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●特集●ニューベリー賞/コールデコット賞受賞作及びオナー(次点)作レビュー
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1月18日、米国図書館協会(ALA)から発表された、今年のニューベリー賞/コ
ールデコット賞の受賞作とオナー(次点)作レビュー4本をお届けする。未訳レビュ
ーは米国版の本を参照して書かれている。
本誌1月号外の速報記事は、こちら。
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2010/01g.htm
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"When You Reach Me"『タイムトラベラー“あなた”へ』(仮題)
by Rebecca Stead レベッカ・ステッド作
Wendy Lamb Books, 2009, 199pp. ISBN 978-0385737425
★2010年ニューベリー賞受賞作
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マンハッタンに住む12歳の少女ミランダは、幼なじみの少年サルとともに学校に通
ったり遊んだりする平凡な毎日を過ごしていた。ところがある日、下校中にサルが見
知らぬ少年に殴られるという事件が起こる。それからまもなく、ミランダのもとに差
出人不明の謎めいたメモが届くようになった。最初のメモには「きみの友だちの命と
自分の命を救いに行くつもりだ」とあり、続くメモには近い未来の出来事を予言する
言葉が記されていた。送り主は未来を知る人物なのか? そしてメモの目的は?
わたしは「時間のふしぎ」を感じさせてくれる、いわゆるタイムファンタジーが大
好きだ。本書を手に取ったのも、タイムトラベルを扱う物語だと書評誌で知ったから
だった。でも読んでみると、時の流れを行き来する場面がメインになっているわけで
はなく、語り手のミランダも、謎のメモのことよりむしろ家族や友だちのことを熱心
に語る。シングルマザーの母とその恋人のリチャード。殴られた日からちっとも遊ん
でくれなくなった幼なじみのサル。代わりに仲よくなったクラスの女の子や、自慢ば
かりするいやな友だち……。ミランダの語り口は、12歳らしくはつらつとしてウイッ
トに富み、同時に少し大人びた観察眼の裏づけもあって、周囲の人たちや出来事を生
き生きと描き出す。読み始めるとたちまちタイムトラベルのことなど忘れて、ミラン
ダの日常の世界に引き込まれてしまう。ところがやがて事件が起きて、こまかく記さ
れた出来事とメモの投げかける謎とが重なり合うと、またべつの絵が浮かび上がって
きて、すべての「ふしぎ」が解き明かされるのだ。やっぱりタイムファンタジーはお
もしろい。読み終えてからもう一度読み返さずにいられなくなる。
しかしこの作品は謎解きだけの物語ではない。たしかに謎のパズルはよくできてい
るけれど、一番心に残るのは、実はミランダとその友人たちの成長ぶりなのだ。大嫌
いだった子と友だちになったり、アルバイトを通じて大人の悪意に直面したり。思春
期の入り口に立つ12歳たちは、それぞれ自分の小さい世界から踏みだしてもっと大き
な世界を知り、わずか半年のあいだに思ってもみなかった変化を遂げる。これぞまさ
に「時間のふしぎ」といえるのではないか? そんな思いも抱かせてくれる傑作だ。
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【作】Rebecca Stead(レベッカ・ステッド):1989年ヴァッサー大学を卒業。弁護
士として活動していたが、2007年に子ども向けSF "First Light" で作家デビュー。
本書が2作目。生まれ育ったマンハッタンで、夫と息子ふたりとともに暮らしている。
【参考】
▼レベッカ・ステッド公式ウェブサイト
http://www.rebeccasteadbooks.com/
(ないとうふみこ)
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『席を立たなかったクローデット 15歳、人種差別と戦って』
フィリップ・フース作/渋谷弘子訳
汐文社 定価1,470円(税込) 2009.12 184ページ ISBN 978-4811386805
"Claudette Colvin: Twice toward Justice" by Phillip Hoose
Farrar, Straus and Giroux, 2009
★2010年ニューベリー賞オナー(次点)作
★2010年ロバート・F・サイバート知識の本賞オナー(次点)作
★2009年全米図書賞児童書部門受賞作
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1955年に、アラバマ州モントゴメリで、ローザ・パークスの行動を機に始まったバ
スのボイコット運動は、広く知られていることと思う。しかし、それ以前にも、モン
トゴメリの人種差別的な市バス条例に抵抗した黒人たちがいた。その1人で、当時15
歳の少女だったクローデット・コルヴィンが、半世紀を経てインタビューに応じた。
