メニュー「月刊児童文学翻訳」バックナンバー>2022年6月号


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2022年6月号
  =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.213
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2022年6月15日発行 配信数 2500 無料
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●2022年6月号もくじ●
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

◎特集:第69回(2022年)産経児童出版文化賞翻訳作品賞 受賞作品レビュー
 『ぼくは川のように話す』
        ジョーダン・スコット文/シドニー・スミス絵/原田勝訳/偕成社
 『真夜中のちいさなようせい』 シン・ソンミ文・絵/清水知佐子訳/ポプラ社
◎世界の児童文学賞:第30回 ニュージーランド・ブックラヴァーズ賞児童書部門
                            (ニュージーランド)
 2022年受賞作品レビュー:
 "Kia Kaha: A Storybook of Maori Who Changed the World"
              ステイシー・モリソン、ジェレミー・シャーロック文
◎訳者が語る! 注目の本(邦訳絵本):『夜をあるく』
             マリー・ドルレアン文・絵/よしいかずみ訳/BL出版
◎注目の本(未訳読み物):"Cane Warriors" アレックス・ウィートル作
◎mikiron の親ばか絵本日誌:第8回 『アンドルーのひみつきち』
◎賞速報
◎イベント速報:★やまねこ翻訳クラブ協力企画のお知らせあり★
◎映像化された児童文学:第7回 『ぼくの名前はズッキーニ』
◎4月号「読者プレゼント」当選者発表!

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●特集●第69回(2022年)産経児童出版文化賞翻訳作品賞 受賞作品レビュー
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 産経児童出版文化賞は、子どもたちに優れた本を与えることを目的に、1954年の学
校図書館法の施行とともに制定された。大賞を含む7つの賞からなり、そのうち翻訳
作品賞は2007年より設けられている。前年の1年間に初版として刊行された児童書が
対象で、毎年5月5日の「こどもの日」に発表される。
 今月号では、2022年の翻訳作品賞を受賞した2作品のレビューをお届けする。

▼産経児童出版文化賞公式ウェブサイト
https://www.sankei.com/feature/child_award/

▼第69回産経児童出版文化賞公式ツイッター(※受賞者のコメント動画あり)
https://twitter.com/sanjidoushuppan

▽産経児童出版文化賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/jp/sankei/index.htm

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『ぼくは川のように話す』
ジョーダン・スコット文/シドニー・スミス絵/原田勝訳
偕成社 定価1,600円(本体) 2021.07 42ページ ISBN 978-4034253700
"I Talk Like a River" text by Jordan Scott, illustrations by Sydney Smith
Holiday House Publishing, Inc., 2020
★2022年ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト作品
★2021年シュナイダー・ファミリーブック賞受賞作品
★2021年ボストングローブ・ホーンブック賞絵本部門受賞作品
★2020年カナダ総督文学賞児童書絵部門最終候補作品
★2021年やまねこ賞絵本部門大賞受賞作品
Amazonで検索する:書名と作者名 Amazonで検索する:ISBN

 本作はカナダの詩人、ジョーダン・スコットが自分の体験をもとに文をつづった絵
本だ。主人公の「ぼく」には吃音があり、言葉は口の奥にはりついて、なかなか出て
きてくれない。学校でも話し方をからかわれ、先生にあてられませんようにとひたす
ら願う毎日を送っている。ある日、学校にむかえにきてくれた父親は「ぼく」を川に
連れだし、忘れられない言葉をかけてくれた。その一言がきっかけとなり、「ぼく」
の心に変化が起こっていく。
 子どもの世界で大きな部分をしめる学校で、自分に自信を持てず、息をひそめるよ
うに過ごす日々はどんなにつらいことだろう。しかし、そんな毎日が、誰かの愛ある
言葉によって大きく救われることがあるのだと、この本は教えてくれる。つらい思い
をしている子どもたちだけでなく、周りで見守る大人たちも、この本から勇気をもら
えるのではないだろうか。物語はぽつりぽつりと短い言葉でつづられ、「ぼく」の話
し方を表しているようだ。その言葉には、吃音に悩む気持ちや豊かな内面世界が比喩
的にみごとに表現されていて美しい。この少年が、将来詩人になったと思うと感慨深
い。あとがきで、なめらかな話し方がうらやましくも思うが、そうなったらそれは自
分ではないとあり、どんな一面も自分の一部として受け入れるに至った著者の人間と
しての深みに感動を覚えた。
 シドニー・スミスの絵はこの作品の魅力をさらに高めている。にじみを使ったタッ
チで心の葛藤を表し、人間の小ささと対比することで川の雄大さを強調している。父
親の言葉がぼくの心に沁み入るシーンでは、少年の体を縁取る白や耳の赤さによって、
少年が背後から受ける陽光のまばゆさと温かさが表現されている。少年の顔は穏やか
な幸福感に満ち、神々しさすら漂う。これは人が光を手に入れる物語なのだと、この
絵を見て思った。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【文】ジョーダン・スコット(Jordan Scott):カナダの詩人。生涯の吃音との闘い
をテーマにした詩集などを発表し、2018年、カナダの文学賞である Latner Writers'
Trust Poetry Prize を受賞。初の絵本である本書は数々の賞を受賞し高く評価され
た。

