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やまねこ翻訳クラブ 資料室
原田 勝 さん インタビュー

ロングバージョン

『月刊児童文学翻訳』2017年10月号より一部転載


 今回ご登場いただくのは、2016年やまねこ賞の読み物部門1位に輝き、2017年の第3回日本翻訳大賞最終選考候補作品にも選ばれた、『ペーパーボーイ』(ヴィンス・ヴォーター作/岩波書店)の翻訳者、原田勝さんです。会社員時代に駐在していたイラクでのご経験、翻訳家としてデビューするまでの経緯、数多く手がけていらっしゃるヤングアダルト(YA)文学の魅力など、貴重な話を語ってくださいました。ご多忙の中、インタビューをお受けくださった原田さん、ありがとうございました。


【原田 勝(はらだ まさる)さん】

 1957年生まれ。東京外国語大学卒。1993年、『ミッドナイトブルー』(ポーリン ・フィスク作/ほるぷ出版)で翻訳家デビュー。英語圏のYA小説を精力的に紹介している。訳書に、『弟の戦争』(ロバート・ウェストール作/徳間書店)、 『スピリットベアにふれた島』(ベン・マイケルセン作/鈴木出版)などシリアスなテーマを扱った作品の他、「古王国記」シリーズや「王国の鍵」シリーズ(共にガース・ニクス作/主婦の友社)など壮大なファンタジー作品もある。

【原田勝さんのブログ「翻訳者の部屋から」】

http://haradamasaru.hatenablog.com/

【原田勝さん訳書リスト】

http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/mharada.htm

『ペーパーボーイ』表紙絵

『ペーパーボーイ』
ヴィンス・ヴォーター 作/岩波書店



Q: 大学を卒業後、まずは産業機械のメーカーに就職されたそうですが、その後、なぜ翻訳家になろうと思われたのでしょう?
A: 就職してから10年ほど経ち、サラリーマンを辞めたくなったんです。ものづくりを支える仕事は楽しかったのですが、事務職だったので異動の度に職務内容が変わり、将来が描けなくなってしまって。それで退職し、塾の講師になり英語を教え始めたんですが、すると今度は人生の目標が欲しくなりました。もともと本は好きだったので、翻訳なら辞書さえあれば自分にもできるんじゃないかと……。もちろんすぐに、甘い考えだったと思い知らされるわけですが(笑)。



Q: デビュー作の『ミッドナイトブルー』は、どういったきっかけで訳すことになったのでしょう? また現在、多数の出版社から訳書を出されていますが、ネットワークはどのように広げていかれたのですか?

『ミッドナイトブルー』表紙絵

『ミッドナイトブルー』
ポーリン・フィスク作/ほるぷ出版

A: 退職後、塾の講師をする傍ら、翻訳学校に通い始めたのですが、そこで師事していた金原瑞人先生に、ある出版社のリーディングの仕事を紹介していただいたんです。デビュー作は、その仕事を通して出会った作品でした。と言っても、諸事情によりその出版社では出せなくなり、1993年に別の出版社によって刊行されました。翻訳の勉強を始めて6年後でしたね。2、3冊訳書が出れば、他の出版社からも仕事が来るだろうと高をくくっていたら、これが大間違い。自分から動くしかないと気づき、いろいろな出版社に持ち込みを始めました。選書については、テーマ云々より、面白かったかどうか、これに尽きます。自分がいいと思った作品を同じようにいいと思ってくれる読者がいるはずですから。持ち込みの成功率は、20年余りやってきて半分弱でしょうか。原書は、書評誌 "The Horn Book" やアマゾンで探すのですが、ハズレもよくありますよ。読もうと思っているうちに邦訳が出てしまうことも。著名な作家の作品や有名な賞をとった本は、すでに版権が取られて訳者が決まっている場合も多々あるので、新人作家のデビュー作で評判の良いものが狙い目かもしれません。



