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2015年10月号
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  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.167
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2015年10月15日発行 配信数 2550 無料
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●2015年10月号もくじ●
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◎この人に聞きたい! やまねこ会員インタビュー:第3回 横山和江さん
◎この人に聞きたい! 連動レビュー:『わたしの心のなか』
                   シャロン・M・ドレイパー作/横山和江訳
◎注目の本(邦訳読み物):『Wonder ワンダー』
                      R・J・パラシオ作/中井はるの訳
◎賞速報
◎イベント速報
◎お菓子の旅:第65回 雨の日にはケーキを焼いて 〜ソッケルカーカ〜
◎読者の広場

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●この人に聞きたい! やまねこ会員インタビュー●第3回 横山和江さん
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 本コーナーでは、やまねこ翻訳クラブでの活動を生かしながら活躍している会員に
話を聞いていきます。第3回は、デビュー時よりコンスタントな出版を実現されてい
る横山和江さんに登場していただきます。数多くの持ち込み企画を出版につなげてこ
られた横山さん。成功に至るまでの経緯や、日々の心がけ、学びの場となった当クラ
ブでの活動について語っていただきました。

【横山和江(よこやま かずえ)さん】
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|埼玉県出身、山形県在住。結婚を機に児童書の翻訳家を目指す。やまねこ翻訳ク|
|ラブスタッフ。本誌元副編集長。主な訳書に「クマさんのおことわり」シリーズ|
|(ボニー・ベッカー文/ケイディ・マクドナルド・デントン絵/岩崎書店)、 |
|『わたしの心のなか』(シャロン・M・ドレイパー作/鈴木出版)などがある。|
|地元での読み聞かせや講演会など、海外児童書の魅力を広めるべく活動中。  |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
(注)『わたしの心のなか』は、本誌今月号「この人に聞きたい! 連動レビュー」
を参照。

Q★翻訳という仕事を意識しはじめたのはいつのことですか?

A☆児童書を特に好きになったのは10代に入ってからです。中学生のとき、学校に洋
書を販売する業者が来ていて、「ピーターラビット」の原書を買って自分で訳してみ
たのが最初のきっかけです。高校時代には、当時刊行されていた月刊誌「翻訳の世界」
(バベル・プレス)のトライアルに応募したこともありますが、本格的に志すように
なったのは社会人になってからです。ソフトウェア関係の会社に秘書として勤めてい
たときに英語のスキルを磨き、別の部署に異動してソフトウェア翻訳などを経験して
いるうちに、児童書の翻訳をしたいと思うようになりました。

Q★本格的に志してからは、どのように勉強されてきたのですか?

A☆結婚して山形に引っ越していたので、翻訳学校の通信講座を受講したり、ニフテ
ィサーブ(※)の翻訳フォーラムに参加したりしました。やまねこ翻訳クラブ(以下、
やまねこ)に入会するとすぐに、「ひとりケイト・グリーナウェイ賞マラソン」と題
して、原書邦訳書問わず、ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品をたくさん読んで、読
書室で紹介するという取り組みをしました。また、翻訳コンテストの事後勉強会をは
じめ、シノプシス作成勉強会など数多くの勉強会に参加しました。

Q★やまねこの活動に積極的に参加されてきたのですね。

A☆はい。わたしにとって、やまねこは宝の山でした。児童書を全訳する企画では、
100ページほどの作品を締切設定して訳したことがあり、とても勉強になりました。
自分で選んだ原書のシノプシスを書く勉強会では実践力が身につきましたし、勉強会
のほか、「月刊児童文学翻訳」の編集にも携わり、文章力が鍛えられたと思います。
また、上京のたびにオフ会で先輩方からお話を伺って刺激を受けました。

Q★デビュー前に、途中であきらめようと思ったことはありませんでしたか?

