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2017年6月号
   =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.178
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2017年6月15日発行 配信数 2580 無料
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●2017年6月号もくじ●
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◎特集:第64回(2017年)産経児童出版文化賞翻訳作品賞 受賞作品レビュー
 『おばあちゃんとバスにのって』
    マット・デ・ラ・ペーニャ文/クリスチャン・ロビンソン絵/石津ちひろ訳
 『ややっ、ひらめいた! 奇想天外発明百科』
        マウゴジャタ・ミチェルスカ文/アレクサンドラ・ミジェリンスカ
                  &ダニエル・ミジェリンスキ絵/阿部優子訳
◎賞速報
◎イベント速報:★やまねこ翻訳クラブ協力企画のお知らせあり★
◎没後1年追悼:翻訳家 灰島かりさん
 レビュー:『ケルトの白馬』 ローズマリー・サトクリフ作/灰島かり訳
      『靴を売るシンデレラ』 ジョーン・バウアー作/灰島かり訳
      『だいすきだっこ』
          ニック・ブランド文/フレヤ・ブラックウッド絵/灰島かり訳
      『ランドルフ・コールデコット 疾走した画家』
                    レナード・S・マーカス著/灰島かり訳
◎読者の広場

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●特集●第64回(2017年)産経児童出版文化賞翻訳作品賞 受賞作品レビュー
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 産経児童出版文化賞は、子どもたちに優れた本を与えることを目的に、1954年の学
校図書館法の施行とともに制定された。前年の1年間に初版として刊行された児童書
が対象で、大賞を含む7つの賞からなり、そのうち翻訳作品賞は2007年より設けられ
ている。受賞作品の発表は、毎年5月5日の「こどもの日」。
 今月号では、2017年の翻訳作品賞を受賞した2作品のレビューをお届けする。

▽産経児童出版文化賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/jp/sankei/index.htm

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『おばあちゃんとバスにのって』
マット・デ・ラ・ペーニャ文/クリスチャン・ロビンソン絵/石津ちひろ訳
鈴木出版 定価1,500円(本体) 2016.09 32ページ ISBN 978-4790253150
"Last Stop on Market Street"
text by Matt de la Pena, illustrations by Christian Robinson
G. P. Putnam's Sons, 2015
★2016年ニューベリー賞受賞作品
★2016年コールデコット賞オナー作品
★2016年コレッタ・スコット・キング賞画家部門オナー作品
Amazonで検索する:ISBN   Amazonで検索する:書名と作者名

 ジェイは日曜日にいつも、教会から出たあと、おばあちゃんとバスに乗る。その日
は雨降りだったし、友だちが車で帰るのを見たから、ジェイはうらやましく思う。で
も、「バスのほうが楽しいじゃない?」と、おばあちゃんは朗らかだ。そう、バスに
は、いろんな人がいる。ギターを持った男の人、チョウを入れた瓶を抱えたおばさん、
スキンヘッドでタトゥーを入れた人……。目の不自由な人も犬をつれて乗ってきた。
「たいへんだろうな」と言うジェイに、おばあちゃんは「耳でもちゃんと見られるの
よ」。「鼻でだって」と、その人は、目が見えないから見えるものを教えてくれる。
バスは終点のゴミゴミした薄汚い場所に着いて、降りたふたりが向かった先は――。
 人はみんな違う。肌の色、体格、趣味。障がいのある人、とても貧しい人もいる。
でも、だれもがそのままで、ひとりの人として素敵。互いに認め合って、助け合って
いけたら楽しいね。そんなメッセージが、素敵探し名人のおばあちゃんと素直な男の
子ジェイの姿から、さりげなく伝わってくる。私は、大勢の人が集まって微笑んでい
るラストはもちろんのこと、バスの乗客がそろって拍手するという、小さな奇跡に胸
が熱くなった。深い色をカラフルに配して、登場人物の個性を描きわけた絵は、おば
あちゃんのまなざしそのもので、私たちをやさしく豊かな気持ちにしてくれる。

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【文】マット・デ・ラ・ペーニャ(Matt de la Pena):ニューヨークのブルックリ
ン在住の作家。"The Hunted"、"The Living" などのヤングアダルト作品を執筆して
きた。創作の指導をし、学校訪問もしている。絵本は本作が2作目。