本書は、アメリカ公民権運動の隠れた一面を、クローデットの半生とともにほりおこ
したノンフィクションである。
1955年3月、市バスに乗っていたクローデットは、白人女性に席を譲ることを拒否。
白人警官に「立て」と命令されてもひるまず、「すわる権利は、人種を問わず憲法で
保証されている」と主張した。逮捕、投獄されたが、保釈されたクローデットは誇ら
しい気持ちだった。しかし、この勇気ある行動に対する黒人たちの反応は、称賛ばか
りではなかった。差別が助長されるとして迷惑がる人々もいたのだ。半月後には裁判
で有罪と宣告され、保護観察の身になったクローデットは、さらに孤立してしまう。
正義を主張する勇気の先には、孤立やバッシングが待っている。家族など身近な
人々をも巻きこんでしまう。若くしてそんな試練に直面したクローデットは、悲痛な
思いに苦しみもしたし、投げやりな気持ちにもなったそうだ。さらに、望まぬ妊娠、
出産と、人生を大きく左右するできごとも経験。しかし、それでも勇気を失わず、
1956年には、州の憲法違反を問う重要な裁判の原告として法廷で証言し、大きな役割
を果たす。試練に耐える強さ、揺るぎない正義感、それに利発さをそなえた少女だ。
クローデットは、ひどい人種差別に怒っていたと同時に、抵抗しない黒人たちにも
疑問と怒りを感じていたという。私たちの社会でも、同じような状況がいたるところ
にあるように思う。明らかにまちがっていることでも、それがまかり通ってしまうと、
異議を唱えるのはほんとうに難しく、長いものに巻かれてしまいがちだ。でも、クロ
ーデットの勇気を、私もほんの少しでも見習おう、絶対に譲れない信念だけは守り通
そう、そんな気持ちになった。若い読者たちも、同じように感じてくれたらうれしい。
公民権運動の歴史を改めて知ったことも意義深かったが、それと同時に、純粋な勇
気について考えさせられ、刺激を受けた1冊だった。
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【作】フィリップ・フース(Phillip Hoose):米国インディアナ州生まれ。インデ
ィアナ大学、イェール大学大学院に学ぶ。代表作に、2005年ボストングローブ・ホー
ンブック賞ノンフィクション部門受賞の "The Race to Save the Lord God Bird"、
2001年全米図書賞児童書部門最終候補作の "We Were There, Too!: Young People in
U. S. History"(ともにヤングアダルト向けノンフィクション)などがある。
【訳】渋谷弘子(しぶや ひろこ):東京教育大学文学部卒業。群馬県の公立高校で
英語教師を27年間務めた後、通信教育で翻訳を学び、児童文学の翻訳者に転身。訳書
にジーン・ユーア作『秘密のチャットルーム』(金の星社)、『双子のヴァイオレッ
ト』(文研出版)、『シュガー&スパイス』(フレーベル館)などがある。
【参考】
▼フィリップ・フース公式ウェブサイト
http://www.philliphoose.com/
▽全米図書賞児童書部門受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/nba/index.htm
▽ロバート・F・サイバート知識の本賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/sibert/index.htm
(大作道子)
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"The Lion and the Mouse"『ライオンとネズミ』(仮題)
by Jerry Pinkney ジェリー・ピンクニー文・絵
Little, Brown and Company, 2009, 40pp. ISBN 978-0316013567
★2010年コールデコット賞受賞作
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ライオンの顔が目を引く。表紙から飛び出して横目で見ている? 触れればたてが
みの感触さえ味わえそうだ。その視線の先にあるのは……と絵本をひっくり返すと、
大きなネズミが見つめ返していた。両者の強烈な存在感に圧倒される。
2010年コールデコット賞に輝いたのは、ジェリー・ピンクニーの描く「ライオンと
ネズミ」だ。最初から最後までピンクニーの絵だけで語る絵本となっている。表紙を
開くと、そこにはアフリカの大草原が広がる。群れをなすキリンやシマウマ、鼻を高
くかかげた象、ライオンの家族。大きな木のまわりを飛ぶ鳥たち。たくさんの動物が
多種多様な生きざまをくりひろげ、咆哮や羽ばたきの音さえ聞こえそうな臨場感があ
る。次の頁へ進むと、画家の視点は一転して、動物たちの足元、草の根元に照準を合
わせる。アリが隊列を組み進むのは、大きな獣の足跡の上だ。そこにネズミが登場す
る。雄大な大自然と、その片隅に生きる小さなネズミのコントラストが鮮やかで、い
やが上にも小動物が生きていく苦労を思う。ネズミはフクロウに追われ、逃げ回って
いるうちに、ライオンに捕まってしまうのだ。こんなふうにピンクニーの「ライオン
とネズミ」は始まる。
何世紀も語り継がれてきたイソップ寓話には、どの時代の人々にも訴えかける教訓
が含まれ、良くも悪くも普遍と単一のにおいがする。ありていに言えば、万人周知の