A☆下の子どもが小学校に入学するまでに目星をつけられたらと、自分で期限を決め
ていました。その期限内に何とかデビューすることができたので、あきらめようと思
ったことはありません。逆にデビューしてからのほうが、どうしたらコンスタントに
翻訳の仕事ができるか、いろいろ悩むようになりました。

Q★初めての訳書が出版された経緯を教えてください。

A☆ある編集者さんの講演会に参加した際に、ダメもとで絵本の下読みをさせてくだ
さいとお願いしたんです。後日、幸いにもお仕事をいただけることになり、下読みを
続けながら『サンタの最後のおくりもの』(マリー=オード・ミュライユ&エルヴィ
ール・ミュライユ文/クェンティン・ブレイク絵/徳間書店)をご紹介しました。夏
にご紹介して、年が明けたころ、刊行が決まったとご連絡をいただきデビュー作とな
りました。

Q★初めての訳書が持ち込みによるものだったのですね。これまで持ち込みで出版に
至った作品はどのくらいありますか?

A☆これから刊行予定の作品を含めると、15冊中11冊が持ち込みによるものです。1
社目で採用していただいたこともあれば、7社目で決まったこともあります。作品の
紹介先を考える「ひとり作戦会議」をよくしています。また、編集者さんや版権エー
ジェントさんとのつながりを作るよう模索し、常に「どうしたらいいか」を考えてき
ました。版権エージェントさんとは、これはと思った本があった場合に、版権が空い
ているかどうかを直接確認できる関係を築くことができました。また、下読みや持ち
込みを続けているうちに、出版社から依頼をいただくということもありました。「サ
ラとダックン」シリーズ(サラ・ゴメス・ハリス原作/金の星社)もそうです。

Q★持ち込みする作品は、どのように見つけていらっしゃいますか?

A☆好きな作家のホームページなどで、新刊をチェックしています。デビュー作『サ
ンタの最後のおくりもの』も、好きな画家のひとりであるクェンティン・ブレイクの
作品を追っているうちに、これだ!と思った1冊でした。最近はツイッターから情報
を得て、作家のサイトや読者の書評サイトなどを参考にすることも多いです。

Q★人脈作りはどのようにされてきたのですか?

A☆あとで後悔したくないので「迷ったらやってみる」の精神で動いています。ある
絵本作家さんの講演会で、同行されていた編集者さんに名刺と訳書を渡して、作品を
紹介してもいいか伺ったこともあります。また、やまねこのメルマガ編集の活動では、
出版社への取材を通してつながりを作ることができました。『おきゃく、おことわり
?』(ボニー・ベッカー文/ケイディ・マクドナルド・デントン絵/岩崎書店)が絵
本情報誌月刊「MOE」(白泉社)の絵本屋さん大賞に入賞したり、「クマさんのお
ことわり」シリーズとしてシリーズ化されたりしてからは、訪問先の出版社で認知し
てくださることが多くなりました。

Q★持ち込みや、編集者さんとの打ち合わせには上京されるのですか?

A☆持ち込みのために日帰りで上京したこともあります。けれど、大切なのはその作
品が魅力的かどうかなので、直接お会いしたほうが成功しやすいというわけでもない
と思います。編集者さんとの打ち合わせについては、相談が必要なときと上京のタイ
ミングが合うとは限らないので、メールでやり取りさせていただくこともありますが、
機会を見つけて出版社を訪問するようにしています。

Q★下読みのお仕事と持ち込みとで、シノプシスの書き方に違いはありますか?

A☆作品に長所と短所がある中で、持ち込みの場合には、短所をいかにフォローする
かを提示するよう心がけています。また、下読みの仕事なら出版社の指示通りの量で
まとめますが、持ち込みの場合は特に分量を気にせずに書いています。持ち込む際の
試訳は絵本なら全部、読み物なら必要に応じて数章分をつけますが、出版を検討して
いただいている間にすべて訳してしまった本もあります。

Q★これまで訳された作品で、特に思い入れのあるものや、苦労されたものはありま
すか?

