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●特集●2006年度カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞
受賞作およびショートリスト(最終候補作)作品レビュー
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本年度のカーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞の受賞作、およびショートリス
ト(最終候補作)各5作品から2作品ずつ、あわせて6作品のレビューをお届けする。
レビューは英国版の本を参照して書かれている("A Swift Pure Cry" と "Scoop!:
An Exclusive by Monty Molenski" は米国版)。
※以下の作品のレビューは掲載済み。
ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト作品
"Augustus and his Smile"(本誌2007年5月号「注目の本」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2007/05.htm#mehon
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★2006年度カーネギー賞受賞作品
『ジャスト・イン・ケース』(仮題)メグ・ローゾフ作
"Just in Case" by Meg Rosoff
Penguin Books, 2006 ISBN 978-0141321813 (PB)
231pp.
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デビュー作 "How I Live Now" で注目を集めたメグ・ローゾフの2作目。鮮やかな
ライムグリーンを背景に、飛行機が旋回しながらゆっくり下降する。そんな、何か暗
示めいたものを感じさせる表紙が印象的だ。
ストーリーは、窓から飛ぼうとした幼い弟を、主人公デイヴィッドが間一髪のとこ
ろで救う場面から始まる。これを「間に合ってラッキーだった」と楽天的に受け止め
ることもできたはずだが、彼は自分に不幸をもたらす運命のしわざだと考えてしまっ
た。そして、この目に見えない力から逃れようと、別人になることを思いつく。まず
名前をジャスティンに改め、着るものも一変させて完璧なイメージチェンジを目指し
た。学校では、好奇の目で見られながらも、今までと打って変わってスポーツに打ち
込む。だが、トレーニング中に「急いで逃げろ!」と意味深な言葉をささやく正体不
明の声を聞き、ジャスティンの不安は消えるどころか、ますます大きくなっていった。
そしてある日、ジャスティンに運命の存在を確信させる大事故が起きる。
主人公は15歳。神経過敏で人生を悲観的にとらえがちになる微妙な年齢だ。ローゾ
フは、自分を上手くコントロールできない思春期の不器用さや複雑な心理を、少年の
恋や友情を織り交ぜてみずみずしく描いている。頭の中の迷路をさまよい、悶々とし
た日々を過ごすジャスティン。そんなティーンエイジャーのありがちな日常が、作者
の軽妙でクールな語りにかかると、鮮明で美しい絵になって映画のシーンのように動
き出す。ジャスティンが恋する年上で現実的なアグネス、常に冷静沈着な友だちのピ
ーター、空想の愛犬、不気味な声の主「運命」など、登場人物の一人一人が、現実と
非現実の境界線上を歩く主人公の姿を浮き彫りにし、全体のバランスを保つ重要な役
割を果たしている。
誰が悲惨な事件や事故に巻き込まれてもおかしくない今の時代、不吉な運命を信じ
るのはむしろ容易なことかもしれない。ただ、それに屈服するか、対決するかを決め
る鍵を握っているのは運命ではなく、各自の意思だ。主人公と同じような試行錯誤を
繰り返す若い読者に、作者はそんなメッセージを送っているのではないだろうか。
読み終わった後、表紙の絵をもう一度眺めてみた。甘酸っぱい青春色の空を、ふら
つきながら飛んでいる飛行機の姿が、まぶしく映った。
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【作】Meg Rosoff(メグ・ローゾフ):1956年米国ボストン生まれ。ハーバード大学
在学中、ロンドンの美術学校に留学し、彫刻を学ぶ。大学卒業後、約10年間ニューヨ
ークで出版・広告関係の仕事に携わった後、ロンドンを再度訪ね、定住。英国人で画
家の夫、娘と暮らす。"How I Live Now"(『how i live now わたしは生きていける』
小原亜美訳/理論社)で2004年ガーディアン賞、2005年プリンツ賞などを受賞。
【参考】
▼"Just in Case" について作家インタビュー(BookBrowse.com 内)
http://www.bookbrowse.com/author_interviews/full/index.cfm?author_number=1059
▽メグ・ローゾフ作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/r/mrosoff.htm
(かまだゆうこ)
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☆2006年度カーネギー賞ショートリスト作品
『歌の調べにのって』(仮題) シヴォーン・ダウド作
"A Swift Pure Cry" by Siobhan Dowd
David Fickling Books, 2006 ISBN 978-0385609692 (UK)
David Fickling Books, 2007 ISBN 978-0385751087 (US)
310pp.