【絵】クリスチャン・ロビンソン(Christian Robinson):サンフランシスコを拠点
に活躍するイラストレーター。『おじさんとカエルくん』(リンダ・アシュマン文/
なかがわちひろ訳/あすなろ書房)で2014年エズラ・ジャック・キーツ賞新人画家賞
受賞。他の邦訳絵本に『がっこうだってどきどきしてる』(アダム・レックス文/な
かがわちひろ訳/WAVE出版)などがある。

【訳】石津ちひろ(いしづ ちひろ):早稲田大学文学部仏文科を卒業後、3年間の
フランス留学を経て、翻訳家、絵本作家、詩人となる。『あしたうちにねこがくるの』
(ささめやゆき絵/講談社)で日本絵本賞、『あしたのあたしはあたらしいあたし』
(大橋歩絵/理論社)で三越左千夫少年詩賞を受賞。「リサとガスパール」シリーズ
(アン・グットマン文/ゲオルグ・ハレンスレーベン絵/ブロンズ新社)ほか多数の
訳書、創作絵本がある。

【参考】
▼マット・デ・ラ・ペーニャ公式ウェブサイト
http://mattdelapena.com/

▼クリスチャン・ロビンソン公式ウェブサイト
http://theartoffun.com/

【特殊文字】
「Matt de la Pena」:「Pena」の「n」の上にティルデ(~)がつく

                                (寺岡由紀)

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『ややっ、ひらめいた! 奇想天外発明百科』
マウゴジャタ・ミチェルスカ文/アレクサンドラ・ミジェリンスカ
&ダニエル・ミジェリンスキ絵/阿部優子訳
徳間書店 定価2,000円(本体) 2016.02 122ページ ISBN 978-4198640392
"Ale Patent!"
text by Malgorzata Mycielska, illustrations by Aleksandra Mizielinska
& Daniel Mizielinski
Wydawnictwo Dwie Siostry, 2014
Amazonで検索する:ISBN   Amazonで検索する:書名と作者名

 日進月歩で人工知能の開発が進む今日、いよいよ機械がチェスや将棋、囲碁のチャ
ンピオンを打ち負かすようになった。だが、その先祖ともいえる機械は、18世紀すで
に発明されていた。1769年、ヴォルフガング・フォン・ケンペレンというハンガリー
人が、マリア・テレジアの宮殿でチェスをする人形「ターク」を披露した。タークは
たちまちヨーロッパ中で評判になり、かのナポレオンまでもが対戦したという。とこ
ろが、300戦中たったの6敗だったこの人形には、とんでもない秘密が……!
 本書では、このチェスをする人形をはじめ全部で28種類の発明品が、ユーモアたっ
ぷりに紹介されている。まずは見開き2ページで機械のしくみや解説がわかりやすく
図解され、次の見開きで発明品が使われている場面が、セリフ入りで面白おかしく描
かれる。古代神殿の自動ドア、雲製造機にキャンディ色分け機、それから氷でできた
レコード、3Dプリンタで作る月面基地など、タイトルだけ見ても興味がそそられる。
アイデアの段階でとどまっているものもあれば失敗作もあるのだが、とにかく古今東
西の発明品を大いに楽しみ、驚いてほしい。実現可能だとかそうでないとかは置いて
おいて、あんなもの、こんなものあったらいいなと考えてみてはいかがだろう。
大いなる発明は、想像力から生まれるのだから。

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【文】マウゴジャタ・ミチェルスカ(Malgorzata Mycielska):1973年生まれ。ポー
ランド、ワルシャワ在住。美術史家であり、出版人かつ編集者である。本作で、初め
て子ども向けの本を書いた。

【絵】アレクサンドラ・ミジェリンスカ&ダニエル・ミジェリンスキ(Aleksandra
Mizielinska & Daniel Mizielinski):ともに1982年生まれでポーランド、ワルシャ
ワ在住。夫婦でイラストレーター、グラフィックデザイナー、ウェブデザイナーとし
ても活躍する絵本作家。主な作品に『マップス 新・世界図絵』(徳間書店児童書編
集部訳/徳間書店)、『ハ.ウ.ス. イラストで知る世界の名建築』(和田侑子訳
/グラフィック社)など。

