メニュー「月刊児童文学翻訳」バックナンバー>2023年07月号


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2023年7月号
   =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.221
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2023年7月15日発行 配信数 2570 無料
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●2023年7月号もくじ●
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◎賞情報:2023年カーネギー賞作家賞および画家賞発表、
                      各シャドワーズ・チョイス賞発表!
 シャドワーズ・チョイス賞受賞作品レビュー:『ほうきぼしのまほう』
             ジョー・トッド=スタントン文・絵/まつかわまゆみ訳
◎特別企画:2024年国際アンデルセン賞の候補者たち
 ガヴィン・ビショップ(ニュージーランド)
◎賞速報
◎イベント速報

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●賞情報●2023年カーネギー賞作家賞および画家賞、
                      各シャドワーズ・チョイス賞発表!
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 英国図書館・情報専門家協会(CILIP: The Chartered Institute of Library and
Information Professionals)が主催する、イギリスで最も権威ある児童文学賞、カ
ーネギー賞作家賞および画家賞が6月21日に発表された。今回から賞の名称が、前回
までのカーネギー賞(The Carnegie Medal)がカーネギー賞作家賞(The Carnegie
Medal for Writing)に、ケイト・グリーナウェイ賞(The Kate Greenaway Medal)
がカーネギー賞画家賞(The Carnegie Medal for Illustration)に改められた。ま
た、各候補作品を読んだ子どもたちが図書館や学校などの読書グループを通じて投票
するシャドワーズ・チョイス賞も同時に発表された。
 本号では各賞の受賞作品をご紹介する。

▼カーネギー賞作家賞および画家賞公式ウェブサイト
https://yotocarnegies.co.uk/

▼同ウェブサイト内、2023年受賞作品発表ページ
https://yotocarnegies.co.uk/2023-winners-announced/

▼同ウェブサイト内、「Watch the 2023 Awards Ceremony」(動画)
    (発表の様子がオンタイムで流された。2023年7月15日現在も視聴できる)
https://carnegiegreenaway.org.uk/take-part/stream/

【カーネギー賞作家賞】

★2023 Yoto Carnegie Medal for Writing Winner

"The Blue Book of Nebo"
 written and translated by Manon Steffan Ros (Firefly Press)

☆2023 Shadowers' Choice Medal for Writing Winner

"I Must Betray You"
 by Ruta Sepetys (Hodder Children's Books)

 今年、80年以上に及ぶカーネギー賞の長い歴史において初めて、作家賞に翻訳作品
が選ばれた。ウェールズ出身・在住のベテラン作家 Manon Steffan Ros が2018年に
ウェールズ語で発表し、自ら英語に翻訳した "The Blue Book of Nebo" は、YAの
読者向けのポスト・アポカリプスSF作品だ。大都市に爆弾が落ち、電気が完全に失
われてから8年。ウェールズの村 Nebo で文明と隔絶されて暮らす14歳の少年 Dylan
と母親 Rowenna は、廃墟で青い表紙のノートを拾う。母子がノートに綴る日々の出
来事や思い出から、この8年間に何が起きたのか、読者は断片的に知ることになる。
146ページと短い作品だが、核の脅威、子どもの新しい環境への適応力、困難な状況
下で支えとなる文学や宗教の存在、ウェールズ語の継承など、扱うテーマは幅広く、
そして現代的だ。作者は授賞式で、「それぞれの言語には、独自の個性と豊かさを持
つ数多くの物語がある。翻訳作品は私たちの人生をより素晴らしいものにしてくれる」
と語った。今後も翻訳作品のノミネートや受賞があるのか、注目したい。