【絵】シドニー・スミス(Sydney Smith):カナダの画家。"Sidewalk Flowers"
(『おはなをあげる』ジョナルノ・ローソン作/ポプラ社)で、さまざまな賞を受賞。
本作を含む複数の作品で、ニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞を受賞している。

【訳】原田勝(はらだ まさる):東京外国語大学卒業。訳書は読み物に『兄の名は、
ジェシカ』(ジョン・ボイン作/あすなろ書房)、『コピーボーイ』(ヴィンス・
ヴォーター作/岩波書店)、絵本に『バーナバスのだいだっそう』(ファン・ブラザ
ーズ文・絵/学研プラス)、『夜のあいだに』(テリー・ファン&エリック・ファン
文・絵/ゴブリン書房)などがある。

【参考】
▼ジョーダン・スコット公式ツイッター
https://twitter.com/jscottwrites

▼シドニー・スミス公式ウェブサイト
https://www.sydneydraws.ca/

▽原田勝さんインタビュー(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/mharada.htm

                                (平尾陽子)

+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +

『真夜中のちいさなようせい』 シン・ソンミ文・絵/清水知佐子訳
ポプラ社 定価1,500円(本体) 2021.06 30ページ ISBN 978-4591170298
by Shin Sunmi
Changbi Publishers, Inc., 2016
(原書タイトルはテキスト形式では表示できないため、ここでは省略します)
Amazonで検索する:書名と作者名 Amazonで検索する:ISBN

 男の子がひとり、熱にうなされて寝ています。枕元で付き添っていたママが疲れて
眠ってしまうと、ちいさなようせいたちがやってきました。「ママのかわりに、かん
びょうしてあげる」。そういってお世話を始めたようせいたちは、どうやらママのこ
とを知っているようです。男の子は、ようせいたちの思い出話に耳を傾けます。ママ
が子どものころ、いつも一緒に遊んでいたこと。大人になったママは、ようせいたち
を忘れてしまったこと。やがて男の子の熱がさがり、ママが目を覚ますと……。
 本作は、韓国の画家シン・ソンミの初めての絵本です。墨と顔料を用いた東洋画の
技法で描かれた絵はとても美しく、繊細な筆致とやわらかな色合いに心が和みます。
ママとようせいたちのチマチョゴリ、花柄の枕、宝石箱はどれも伝統的な趣きで、男
の子も民族衣装を着ていますが……おや、布団のそばにあるのは、非接触式の電子体
温計。「ママ」という呼び方も現代的です。時代や場所が限定されないからでしょう
か、ページをめくりながら、幼いころ親しんだ小びとや妖精の物語を思い出し、母子
の体験したことが自分の身にも起きそうな気がしてきます。
 紙面の上のようせいたちの大きさは、ほんの指先ほど。けれどその表情やしぐさは
多くを物語ります。ママが成長して去っていったとき、寂しそうにうなだれる姿には
胸がじんとしました。後半の楽しい場面では茶目っ気たっぷりに動き回り、細かく描
き込まれた愛らしい姿は何度見ても見飽きることがありません。
 作品からは、作者が疲れた大人に寄り添い、童心を思い出して欲しいと願っている
ことが伝わってきます。一方、幼い読者にとって、親や周囲の大人にも子ども時代が
あったと知り、その過去や気持ちを想像することは、より豊かな関係を育むための糸
口となることでしょう。大人と子どもがともに楽しむ――それは本作のテーマでもあ
り、絵本というメディアの持つ魅力でもあります。第一作にして絵本の素晴らしさを
存分に味わわせてくれた作者。今後の活躍からも目が離せません。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【文・絵】シン・ソンミ(Shin Sunmi):韓国の東洋画家。蔚山大学、弘益大学大学
院で東洋画を学び、2003年に韓国美術大展に入賞。2006年から、オリジナルの妖精を
描いた絵画作品を発表するようになり、同じ妖精をモチーフに、2016年に初の絵本と
なる本書を、2020年にその続編を刊行した。本書はイタリアでも翻訳出版されている。
国内外での活動の様子は、Instagram(@shin_sunmi_80)で見ることができる。

【訳】清水知佐子(しみず ちさこ):和歌山県生まれ、大阪外国語大学朝鮮語学科
卒業。さまざまなジャンルの翻訳を手がけ、絵本の訳書には『クモンカゲ 韓国の小
さなよろず屋』(イ・ミギョン文・絵/クオン)、『9歳のこころのじてん』(パク
・ソンウ文/キム・ヒョウン絵/小学館)などがある。都内の韓国書籍専門店チェッ
コリの運営や翻訳コンクールの審査にも携わり、韓国文学の紹介に尽力している。

【参考】
▼ポプラ社公式ウェブサイト
https://www.poplar.co.jp

▼同ウェブサイト内作品紹介ページ
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/2730067.html