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(このレビューは US 版を参照して書かれています)
1984年早春、アイルランドの小さな村。15歳の少女シェルは、父、弟、妹と粗末な
家で貧しい生活を送っていた。前年の11月に母を病気でなくした後、父は現実に背を
向け宗教にのめりこむようになった。仕事をやめ慈善活動の献金箱を持って道に立つ
ものの、そこから金をくすねて酒場に通うありさまだ。そんな父を、嫌悪し、恐れな
がら、シェルは家事や弟妹の世話を続けていた。ある日、教会で、新任の若い神父ロ
ーズがはじめて神の教えを説いた。母の死後は信仰を捨てていたシェルだったが、そ
の表情豊かな話しぶりに、キリストがローズ神父の姿になって地上にもどってきたの
だと夢中になり、再び神を信じ、母の魂を身近に感じるようになるのだった。
「お母さん、どうして死んでしまったの」母への募る思いと、尋常ではない父親の精
神状態とが交錯する一方で、唯一の友ブリーディ、言い寄ってくる少年デクラン、一
家を心配してくれるローズ神父、そしてシェル自身の思いもさまざまに絡みあい、物
語は思わぬ方向へと進んでいく。その流れには説得力があり、シェルの気持ちが痛い
ほどに伝わってきた。そして後半は、さらに衝撃的な事件へと突入する。希望もなく
投げやりだったシェルが、事件を通して強くたくましくなっていく姿が丁寧に描かれ
ており、深く心をゆさぶられた。20年前に実際におきた未解決の事件を、3か月でフ
ィクションとして書きあげたという、作者の思いのこもった喪失と再生の物語である。
印象的なのは、あちこちで流れる歌声だ。鏡の前で母が好きだった賛美歌を口ずさ
むと、母の魂が舞いおりてきたように感じる場面。浜辺の洞窟でデクランに身をまか
せながら、母の好きだった歌を頭の中で響かせ、魂が鳥になって空や海をかけぬける
場面。その切なく美しい描写は秀逸である。歌のクライマックス部分を表現している
のが、表題にもなっている "a swift pure cry"。アイルランドの作家ジェイムズ・
ジョイス作『ユリシーズ』からの引用だ。その高く澄みきった歌の調べは、シェルを
取り巻く貧困、無知、村の持つ閉鎖性といった闇を、軽やかに飛びこえていく。
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【作】Siobhan Dowd(シヴォーン・ダウド):英国ロンドンでアイルランド系の家庭
に生まれ育ち、休みのたびにアイルランドの親戚を訪れている。オックスフォード大
学を卒業後、PEN(国際ペンクラブ)で作家の人権を促進するさまざまな活動を行
ってきた。本作は初の小説で、ブランフォード・ボウズ賞を受賞したほか、数々の賞
の候補作にあげられた。現在5作目を執筆中。英国オックスフォード在住。
【参考】
▼シヴォーン・ダウド公式ウェブサイト
http://www.siobhandowd.co.uk/
▼シヴォーン・ダウド紹介記事(BookClubs.ca サイト内)
http://www.bookclubs.ca/author/results.pperl?authorid=71819&view=full_sptlght
▼シヴォーン・ダウドへのインタビュー(teensreadtoo.com サイト内)
http://www.teensreadtoo.com/InterviewDowd.html
▽シヴォーン・ダウド作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/d/sdowd.htm
(植村わらび)
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☆2006年度カーネギー賞ショートリスト作品
『ビースト』 アリー・ケネン作/羽地和世訳
早川書房 定価1,575円(税込) 2006.07 302ページ ISBN 978-4152087454
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"Beast" by Ally Kennen
