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●特集●2009年カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品レビュー
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本年度のカーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品レビューをお届けする。
どちらも英国版の本を参照して書かれている。
なお、ショートリスト(最終候補作)作品については、先月号で以下のレビューを
掲載済み。
・カーネギー賞ショートリスト作品
"Ostrich Boys"(本誌2009年6月号「注目の本」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2009/06.htm#myomi
また、当クラブ読書室掲示板において、「2009年カーネギー賞/ケイト・グリーナ
ウェイ賞候補作品を読もう会」を現在開催しており、それぞれの本についての感想な
どが活発に飛びかっている。「世界の児童文学賞ラリー」レビュー集でも、候補作品
のレビューを公開しているので、あわせてごらんいただきたい。
▽読書室掲示板
http://www.yamaneko.or.tv/open/c-board/c-board.cgi?id=dokusho
▽「世界の児童文学賞ラリー」レビュー集
http://www.yamaneko.org/dokusho/shohyo/tokusetsu/10th/index.htm
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★2009年カーネギー賞受賞作品
『時を超えて ボッグ・チャイルド』(仮題) シヴォーン・ダウド作
"Bog Child" by Siobhan Dowd
David Fickling Books, 2008 ISBN 978-0385614269
336pp.
Difinitions, 2009 ISBN 978-1862305915 (PB)
322pp.
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1981年6月、北アイルランド。国境近くの村に住むファーガスは、泥炭地に埋めら
れた遺体を発見した。数日前に殺されたように見えたが、実は2000年もの間状態良く
保存されていたボッグ・ピープルであることが判明。妹と同じくらいの背格好をした
少女の遺体と死の謎に強くひきつけられたファーガスは、夢の中で少女の声を聞いた
り、彼女が生きていた頃の様子を垣間見たりするようになる。彼は進学のための試験
を控えていた。良い成績を取れば、9月からスコットランドで医者になる勉強ができ
ることになっており、家族もそれを強く望んでいた。しかし、試験勉強も手につかな
いまま、ファーガスは考古学者の調査を手伝って少女の死の謎に迫っていく。
一方、ファーガスの兄ジョーはIRA暫定派の活動をして逮捕され、服役中の身だ。
家族はジョーのことをひどく心配していた。ジョーの仲間には、政治犯として扱われ
ることを要求してハンガーストライキを決行し、死んでしまう者も出ていたのだ。
1970年代よりはじまる北アイルランド紛争のなかから、作者ダウドは、ボビー・サ
ンズがハンストで死んだことで強い関心を集めた1981年を舞台に選んだ。固い信念を
もって刑務所でハンストを決行し、衰弱していくジョーの様子、仲間の葬儀での一触
即発の緊張感、家族それぞれの立場や気持ち、考え方の違いなどを描くことで、当時
の空気をうまく表した作品に仕上げている。そこに2000年前のボッグ・チャイルドの
発見を組み合わせたのが、いかにも作者らしいところ。少女を夢の中に幻想的に登場
させて、ファンタジーやミステリの味わいをふくらませた。ファーガスが、兄や友人
を守ろうとして苦しい決断を下すなか、夢の中でのボッグ・チャイルドの物語も進み、
死の真相が明らかになっていく。2000年の時を超えてふたりの心が重なる場面では、
全身にふるえが走るのを感じた。たくみな構成力はさすがである。
それに加えて、悩みながらも前向きに歩いていくすがすがしい主人公の人物造形も
あり、アイルランド独特の風景や音楽の美しい描写もありで、2007年(2006年度)に
同賞ショートリストにあげられた "A Swift Pure Cry" を全体的に上まわる仕上がり
になったといえるだろう。邦訳の予定があるとのことなので楽しみに待ちたいと思う。
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【作】Siobhan Dowd(シヴォーン・ダウド):英国ロンドンでアイルランド系の家庭
に生まれ育った。アイルランドを舞台にした2006年刊のデビュー作 "A Swift Pure
Cry" がブランフォード・ボウズ賞を受賞するなど話題となり、その後の活躍が期待
されたが、2007年8月に癌のため47歳で逝去。書きためていた3、4作目が死後刊行
され、注目を集めている。本作は3作目で、ビスト最優秀児童図書賞も受賞した。
【参考】
▼シヴォーン・ダウド公式ウェブサイト
http://www.siobhandowd.co.uk/
▽シヴォーン・ダウド作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/d/sdowd.htm
(植村わらび)
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★2009年ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品
『ハリスの おおきなあし』(仮題) キャサリン・レイナー文・絵
"Harris Finds his Feet" by Catherine Rayner
Little Tiger Press, 2008 ISBN 978-1845065898
26pp.
