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●特集●マイケル・L・プリンツ賞受賞作及びオナー(次点)作レビュー
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2月号での、今年のニューベリー賞/コールデコット賞作品の紹介に続き、今月号
では同日に発表されたマイケル・L・プリンツ賞の受賞作およびオナー(次点)作の
レビュー2本をお届けする。レビューはいずれも米国版の本を参照して書かれている。
本誌1月号外の速報記事は、こちら。
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2010/01g.htm
▼マイケル・L・プリンツ賞受賞作リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/printz/index.htm
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"Going Bovine"『キョウグー病』(仮題)
by Libba Bray リバ・ブレイ作
Delacorte Books for Young Readers, 2009, 481pp. ISBN 978-0385733977
★2010年マイケル・L・プリンツ賞受賞作
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キャメロンは16歳にして人生の脱落者だった。人気者で優等生の双子ジェンナとは
対照的に、高校では嘲笑の的。正論ばかり唱える学者の父は陰で助手と浮気をしてい
るし、専業主婦の母は家族から逃げるように家を空けてばかりだ。キャメロンには家
庭生活がなく、友人と呼べる仲間もいない。やがて妙な幻覚が見えはじめ、体はいう
ことをきかなくなり、ついにけいれんまでおきた。周囲からドラッグを疑われたが、
精密検査はもっと恐ろしい結果を示した。なんと、狂牛病に似たプリオン病、変異型
クロイツフェルトヤコブ病という進行性の脳の病らしい。差しせまる死を待つだけと
なったキャメロンの前にかわいらしいパンクな天使が現れ、彼に病気の真相を打ち明
けた。異次元への入り口を見つけた「X博士」がこの世界に戻ってきた際に、うっか
り魔物を連れてきた。それこそがプリオンの正体らしい。放っておけば、地球全体を
滅ぼしかねない。キャメロンは脳がプリオンに侵されているため、健康な人には見え
ない「手掛かり」がわかる。それをたどってX博士を見つけ、魔物を退治すれば病気
が治るばかりか、地球をも救いうる。だが、キャメロンの病気の進行が止められるの
は最大で2週間。時間切れになる前にテキサスから何千キロもの長旅をして使命を果
たさねばならず、さらに旅のお供として小人症の同級生、ゴンゾを連れていくよう天
使にいわれた。さてこんなありえない話、ナンセンスなのか、SFなのか、はたまた
キャメロンの病んだ脳のいたずらなのだろうか。答えは旅の終わりに明かされる。
退廃的なキャメロンと病を異常に恐れるゴンゾは本気で生きたことがないまま、死
に囚われている。だが現実の死と直面させられ、初めて生きるために必死になれた。
背景が目まぐるしく変わる中でさまざまな登場人物と出会い、ふたりの少年たちは大
きく育つ。世界を脅かす魔物とはもしや、若者たちを侵す「どうでもいい」「めんど
う」「たいくつ」病ではないだろうか。一見重そうな題材だが、本書には長編を一気
によませる軽快なペースとユーモアがある。また、時には哲学的な思考を呼びおこし、
意外と深い。自ら瀕死体験がある著者にこそ書ける、Carpe Diem!(今を生きろ!)