Scholastic, 2006
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17歳のスティーヴンは、里親の元で暮らしている。父親はアルコール依存症でホー
ムレス同然だし、母親は精神を病んでいて、ふたりとも彼を養育できないからだ。ア
ルバイトをして免許をとり、車も持っているスティーヴンの生活は、一見安定してい
るように思える。だが、実は毎日がゆううつでたまらない。里親たちが自分のことを
信用してくれず、その娘がやっかいごとに巻き込もうとしてくるせいもある。だが、
常に頭の隅にあるのは、6年前から苦労して餌をやり続けている「あいつ」のこと。
今日は豚をまるごと1匹食べさせた。はじめは小さくて弱々しかったのに、今では巨
大で、手に負えないビーストになってしまった。もしあいつが貯水池の檻を破って逃
げ出して、人間を襲ったら? 悩んだ末、スティーヴンは決意する。そう、あいつを
始末するのだ……。
ビーストの正体を知りたいというよりも、孤独なスティーヴンの心の痛みに寄り添
いたくて、急いでページを繰った。やっかいでたまらないのに、それでもバイト代の
ほとんどをつぎこんでビーストに餌をやり続けた彼の心の奥深くには、責任や義務以
上の、一言では表せない何かがあった。何しろあれは、父親からもらったものだった
から。そうせざるを得ない少年の気持ちが、ひりひりと痛い。誰にも言えない秘密を
持つスティーヴンは、その家庭環境のゆえ、苦労やつらい思いを数多くしてきた。ま
っとうに生きたいのに、なぜだか物事は裏目に出、また苦境に追いやられる。なかな
か抜け出せない負の連鎖に、思わずため息がでた。
それでも、ひとりで何とか前を向いてやっていこうとするスティーヴンは強い。そ
して、少数ではあるが、彼のことを気にかけてくれる人たちもいた。勉強させようと
してくれた最初の里親や、仕事を手伝わせ、雇おうとまでしてくれるかじ屋のエリッ
クに、少年はどれほど救われたことだろう。正しく生きようとする彼の姿が、読むも
のの胸を打つ。誰にだって救いの存在は必要だ。そして、光は必ずどこかにあるのだ。
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【作】アリー・ケネン(Ally Kennen):英国、エクスムーア出身でブリストル在住。
博物館の警備員や図書館司書補、学校や保育所の補助教員、遺跡の発掘員、シンガー
ソングライターなど、さまざまな職業を経て、作家となる。本作品は、2006年ブック
トラスト・ティーンエイジ賞ショートリスト作品でもある。2作目の "Berserk" は、
本作の主人公スティーヴンの弟、チャスの物語。現在3作目の "Bedlam" を執筆中。
【訳】羽地和世(はねじ かずよ):立教大学文学部史学科を卒業し、英米文学の翻
訳家となる。他の訳書には、『アニモーフ1』『アニモーフ4』(いずれもK・A・
アップルゲイト作/早川書房)、『偽りをかさねて』(ジョディ・ピコー作/早川書
房)、『タイタニック号の殺人』(マックス・アラン・コリンズ作/扶桑社)などが
ある。
【参考】
▼アリー・ケネン公式ウェブサイト
http://www.allykennen.com/
▼アリー・ケネンインタビュー記事(Scholastic 内)
http://www.scholastic.co.uk/zone/authors_a-kennen_interview.htm
(美馬しょうこ)
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★2006年度ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品
"The Adventures of the Dish and the Spoon" by Mini Grey
『おさらとスプーンのぼうけん』(仮題) ミニ・グレイ文・絵
Jonathan Cape, 2006 ISBN 978-0224070379
32pp.