▼ポプラ社こどもの本編集部 note(訳者による作品紹介)
https://note.com/poplar_jidousho/n/n09b0cf6267a0

                                (綿谷志穂)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●世界の児童文学賞●第30回 ニュージーランド・ブックラヴァーズ賞児童書部門
                            (ニュージーランド)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■概要
名称:ニュージーランド・ブックラヴァーズ賞児童書部門
               (NZ Booklovers Award for Best Children's Book)
対象:ニュージーランド国民(海外在住者含む)または永住者によって書かれた児童
書のうち、前年1月から12月に出版されたもの
授賞開始:2019年
発表時期:毎年3月(ショートリストの発表は2月)
主催:ニュージーランド・ブックラヴァーズ(New Zealand Booklovers)
   https://www.nzbooklovers.co.nz

 賞を主催するニュージーランド・ブックラヴァーズは、2012年に設立された非営利
組織。そのウェブサイトは、「本を愛する人によって、本を愛する人のために」制作、
運営され、出版ニュース、レビュー、著者インタビューなど、本に関するさまざまな
情報の発信拠点となっている。
 ニュージーランド・ブックラヴァーズ賞は、2017年にこの組織の代表となった作家
のカレン・マクミランが中心となって設立した文学賞で、その主な目的は、ニュージ
ーランドの作家たちに光を当てることである。第1回の授賞は2019年3月。大人向け
フィクション、ライフスタイル書、児童書の3部門があり、いずれも、作家または出
版社等によってエントリーされた作品の中から選出される。ショートリスト(各部門
6作)の発表は毎年2月、受賞作品(各部門1作)の発表と授賞式は3月に行われる。
 児童書部門の選考は、作家、教育者、ジャーナリストなどとして活躍する3人の委
員が務めてきた。2023年より、児童書部門は絵本と読み物の2部門になることが決定
している。

◆過去の受賞作品(※邦訳がある作家、画家には片仮名表記を併記しています)

●2019年
"Puffin the Architect" by Kimberly Andrews
 海鳥のパフィンを主人公にした創作絵本。優秀な設計士であるお母さん鳥が、さま
ざまなタイプの家を考案するが、子どもたちはなかなか気に入ってくれなくて……。

●2020年
"Wildlife of Aotearoa" by Gavin Bishop(ガヴィン・ビショップ)
 ニュージーランドの生き物を幅広く紹介する大型絵本。実績ある絵本作家ガヴィン
・ビショップが、出版社からの依頼に応えて制作した。

●2021年
"I Am the Universe" by Vasanti Unka(ヴァサンティ・アンカ)
 宇宙、銀河、地球、そしてわたしたちの社会……それぞれをクローズアップして、
あざやかなイラストと短いテキストで紹介する絵本。

●2022年
"Kia Kaha: A Storybook of Maori Who Changed the World"
by Stacey Morrison and Jeremy Sherlock
 詳しくは、このあとのレビューをご参照ください。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2022年ニュージーランド・ブックラヴァーズ賞児童書部門受賞作品
★2022年ニュージーランド児童書及びヤングアダルト小説賞
                エルシー・ロック・ノンフィクション賞候補作品

"Kia Kaha: A Storybook of Maori Who Changed the World"
『キア・カハ 世界を変えたマーオリ人たちの物語』(仮題)
text by Stacey Morrison and Jeremy Sherlock
ステイシー・モリソン、ジェレミー・シャーロック文
Penguin Random House New Zealand, 2021, 208pp. ISBN 978-0143776437 (HB)

「キア・カハ」は、ニュージーランド先住民マーオリの言語で "be strong" という
意味だ。版元のペンギン・ランダムハウス(NZ)社は、ニュージーランドの偉人列
伝を、女性編と男性編に分けて2018年に刊行しており、本書はそのマーオリ編に当た
る。先の2作同様、どっしりしたハードカバーで、カラーのイラスト満載。49の人と
団体を、各4ページで紹介するという構成だ。2人の著者も、イラストを手がけた個
性豊かなアーティスト陣も、全員マーオリである。
 紹介されている人物の中で、映画監督のタイカ・ワイティティ、俳優のケイシャ・
キャッスル=ヒューズ、プロゴルファーのマイケル・キャンベルなどは、ご存じの方
もいらっしゃるだろうか。大部分が日本では無名なのだが、ニュージーランドでは功
績を称えられている人物ばかり。サーやデイムの尊称を冠された人物も少なくない。
 その中から何人か挙げてみよう。まずは、国会議員としてマーオリの地位向上に尽
くしたアーピラナ・ンガタ(1874-1950)。マーオリ初の大学卒業者である彼は、初
当選時に3つの学位を持っており、議会一の高学歴だったという。断固とした態度と
知性を武器に、白人優位社会の中でマーオリが抱える問題の解決に、手腕を発揮した。
マーオリ女性福祉連盟の総裁を務めたフィナ・クーパー(1895-1994)も、すぐれた
指導者だ。1975年に大規模なデモ行進の先頭に立ったことは、今なお語り継がれてい
る。教育者のカーテリナ・マタイラ(1932-2011)は、消えゆく言語と見なされてい
たマーオリ語の学習に新しい方法を導入し、言語復興に大きな役割を果たした。
 最も若いスタン・ウォーカー(1990-)の物語にも心を動かされる。貧困と暴力に
苦しんだ少年時代を乗りこえて、プロのシンガーとして成功。マーオリであることに
誇りを見いだした今は、同胞の若者たちに希望を与える存在となっている。
 困難な状況の中、自分の価値観に従って、自分にできることから一歩を踏み出した
マーオリの偉人たちの伝記は、ニュージーランドの読者はもちろん、日本の若者たち
をも勇気づけてくれるに違いない。自分にできることとは例えばどんなことなのか、
この本が教えてくれる。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【文】Stacey Morrison(ステイシー・モリソン):クライストチャーチ出身。テレ
ビ、ラジオのキャスターや制作者として活躍しながら、マーオリ語の普及、発展に尽
力している。マーオリ語の学習書の執筆も手がけ、夫の Scotty Morrison と共著し
た "Maori at Home: An Everyday Guide to Learning the Maori Language" や、絵
本 "My First Words in Maori"(Ali Teo 絵)などが高く評価されている。