【訳】阿部優子(あべ ゆうこ):1974年、鹿児島出身。東京外国語大にてロシア・
東欧語学科ポーランド語を専攻後、ワルシャワ大学研究生を経て、東京外国語大学大
学院博士後期課程を修了。現在は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
研究所特任研究員。訳書に『黒檀(世界文学全集第3集)』(リシャルト・カプシチ
ンスキ著/工藤幸雄、武井摩利共訳/河出書房新社)などがある。

【特殊文字】
「Malgorzata Mycielska」:「Malgorzata」の「l」にクレスカ(´)がつく
「Aleksandra Mizielinska & Daniel Mizielinski」:「Mizielinska」
「Mizielinski」の「n」の上にクレスカ(´)がつく

                              (美馬しょうこ)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2017年オーストラリア児童図書賞ショートリスト発表
                     (受賞作品の発表は8月18日の予定)
★2017年MWA賞受賞作品発表
★2016年度アガサ賞児童書及びヤングアダルト部門受賞作品発表
★第22回日本絵本賞発表
★2017年ドイツ児童文学賞ノミネート作品発表
★2016年度アンドレ・ノートン賞受賞作品発表
★2017年ローカス賞YA部門最終候補作品発表(受賞作品の発表は6月24日の予定)
★2017年ブランフォード・ボウズ賞ショートリスト発表
                     (受賞作品の発表は7月5日の予定)
★2017年ボストングローブ・ホーンブック賞発表
★2017年ニュージーランド児童書及びヤングアダルト小説賞候補作品発表
                     (受賞作品の発表は8月14日の予定)
★2017年CBI最優秀児童図書賞(旧ビスト最優秀児童図書賞)発表
★2017年チルドレンズ・ブック賞発表
★2017-2019子どものためのローリエット(Children's Laureate)発表

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 小さな絵本美術館「『絵本作家の一枚絵』展」
 板橋区立美術館「2017イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」 など

★講演会情報
 国立国会図書館国際子ども図書館
 「フランス在住の絵本作家 ステファニー・ブレイクのアトリエで」
 大阪府立中央図書館
 「連続講座 アメリカと日本の子どもの本――その関係をさぐる」 など

★イベント情報
 東京消防会館ニッショーホール「ムーミンの日の集い」 など

 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

★★やまねこ翻訳クラブ協力企画のお知らせ★★

「読書探偵作文コンクール2017」
  主催 読書探偵作文コンクール事務局
  協力 翻訳ミステリー大賞シンジケート、やまねこ翻訳クラブ

 いつも「読書探偵作文コンクール」にご協力いただき、ありがとうございます。
 今年は小学生部門に加え、長く中断していた中高生部門を再開することになりまし
た。
 募集はすでに開始しており、応募締切は★9月25日★です。詳細は、各部門の公式
ウェブサイトをご覧ください。公式ツイッター、フェイスブックページでも随時最新
情報をお伝えしていますので、どうぞご利用ください。

▼「読書探偵作文コンクール」小学生部門 公式ウェブサイト
http://dokushotantei.seesaa.net/

▼「読書探偵作文コンクール」中高生部門 公式ウェブサイト
https://dokutanchuko.jimdo.com/

▼「読書探偵作文コンクール」公式ツイッター
https://twitter.com/Dokusho_Tantei

▼「読書探偵作文コンクール」公式フェイスブックページ
https://www.facebook.com/dokushotantei

 お子さんに、お友だちに、お知り合いに、ぜひお知らせください!

 また、前号でお知らせした『外国の本っておもしろい! 〜子どもの作文から生ま
れた翻訳書ガイドブック〜』のクラウドファンディングは、おかげさまで目標金額に
到達し、プロジェクトが成立いたしました。
 ご協力くださったみなさまに、心よりお礼申し上げます。
 なお、クラウドファンディングは6月30日まで続行しています。イベント・パーテ
ィーへの参加権、小冊子の送付等、各オプションのリターンは期間内にご支援くださ
った方限定の特典となっておりますので、ご興味がおありの方は、期間内にご支援を
よろしくお願いいたします。
 詳しくは下記のサイトをご覧ください。