を極限まで追及した作品。ラストは爽快な涙をさそい、印象的な1冊となった。
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【作】Libba Bray(リバ・ブレイ):1988年テキサス大学オースティン校を卒業。
2003年のデビュー作 "A Great and Terrible Beauty" はニューヨークタイムズ・ベ
ストセラーとなった。多くのYAアンソロジーに加わっているが、小説は本書が4作
目。現在はマンハッタンで児童書エージェントの夫と息子とともに暮らしている。
【参考】
▼リバ・ブレイ公式ウェブサイト
http://www.libbabray.com/
▼リバ・ブレイ公式ブログ(受賞を知らされたときの様子を報告)
http://libba-bray.livejournal.com/
▼リバ・ブレイのインタビュー(YouTube 内)
http://www.youtube.com/watch?v=KloEAoKvBqA
▽リバ・ブレイ作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/b/lbray.htm
(池上小湖)
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"Charles and Emma: The Darwins' Leap of Faith"
『チャールズとエマ、ふたりの愛の軌跡』(仮題)
by Deborah Heiligman デボラ・ハイリグマン作
Henry Holt and Company, 2009, 272pp. ISBN 978-0805087215
★2009年全米図書賞児童書部門最終候補作
★2010年マイケル・L・プリンツ賞オナー作
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昨年はチャールズ・ダーウィン生誕200年にあたり、イベント、テレビ番組、関連
本などで、ダーウィンの名前が数多く聞かれた。本作は、そのダーウィンと周辺の人
びとが残した手紙、日記、ノートなど信頼できる資料をもとにまとめられたダーウィ
ン夫妻の伝記である。ダーウィンの科学者としての道のりだけでなく、結婚のいきさ
つ、妻がどのように夫を支えたのかなど、その夫婦関係や人柄などが情感をこめて丁
寧に描かれており、これまでのダーウィンの本とは趣が大きく異なっている。
チャールズは、結婚前にはすでに、創造主としての神の役割や天国と地獄の存在に
疑問を持ち始めていた。しかし、彼が妻にと選んだいとこのエマは、信心深いクリス
チャンで、天国の存在を心の支えにしていた。そんな女性にプロポーズする際、チャ
ールズは悩んだ末に自分の考えを隠さずに打ち明け、エマは驚きながらも受け入れた。
ふたりは、信仰面での大きな隔たりを飛び越えて結婚したのだ。もちろん不安はあっ
たが、ふたりは互いの思いを誠実に語りあい、『種の起源』発表によって巻き起こっ
た大騒動、心労のせいともいわれるチャールズの病気、子どもの病死など、さまざま
な試練をともに乗り越え、最後まで添いとげた。それでもエマは、天国で夫との再会
がかなわないことに、心を痛め続けていたという。
人間チャールズを知れば知るほど、好ましく思わずにはいられない。持論の正しさ
を確信しながらも、それが信心深いエマや友人を傷つけてしまうだろうことを恐れる
姿には特に心を打たれた。一方、孤独な研究だけの生活から一転して家庭を持てたこ
とを喜ぶさまは、こちらが照れてしまうくらいだ。エマはといえば、大家族を取り仕
切りながら、夫の原稿を、より良いもの、誤解を受けないものにしようと校正に努め
た。そんな完璧な妻、母親でありながら、片付けだけは苦手だったというのもほほえ
ましい。そして、そのことについて、夫は妻に何も文句を言わなかったのだそうだ!
多くの読者が、科学者ダーウィンとその妻としてではなく、人間としてのふたりの魅
力にひきつけられるに違いない。また、神による天地創造を覆した夫と、そんな夫を
支えた信仰心篤い妻という夫婦の存在から、何かを学び勇気をもらうことだろう。
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【作】Deborah Heiligman(デボラ・ハイリグマン):米国ペンシルベニア州生まれ。
ブラウン大学で宗教学を専攻。小学生向けの雑誌 "Scholastic News" にさまざまな
記事を執筆・編集したあと、フリーランスとなり、科学絵本や世界各国のお祭りがテ
ーマのシリーズなど、主にノンフィクションの本を出版してきた。邦訳はまだない。
ピュリッツァー賞作家の夫ジョナサン・ワイナーと、ニューヨーク市在住。
【参考】
▼デボラ・ハイリグマン公式ウェブサイト
http://www.deborahheiligman.com/
▼デボラ・ハイリグマン紹介ページ(National Book Foundation 内)
http://www.nationalbook.org/nba2009_ypl_heiligman.html
▽全米図書賞児童書部門受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/nba/index.htm
▽デボラ・ハイリグマン作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/h/dheiligm.htm
(植村わらび) |