【文】Jeremy Sherlock(ジェレミー・シャーロック):コロマンデル地方出身。出
版社に勤務し、ノンフィクション作品の編集を数多く手がける。その後独立し、出版
コンサルタントとして活躍しながら執筆にも取り組む。本書は作家としてのデビュー
作。オークランド在住。

【絵】Akoni Pakinga-Stirling, Haylee Ngaroma Solomon, Isobel Joy Te Aho-
White, Jessica Kathleen Thompson Carr aka Maori Mermaid, Josh Morgan,
Kurawaka Productions, Miriama Grace-Smith, Ngaumutane Jones aka Ms Meemo,
Reweti Arapere, Taupuruariki Whakataka-Brightwell, Xoe Hall, and Zak Waipara
:いずれもマーオリのイラストレーター(Kurawaka Productions はグループ)。本
書のイラストを分担して担当した。

【参考】
▼ステイシー・モリソン紹介ページ(Penguin Books New Zealand ウェブサイト内)
https://www.penguin.co.nz/authors/stacey-morrison

▼ジェレミー・シャーロック紹介ページ
                (Penguin Books New Zealand ウェブサイト内)
https://www.penguin.co.nz/authors/jeremy-sherlock

【特殊文字】
Maori:「Maori」の「a」の上に(-)がつく
Ngaroma Solomon:「Ngaroma」の最初の「a」の上に(-)がつく
Xoe Hall:「Xoe」の「e」の上に(¨)がつく

※ Maori の日本語表記は「マオリ」が一般的ですが、実際の発音に近い「マーオリ」
としました。ニュージーランドでも、近年ではマーオリ語を正しく発音しようという
考え方が主流になっています。

                                (大作道子)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●訳者が語る! 注目の本(邦訳絵本)●『夜をあるく』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 本コーナーでは、やまねこ翻訳クラブ会員である訳者本人が、訳した作品の魅力や
翻訳にまつわるエピソードを語ります。
 今回の執筆者は吉井一美さん。取り上げるのは、第27回日本絵本賞翻訳絵本賞に輝
いた作品です。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『夜をあるく』 マリー・ドルレアン文・絵/よしいかずみ訳
BL出版 定価1,600円(本体) 2021.11 32ページ ISBN 978-4776410317
"Nous avons rendez-vous" by Marie Dorleans
Seuil jeunesse, 2018
Amazonで検索する:書名と作者名 Amazonで検索する:ISBN

「やくそく、おぼえてる?」夜中にお母さんに起こされたきょうだいは、眠い目をこ
すりながら身支度をして、家族4人で夜のなかへ出かけていきます。静かな夜の町か
ら山のふもと、そして山頂へと歩をすすめ、そこで目にしたものは……。
 わたしがこの作品に惹かれた理由は3つあります。まず、色を最小限に抑えて描か
れた絵の美しさです。深い青色の夜のなかに、灯りなどの黄色をほんの少し使うこと
で、夜の大きさと静けさを際立たせています。また、夜の青のなかには、目を凝らす
と少しずついろんなものが見えてきます。町から山へと移りかわる景色や動物たち、
池にうつった月、満天の星などなど。昼間とはちょっと違う世界を、好奇心いっぱい
に味わっているようすが、子どもたちの姿勢や顔の向きから伝わってきます。
 つぎに、臨場感のある語りです。夜の静けさに寄り添うように控えめでありながら、
五感にうったえる表現が多く、子ども読者の想像力をかき立て、大人読者には懐かし
さを呼び起こします。訳すときには、自分もその場にいるような感覚を伝えられるよ
う心がけました。山梨の山間部で育った経験がかなり生かされたように思います。世
界が「静」から「動」に変わる美しい瞬間を前に抱く希望や期待感を、ぜひとも味わ
っていただきたいです。
 あとひとつは、家族で出かけるシチュエーションです。暗い夜の冒険でも家族とい
っしょの安心感のなかなら、子どもたちにとって忘れられない思い出になるでしょう。
長く続くコロナ禍で家族の存在をより強く感じることも多かったように思います。読
みながら、自分の家族を重ねあわせて想像もふくらみます。
 作品を訳すにあたっては、オリジナルのフランス語版と英訳版とを読みました。何
を大切にしているのか、どこにフォーカスするのか、解釈のしかたや翻訳そのものに
ついても、いろいろと深く考える貴重な機会になりました。
 季節は夏を迎えようとしています。梅雨が明けたら夜の冒険に出かけるのにちょう
どいいですね。