サウザンブックス公式ウェブサイト
http://thousandsofbooks.jp/

上記ウェブサイト内「読書探偵作文コンクール」プロジェクトのページ
http://thousandsofbooks.jp/project/dokutan/

プロジェクトのクラウドファンディングのページ
https://greenfunding.jp/thousandsofbooks/projects/1879/

                          (冬木恵子/山本真奈美)

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●没後1年追悼●翻訳家 灰島かりさん
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 2016年6月14日、翻訳家の灰島かりさんが66歳で亡くなられた。児童文学の翻訳家
として、また研究者として、精力的に活動されているさなかだった。急な病でこの世
を去られたことは、残念でならない。
 灰島さんは、国際基督教大学卒業後、企業でPR誌の編集などに携わっていたが、
家族の転勤に伴って英国に渡り、サリー大学ローハンプトン大学院(現ローハンプト
ン大学大学院)で児童文学を学んだ。1995年に『猫語の教科書』(ポール・ギャリコ
作/スザンヌ・サース写真/筑摩書房)で翻訳家デビュー。以降、翻訳を手がけた作
品は英語圏の絵本、児童書を中心に70冊を超える。絵本、学術書の執筆や編集も手が
けたほか、大学やカルチャーセンターの講師を務めるなど、幅広くご活躍だった。
 没後1年にあたり、灰島さんをしのび、そのご功績に敬意を表して、本号では灰島
さんの訳書の中から読み物2作品、絵本2作品のレビューをお届けする。なお、この
追悼企画を機に、当クラブ資料室内にて灰島さんの訳書・著作リストを新規公開した。
こちらもあわせてご覧いただきたい。

【参考】
▼灰島かりさん公式ウェブサイト「灰島かりの場所」
http://www004.upp.so-net.ne.jp/karisplace/index.html

▽灰島かりさん訳書・著作リスト(6月14日公開)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/khaijima.htm

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■レビュー■

◆白馬の地上絵に秘められた、古代の物語◆

『ケルトの白馬』 ローズマリー・サトクリフ作/灰島かり訳
ほるぷ出版 定価1,400円(本体) 2000.12 203ページ ISBN 978-4593533770
"Sun Horse, Moon Horse" by Rosemary Sutcliff
Bodley Head Children's Books, 1977
Amazonで検索する:ISBN  Amazonで検索する:書名と作者名

 イングランド、オックスフォードシャーにある地上絵「アフィントンの白馬」をご
存じだろうか。緑の丘の斜面に刻まれた長さ約110メートルのその地上絵は、今から
およそ3000年も前の青銅器時代に描かれたものだという。どこまでも続く丘陵地帯を
凛然と駆け抜けるこの白馬の絵は、力強く、生命の躍動が感じられる。いったい誰が、
何のために描いたのか。作者のサトクリフは、この歴史的な遺産の背景に、美しい物
語を見いだした。
 主人公は古代ケルト人、イケニ族の族長の息子ルブリンだ。彼は幼いころから、音
楽や風の音、生き物の動きなどを形としてとらえ、優美な紋様のように描くことがで
きた。そんなルブリンの心に深く焼きついているのは、いつか見た馬の大移動だ。こ
とに、先頭を疾走する白馬の姿に魂を揺さぶられた。やがて成長し、死をも恐れぬ戦
士になるための教育が始まると、ルブリンは次第に絵を描く意欲を失っていく。そん
なある日、南の強大な部族、アトレバテース族が領地に攻め込んできた。激しい戦闘
となったが力の差は歴然で、夜が明けてみるとイケニ族の男はほとんど戦死していた。
かろうじて生き残ったルブリンは、ともに捕らえられた親友や妹、部族の者たちを救
うため、アトレバテース族の族長にある取引を提案する。
 訳者の灰島さんは、イギリス留学中にこの作品に出会い、その美しい文章と物語に
深く感動したそうだ。帰国後、思いがけなく翻訳するチャンスに恵まれたというが、
まさになにかの巡り合わせという気がしてならない。白馬の地上絵と、そこに存在し
たであろう物語が、洗練された日本語によってぴたりとマッチし、一寸の違和感もな
い。こんなにも美しい物語を、美しいままで私たちに届けてくれたことに、心からの
感謝と敬意を表したい。