Q: 質問を会社員時代に戻しますが、イラクのバスラに駐在されたご経験があるとか。
A: 赴任したのは入社2年目の1981年、24歳の時でした。当時はイラン・イラク戦争のさなかで、駐在3日目に据付現場に爆弾が落ち、仕事は1か月ストップ。それまでも頭では分かっていましたが、「戦争で人が死ぬ」という事実を肌で感じましたね。「死」が身近なものとして迫ってきた時、本当にやりたいことをやって生きていかないともったいない、そう強く感じました。


 

『弟の戦争』表紙画像

『弟の戦争』
ロバート・ウェストール
徳間書店

Q: そして、そのご経験が、訳書2冊目となる『弟の戦争』につながっていくわけですね。この本は、1995年の刊行以来、長く読み継がれています。
A: 徳間書店を別件で訪れた時、編集者さんの机の上に原書が置いてあったんです。原題の "Gulf" から、イラクと関係があるのではないかと興味をそそられましてね。当時、多国籍軍がイラクを空爆し湾岸戦争が勃発する瞬間を、テレビで観た人も多いんじゃないでしょうか。しかも、その本をよく見ると作者はウェストール。頼み込んで持ち帰らせてもらい、読んでみたら、それはもう衝撃的で。イラクの子どもたちの顔が……ニュースの裏側にある暮らしが……浮かんでくるんですよ。『弟の戦争』は、自分の訳書の路線を決定づけてくれた作品で、特に思い入れのある1冊です。
 
Q: 他にも、戦争を扱った作品を数多く訳されています。
A: 使命感からでしょうか。日本では戦後70年以上が経ち、あと十数年すれば体験者もいなくなります。でも、戦争の記憶を風化させてはいけない。歴史の教科書は史実を教えてくれますが、物語は戦争のさなかにいる人々の感情をも伝えてくれます。


Q: とはいえ、自国の軍隊を戦地に派遣している諸外国の読者と比べると、日本の読者は戦争をどこか他人事のように捉えてはいないでしょうか。
A: 距離感があるのは、悪いことじゃないと思うんです。例えば日本の戦時中の子どもたちを描いた児童書もありますが、自国の忘れたい過去となると、生々しすぎて冷静に見られなかったりします。海外の作品の方が、戦争というものを客観的に見られて、読みやすいという面があるのではないでしょうか。外国の人たちも自分と同じように感じるのだという気づきや、外国と自国との関係を考えるきっかけが得られるのも、海外の本ならではですよね。


Q: YA作品を数多く手がけられていますが、翻訳の際、特に気をつけているのは、どういったところですか?
A: とにかく読みやすさですね。不必要に難しくならないように気をつけています。とはいえ、作者が読者に考えさせたい場面で、その負荷を取り除くようなことはしません。文化的な違いによって理解が難しくなる部分は補足しますが、解説しすぎてはいけないと肝に銘じています。


Q: ずばり、YA文学の魅力は?
A: あらゆる社会問題・テーマを分かりやすく描いているところでしょうか。また、多少無理があったり、ありえないと思ったりする設定でも、読者に受け入れてもらいやすいんです。例えば『スピリットベアにふれた島』では、暴行事件の加害者の少年が、服役する代わりに無人島で1年を過ごし、自分を見つめ直します。その設定や展開には、やや非現実的な部分がありますが、その分、作家のメッセージがストレートに伝わってくるんです。私の訳書は、死や恐怖を扱ったものが多いと言われますが、意図して選んでいるわけではありません。良いと思ったものを紹介していたら、結果的にそうなったという感じですね。ユーモアのある作品や、ほろりとさせられる話、微妙な感情の揺れや心の機微などを描く物語は、舞台となっている国の文化を深く知ってこそ理解できる面があり、私にはピンとこないことが多いんですね。