 シャドワーズ・チョイス賞を受賞したのは、歴史に取材したYA作品で知られる
Ruta Sepetys(ルータ・セペティス)の "I Must Betray You" だ。舞台は、1989年
のルーマニア。共産主義政権の圧政下、国民同士が密告し合う監視社会で、17歳の少
年 Cristian も秘密警察のスパイになるよう命じられる。本作は彼の葛藤や怒り、そ
こから生じた行動を描くことで、他の東欧諸国に比べてあまり注目されてこなかった
ルーマニアの民主化革命に新たな光を当てている。若者や子どもにも世界を変えられ
るというメッセージが、同世代の読者の心をつかんだようだ。作者セペティスはリト
アニア出身の父親を持ち、2011年に、ソ連の支配に翻弄されるリトアニアの少女が主
人公の "Between Shades of Gray"(『灰色の地平線のかなたに』)でデビュー。本
賞のショートリストに選ばれた。2017年には、第二次世界大戦末期に東プロイセンの
避難船を襲った悲劇に着想を得た "Salt to the Sea"(『凍てつく海のむこうに』)
で本賞を受賞している(上記2作とも野沢佳織訳/岩波書店)。

【カーネギー賞画家賞】

★2023 Yoto Carnegie Medal for Illustration Winner

"Saving Sorya: Chang and the Sun Bear"
 by Jeet Zdung, written by Trang Nguyen (Kingfisher)

☆2023 Shadowers' Choice Medal for Illustration Winner

"The Comet"
 by Joe Todd-Stanton (Flying Eye Books)

 今年のカーネギー賞画家賞は、野生生物保護活動家 Trang Nguyen の半自伝的スト
ーリーを、イラストレーター・漫画家の Jeet Zdung がグラフィックノベルに仕上げ
た "Saving Sorya: Chang and the Sun Bear" に贈られた。ともにベトナム人の作者
・画家による本作は、熱帯林を舞台に少女 Chang がマレーグマの Sorya と出合い成
長していく姿を描いている。画家 Zdung は、ベトナム南部の国立公園を訪れインス
ピレーションを得たという。多くの観察メモをとり、水彩紙に鉛筆、水彩絵の具やイ
ンクを用い漫画の手法を組みこんで、風景はもとより登場人物の感情までも表現して
みせた。続編 "Saving H'non: Chang and the Elephant" とともに、自然保護への熱
い思いが込められた作品だ。
※邦訳は来年1月に鈴木出版より刊行予定。

 シャドワーズ・チョイス賞に選ばれたのは、英国の児童文学作家でイラストレータ
ーの Joe Todd-Stanton(ジョー・トッド=スタントン)が手がけた "The Comet"
(『ほうきぼしのまほう』まつかわまゆみ訳/評論社)。数々の賞を受賞した経験の
ある作者が、ひっこした少女の心模様を星に託して描き出す。作品の詳しい内容は、
本誌今月号のレビューをご覧いただきたい。

※邦訳がある作家、画家については初出の際に片仮名表記を併記しています。

【参考】
▼Manon Steffan Ros 公式ツイッター
https://twitter.com/ManonSteffanRos

▼Ruta Sepetys 公式ウェブサイト
https://rutasepetys.com/

▼Jeet Zdung 紹介ページ(Pan Macmillan ウェブサイト内)
https://www.panmacmillan.com/authors/jeet-zdung/41906

▼Trang Nguyen 公式ツイッター
https://twitter.com/TrangN90

▼Joe Todd-Stanton 公式ツイッター
https://twitter.com/Joetoddstanton

▽カーネギー賞作家賞(旧カーネギー賞)受賞作品リスト
                        (やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/carnegie/index.htm

▽カーネギー賞画家賞(旧ケイト・グリーナウェイ賞)受賞作品リスト
                        (やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/greenawy/index.htm

▽ショートリスト(最終候補作品)紹介記事(本誌2023年4月号「賞情報」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2023/04.htm#sokuho

▽『灰色の地平線のかなたに』レビュー(本誌2012年4月号)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2012/04.htm#hyomi

                           (綿谷志穂/三好美香)

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『ほうきぼしのまほう』 ジョー・トッド=スタントン文・絵/まつかわまゆみ訳
評論社 定価1,650円(本体) 2023.06 40ページ ISBN 978-4566080911
"The Comet" by Joe Todd-Stanton
Flying Eye Books, 2022
★2023年カーネギー賞画家賞シャドワーズ・チョイス賞受賞作品
Amazonで検索する:ISBN  Amazonで検索する:書名と作者名