【文・絵】マリー・ドルレアン(Marie Dorleans):フランスの絵本作家。フランス
のストラスブールで装飾美術や美術史を学ぶ。本作で2019年にフランスの文学賞のラ
ンデルノー賞(子どもの本部門)を受賞。また、フランスの児童文学賞のソルシエー
ル賞ショートリストにも選出される。

【訳】よしい かずみ(吉井一美):山梨県生まれ。青山学院大学文学部英米文学科
卒。訳書に『おばけやしきなんてこわくない』(ローリー・フリードマン文/テレサ
・マーフィン絵/国土社)『カールはなにをしているの?』(デボラ・フリードマン
文・絵/BL出版)など。やまねこ翻訳クラブ会員。

【特殊文字】
Marie Dorleans:「Dorleans」の「e」の上に(´)がつく

                                (吉井一美)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●注目の本(未訳読み物)●カリブ海の文化を誇りに思った少年の物語
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

"Cane Warriors" 『サトウキビ農園の戦士』(仮題)
by Alex Wheatle アレックス・ウィートル作
Andersen Press Limited, 2020, ISBN 978-1787612006 (Kindle)
Andersen Press Limited, 2021, 208pp. ISBN 978-1839131127 (PB)
★2022年カーネギー賞ショートリスト作品
(このレビューは電子書籍版を参照して書かれています)
Amazonで検索する:書名と作者名 Amazonで検索する:ISBN


 舞台はカリブ海に浮かぶ島国ジャマイカ。奴隷制度があった1760年に、黒人奴隷が
蜂起した「タッキーの反乱」を描いた歴史物語だ。
 14歳の黒人少年モアはサトウキビ大農園で働かされている。両親と妹と住まいを離
され、めったに会えない。だが、農園でともに働く労働者たちと家族同然の強い絆で
結ばれている。白人監督による鞭打ち刑や女性への暴行など、仲間が受けた非道の数
々を聞き、妹や初恋の少女のためにも現状を変えたいと願っていた。
 そんな折、モアは年上の仲間に誘われ蜂起に参加する。はじめは、監督をひとり襲
うだけと聞いていたが、次々に別の襲撃計画がもちあがり、戸惑いを覚え、報復の恐
怖に怯えはじめる――。
 印象深いのは、監督を襲ったモアが敵の死に際して、死んだら敵味方の関係なく、
みな同じ人間だと気づく場面だ。「この口は歌を歌えない、お酒も飲めない。ぼくは
ひどいことをした」とモアは思う。誰かを守るための闘いで、別の誰かを犠牲にする
矛盾を抱える。その葛藤は、パトワ語(ジャマイカの言語)まじりの英語を話すモア
の語りで絶妙に伝わってくる。奴隷制度に振りまわされ、悲しみや復讐心、怒りを抱
え込むモアの姿はやるせない。ふと思い出したのは、新聞のコラムで知った「ウクラ
イナ侵攻」での、あるウクライナの若い兵士だ。彼は終わりの見えない戦いに疲弊し
ていた。モアとは立場は異なるものの、ともに理不尽な世界に翻弄される被害者に思
えた。奴隷制度と戦争はあってはならない社会悪なのだ。
 だが、本作には救いもある。モアが闘いの最中に思い出すのは、農園の共同体での
ささやかながら満ち足りたひとときだ。仲間と囲む食事は素朴だが、温かい光景とし
てモアの心の支えとなる。ジャマイカの昔話の生き物「アナンシ」(弱い者が強い者
を知恵でうちまかす象徴)や、神話の女神への信仰心もモアを勇気づける。モアの母
や、初恋の少女が女神のように強い点も本書の見どころだ。伝統を大切にするモアの
描写から、作者が祖先の文化に寄せる愛も感じた。本作はBLM運動の潮流で生まれ
た確かな希望の物語である。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【作】Alex Wheatle(アレックス・ウィートル):1963年英国生まれのジャマイカ系
英国人。幼少期から児童養護施設で育ち、人種差別抗議デモに参加して懲役刑を受け
た経験がある。文学やレゲエとの出会いで自身のルーツを知り、カリブ系黒人の若者
を見つめた小説を執筆して複数の児童文学賞を受賞している。2008年には多彩な文化
活動が評価され大英帝国勲章を授与された。その半生がドラマ化された注目の作家だ。