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絵本やイラストなどでよく目にするマザーグースの「ヘイ・ディドル・ディドル」。
猫がバイオリンを弾き、雌牛が月を飛び越え、犬が笑い、お皿とスプーンが駆け落ち
するというナンセンス・ソングだが、そのお皿とスプーンはいったいどこへ行ったの
だろうか。そんな疑問に焦点を当てたのがこの作品だ。
イギリスから海を渡ってニューヨークにたどり着いたお皿とスプーンはエンターテ
イナーとなり、旅をしながらアクロバティックなショーを繰り広げる。そしてたちま
ち人気者になってお金もたっぷり入ってくるものの、幸せな生活は長くは続かない。
ぜいたく好きなお皿が高級車や宝石、毛皮などに散財したため財布はすぐに空っぽに
なり、「ナイフとフォーク」というライバルも現れて、ふたりは落ちぶれていく……。
1930年代のアメリカを舞台に、スプーンの視点で語られるストーリーは、テンポの
よさと意外な展開で読者をぐいぐいとひきつける。ボードビル劇場で観客を喜ばせて
いる場面があるかと思えば、砂漠の真ん中での西部劇さながらのスリリングな場面も
あり、よくぞ次々と思いつくものだと感心する。デビュー以来、空を飛びたがる卵や、
動きだすクマのビスケットなど、ユニークな発想の作品を生み出してきたミニ・グレ
イの面目躍如といえる。
見開きのページはある時には3つに分けられ、またある時にはさらにコマ割りされ
るなどさまざまに変化し、その中に描きこまれた絵を丁寧に見ていくのも楽しい。行
方不明になった雌牛など、「ヘイ・ディドル・ディドル」のほかの登場人物があちこ
ちに顔を出していたり、自由の女神のコインが色々な形で登場したり、読むたびに新
たな発見がある。作者のあふれるような遊び心を、読者もいっしょに満喫したい。
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【文・絵】Mini Grey(ミニ・グレイ):大学で文学とイラストレーションを学んだ
のち、舞台芸術の仕事などにたずさわる。小学校で教えているときに絵本の楽しさに
めざめ、自分でも作品を描くようになる。"Biscuit Bear" で2004年のスマーティー
ズ賞(現・ネスレ子どもの本賞)5歳以下金賞を受賞。"Traction Man is Here" は、
徳間書店より邦訳刊行予定。
(笹山裕子)
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☆2006年度ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト作品
『スクープ!』(仮題)キャシー・ティンクネル文/ジョン・ケリー絵
"SCOOP!: An Exclusive by Monty Molenski"
text by Cathy Tincknell, illustrations by John Kelly
Templar, 2006 ISBN 978-1840111774 (UK)
Candlewick Press, 2007 ISBN 978-0763630591 (US)
32pp.
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(このレビューは US 版を参照して書かれています)
ジョン・ケリーとキャシー・ティンクネル夫妻による絵本の2作目だ。彼らの絵本
は油断大敵。ページをめくる前から、すでに話は仕掛けられている。表紙をじっと見
てみよう。主人公らしいモグラがカメラを持っている。そこは夜の街角だ。モグラの
周囲に目を凝らすと、ほーら、いた、いた。暗闇のなかに何だかおかしなやつらが潜
んでいる。1匹、2匹、3匹……6匹確認! お話の世界では有名だけれど、夜には
あんまり会いたくない連中だ。きっとこれが話の鍵に違いない。鍵を見つければ少し
安心。さあ、扉を開いて読み始めよう。
モグラ記者モンティは、スクープをなかなかものにできない。今日も編集長に小言
をくらったばかりだ。紙面のトップを飾るようなスクープを手に入れたい! 悩むモ
ンティを尻目に、編集長と仲間の記者たちは「F. P. クラブ」の会合に出かけた。窓
からのぞいて見ると、彼らは意味深な笑いを交わし、ガードマンに守られた向かいの
ホテルに入っていった。「F. P. クラブ」って何だろう? モンティは怪しげな秘密
クラブの実体を暴こうと行動を起こす。変装したり、窓から侵入しようとしたり、果
ては先祖伝来の奥の手まで持ち出し、考えられるかぎりの方法を試すのだが……。
「F. P. クラブ」とは? 表紙で見つけた鍵はヒントになるのか? このコンビの手