 ナイラはパパとふたり、海の近くでくらしていた。自然に囲まれた家からは星がた
くさん見えて、ほうき星を見たこともある。なにをするにもパパといっしょで幸せだ
った。だけど都会にひっこして、すべてが変わってしまった。パパはいそがしくて仕
事ばかり。学校にはなじめないし、家からは星がほとんど見えない。そんなある日、
ナイラはほうき星を見た。星は地面に落ちて、そこから光の木が生えてきた……。
 ジョー・トッド=スタントンの作品は、グラフィック・ノベル絵本と呼ばれること
もある。漫画のようなコマ割りがうまく用いられ、本作では特に、ほうき星が落ちて
きて、そこから光の木が生えてくる一連の流れが、巧みに表されている。暗やみに浮
かび上がるほうき星の光は、本のページが実際に光を放っているかと思うほどまばゆ
く、登場人物だけでなく、読者にも魔法をかける。
 物語は主人公の少女ナイラの一人称で語られ、その少なく、短い言葉から、ナイラ
が様々な思いをひとりで心に抱えこんでいることが伝わってくる。ふしぎなほうき星
はそんな心に寄り添い、ナイラが気持ちを外に表して、新しい生活を受け入れられる
ように、前向きになるきっかけを与えてくれる。だが、きっかけはあくまできっかけ
にすぎない。ナイラが前を向いて歩き出せるようになったのは、ずっと育まれてきた
親子の絆という名の強い「まほう」のおかげなのだろう。親として読んでいると、娘
の気持ちを感じたパパの表情の変化に胸がふるえる。その後どんなことがあったのか
文字では語られないが、ナイラたちが住む建物の中が断面図として見開きいっぱいに
描かれ、様子をうかがい知ることができるのは、楽しいしかけだ。
 不思議なファンタジーでありながら、ひっこしや進学など、生活の変化に不安を感
じる子どもが共感できる作品になっている。

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【文・絵】Joe Todd-Stanton(ジョー・トッド=スタントン):英国在住の児童文学
作家、イラストレーター。2018年に "The Secret of Black Rock"(『エリンとまっ
くろ岩のひみつ』せなあいこ訳/評論社)で、ケイト・グリーナウェイ賞ロングリス
トに選ばれた。ほかに邦訳作品には、「ブラウンストーンいちぞくのぼうけん」シリ
ーズ(河合祥一郎訳/すばる舎)などがある。

【訳】まつかわ まゆみ(松川真弓):英米の絵本・児童文学の翻訳を手がける。訳
書に『めをとじてみえるのは』(マック・バーネット文/イザベル・アルスノー絵)、
『ねえ、どれがいい?』(ジョン・バーニンガム文・絵)、「コロちゃん」シリーズ
(エリック・ヒル文・絵)(いずれも評論社)など多数。

【参考】
▼Joe Todd-Stanton 公式ツイッター
https://twitter.com/Joetoddstanton

                                (池田幸子)

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●特別企画●2024年国際アンデルセン賞の候補者たち
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 今年3月、2024年国際アンデルセン賞候補者が国際児童図書評議会(IBBY)よ
り発表された。2年に1度表彰されるこの賞は「児童文学界のノーベル文学賞」と評
される権威ある賞で、今回ノミネートされたのは、33か国から、作家賞と画家賞の両
部門で合計59名。作品はもちろんのこと全業績をふまえて厳正に審査され、各賞1名
が選ばれる。受賞者の発表は2024年春の予定。
 本誌今月号では、画家賞にノミネートされたニュージーランドのガヴィン・ビショ
ップをご紹介する。

【参考】
▼国際児童図書評議会(IBBY)公式ウェブサイト
http://www.ibby.org/

▼同ウェブサイト内、2024年国際アンデルセン賞のページ
https://www.ibby.org/awards-activities/awards/hans-christian-andersen-
award/hans-christian-andersen-awards-2024

▽国際アンデルセン賞受賞者リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/andersen/index.htm

