                                (村上利佳)

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●特別企画●レビューを書こう
   (「カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞候補作品を読もう会」連動企画
                      第4回レビュー勉強会より)その3
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 7月号から3号にわたり、特別企画として第4回「レビュー勉強会」の参加者によ
るレビューを紹介してきた。最終回となる今月号では、2本のレビューをお届けする。

【参考】
▽本誌2011年7、9月号「特別企画 レビューを書こう」
   (「カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞候補作品を読もう会」連動企画
                         第4回レビュー勉強会より)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/07.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/09.htm#kikaku
▽本誌2008年11、12月号
         「特別企画 レビューを書こう(第3回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2008/11.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2008/12.htm#kikaku
▽本誌2006年12月号「特別企画 レビューを書こう(第2回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2006/12.htm#kikaku
▽本誌2005年10月号「特別企画 レビューを書く(実践編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2005/10.htm#kikaku
▽本誌2003年11月号情報編「特別企画 レビューを書く(翻訳学習者編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2003/11a.htm#kikaku

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『グレート・ブリテン号に乗って』(仮題) スー・パーキス作
"Emily's Surprising Voyage" by Sue Purkiss
Walker Books, 2010 ISBN 978-1406321821
96pp.
★2011年カーネギー賞ロングリスト作品
Amazonで詳細を見る

 グレート・ブリテン号という船をご存知だろうか? 英国で1843年に建造された大
型の客船で、1886年まで活躍した。物語は、この船を舞台にしている。
 主人公のエミリーは、祖父が毛織物工場を経営する裕福な一家のお嬢様。安い羊毛
を求めてオーストラリアへ渡る両親に連れられグレート・ブリテン号に乗船する。で
も、よき理解者であった祖母と別れ、住み慣れた英国を離れるのが嫌でしかたがない。
傲慢な父親と子どもに無関心な母親は、エミリーの気持ちなどまるっきりおかまいな
し。不満だらけの船出に、エミリーは涙がこぼれる。そんなとき出会ったのが、同じ
年頃の少年トーマスだ。上流階級の娘と三等船室の乗客。住む世界がまるで違うふた
りだが、トーマスがこっそり持ち込んだ飼いネズミのバーニーを通して仲良くなって
いく。ところがある日、バーニーがエミリーの母親に見つかり、さあ、たいへん!
食料を荒らし、病気を媒介するネズミは船の厄介者だ。つかまればバーニーに命はな
い。ふたりはバーニーを暗い船倉に隠すが、そこにはなにやら怪しい気配が……。
 産業革命が進んだ19世紀の英国では、児童労働や過酷な労働環境などが社会問題化
していた。エミリーの祖父の工場も例外ではなく、エミリーは自分の優雅な生活が、
虐げられた人々の上に成り立っていたことを船上で知る。貧しいトーマスを蔑む父親
とは違うと自負していただけに、そのショックは大きかった。だが、身分違いの友情
をはぐくむ中で、事実ときちんと向き合い、自分なりの正義感や価値観を育てていく。
 子どもを理解しようとしないエミリーの両親にかわって、ふたりの友情を見守って
くれるのがグレイ船長だ。誰にでも公平で、時に暴走しそうなふたりを抑え、正しい
方向を指し示す。彼の存在に、子どもたちの心に寄り添う作者自身の姿が重なる。作
者によれば、この船の歴代船長の中に、グレイ船長のモデルがいるのだとか。カーネ
ギー賞候補作の中では特に短い作品だが、フィクションの中にも実在の船や人、当時
の社会問題などが織り込まれ読み応えがある。鮮やかに描きだされる子どもたちの成
長を見守りながら、物語の世界と現実の世界を行き来するのも、また楽しい。何万人
という乗客の中には、こんな子どもたちが本当にいたかもしれない。

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【作】Sue Purkiss(スー・パーキス):英国ダービーシャーに生まれる。大学卒業
後、中等学校の英語教師を務めたのち、青少年犯罪者の教育に従事した。近年は大学
で教鞭をとる。教師をするかたわら執筆を手がけ、2003年に作家デビューした。トー
ストとイチゴ、レモンメレンゲパイとニンジンケーキが好物で、好きな色は青。とて
も背の高い子どもが3人と孫がひとりいる。夫、愛犬とともにサマセット在住。

【参考】
▼スー・パーキス公式ウェブサイト
http://www.suepurkiss.com/

▼スー・パーキス紹介ページ(Walker Books 内)
http://www.walker.co.uk/contributors/Sue-Purkiss-4805.aspx

▼グレート・ブリテン号公式ウェブサイト
http://www.ssgreatbritain.org/

                               (加賀田睦美)