【参考】
▼アレックス・ウィートル公式ウェブサイト
https://www.alexwheatle.com/

                                (小原美穂)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●mikiron の親ばか絵本日誌●第8回 『アンドルーのひみつきち』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 本コーナーでは、わたくし mikiron が親ばかを承知のうえで、5歳の息子「青
(しょう)ちゃん」との日常を記しつつ、お気に入りの絵本をご紹介していきます。
どうぞおつきあいくださいませ。

 あまり手先が器用とはいえない青ちゃんですが、図画工作が大好きなようす。購入
した家具を組み立てるときなど、やる気満々でドライバーやレンチを握って手伝いた
がるのですが、危なっかしくて内心ひやひやしています。幼稚園からは毎週のように
制作物を持ち帰ってくるので、置き場所に困るほど。母の日のプレゼントには色紙い
っぱいににっこり笑顔のわたしを描いてくれたのがうれしかったです。「だいすき」
というメッセージの「だ」が鏡文字なのはご愛嬌……。
 そんな彼が気に入りそう、と思って手にとったのが、『アンドルーのひみつきち』
(ドリス・バーン文・絵/千葉茂樹訳/岩波書店)です。アンドルーは5人きょうだ
いの真ん中。お姉さんふたりと弟ふたりはそれぞれいっしょに遊んでいるけれど、ア
ンドルーはいつもひとり。でも寂しくはありません。ものづくりに忙しくて、それど
ころではないからです。家の中で大きなヘリコプターやメリーゴーラウンドを作って
家族からひんしゅくを買ったアンドルーは、村から遠く離れた原っぱに秘密基地を作
ることにしました。やがて、秘密基地には村の子どもたちが続々と現れ、アンドルー
はひとりひとりの理想とする秘密基地を作ってあげます。木の上に作ったり、橋の上
に建てたり、地下に掘ったりと、どれも個性的なものばかり。大満足の子どもたちは、
村に帰らず自由気ままに暮らしはじめました。そのころ、子どもたちがいなくなった
村は大混乱に陥っていました!
 細いペンを使ったモノクロの絵は、派手さこそないものの、描かれる秘密基地の魅
力を引き立てています。色彩がないことで、かえって読者の想像力を刺激するのでし
ょうか。青ちゃんに「秘密基地の本だよ」と手渡すと、興味津々でページをめくり、
隅々まで絵を眺めていました。大人にとっても、秘密基地という言葉にはどこか胸躍
る響きがあるのだから、彼にとってはなおさら。絵本やおやつを持って子ども部屋に
ふたりでこもり、布団のマットレスを立てて壁のようにして遊ぶことが最近多いので
すが、これも秘密基地の一種と言えそうです。正直なところ、リビングで遊んでくれ
たほうが、相手をしながら家事ができてありがたいのですが。いっしょに遊びながら
童心に帰り、わくわくする気持ちをちょっぴりおすそ分けしてもらう毎日です。

【参考】
▽本誌バックナンバー「親ばか絵本日誌」コーナー
http://www.yamaneko.org/mgzn/corner/oyabaka.htm
『アンドルーのひみつきち』を Amazonで検索する

                                (山本みき)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2022年チルドレンズ・ブック賞ショートリスト発表
                     (受賞作品の発表は6月25日の予定)
★2022年MWA賞受賞作品発表
★2022年ゴールデン・カイト賞受賞作品発表
★第27回日本絵本賞発表
★2022年ニュージーランド児童書及びヤングアダルト小説賞候補作品発表
                     (受賞作品の発表は8月10日の予定)

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 SEE MORE GLASS「『せんそうがやってきた日』パネル展」
 長崎県美術館
  「『がまくんとかえるくん』誕生50周年記念 アーノルド・ローベル展」 など

★講座・講演会情報
 板橋区立美術館「2022イタリア・ボローニャ国際絵本原画展&関連講演会」
 クレヨンハウス大阪店「富安陽子さんオンライン講演会 はなしの種の育て方」
                                    など

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、イベントは中止や延期になる場合がありま
す。最新の開催情報は「児童書関連イベント情報掲示板」掲載の各参考ウェブサイト
でご確認ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

 ツイッターアカウントでも最新情報を提供していますので、どうぞご注目ください。
▽やまねこ翻訳クラブ*イベント情報 Twitter
https://twitter.com/YamanekoEvent

★★やまねこ翻訳クラブ協力企画のお知らせ★★

「読書探偵作文コンクール2022」
  主催 読書探偵作文コンクール事務局
  協力 翻訳ミステリー大賞シンジケート、やまねこ翻訳クラブ

 いつも「読書探偵作文コンクール」にご協力いただき、ありがとうございます。
 小学生部門、中高生部門ともに、今年も開催いたします。
 応募開始は★7月1日★から、締切は★9月30日★です。詳細は各部門の公式ウェ
ブサイトをご覧ください。

 公式ツイッター、フェイスブックページ、note では随時最新情報をお伝えしてい
ます、どうぞ併せてご利用ください。

▼「読書探偵作文コンクール」小学生部門 公式ウェブサイト
http://dokushotantei.seesaa.net/

▼「読書探偵作文コンクール」中高生部門 公式ウェブサイト
https://dokutanchuko.jimdofree.com/

▼「読書探偵作文コンクール」公式ツイッター
https://twitter.com/Dokusho_Tantei/

▼「読書探偵作文コンクール」公式フェイスブックページ
https://www.facebook.com/dokushotantei/

▼「読書探偵作文コンクール」公式 note
https://note.com/dokutan/

 お子さんに、お友だちに、お知り合いに、ぜひお知らせください!