A☆どの作品も気に入ったうえで訳しているので、わたしにとってはすべて思い入れ
があります。苦労したものといえば『グリーンフィンガー 約束の庭』(ポール・メ
イ作/さ・え・ら書房)や『ウィッシュ 願いをかなえよう!』(フェリーチェ・ア
リーナ作/講談社)、『わたしの心のなか』など、テーマ性の強い読み物でしょうか。
ディスレクシア、ダウン症候群、脳性まひなどの困難を抱えた子どもが主人公なので、
登場人物にリアリティが出るよう、本で調べるほか詳しい方からお話を伺うなど、た
くさん勉強しました。

Q★作品に登場する人物やキャラクターたちの自然な会話が印象的ですが、言葉選び
はどのようにされているのですか?

A☆登場人物やキャラクターの特徴は原書から感じるものを大切にしながら、編集者
さんとすり合わせをします。自分の引き出しにないものは難しいですが、自分が訳し
たいと思った作品は原書を読んでいるときから声が聞こえてくるような気がします。
また、読み聞かせの活動を通して関わった子どもたちの言葉を参考にすることもあり
ますし、やはり、自身の子育てを通して実際に子どもたちに触れていたことは大きい
と思います。来月新刊の読み物が出版されるのですが、この作品には思春期の息子を
参考にした登場人物がいます。

Q★仕事と家庭の両立についてはいかがですか?

A☆デビュー前の下積み時代のほうが、子どもも小さかったので大変でした。子ども
が寝ている間に勉強したり、出産直後に手伝いに来てくれた親に子どもを見てもらい
ながらコンテストに臨んだりしていました。現在は比較的自由に時間を使える一方、
仕事だけでは家にこもりがちになるので、趣味のテニスや読書会に参加するなど、積
極的に外に出るようにしています。

Q★来月、新刊が出版されるとのことですが、どのような作品なのでしょうか?

A☆『14番目の金魚』(ジェニファー・L・ホルム作/講談社)という読み物です。
クラゲの研究で若返りに成功した祖父が、孫娘の家に転がり込んで騒動を巻き起こす、
奇想天外でSF的要素もある物語です。見た目は少年、頭の中は偏屈な科学者という
祖父と暮らすうちに、11歳の主人公にも科学への興味が芽生えていきます。テンポが
よく楽しく読める一方で、世界平和や不老不死についても考えさせられる、深いテー
マの作品でもあるんです。

Q★これまで出版されてきたテーマ性の強い読み物とは、また少し違ったテイストの
作品なのですね。楽しみにしています。最後に、読者の皆さんへのメッセージと今後
の抱負をお願いします。

A☆翻訳の仕事がとぎれて、ほかの仕事もしようかと悩んだ時期もありました。けれ
ど、ひまなときこそ勉強ができると割り切り、絵本からYAまで、原書邦訳書問わず、
とにかくたくさん読みました。また、手がけた作品は翻訳者の名刺代わりだと思い、
これぞという作品をコツコツ訳してきたつもりです。最近は版権エージェントさんか
らご協力いただけるようになり、以前より持ち込みがしやすくなりました。これから
も出版社によい作品をご紹介できるよう、選書力を鍛えていきたいです。

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 持ち前の積極性でいちから持ち込み先を開拓し、確実に実績を積み上げてこられた
横山さん。待っていても始まらない、チャンスは自分でつかみとる。そのためには
「どうすればいいか」を常に考えるという強い姿勢が感じられました。改めて、志を
高く持つことを教えてもらえたインタビューでした。

【参考】
▽横山和江さん訳書リスト(10月15日公開)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/kyokoyam.htm

▽やまねこ翻訳クラブ 学習室目次
http://www.yamaneko.org/gakushu/index.htm

▽本誌「この人に聞きたい! やまねこ会員インタビュー」コーナー目次
http://www.yamaneko.org/mgzn/corner/newface.htm

▽『サンタの最後のおくりもの』レビュー(本誌2006年11月号「特集」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2006/11.htm#hyomi

▽『おきゃく、おことわり?』『おとまり、おことわり?』レビュー
                      (本誌2011年12月号「注目の本」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/12.htm#hehon

▽『ウィッシュ 願いをかなえよう!』紹介記事(本誌2013年9月号「特集3」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2013/09.htm#tokushu3