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〜ガヴィン・ビショップ(ニュージーランド)〜

 国際アンデルセン賞の長い歴史の中で、ニュージーランドの受賞者はただひとり、
2006年作家賞のマーガレット・マーヒーである。マーヒーの受賞後10年間は、作家賞
・画家賞ともに、同国からは候補者が推薦されなかった。その沈黙を破り、2016年か
ら2020年の3回にわたって、ジョイ・カウリーが作家賞に推薦され、受賞は叶わなか
ったものの、2018年にショートリスト入りを果たした。その後、2022年は再び候補者
なしだったが、このたび、久しぶりに新しい候補者が推薦された。絵本作家のガヴィ
ン・ビショップである。

 ガヴィン・ビショップは、ヨーロッパ系の父と先住民マーオリの母のもと、1946年
にニュージーランド南島最南端のインバーカーゴで生まれた。幼いころから絵を描く
のが好きで、将来は画家になると決めていた。「なんでも好きなことをすればよい。
それで生活費を稼げるのなら」という父親の言葉に従って、クライストチャーチのカ
ンタベリー大学で美術を学んだあと、美術教師として高校に勤務しながら絵の制作に
取り組む。絵画の世界では成功できずにいたところ、子どもの本を作ることを知人か
ら勧められ、絵本制作を開始する。

 初めて試作し出版社に持ち込んだ絵本 "Bidibidi" は、旅する羊のお話。持ち込み
は成功し、後にテレビシリーズ化もされて人気を博すが、刊行までは長い道のりだっ
た。大学時代に学んだのは絵画であり、絵本という媒体の制作に無知だったビショッ
プは、このとき、編集者の指示のもとでおこなった書き直しの作業から多くを学んだ
という。1982年、先に出版されてデビュー作となった絵本 "Mrs McGinty and the
Bizarre Plant" で、大学の恩師の名前が冠されたラッセル・クラーク挿絵賞を受賞。
以来、創作、昔話の再話、ノンフィクションなど、さまざまなタイプの絵本を手がけ、
高く評価されている。

 少年時代は自分がマーオリであることをほとんど意識していなかったが、40代のと
き、亡くなった母親の親族をさがして弟とともに北島を訪れ、マーオリの先祖につい
て学ぶ。その後、大伯母の人生を描いたノンフィクションや神話の再話など、マーオ
リを題材にした絵本の制作にも精力的に取り組み始める。

 1998年、30年間の教員生活に別れを告げてフリーの絵本作家に。ジョイ・カウリー
の作品に挿絵をつける機会が増えたほか、自身の少年時代をモチーフにした "Piano
Rock: A 1950s Childhood"(※下記レビュー参照)や "Teddy One-Eye: The
Autobiography of a Teddy Bear" といった挿絵つきの長編を発表するなど、作品の
幅もますます広がる。

 近年では、出版社からの依頼による作品が多くなっている。2017年発表の
"Aotearoa: The New Zealand Story"(※下記レビュー参照)は、ニュージーランド
という国を文と絵で解説する64ページの大型絵本。ペンギン・ランダムハウス社の依
頼にこたえ、膨大な資料にあたって入念にリサーチした上で、制作に取り組んだ。完
成すると、次は同じボリュームで生き物の絵本、続いてマーオリ神話を解説する絵本
と、スケールの大きな作品を要望され、2年に1度のペースで発表。いずれも高い評
価を得ており、誠実な仕事ぶりがうかがえる。デジタルツールに頼らず、インクと水
彩絵の具を使って手で描いていることを考えると、仕事の速さにも驚かされる。2023
年10月には、19世紀のニュージーランド戦争についての絵本が同社より刊行される予
定だ。一方で、独立系の出版社 Gecko Press からは、赤ちゃん絵本をシリーズで刊
行中。ペンギン・ランダムハウス社のシリーズとは対照的に、限られた語彙で素朴な
世界を描いている。

 作品を見渡すと、自国の子どもたちに向けて自国の話を届けたいという思いが強く
感じられる。淡々とした語りの中に、クスッと笑えるユーモアが混じっているところ
が、ビショップの持ち味であり、ニュージーランドらしさでもあるといえるだろう。

 ビショップはこれまでに、児童文学賞のほか、ニュージーランド・メリット勲章
(ONZM)やニュージーランド首相賞も受けており、国内では広く知られた人物である。
国際的な活躍は、実は日本から始まった。新人だった1984年に野間国際絵本原画コン
クールで大賞を受賞したのだ。来日し、日本語でスピーチもおこなっている。