 4月3日(日)にオンラインで開催したイベント「読書探偵作文コンクール 2021
年度最優秀作品を選考委員が語る!」の録画を公開しています。
 どうぞご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=8uH1swUDRWY

 過去の受賞作をもとに2017年に出版した『外国の本っておもしろい! 子どもの作
文から生まれた翻訳書ガイドブック』(サウザンブックス社)も、引き続きよろしく
お願いいたします。
http://thousandsofbooks.jp/project/dokutan/

                          (冬木恵子/山本真奈美)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●映像化された児童文学●第7回 『ぼくの名前はズッキーニ』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 このコーナーでは、海外の児童書を原作とした、おすすめの映画やドラマをご紹介
しています。今回取り上げる作品は、ストップモーション・アニメです。原作と併せ
て、どうぞお楽しみください。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★文部科学省特別選定作品(青年向き・家庭向き)/文部科学省選定作品
                           (少年向き・成人向き)
★2016年アヌシー国際アニメーション映画祭 長編部門最優秀作品賞・観客賞受賞
★第89回(2017年)アカデミー賞長編アニメーション賞ノミネート

『ぼくの名前はズッキーニ』(原題 "Ma vie de Courgette")
監督:クロード・バラス/アニメーション監督:キム・ククレール/
                       人形制作:グレゴリー・ボサール
声の出演:ガスパール・シュラター、シクスティーヌ・ミュラ、
             ミシェル・ヴュイエルモーズ、ポーラン・ジャクーほか
2016年製作/スイス・フランス合作/フランス語/66分
日本劇場公開2018年/配給:ビターズ・エンド、ミラクルヴォイス/
                             字幕翻訳:寺尾次郎
原作:『ぼくの名前はズッキーニ』ジル・パリス作/安田昌弘訳/DU BOOKS
   ※『奇跡の子』(ポプラ社)の改訂版
Amazonで検索する:書名と作者名


【DVD】
『ぼくの名前はズッキーニ』
発売元:ポニーキャニオン/発売日:2018年9月/字幕翻訳:寺尾次郎、
                             吹替翻訳:小尾恵理

【動画配信サービス】
Amazon Prime Video、U-NEXT などで視聴可能

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

              〜傷ついた心の再生〜

 9歳の少年〈ズッキーニ〉は、酒浸りの母親との二人暮らし。本当の名前はイカー
ルだけれど、母親からそう呼ばれることはない。父親は若い娘〈メンドリ〉と家を出
て行ってしまった。ズッキーニはビールばかり飲んでいる母親の機嫌をうかがいなが
ら、屋根裏部屋で息をひそめて暮らしている。そんなある日、思いもよらないことで
母親を死なせてしまう。警察官のレイモンに保護されたズッキーニは、養護施設フォ
ンテーヌ園に引き取られることに。でも、新しい環境になじめず、子どもたちのボス、
シモンにはあれこれとからかわれ、不安と孤独はなくならない。ところが、ある日、
園にカミーユという少女がやって来て――。

 この作品は、フランスの作家ジル・パリスが手掛けた、ベストセラー小説を映画化
したもの。タイトルにもなっている主人公の少年の呼び名〈ズッキーニ〉は、本国フ
ランス版では仏語の courgette(クルジェット)で、派生元の語 courge(クルジュ
/カボチャの意)には、俗語で「ばか、まぬけ」の意味がある。この呼び名は本人に
は何よりも大切で、周りの人にもそう呼んでほしがる。その名は母親から与えてもら
ったものだからだ。
 原作はYA〜大人向けの長編で、背景には親の虐待やアルコール・薬物依存症、犯
罪などがある。このような作品を子ども向けにアレンジし、親しみやすいストップモ
ーション・アニメに転化した、クロード・バラス監督の発想と手腕は見事というしか
ない。登場する人形たちは、顔や体形が大胆にデフォルメされていて、人形だと意識
せざるを得ないのに、大きな目に惹きつけられて見ているうち、それを忘れてしまう。
 フォンテーヌ園に引き取られた子どもたちはみんな、それまでの過酷な生育環境の
せいで、心に深い傷を負っている。その傷のありようは、それぞれの子どもたちの行
動に現れているが、人形が演じることで、シンプルでわかりやすく、かつ生々しすぎ
ない。また、人形たちには手作りならではのぬくもりがあり、ユーモアまでまとって
いる。実写だったらこうはいかなかっただろう。