※ニフティサーブ:主に1990年代に流通していた会員制パソコン通信サービス。フォ
ーラムとよばれる複数のコミュニティがあり、会員は興味のあるフォーラムに参加し
情報交換をしていた。インターネットの普及に伴い2006年にサービスを終了した。

                           (取材・文:安田冬子)

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●この人に聞きたい! 連動レビュー●言葉が変えた景色の先にあるもの
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『わたしの心のなか』 シャロン・M・ドレイパー作/横山和江訳
鈴木出版 定価1,600円(本体) 2014.09 333ページ ISBN 978-4790232940
"Out of My Mind" by Sharon M. Draper
Atheneum Books for Young Readers, 2010
Amazonで詳細を見る  hontoで詳細を見る  Amazonで原書を見る

 あと3か月で11歳になるメロディは、一度も言葉を話したことがない。脳性まひで、
体のコントロールがうまくできず、思うように動かせるのは手の親指だけだ。ときど
きよだれをたらすし、竜巻みたいに暴れることもある。大抵の人は、そんな様子を見
て、それが彼女のすべてだと思ってしまう。けれど、親しい人たちは、その心のなか
に何千何万もの言葉があふれ、驚くほど優秀な頭脳と、生き生きとした「普通」の少
女が、閉じ込められていることを知っている。
 メロディは、両親の深い愛情に包まれ、甘い飲み物を飲むように「言葉を飲んで」
育った。2歳で言葉の意味を理解していたし、見たこと、聞いたことをそのまま記憶
することができた。母親の親友で元看護師のヴァイオレットは、その頃からメロディ
を日中預かり、家族のように接して、何が必要かを模索してくれた。小学校に入学し
特別支援級の生徒になると、5年生で普通学級と交流するカリキュラムに参加し、ロ
ーズという子と仲良くなる。初めて年相応の女の子らしいやり取りを交わすうち、自
由に言葉を話したいという願いは切実なものになっていった。車いすに取りつけてあ
るコミュニケーションボードで会話はできるものの、話せる言葉はごくわずかなもの
で物足りなさを感じていた矢先、親指だけで操作ができ言葉を代弁してくれる機器の
存在を知る。ついに願いが叶ったように思えたが、「普通」のみんなに本当の自分を
理解してもらうのは、想像よりずっと困難なことだった……。
 メロディの心の声で語られる本作は、訳文もまた、とても魅力的だ。その瑞々しい
感性には、共感し心を寄せずにいられなくなる。言葉を伝える手段を得た後も、あり
のままの自分を受け入れてもらえず深く傷つくメロディ。心の声が豊かであればある
ほど、制約のある身体がもたらす理不尽な出来事が際立ち、普通とは何なのかを改め
て考えさせられた。ハンディのせいで傷つけられるメロディだが、そのことで本当の
自分を探し成長していく姿は、生きづらさを感じ、悩むときのわたしたちと同じだ。
フィクションながら、自身も脳性まひの娘をもつ作者のまなざしは、メロディへのあ
たたかな理解と、辛らつなまでのリアリティに満ちている。本当のハッピーエンドと
はいったい何なのか、この物語のゆくえを、最後までしっかりと見守ってほしい。

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【作】シャロン・M・ドレイパー(Sharon M. Draper):米国オハイオ州生まれ。教
育者として、作家として、高く評価されている。コレッタ・スコット・キング賞を5
回受賞。2015年には、優れたヤングアダルト作家に贈られる Margaret A. Edwards
Award を受賞した。本作は、YA原作の映画『メイズ・ランナー』のプロデューサー
らによって映画化されることが決まっている。

【訳】横山和江(よこやま かずえ):本誌今月号「この人に聞きたい!」参照。

【参考】
▼シャロン・M・ドレイパー公式ウェブサイト
http://sharondraper.com/
                                (岡田衣央)