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『ルーンのすんでる お月さま』(仮題)
チェイ・ストラシー文/エミリー・ゴールデン絵
"The Loon on the Moon" text by Chae Strathie, illustrations by Emily Golden
Scholastic Children's Books, 2010 ISBN 978-1407108032 (PB)
32pp.
★2011年ケイト・グリーナウェイ賞ロングリスト作品
Amazonで詳細を見る

 月に住むルーンは、夜になると地球にやってくる。ルーンの仕事は夢を集めること。
子どもたちの夢が、月を明るく輝かせるためのエネルギーになるのだ。ところがある
夜地球に来てみると、夢はすっかりなくなっていた。困ったルーンは、ほかの星に夢
を求めて宇宙を巡る旅に出るが、見つけられないまま月へと戻ってくる。とうとうま
っくらになった月の上で、ルーンは悲しい気持ちになりながらもとてもいいことを思
いついた。それは……。
 子どもなら誰でも一度は抱くであろう、「お月さまってどうやって光っているんだ
ろう」という疑問に、夢あふれる答えを返してくれる絵本だ。作者のチェイ・ストラ
シーは、娘と一緒に月夜を見上げながら、この作品のアイディアを思いついたという。
 満月を思わせる丸い体のルーンは、青みがかったふさふさの毛並みとウサギのよう
な長い耳を持ち、赤い蝶ネクタイが決まっている。夢を集めるための乗り物も魅力的
で、星くずを後に残しながら宇宙を自由に飛んでいく。ルーンが旅する宇宙には個性
あふれるいきものたちがたくさん住んでいて、とてもにぎやかだ。モップみたいな髪
型が特徴の水星の住民は、朝から晩まで踊って暮らしていそう。海王星ではかわいら
しいおしゃべりが続き、金星からはジョークと笑い声が絶え間なく聞こえてくるよう
だ。木星から顔をのぞかせているのは、3つの目を持つ巨大なムカデだろうか。それ
から、それから、まだまだたくさん。不思議ないきものたちと次々に出会うルーンの
旅路は面白おかしく、夢が見つからない不安を感じるひまもない。
 その空想にみちた宇宙を、本書が絵本デビュー作となるエミリー・ゴールデンがユ
ーモラスに生き生きと描き出している。夜空を背景とした色鮮やかな絵をながめてい
ると、果てしない宇宙空間のように、さまざまな想像がどこまでも広がって心が弾む。
 ちりばめられた言葉遊びは心地よいリズムを生み出し、ゆったりと声に出して読む
とやさしい子守唄のようにも響く。まさに「おやすみなさい」の前のひとときに読み
聞かせるのにぴったりな1冊だ。ルーンのすばらしい思いつきが、子どもたちに楽し
く豊かな夢をはこんでくれることだろう。

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【文】Chae Strathie(チェイ・ストラシー):英国スコットランド生まれ。大学で
写真や映像を学んだ後、「サンデーポスト」紙の編集などに携わる。20代の頃から子
ども向けの創作活動を始め、2007年に最初の絵本 "My Dad"(Jacqueline East 絵)
を刊行。他に "The Tickle Tree"(Poly Bernatene 絵)などがある。

【絵】Emily Golden(エミリー・ゴールデン):英国サマセットで育ち、Arts
University College Bournemouth を首席で卒業。現在はブリストルを拠点に活動す
る、フリーのイラストレーター。2011年には本作同様チェイ・ストラシーと組んで、
"The Fabulous Flapdoodles" を刊行した。

【参考】
▼エミリー・ゴールデン公式ウェブサイト
http://www.emilygolden.co.uk/

▼チェイ・ストラシー紹介ページ(Scottish Book Trust 内)
http://www.scottishbooktrust.com/contacts/chae-strathie

▼チェイ・ストラシーとエミリー・ゴールデンのインタビュー
                         (Scottish Book Trust 内)
http://www.scottishbooktrust.com/blog/teens-young-people/2010/07/chae-strathie-loon

                                (増山麻美)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2011年イタリア・アンデルセン賞発表
★2011年ニルス・ホルゲション賞発表
★2011年エルサ・ベスコフ賞発表
★2011年金の絵筆賞発表
★2011年ガーディアン賞ショートリスト発表(受賞作品の発表は11月10日の予定)
★2011年金の石筆賞発表
★2011年カナダ総督文学賞(児童書部門)最終候補作品発表
                     (受賞作品の発表は11月15日の予定)
★2011年全米図書賞(児童書部門)最終候補作品発表
                     (受賞作品の発表は11月16日の予定)

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 安曇野ちひろ美術館「中国の絵本画家 于大武(ユー・ダー・ウー)展」
 大阪府立大型児童館ビッグバン「田島征彦絵本原画展」 など