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ハリスは、小さな野ウサギ。だけど、足だけはとっても大きい。自分の足をながめ
て「どうしてこの足はこんなにでっかいの?」とため息をつくハリスに、おじいちゃ
んは笑う。「野ウサギはみんな、でっかい足をしとるんじゃよ。そのわけを教えてや
ろう」そしておじいちゃんは、ハリスにその大きな足のすばらしさを教えてくれた。
ハリスは走るのもジャンプするのもうまくなり、自分の足のちょっとすてきなところ
を発見したりもする。そして……。
全体的に、前作の "Augustus and his Smile" とイメージが重なる部分が多く、姉
妹編とも言えそうな作品だ。しかし、子ウサギの成長と、祖父と孫との触れ合いをテ
ーマにしたことで、趣が変わり、これもまた新鮮で印象的な絵本になっている。
"Augustus and his Smile" で、トラのオーガスタスは、失くした「笑顔」をさがし
てたったひとりで世界を旅した。けれども、ハリスにはおじいちゃんという頼もしい
案内役がいる。おじいちゃんはうんと高くジャンプする方法や、地面を掘ってひんや
り寝心地のいい休み場所をつくる方法を、お手本を見せながら教えてくれたり、高い
山を登りながら、これから広い世界に出ていくハリスに励ましの言葉をかけてくれた
りする。老いつつある祖父と幼い孫の道行きは、のんびりとして、ほのぼの温かい。
互いに目を見交わすときの表情や、並んで空を見上げるようす、おじいちゃんの砂色
の背中を見ながら同じ姿勢で山を登っていくハリスの後ろ姿──ふたりの間に通う、
愛情と信頼に満ちた空気が、画面から立ちのぼるように伝わってくる。
おじいちゃんの真似をすることから始めたハリスも、いつしか祖父を超える力を身
につけ、やがてひとり立ちしていく。その姿をレイナーは、繊細な線と美しく優しい
色彩で、さわやかに描きだした。前作でも色使いの美しさには驚嘆させられたが、こ
の絵本でも、デリケートな色使いが、ハリスのみずみずしい若さと、おじいちゃんと
ハリスの深い絆をみごとに演出している。希望と喜びにあふれた最後のページを、な
んと表現したらいいだろう。輝くばかりの山吹色の野を力強く駆けるハリス──そん
な言葉では言い足りない。レイナーの絵は、あまりにも雄弁だ。
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【文・絵】Catherine Rayner(キャサリン・レイナー):英国ヨークシャー生まれ。
エディンバラ・カレッジ・オブ・アートの卒業制作だった作品が出版社の目に留まり、
絵本作家としてデビュー。2008年のブックトラストの「ビッグ・ピクチャー・キャン
ペーン」では、10人の Best New Illustrators のひとりに選ばれた。作品に "Posy"、
"Sylvia and Bird" がある。現在、エディンバラで多くの動物たちと暮らしている。
【参考】
▼キャサリン・レイナー公式ウェブサイト
http://www.catherinerayner.co.uk/
▽キャサリン・レイナー作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/r/crayner.htm
(杉本詠美) |