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●注目の本(邦訳読み物)●本当に大切なことは目には見えないんだよ!
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『Wonder ワンダー』 R・J・パラシオ作/中井はるの訳
ほるぷ出版 定価1,500円(本体) 2015.07 421ページ ISBN 978-4593534951
"Wonder" by R. J. Palacio
Corgi Childrens, 2013
★2013年カーネギー賞ショートリスト作品
★2014年ドイツ児童文学賞青少年審査員賞受賞作品
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 主人公のオーガストは、『スター・ウォーズ』が大好きなユーモアのセンス抜群の
男の子。高校生の姉ヴィアと両親と暮らしている。10歳になってやっと学校に通い始
めた。遺伝子の異常で顔に障害があるため、これまで人に見られるたびに驚かれてき
た。だから、学校でじろじろ見られることは覚悟していたが、「ペスト菌」と避けら
れたり、いじめっ子との「戦争」があったりして、学校生活は一筋縄ではいかなかっ
た。それでもジャック、サマーという友だちができて、友情を育んでいく。
 一方、姉のヴィアは、主役の控えで参加予定の演劇公演に、オーガストには来てほ
しくないと思っていた。弟思いの彼女だったが、気疲れの多い学校生活から、そんな
気持ちを抱いていた。それを知ったオーガストは腹を立てるが、その思いを誰よりも
理解する。結局、互いに折り合い、公演は家族全員で観にいくことに。主役降板によ
り、急きょ代役に立ったヴィアは、迫真の演技で観客を魅了し、オーガストも大きな
感動を得る。
 作品は登場人物ごとに章で分けられ、それぞれの心情が語られている。読み手は自
分の環境や立場から、いずれかの登場人物に共感できるのではないだろうか。いじめ
や友情、学校生活や親子関係などいろいろな問題を取り上げているが、私は特に、姉
ヴィアの思いに心打たれた。オーガストと同じ遺伝子を持つヴィアは、どのような確
率でその遺伝子が引き継がれるかを予測し、一度は子どもを持つのをあきらめる。し
かし、両親のオーガストを一途に守る愛にふれ、ボーイフレンドとの恋や、愛犬の死
を経験する中で、思いは変わり始める。ヴィアが演じた演目、ソーントン・ワイルダ
ーの『わが町』は、出産で子どもと共に命を落とす母親の姿を描きながら、幸せとは
何かを伝える作品だ。演じる中でヴィアは、だれの命も思い通りになどならないこと
に気づかされる。
 オーガストのような遺伝子の異常が起こる確率は400万分の1。これは、オーガス
トがこの世に生まれて、家族や友人に出会えた奇跡の確率でもある。短命と下された
診断をくつがえしたのは、オーガストの生命力もあるが、それを支えた愛や勇気や友
情の力が大きい。これらをものさしで測ることはできない。人間が持つ偉大な力は、
他者を思いやる心だとあらためて実感し、心が幸せな気持ちで満たされた。

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【作】R・J・パラシオ(R. J. Palacio):米国、ニューヨーク在住。長年アート
ディレクター、デザイナー、編集者として多くの作品を世に送り出してきた。デビュ
ー作となった本書は、すでに映画化も決まっている。夫と2人の息子、2匹の犬と暮
らす。

【訳】中井はるの(なかい はるの):大学卒業後、外資系企業勤務を経てフリーの
翻訳・通訳者に。出産を機に児童書の翻訳をはじめる。「グレッグのダメ日記」シリ
ーズ(ジェフ・キニー作/ポプラ社)、第60回産経児童出版文化賞翻訳作品賞を受賞
した『木の葉のホームワーク』(ケイト・メスナー作/講談社)など、訳書多数。

【参考】
▼R・J・パラシオ公式ウェブサイト
http://rjpalacio.com/

                                (三好美香)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2015年全米図書賞児童書部門ロングリスト発表
      (最終候補作品の発表は10月14日、受賞作品の発表は11月18日の予定)
★2015年オランダ金の絵筆賞、金のパレット賞発表
★2015年オランダ金の石筆賞発表
★2015年ニルス・ホルゲション賞発表
★2015年エルサ・ベスコフ賞発表
★2015年カナダ総督文学賞(児童書部門)最終候補作品発表
                     (受賞作品の発表は10月28日の予定)

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 郵政博物館「ボンジュール!フランスの絵本たち」
 石川県七尾美術館「2015イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」 など