 それから約40年の時を経て、作品総数は70を超え、ニュージーランド児童文学界を
代表する人物となったビショップは、2022年8月に、ノンフィクション絵本 "Atua:
Maori Gods and Heroes" で〈ニュージーランド児童書及びヤングアダルト小説賞マ
ーガレット・マーヒー年間最優秀図書賞〉の表彰を受けた。通算で5回目の受賞であ
る。同年10月には、国際的な児童文学賞のひとつであるアストリッド・リンドグレー
ン記念文学賞の候補者リストに名前が載り、それから5か月後の今年3月、児童文学
の最高峰である国際アンデルセン賞の画家賞候補者となった。ビショップの業績を知
る誰もが、納得の拍手を送っていることだろう。

 クライストチャーチ郊外に妻と暮らし、庭仕事に精を出しながら、自宅のアトリエ
で絵本制作に取り組み続けるガヴィン・ビショップ。ここ数年はオンラインのイベン
トに出演したりインタビューに応じたりする機会が多く、動画が公開されているもの
もあるので、本誌読者のみなさまもぜひアクセスして、その穏やかでフレンドリーな
人柄にふれてみてほしい。

                【特殊文字】「Maori」の「a」の上に(-)がつく

+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +

■レビュー1(邦訳絵本)■
『こうさぎのうみ』 ガビン・ビショップ文・絵/大和和紀訳
講談社 定価1,400円(本体) 1998.06 32ページ ISBN 978-4062619820
"Little Rabbit and the Sea" by Gavin Bishop
North-South Books Inc., 1997
★1998年ラッセル・クラーク賞候補作品

 船乗りに憧れているけれど海を見たことがない子ウサギが、身近な大人たちに尋ね
てまわる。「海ってどんなもの?」もらった答えを反芻しながら海に思いをはせ、毎
晩のように海の夢を見る。ある日、野原で出会ったカモメに「海に連れていって」と
頼んでみたが、あっさりことわられる。でも、それから何週間かたったころ、カモメ
がプレゼントを運んできてくれて──。
 青いセーラー服を着ておもちゃの帆船を持ったウサギの男の子。寝室のベッドのま
わりにも、海にちなんだものがどっさり転がっている。でも家の外に一歩出れば、畑
や野原が広がるばかり。知らない世界に憧れる子ウサギのまっすぐな思いにふれて、
心がほっこり温かくなる。

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【訳】大和和紀(やまと わき):1966年デビューの漫画家。代表作に『はいからさ
んが通る』『あさきゆめみし』(いずれも講談社)など。訳出当時は、漫画家として
活躍を続けながら子育てをしており、本書と同時期にエッセイ『大和和紀の子育て絵
日記 はいからちゃんがやってきた!』(講談社)も発表している。

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■レビュー2(未訳読み物)■
"Piano Rock: A 1950s Childhood"
『ピアノ岩の見える土地 1950年代の少年』(仮題)
by Gavin Bishop ガヴィン・ビショップ文・絵
Random House New Zealand, 2008, 120pp. ISBN 978-1869790103 (HB)
★2009年ニュージーランド・ポスト児童書及びヤングアダルト小説賞
                        ノンフィクション部門候補作品
★2009年LIANZA児童図書賞エルシー・ロック賞候補作品

 大きな町に住んでいた3歳の「ぼく」は、父親の仕事の都合で、湖のほとりに越し
てきた。山にはさまれ、民家はぽつんぽつんとあるだけの小さな集落だ。家の裏の丘
のてっぺんには、アップライトピアノに似た形の岩がそびえている。夜になると、あ
たりは真の闇に包まれ、なんの音もしなくなった。
 ガヴィン・ビショップが3歳から8歳までを過ごした小さな町キングストンでの思
い出をまとめた、カラー挿絵つきの読み物。家族やまわりの人びと、そしてキングス
トンという土地への思いが、大げさな言葉ではなく、ちょっと遠回しでとぼけたよう
な描写から伝わってくる。児童文学賞ではノンフィクションとして評価されたが、楽
しいこと、悲しいこと、〈ピアノ岩〉にまつわる不気味な話などが入り交じり、連作
短編小説集のような味わいがある。若き英国女王のニュージーランド訪問に沸く様子
が描かれたエピソードも、読みどころのひとつだ。
 ほぼすべての見開きページに配置されている挿絵も必見。料理やお菓子が描かれた
カラーのページを眺めていると、幸せな気持ちになる。ピアノ岩の絵は数点あり、そ
れぞれが違う表情を見せている。手描きならではの温かみを帯びたビショップの絵は、
多くのことを語りかけてくれる。