Q: 欧米ではYAとして出版されている作品が、日本では一般書として売り出されることがあります。これについては、どうお考えですか?
A: 『フランケンシュタイン家の双子』(ケネス・オッペル作/東京創元社)のようなケースですね。一般書としてでも、出版してくれるならばありがたいかな。そもそも、本を対象読者の年齢で分類するのには、無理がある。自分が高校生だったら、YAではなく大人向けの棚から本を手に取るでしょうね。逆に、YA作品を好んで読む大人もいます。「相互乗り入れ」は、あってもいいのではないでしょうか。


Q: 吃音の少年が主人公の『ペーパーボーイ』は、2017年の第3回日本翻訳大賞で最終選考まで残りました。ご自身のブログで、「尖った翻訳」であることも評価されたのではないか、と書かれていますが、もう少し詳しくお聞かせください。
A: 私の言う「尖った翻訳」とは、特殊な文体であるとか、構成にひねりがあるとか、視点が複数あるとか、原書に目立った特徴があるおかげで、工夫のあとが見えやすい翻訳のことです。『ペーパーボーイ』について言えば、地の文では、読点を一切使いませんでした。原書でも、コンマが使われていません。主人公がタイプライターで打ったという設定で、せめて文章の中では、つっかえずに話を進めたいという思いがあるからです。また、主人公の吃音を表す原文 "ssss" は、カタカナで表記することも考えたのですが、あえてそのままにしました。アルファベットだと記号化され、読者はいちいち読まずにすみます。つまり、読み進める上で、邪魔にならないんですね。のちに作者とのメールのやりとりで、この4つの "s" が作中の大事な4つの言葉の頭文字を表していると知り、無理に訳さなくて正解だったと思いました。


Q: では、原田さんご自身は、海外文学が評価される時、何をどのように評価すべきだと思われますか?
A: 日本語の作品としてどうか、でしょうね。正当に翻訳書を評価しようと思ったら、原書と訳書を比較するだけでなく、作家のこれまでの作品や文化的背景なども調べなくてはなりません。でも、そこまでするのは、現実的にはなかなか難しい。ですから、結局は、日本語の作品としての質が問われることになります。今回、日本翻訳大賞で、YA小説の『ペーパーボーイ』が一般書と等しく取り上げられたのは、読者対象のいかんに関わらず「いいものはいい」と言っていただけたようで素直に嬉しいです。


Q: 実際の翻訳作業は、どのように進めていらっしゃいますか?
A: ケースバイケースですが、原書を読んでから、すぐに訳し始めることが多いですね。調べ物は、訳しながら資料を参照します。必要であれば、見取り図や地図を描くこともあります。1日に翻訳できるのは、せいぜい5、6ページ。引っかかった単語をめぐり、とことん悩むのも大切です。次の日は、前日に訳した部分を原文と突き合わせながら見直します。ひとつの章を訳し終えるごとに、もう一度原文をチェックしながら訳文を読み、次に訳文だけを読者に近いスピードで読み直し、その後、必ずプリントアウトして目を通しますね。ゲラになってからも、初校、再校、時には3校が出るので、本になるまでに最低でも10回は見直します。


Q: 登山がテーマの物語や科学ノンフィクションなど、専門知識が必要とされる作品も訳されていますが、調べ物にまつわるエピソードをお聞かせください。
A: 『エベレスト・ファイル シェルパたちの山』(マット・ディキンソン作/小学館)には、登山のルートが克明に描かれているので、事実に忠実かどうかしっかりと裏を取りました。作家自身がエベレスト登頂の経験があるので、矛盾はほとんどありませんでしたけどね。それと、山岳用語については辞典を参照したのですが、私にとってはなじみのある「ザイル」という言葉が、今では一般的に「ロープ」と呼ばれていたりするんです。ドイツ語由来の用語が、英語由来の用語に取って代わられている例がいくつかありました。科学の本は、原書に間違いがいくつかあったので、事実確認が大変で……。また、訳語の候補がいくつかある場合、教育現場では、どの言葉が使われているのかチェックしました。