★講演会情報
 文京シビックセンター「翻訳よもやま話(連続対談)」
 静岡市美術館「長新太とボク」 など

★イベント情報
 ブックハウス神保町「ワークショップ 天国の鳥を描こう」 など

 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

                                (冬木恵子)

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●お菓子の旅●第65回 雨の日にはケーキを焼いて 〜ソッケルカーカ〜
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- Om jag vore som du skulle jag ta och baka en sockerkaka, sa mamma.
Det sa mamma precis som om hon trodde att jag kunde baka sockerkakor.
Men inte kunde jag det, atminstone hade jag aldrig forsokt.
          "Mera om oss barn i Bullerbyn" by Astrid Lindgren (1949)
                           Raben & Sjogren (2001)
      『やかまし村の春・夏・秋・冬』
      アストリッド・リンドグレーン作/大塚勇三訳/岩波少年文庫/2005年
                               (1965年初版)
Amazonで詳細を見る  hontoで詳細を見る  Amazon.ukで原書を見る

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 スウェーデンを代表する児童文学作家、アストリッド・リンドグレーンの「やかま
し村」シリーズは、家が3軒しかない小さな村で暮らす子どもたちの物語。子どもた
ちが経験する日々の出来事には、リンドグレーンの子ども時代が反映されています。
語り手は7歳の女の子、リーサ。雨の日、仲よしのアンナやブリッタとけんかしてし
まったリーサは、遊び相手がいなくて退屈しています。兄さんたちも風邪で寝込んで
いて、何をしたらいいかわからないと嘆いていると、お母さんに「もしわたしがあな
ただったら、カステラを焼くわね」と勧められます。カステラなんて焼いてみたこと
がないし、自分には焼けない、とリーサがためらうのが、今回の引用部分です。
 日本語訳で「カステラ」となっているこのお菓子、スウェーデン語では「ソッケル
カーカ(sockerkaka)」といいます。直訳すると「砂糖ケーキ」。材料は普段から家
にあるようなものばかりで、思い立ったらすぐに作れるこのお菓子は、スウェーデン
ではティータイムの定番。コーヒーカップやティースプーンを使って、すりきりや山
盛りなど気にせず、大雑把に計るとか。家によってカップやスプーンのサイズが違う
ので、当然レシピも変わります。リーサはレモンを入れましたが、バニラシュガーや
カルダモンを入れる場合もあるようです。材料や分量、作り方まで細かく書いてある
ところをみると、リンドグレーン自身もよく作っていたのでしょう。
 今回はリーサが作ったものに近いと思われるレシピをご紹介します。クグロフ型を
使うのが一般的ですが、なければ丸型やパウンドケーキ型でもかまいせん。

*-* ソッケルカーカの作り方 *-*
                    画像はこちら(やまねこ翻訳クラブ喫茶室)

材料(直径17cmのクグロフ型1個分)
 卵          2個       グラニュー糖       140g
 無塩バター※     50g       薄力粉          165g
 ベーキングパウダー  小さじ1杯半   食塩※          1つまみ
 牛乳         100cc      レモンの皮(すりおろす) 1/2個分
 型に塗るためのバター、パン粉(分量外)
※バターは有塩でも可。その場合、食塩は不要。

1.型にバターを薄く塗り、パン粉をふっておく。バターを電子レンジや湯煎などで
  溶かし、人肌程度に温めた牛乳を加えておく。薄力粉とベーキングパウダーを合
  わせてふるっておく。オーブンを180度に予熱する。
2.ボウルに卵を入れ、割りほぐす。グラニュー糖を2回に分けて加え、白っぽくな
  るまで泡立て器でかき混ぜる。
3.2に粉を3回に分けて加え、塩をふり、粉気がなくなるまでゴムベラで混ぜる。
4.溶かしたバターに牛乳を加えたものをゆっくり3に加え、同様に混ぜ合わせる。
  最後にレモンの皮を加える。
5.4を型に流し入れ、オーブンで30分焼く。焦げやすいので、途中で様子を見て、
  焦げそうになったらアルミホイルでふたをする。クグロフ型は型から抜きにくい
  ため、冷めるのを待って、型から出すこと。