★講座・講演会情報
 中野区立中央図書館「児童書講座」
 天理市立図書館「栗田明子氏講演会」 など

★イベント情報
 KITEN(宮崎グリーンスフィア壱番館)「絵本ワールドinみやざき2011」
                                    など

★コンテスト情報
 第18回いたばし国際絵本翻訳大賞 など

★震災関連チャリティイベント情報
 白馬美術館「美しい北の郷白馬でお話しコンサート」 など
 
 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event


★★やまねこ翻訳クラブ協力企画のお知らせ(再掲)★★

「秋の読書探偵」作文コンクール
(主催 翻訳ミステリー大賞シンジケート/協力 やまねこ翻訳クラブ)

 現在、翻訳ミステリー大賞シンジケートでは、18歳以下を対象とした作文コンクー
ルを開催しています。当やまねこ翻訳クラブもさまざまな形で協力しています。
 翻訳書を読んで作成したものであれば、感想文はもちろん、手紙や詩の形式、絵が
入った文章などでもかまわない、自由な作文コンクールです。
 募集は「小学生の部」と「中高生の部」に分けておこないます。応募締め切りは10
月24日(月)です。

詳細は、こちらをごらんください。
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20110901/1314829931
(翻訳ミステリー大賞シンジケート・ウェブサイト内)

 締め切り間近となり、作品が続々と集まっているそうです。大勢のお子さんが楽し
く参加されるよう願っております。

                           (冬木恵子/笹山裕子)

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●読者の広場●海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ!
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 このコーナーでは、本誌に対するご感想・ご質問をはじめ、海外児童書にまつわる
お話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せ
ください。

※メールはなるべく400字以内で、ペンネームをつけてお送りください。
※タイトルには必ず「読者の広場」とお入れください。
※掲載時には、趣旨を変えない範囲で文章を改変させていただく場合があります。
※質問に対するお返事は、こちらに掲載させていただくことがあります。原則的に編
集部からメールでの回答はいたしませんので、ご了承ください。

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●お知らせ●

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。
こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。
http://www.yamaneko.org/info/order.htm
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           ・☆・〜 次 号 予 告 〜・☆・

 詳細は10日頃、やまねこ翻訳クラブHPメニューページに掲載します。
          http://www.yamaneko.org/info/index.htm
 どうぞお楽しみに!

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▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽

  やまねこ翻訳クラブ(yagisan@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。

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     ☆☆ FOSSIL 〜 Made in USA のライフスタイルブランド ☆☆
 独創的なデザインで世界100ヶ国以上で愛用されているフォッシルはアメリカを代
表するライフスタイルブランドです。1984年、時計メーカーとして始まったフォッシ
ルは時計をファッションアクセサリーの一つと考え、カジュアルな「TREND」ライン
からフォーマルなシーンにも使える「CERAMIC」など、年間300種類以上のモデルを発
売し続けています。またフォッシル直営店では、時計以外にもレザーバッグ、革小物、
ファッションサングラスなどのラインも展開しています。
TEL 03-5992-4611
http://www.fossil.co.jp/     (株)フォッシルジャパン:やまねこ賞協賛会社
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          吉田真澄の児童書紹介メールマガジン
             「子どもの本だより」
     http://www.litrans.net/maplestreet/kodomo/info/index.htm
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★☆       出版翻訳ネットワーク・メープルストリート       ☆★
        http://www.litrans.net/maplestreet/index.htm
新刊情報・イベント情報などを掲載いたします。詳細はmaple2003@litrans.netまで。

       出版翻訳ネットワークは出版翻訳のポータルサイトです
             http://www.litrans.net/ 
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     ★☆メールマガジン『海外ミステリ通信』 隔月15日発行☆★
          http://www.litrans.net/whodunit/mag/
未訳書から邦訳新刊まで、あらゆる海外ミステリの情報を厳選して紹介。翻訳家や
編集者の方々へのインタビューもあります!    〈フーダニット翻訳倶楽部〉
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●編集後記●今回の「出版社シリーズ研究」の編集にあたり、YA向けのミステリー
を何冊か読みました。作品に引き込まれてほかのことが手につかなくなったり、読み
終わるとまた別の本に手を伸ばしたり。少女探偵シリーズの本を手当たり次第に読ん
でいた、子どもの頃の私に戻った気分でした。(い)
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発行人 平野麻紗(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人 井原美穂/大作道子/植村わらび(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画 尾被ほっぽ 加賀田睦美 かまだゆうこ 児玉敦子 笹山裕子 武富博子
    中井理佳 冬木恵子 増山麻美 村上利佳 森井理沙 脇田茉莉
協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
    ながさわくにお
    html版担当 ぐりぐら
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