Q: 翻訳をする際に役に立っているツール(辞書やソフト)などは、ありますか?
A: 表記の統一については、作品ごとにかな漢字表を作っていますが、アナログな人間なので、校正ソフトなどは使っていないですね。効率をあげようとは考えていません。紙の辞書は研究社の『新英和大辞典』や Collins の『コウビルド英英辞典』、ネットの辞書は「Weblio」を愛用しています。コウビルドは、形容詞の定義が秀逸。単語の言い換えではなく、どういう状況でどう感じるのかなど具体的な説明が載っているんです。文法解説が詳しく載っているのは、三省堂の『ウィズダム英和辞典』。原文を正確に読み取るには文法の知識が不可欠で、難関大学用の受験参考書も役に立ちますよ。また物語には、自分とは異なる性別、年齢、性格のキャラクターがたくさん出てきますが、セリフを訳す際に参考になるのは映画やドラマの吹き替えですね。


Q: 日本語の文章力や英語の読解力を維持・向上させるために、ふだんから心がけていらっしゃることはありますか?
A: 日本語力については、ブログを書くことが良い訓練になっているかもしれません。また、塾の講師を今も続けており、英語の文法知識を頭に定着させておくのに非常に役立っています。ただ、読書の時間がなかなか取れないのが、最近の悩みで……。


Q: 読者からの反響が大きかった作品を教えてください。
A: 残念ながら、子どもたちの反応は、なかなか伝わってきません。今では簡単にネットで感想を読めますが、書いているのはだいたい大人ですよね。でも、読んでいる子は、読んでいるんです。塾で教えていると、本好きの子がいるのを実感します。これは、本当に励みになりますね。欧米では、ターゲット層の読者をモニターとして募集し、出版前に本を読んでもらって感想を聞き、それをうまく宣伝に使っています。日本でも、ぜひ広まってほしい試みです。



Q: 9月に刊行されたばかりの『オオカミを森へ』(キャサリン・ランデル作/ジェルレヴ・オンビーコ絵/小峰書店)についてお聞かせください。    

『オオカミを森へ』表紙絵

『オオカミを森へ』
キャサリン・ランデル作/ジェルレヴ・オンビーコ絵
小峰書店

A: 『オオカミを森へ』は、1世紀前のロシアのサンクトペテルブルクが舞台で、貴族に飼われていたオオカミを森へ帰すために、そのオオカミに野性を取り戻させる少女の話です。そこに革命や、捕らわれた母を助ける冒険が絡んできます。少女の行動力が力強く描かれていて、今まで読んだことのないタイプの作品でした。

 ※『オオカミを森へ』は、本誌今月号「プロに訊く連動レビュー」を参照



Q: 最後に翻訳学習者へのアドバイスをお願いいたします。
A: 例えば、邦訳のある作品の原書を取り寄せ、自分で訳してみて、訳書と突き合わせてみることも有効かもしれませんが、その際、お手本に自分の訳文を近づけようとするのではなく、良いと思ったところをお手本から自分の訳文に取り入れるというスタンスをお勧めします。他人の言っていることを鵜呑みにして、自分の方針を決めない方がいい。「どうして子どもの本を訳したいのか」を自身に問いかけ、自分だけの答えをどうぞ探してください。そして、そのためには、どうすればいいのか――これも自分で考えるしかないと思うんです。






 どの質問にも、ひとつひとつ慎重に言葉を選びながら誠実に答えてくださった原田さん。どうして子どもの本の翻訳をしたいのか――この問いに出した自分なりの答えを軸に据え、そのためにできることをこつこつと続けていけば、おのずと道は開けるような気がしてきました。翻訳にお手本はない。自分なりの正解を探しつづけるしかないのだ。そう心に刻んだインタビューでした。

インタビュアー:相良倫子
2017-10-15作成

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています

 

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