 映画では、原作のストーリーの幹はそのままに、枝葉をそぎ落とし、登場人物を絞
り込み、いくつか設定を変えて、メインキャラクターの子どもたちにクローズアップ
した展開になっている。また、原作にはないアイテムやシーンを追加して、原作のエ
ッセンスをわかりやすく伝える工夫がされている。
 とくに重要な追加アイテムに、ズッキーニが大切にしている、凧とビールの空き缶
がある。ズッキーニにとって、父の絵を描いた凧と、母の思い出の品のビール缶は、
心の拠り所になっているものだ。この2つのアイテムのその後を描写したシーンに、
涙腺が刺激される。
 劇中で何度か登場する〈今日の気分予報〉という掲示板も原作にはない。これは子
どもたちがその日の気分をお天気マークで表示するもので、彼らの心の動きをうかが
い知ることができる。物語のキーマンである、ボスのシモンのお天気マークの変化は
とくに見どころだ。ちなみに、この掲示板はバラス監督が取材で養護施設に滞在した
際に、アイデアを得たものだそう。映画公式ウェブサイトには、監督が製作秘話を語
った「メイキング」や、ユニークな「パイロット・フィルム」が掲載されているので、
こちらもぜひご覧あれ(本編視聴後がおすすめ)。

 現代社会の負の側面を背景にした本作は、傷ついた子どもたちが互いの関わり合い
を通して恋や友情をはぐくみ、再生していく姿を、笑いやユーモアを散りばめて描い
ている。見終わったあとの余韻は温かい。今厳しい環境に置かれている現実の子ども
たちも、未来が明るいことを願わずにはいられない。

【参考】
▼映画『ぼくの名前はズッキーニ』公式ウェブサイト
http://boku-zucchini.jp/

▽本誌バックナンバー「映像化された児童文学」コーナー
http://www.yamaneko.org/mgzn/corner/movie.htm

                                (蒲池由佳)

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●4月号「読者プレゼント」当選者発表!●
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 本誌4月号の「読者プレゼント」に、たくさんのご応募をいただきありがとうござ
いました。厳正なる抽選の結果、下記の方が当選されました。

            ★☆★ tomoshibi さん ★☆★

 おめでとうございます!
 絵本『ボクサー』に、翻訳者の愛甲恵子さんのサイン入りメッセージカードを添え
てお送りしました。

▲ページのトップへ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●お知らせ●

・本誌に対するご感想をはじめ、海外児童書にまつわるお話、ご質問、ご意見等をお
待ちしています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せください。ご質問等は本誌
に掲載させていただく場合があります。

・本誌の html 版は、発行日から5日後に公開予定です。以下の URL よりお入りく
ださい。
http://www.yamaneko.org/mgzn/bncorner.htm#html

・次号(2022年7月号)の配信は7月15日の予定です。お楽しみに!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     ★☆メールマガジン『海外ミステリ通信』 隔月15日発行☆★
          http://honyakuwhod.blog.shinobi.jp/
未訳書から邦訳新刊まで、あらゆる海外ミステリの情報を厳選して紹介。翻訳家や
編集者の方々へのインタビューもあります!    〈フーダニット翻訳倶楽部〉
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

   ◇各掲示板の話題やクラブの動きなど、HOT な情報をご紹介しています◇

★やまねこ翻訳クラブ Facebook ページ https://www.facebook.com/yamaneko1997/

★やまねこ翻訳クラブ Twitter

 やまねこアクチベーター       https://twitter.com/YActivator
 やまねこ翻訳クラブ☆ゆる猫ツイート https://twitter.com/yamanekohonyaku
 やまねこ翻訳クラブ*イベント情報  https://twitter.com/YamanekoEvent
 巷で見かけたやまねこたち      https://twitter.com/ChimataYamaneko

*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●編集後記●本誌「月刊児童文学翻訳」の発案者であり、名付け親である小野仙内さ
んが、今年5月11日にご逝去されました。小野さんは、当クラブの発足に関わり、長
い間、運営を見守ってくださいました。これまでの多大なるご支援に対し、編集部一
同深く感謝するとともに、心からご冥福をお祈りいたします。(も)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
発 行 やまねこ翻訳クラブ
編集人 森井理沙/平野麻紗/三好美香(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画 赤塚きょう子 池田幸子 大作道子 尾被ほっぽ かまだゆうこ 蒲池由佳
    小島明子 小原美穂 佐藤淑子 平尾陽子 冬木恵子 安田冬子
    山本真奈美 山本みき 吉井一美 綿谷志穂
協 力 からくっこ shoko ながさわくにお
    html版担当 ayo
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・このメールマガジンは、「まぐまぐ」( http://www.mag2.com/ )を利用して配信
しています。購読のお申し込み、解除は下記のページからお手続きください。
http://www.mag2.com/m/0000013198.html
・バックナンバーは、http://www.yamaneko.org/mgzn/ でご覧いただけます。
・「月刊児童文学翻訳」編集部 連絡先 mgzn@yamaneko.org
・無断転載を禁じます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 

メニュー「月刊児童文学翻訳」バックナンバー>2022年6月号

Copyright (c) 2022 yamaneko honyaku club. All rights reserved.

やまねこ翻訳クラブロゴ