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【作】ローズマリー・サトクリフ(Rosemary Sutcliff):英国を代表する児童文学
作家、歴史小説家。2歳のころにかかった病気のせいで手足が不自由になり、生涯を
車いすで過ごした。1959年、ローマン・ブリテン4部作の第3作 "The Lantern
Bearers"(『ともしびをかかげて』猪熊葉子訳/岩波書店)でカーネギー賞を受賞し
た。

※『ともしびをかかげて』の作者名表記はローズマリ・サトクリフ。

【参考】
▼ローズマリー・サトクリフ(遺著管理者)公式ブログ
https://rosemarysutcliff.com/

                                (安田冬子)

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◆キャデラックで、ひと夏の忘れられない旅へ◆

『靴を売るシンデレラ』 ジョーン・バウアー作/灰島かり訳
小学館 定価1,500円(本体) 2009.07 315ページ ISBN 978-4092905139
"Rules of the Road" by Joan Bauer
Speak, 2005
★1998年ゴールデン・カイト賞フィクション部門受賞作品
Amazonで検索する:ISBN  Amazonで検索する:書名と作者名

 主人公ジェナは、母と妹とシカゴで暮らす16歳の女子高校生。両親は父のアルコー
ル依存症が原因で8歳の時に離婚しているが、父は時々ジェナに会いに来ては問題を
起こしていた。大好きな祖母はアルツハイマー病の症状が進んで老人ホームに入って
しまったし、学校でも179センチの長身をからかわれたりと、憂鬱な日々を送ってい
た。そんな日常を変えたのが、靴店でのアルバイトだ。ジェナにはセールスの才能が
あったのだ。靴を売ることを楽しんでいたジェナだが、ある日店に父がやってくる。
酔って醜態をさらした父を厳格な老・女社長に見られ、ジェナはクビを覚悟するも、
社長はひと夏の間専属のドライバーとして働かないかと言いだした。株主総会が行わ
れるテキサスを最終目的地に、各地の支店を視察しながら6週間のドライブ旅行に出
るという。運転免許は半年前に取ったばかりだし、73歳の社長との2人旅は大いに不
安だったが、父から逃れたい一心で、ジェナはドライバーを引き受けることを決めた。
 作者は自身の経験をこの作品に投影している。アルコール依存症の父が離婚して家
を出てから、父の不在が辛かったことや、お酒の陰に怯え悪夢に悩まされたことなど
が、ジェナの人生として描かれている。ひと夏の旅でジェナは大きく成長するが、物
語はそれだけにとどまらない。社長の息子である副社長が、自分の利益のために会社
を乗っ取ろうとしていることが発覚するのだ。社長を助けるため、伝説の靴販売員や
元靴モデルのおばあさんなど個性豊かな人たちが活躍するほか、ジェナが背筋をピン
と伸ばして決戦の場、株主総会に出向く場面がなんともかっこいい。
 訳者の灰島さんは、本書について小冊子「BOOKMARK」01号で「久しぶりに、翻訳し
たくて喉がクークー鳴る小説でした」と書いている。こんなにも強い思いをもって訳
されたのだと思うと、胸が熱くなる。希望とユーモアに満ち、ジェナのおばあちゃん
の名言が光るこの物語を、素晴らしい翻訳で日本の読者に届けてくれた灰島さんに、
改めて感謝を表したい。この作品には、ジェナのその後の姿を描いた続編 "Best
Foot Forward" もあるが、灰島さんの翻訳で読めないことが本当に残念だ。迷った時、
落ち込んだ時に背中を押してくれるジェナの物語が、たくさんの人に届きますように。

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【作】ジョーン・バウアー(Joan Bauer):1951年、米国イリノイ州生まれ。プロの
ストーリーテラーの祖母を持つ。人生に困難を抱えるティーンエイジャーを主人公に、
ユーモアを交えつつ逆境を力に変えていく物語を得意とし、これまでに執筆した13冊
はいずれも高い評価を受けている。邦訳作品は、『負けないパティシエガール』(灰
島かり訳/小学館)、『希望(ホープ)のいる町』(中田香訳/作品社)など。

【参考】
▼ジョーン・バウアー公式ウェブサイト
http://www.joanbauer.com/

▽ジョーン・バウアー作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/b/jbauer.htm

                               (山本真奈美)