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■レビュー3(未訳絵本)■
"Aotearoa: The New Zealand Story"
『アオテアロア(ニュージーランド)のむかし・いま・みらい』(仮題)
by Gavin Bishop ガヴィン・ビショップ文・絵
Penguin Random House New Zealand, 2017, 64pp. ISBN 978-0143770350 (HB)
★2018年ニュージーランド児童書及びヤングアダルト小説賞
               マーガレット・マーヒー年間最優秀図書賞受賞作品
★同年同賞エルシー・ロック・ノンフィクション賞受賞作品

 ニュージーランド(マーオリ語ではアオテアロア)という国を文と絵で解説する、
スケールの大きな知識の絵本。6500万年前の生物大量絶滅のあと、大地が再生したと
ころから始まるニュージーランドの歴史が、見開きページで紹介されていく。20世紀
半ば以降のことは項目別に紹介され、最後は未来に向けたメッセージが示されている。
 親しみやすい絵とわかりやすい文章はもちろん、人種差別や先住民の土地問題など
の負の歴史や、現代社会が抱える問題からも目をそらさずに書いている点も高く評価
したい。先住民とヨーロッパ人両方の血を引くベテラン作家のビショップだからこそ
書けたのだと思う。今後、何世代にもわたり、ニュージーランドの家庭、学校、図書
館の書棚に並ぶことだろう。

【参考】
▼ガヴィン・ビショップ公式ウェブサイト
https://gavinbishop.com

▼ガヴィン・ビショップのトーク動画
               (Creative New Zealand の Youtube チャンネル)
https://www.youtube.com/watch?v=EiFvpSxvQXc

                                (大作道子)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2023年ボストングローブ・ホーンブック賞発表

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 板橋区立美術館「2023イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」
 姫路文学館「特別展 ぞうのエルマー絵本原画展」 など

★講座・講演会情報
 国立国会図書館国際子ども図書館(録画配信)
   子ども読書の日トークイベント
       「本との出会い、読書の楽しみ─森見登美彦さんに聞く─」
 安曇野ちひろ美術館
 「ちひろ美術館セレクション 2010→2021日本の絵本展
                    &はたこうしろうミニトーク」  など

★イベント情報
 福岡アジア美術館「NTT西日本スペシャル おいでよ!絵本ミュージアム2023 FINAL」
                                    など

 詳細やその他のイベント情報は、「児童書関連イベント情報掲示板」をご覧くださ
い。なお、空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

 ツイッターアカウントでも最新情報を提供していますので、どうぞご注目ください。
▽やまねこ翻訳クラブ*イベント情報 Twitter
https://twitter.com/YamanekoEvent

                          (冬木恵子/山本真奈美)

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●お知らせ●

・本誌に対するご感想をはじめ、海外児童書にまつわるお話、ご質問、ご意見等をお
待ちしています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せください。ご質問等は本誌
に掲載させていただく場合があります。

・8月号は定期休刊です。次号(2023年9月号)の配信は9月15日の予定です。お楽
しみに!

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     ★☆メールマガジン『海外ミステリ通信』 隔月15日発行☆★
          http://honyakuwhod.blog.shinobi.jp/
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編集者の方々へのインタビューもあります!    〈フーダニット翻訳倶楽部〉
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●編集後記●今月号では2023年カーネギー賞と、2024年国際アンデルセン賞の候補者
のお一人をご紹介しました。読みたい本と気になる作家さんがどんどん増えていきま
す! 来月はお休みをいただき、次回は9月号となります。どうぞお楽しみに!(も)
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発 行 やまねこ翻訳クラブ
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