★参考図書・ウェブサイト
『北欧の美味しいお菓子づくり』(土井始子著/インターシフト)
『家庭で作れる北欧料理』(矢口岳、早川るりこ共著/河出書房新社)
Sockerkaka 紹介ページ(recept.nu ウェブサイト内)(スウェーデン語)
http://www.recept.nu/recept-nu/sockerkaka--grundrecept/
ソッケルカーカ紹介ページ(KOKEMOMO Sweden ウェブサイト内)
http://kokemomosweden.blogspot.jp/2014/04/blog-post.html

お菓子の話題は喫茶室掲示板へどうぞ。
★「やまねこ翻訳クラブ喫茶室掲示板」
        http://www.yamaneko.or.tv/open/c-board/c-board.cgi?id=kissa

【特殊文字】
「atminstone」:「a」の上にリングがつく
「forsokt」「Sjogren」:すべての「o」の上にウムラウトがつく
「Raben」:「e」の上にアキュート・アクセントがつく

                  (赤塚きょう子/加賀田睦美/かまだゆうこ)

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●読者の広場● 海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ!
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 このコーナーでは、本誌に対するご感想・ご質問をはじめ、海外児童書にまつわる
お話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せ
ください。

※メールはなるべく400字以内で、ペンネームをつけてお送りください。
※タイトルには必ず「読者の広場」とお入れください。
※掲載時には、趣旨を変えない範囲で文章を改変させていただく場合があります。
※質問に対するお返事は、こちらに掲載させていただくことがあります。原則的に編
集部からメールでの回答はいたしませんので、ご了承ください。

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●お知らせ●

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。
こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。
http://www.yamaneko.org/info/order.htm
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           ・☆・〜 次 号 予 告 〜・☆・

 詳細は10日頃、出版翻訳ネットワーク内「やまねこ翻訳クラブ情報」のページに掲
載します。どうぞお楽しみに!
          http://litrans.g.hatena.ne.jp/yamaneko1/

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▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽

  やまねこ翻訳クラブ(yagisan@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。

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 独創的なデザインで世界120ヶ国以上で愛用されているフォッシルはアメリカを代
表するライフスタイルブランドです。1984年、時計メーカーとして始まったフォッシ
ルは時計をファッションアクセサリーのひとつと考え、カジュアルでポップなライン
からフォーマルなシーンにも使えるアイテムまで、年間300種類以上のモデルを発売
し続けています。またフォッシル直営店では、時計以外にもレザーバッグ、革小物、
ファッションサングラスなどのラインを展開しています。
TEL 03-5992-4611
http://www.fossil.co.jp/     (株)フォッシルジャパン:やまねこ賞協賛会社
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     ★☆メールマガジン『海外ミステリ通信』 隔月15日発行☆★
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編集者の方々へのインタビューもあります!    〈フーダニット翻訳倶楽部〉
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●編集後記●11月のやまねこ賞投票に向けて、今年も準備が始まりました。翻訳児童
文学の魅力を伝える意味でも、大いに盛り上がりたいと思います。そんな中ですが、
このたび編集人を退任することになりました。今月号の会員インタビューにもある通
り、当クラブは翻訳家をめざす者の学びの場です。本誌の編集に携わるあいだ、ほん
とうにたくさん勉強させていただきました。バトンを引き継ぎながら、「月刊児童文
学翻訳」は続いていきます。これからも、多くのみなさまにご愛読いただければ幸い
です。(お)
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発 行 やまねこ翻訳クラブ
編集人 大作道子/蒲池由佳/三好美香(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画 赤塚きょう子 尾被ほっぽ 岡田衣央 加賀田睦美 かまだゆうこ
    小島明子 佐藤淑子 手嶋由美子 長友恵子 冬木恵子 増山麻美
    美馬しょうこ 森井理沙 安田冬子 横山和江
協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
    からくっこ くらら ながさわくにお ゆま
    html版担当 ぐりぐら
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