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◆ほのぼの絵本から教わる絵本翻訳の極意◆

『だいすきだっこ』 ニック・ブランド文/フレヤ・ブラックウッド絵/灰島かり訳
岩崎書店 定価1,400円(本体) 2013.04 32ページ ISBN 978-4265850228
"The Runaway Hug" text by Nick Bland, illustrations by Freya Blackwood
★2012年オーストラリア児童図書賞 Early Childhood 部門受賞作品
Amazonで検索する:ISBN  Amazonで検索する:書名と作者名

 寝る前に〈だいすきだっこ〉をママにせがんだルーシー。ママは、今日の〈だいす
きだっこ〉の最後のひとつを「貸して」くれました。ぎゅっとだきしめてもらったル
ーシーは、「あとで返すね」といって、家族みんなに〈だいすきだっこ〉をしにいき
ます。パパと双子のお兄ちゃんと赤ちゃんの妹は、ぎゅっとすると、ぎゅっと返して
くれました。ところが犬のチャミったら、借りっぱなしで逃げていってしまい……。
 表紙には、〈だいすきだっこ〉をする幼い姉妹の姿が、やわらかな細い線と水彩絵
の具で描かれている。この絵と書名をひと目見ただけで、ほのぼのとした温かい作品
だとわかる。扉の絵では、下着姿のルーシーがトイレに入っていたり、腰に手をあて
て歯みがきをしていたりと、なんだかコミカル。ページをめくっていくと、生活感あ
ふれる家の中の様子が身近に感じられ、愉快な気持ちになってくる。テレビでスポー
ツ観戦中のパパ、おもちゃのとりあいをしているお兄ちゃんたち、床にべたっとすわ
っている赤ちゃんの妹、元気いっぱいに走りまわる犬のチャミと、描かれているのは
日常生活そのもの。そして、忙しそうに家事をしていたママがルーシーの部屋で待っ
ていてくれたという最後の場面に、ささやかだけどとびきりの幸せが感じられる。
 ほのぼのとしたこの絵本、原書を取り寄せて訳文とつきあわせてみたところ、テキ
ストは思いのほかシンプルで、英語というのは性別や年齢による話し方の違いが少な
い言語なのだと改めて気づかされた。テキストだけでなく絵も訳すという絵本翻訳の
基本に立ち返るきっかけにもなった。ご存知の方も多いと思うが、灰島かりさんには
『絵本翻訳教室へようこそ』(研究社)という著書がある。絵本翻訳の基礎から極意
までを教えてくれる質の高い学習書だ。私も久しぶりに開いてみて、絵本の訳文は英
文から少し離れたほうがいい場合もあることや、絵を読みとるポイントなど、多くの
ことを再認識した。これからも折にふれて開き、道しるべにしたいと思う。
 今では誰もが知っているけれど定訳のない hug という単語を〈だいすきだっこ〉
と訳した灰島さんから、またひとつ絵本翻訳の極意を教わった。

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【文】ニック・ブランド(Nick Bland):1973年オーストラリア生まれ。独学で絵本
作家をめざし、文と絵の両方を手がけた "A Monster Wrote Me a Letter" で2005年
にデビュー。他の邦訳作品に、『ぺっこぺこヒグマ』『ぷんぷんヒグマ』(いずれも
あべ弘士訳/クレヨンハウス)がある。

【絵】フレヤ・ブラックウッド(Freya Blackwood):1975年生まれ。オーストラリ
ア在住。2003年に絵本の挿絵画家としてデビュー以来、オーストラリア児童図書賞で
受賞歴多数。"Harry and Hopper"(『さよならをいえるまで』マーガレット・ワイル
ド文/石崎洋司訳/岩崎書店)で2010年ケイト・グリーナウェイ賞受賞。近刊に『こ
の本をかくして』(マーガレット・ワイルド文/アーサー・ビナード訳/岩崎書店)。

【参考】
▼フレヤ・ブラックウッド公式ウェブサイト
http://www.freyablackwood.com.au/

                                (大作道子)