にかかると、ストーリーの展開は一筋縄ではいかないことをお忘れなく。見慣れた風
景の中にこそ意外な事実が隠れている。えっ! と驚いて、もう一度、あれ? と思
ってまた最初からページをめくることになる。そのたびにユーモアあふれる仕掛けに
出合うだろう。お話の謎解きとイラストの絵解きで、親子いっしょになって何度も楽
しめる絵本だ。
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【文】Cathy Tincknell(キャシー・ティンクネル):1962年英国生まれ。イングラ
ンドの Bath Academy 美術学校でグラフィックデザインの勉強をしたのち、児童書出
版会社に20年近く勤めた。2002年に独立し、児童書出版の仕事を続けている。この本
は "Guess Who's Coming for Dinner?" に続いて夫ジョン・ケリーとの共著2作目。
ロンドン在住。
【絵】John Kelly(ジョン・ケリー):1964年北イングランド生まれ。独学で絵を勉
強したのち、子どもの本のデザインおよびイラストを手がける。"Robot Zoo"、"Slow
Magic" などでイラストを担当。妻であるキャシー・ティンクネルとの共著 "Guess
Who's Coming for Dinner?" は2004年度ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト
にあがっている。
(尾被ほっぽ)
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☆2006年度ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト作品
"The Elephantom" by Ross Collins
『エレファントム』(仮題) ロス・コリンズ文・絵
Templar, 2006 ISBN 978-1840116625 (PB)
30pp.
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ゾウのおばけの〈エレファントム〉が、うちにとりついちゃった! エレファント
ムのせいで、夜は眠れないし(騒ぐから)、ほうれんそうのサンドイッチしか食べら
れないし(ピーナッツバターを食べちゃうから)、部屋をよごされるし(なかまを呼
んでパーティーをするから)、ほんと大迷惑。おばけが見えないパパとママは、あた
しの話をちっとも信じてくれない。だから、あたしは、おばあちゃんに相談したんだ。
なんてったって、おばあちゃんは、おばけのペットをたくさん飼ってるからね。おば
あちゃんに教えてもらったすっごく怪しげな店で、あたしは箱を買った。この箱に入
っているもので、ほんとにエレファントムを退治できるのかな?
〈エレファントム〉は、Elephant と Phantom をかけたネーミング。まるまると太
ったゾウのおばけは、体全体がパールがかった淡い水色で、もやのようなキラキラを
なびかせながら、家じゅうをふわふわただよう。ひょうひょうと悪さをしまくる姿は、
とってもキュート。紫やピンクをはじめとするにぎやかな色調が、このとっぴょうし
もない話と絶妙にマッチして、心地よささえ感じられる。ゾウの臭い落とし物(!)
を「香水」と勘違いする、ちょっと感覚のずれた父親と、自分のことにかまけて子ど
もの話をきちんと聞かない母親は、おだやかでかわいらしいおばあちゃんの人柄を引
き立たせる存在だ。おばあちゃんが飼っているおばけのペットは、ネコにウサギ、ワ
ニ、キンギョとバラエティ豊かで、眺めているだけでも楽しい。前見返しと後ろ見返
しがつながっている絵や、物語の背景が想像できる細かな描きこみには、作者の徹底
したこだわりが感じられる。最後のオチを含め、幽霊やおばけの出る家が高く評価さ
れるという、英国ならではの物語かもしれない。
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【文・絵】Ross Collins(ロス・コリンズ):1972年、英国スコットランドのグラス
ゴーに生まれ、ロンドンに2年住んだのちグラスゴーに戻り、現在に至る。美術学校
を卒業した1994年に、MacMillan Children's Book Prize を受賞した。米国やドイツ
でも賞を受賞し、評価されている。邦訳は『いつでもふたり』(カレン・ウォーラス
文/せなあいこ訳/評論社)のみだが、絵本や読み物の挿絵など50以上の作品がある。
【参考】
▼ロス・コリンズ公式ウェブサイト
http://www.rosscollins.net/index.html
(横山和江) |