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◆絵本の世界に新しい時代の風を――◆

『ランドルフ・コールデコット 疾走した画家』
レナード・S・マーカス著/灰島かり訳
BL出版 定価2,800円(本体) 2016.05 64ページ ISBN 978-4776406273
"Randolph Caldecott: The Man Who Could Not Stop Drawing"
by Leonard S. Marcus
Frances Foster Books, Farrar Straus Giroux, 2013
Amazonで検索する:ISBN  Amazonで検索する:書名と作者名

 1846年、イングランドのチェスターに生まれた少年は、病弱ながら朗らかで、自然
と絵とユーモアを愛し、学校でも人気者だった。父親の意向で銀行の事務員となるが、
働きながら絵を描き続け、チャンスを求めてあらゆる努力を惜しまず、ついに新聞や
雑誌、本の挿絵画家として活躍するようになる。そんなある日、絵本の依頼が彼のも
とへ。ときは産業革命の真っただ中、蒸気機関車が大地を駆ける、大きな変化の時代
だ。動きのある絵とユーモアという自分の持ち味をいかして、新しい絵本を作ろう
――この思いが、絵本の世界における近代の扉を開くことになった。
 彼の名前はランドルフ・コールデコット。現代絵本の父と呼ばれ、アメリカのすぐ
れた絵本に贈られるコールデコット賞の由来となった人物だ。この賞のメダルのレリ
ーフは、彼の絵本『ジョン・ギルピンのこっけいな出来事』(ウィリアム・クーパー
文/福音館書店/「現代絵本の扉をひらく コールデコットの絵本」所収)に描かれ
た、馬で疾走する男の絵をもとにして作られている。
 彼の伝記絵本である本書は、39歳の若さで亡くなるまでの生涯をたどりながら、代
表作やスケッチ・習作をふんだんに紹介している。どの絵もじつに生き生きとして、
今にも動きだしそうだ。とくに絵本の製作では、作品に命を吹き込むために様々な工
夫を凝らしたことが見てとれる。そんな彼でも、自信を失った時期があったという。
でも悩んだ末に語った、「僕が得意なのは、心を病んで何か月も楽しそうな様子を見
せていない人を笑顔にすることだ」という言葉が印象深い。また友人のウォルター・
クレインたちの絵も紹介され、さらにはビアトリクス・ポターやモーリス・センダッ
クがどれほど影響を受けたかが語られて、当時の児童文学の流れを知ることもできる。
 この本は灰島かりさんの最後の訳書となった。コールデコットの絵本への功績がよ
くわかる作品で、児童文学研究家の灰島さんにこそふさわしい仕事だと思う。また同
時に、若きコールデコットが夢を追う姿や、のちに画家として苦悩する様子などが目
に浮かぶように綴られており、翻訳者としての力量も余すところなく発揮されている。
児童書の研究と翻訳に心血を注いだ灰島さんの集大成といえるだろう。後進の私たち
の指針となるような、このすばらしい絵本を遺してくれたことに深く感謝したい。

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【著】レナード・S・マーカス(Leonard S. Marcus):アメリカ児童文学の歴史研
究家・評論家。イエール大学卒業後、アイオワ大学大学院で詩を学び、マーガレット
・ワイズ・ブラウンの伝記などを著す。最近の邦訳書に『アメリカ児童文学の歴史』
(前沢明枝監訳、おおつかのりこ、児玉敦子訳/原書房)がある。ニューヨーク在住。

【参考】
▼レナード・S・マーカス公式ウェブサイト
http://www.leonardmarcus.com/

                                (牛原眞弓)

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 独創的なデザインで世界120ヶ国以上で愛用されているフォッシルはアメリカを代
表するライフスタイルブランドです。1984年、時計メーカーとして始まったフォッシ
ルは時計をファッションアクセサリーのひとつと考え、カジュアルでポップなライン
からフォーマルなシーンにも使えるアイテムまで、年間300種類以上のモデルを発売
し続けています。またフォッシル直営店では、時計以外にもレザーバッグや革小物な
どのラインを展開しています。
TEL 03-5992-4611
http://www.fossil.com/      (株)フォッシルジャパン:やまねこ賞協賛会社
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品をご紹介させていただきました。発行後まもなく、カーネギー賞、ケイト・グリー
ナウェイ賞の受賞作品が発表されます。結果がたのしみです。(み)
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