話で、そういった意味では目新しさなどないのだ。ところが、ピンクニーはこの話に
息を吹き込み、たっぷりの水をやり、彩り豊かによみがえらせた。マンガでよく目に
するような、対象をクローズアップして強調し、音や声を描き文字にして絵に添え、
コマ割りを使って動きを追うといった描き方がみられ、作品に躍動感を与えている。
細部にまで描きこまれた熟練の技は、大画面の迫力を持って迫ってくる。動物の動き
からは音が聞こえ、しぐさや目の動きにひそむ表情が語りかける。絵本の中のライオ
ンとネズミは、今を生きているのだ。新生「ライオンとネズミ」をぜひ、味わってい
ただきたい。
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【文・絵】Jerry Pinkney(ジェリー・ピンクニー):1939年6人兄弟の4番目とし
て、米国フィラデルフィアに生まれる。Philadelphia Museum College of Art を卒
業。コールデコット賞オナー、コレッタ・スコット・キング賞オナーを5回受け、国
際アンデルセン賞にもノミネートもされたアメリカを代表するイラストレーターの1
人。作家である妻とともに、ニューヨーク在住。
【参考】
▼ジェリー・ピンクニー公式ウェブサイト
http://www.jerrypinkneystudio.com/
▼ジェリー・ピンクニーのインタビュー(Reading Rockets 内)
http://www.readingrockets.org/books/interviews/pinkneyj
▽ジェリー・ピンクニー邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/p/jpinkn_j.htm
(尾被ほっぽ)
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"Red Sings from Treetops: A Year in Colors"
『〈あか〉はこずえで歌をうたう』(仮題)
text by Joyce Sidman, illustrations by Pamela Zagarenski
ジョイス・シドマン文/パミラ・ザガレンスキー絵
Houghton Mifflin Books for Children, 2009, 32pp. ISBN 978-0547014944
★2010年コールデコット賞オナー(次点)作
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おしゃれに着飾り、王冠をかぶった「わたし」が、ショウジョウコウカンチョウの
喜びの声に耳をすます。アメリカ人にはおなじみのまっ赤な鳥だ。飼い犬のパップも
目をつぶり、春を感じている。そして、詩はこのようにはじまる。
春、〈あか〉はこずえでさえずる。ピュイ、ピュイ、ピュイ。さくらんぼになった
〈あか〉は、わたしの耳へと落ちてくる。うまれたばかりの〈みどり〉は、そよかぜ
に、ふるるとふるえる。……夏、〈しろ〉がグラスの中で、カランと音をたてる。
〈きいろ〉は、触れるものすべてをとかす。バターのような、しおの香り。……秋、
〈オレンジ〉は、しっかり熟して、中身のずっしりつまった月になる。……冬の夜明
けに、〈ピンク〉が咲いた。丘一面に、ふわりふんわり、やわらかな色。
ちょこんと小さな冠をのせた赤い鳥が、導くようにページをすいすいと飛んでゆく。
「わたし」は、自然の中に色を感じ、見つけ、詩を口ずさむ。
五感へと訴えかけてくる文章と幻想的なイラストが、うまく溶け合い、互いに補い
合って、ひとつの世界をつくりあげている。移りゆく季節の中に見られる、時に鮮や
かで、時にささやかで、それでいて当然のように存在する色。詩人と画家のコラボレ
ーションが、見過ごしがちな季節の色をまざまざと映し出し、その見事さに、思わず
息をのむ。春には春の、夏には夏の、四季それぞれのひそやかな美しさがあり、どの
季節もそれぞれに輝いている。日常にある小さな発見を楽しむ登場人物たちの姿に、
読者は四季の喜びを感じることだろう。
秋がきて、冬になり、〈あか〉い鳥はどこにいるのだろう? 忙しく日々を過ごし
ていると、人はつい目の前にある美しいものを見落としてしまう。ちょっと心が疲れ
た時、この絵本を開いてみてほしい。〈あか〉い血は、春を感じてドクドクと脈うち、
太陽では〈あか〉い炎がさんさんと輝いている。こずえにとまる〈あか〉い鳥。ほら、
〈あか〉は、いつだって、あなたのそばにあるのだから。
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【文】ジョイス・シドマン(Joyce Sidman):米国コネティカット州出身、ミネソタ
州在住の詩人。2000年より8冊の本を出版し、数々の賞を受賞するなど、高い評価を
得ている。"Song of the Water Boatman and Other Pond Poems" は、2006年のコー
ルデコット賞オナー作品。パミラ・ザガレンスキーとのコンビによる作品に、"This
Is Just to Say: Poems of Apology and Forgiveness" がある。
【絵】パミラ・ザガレンスキー(Pamela Zagarenski):米国コネティカット州、ス
トーニングトンとカナダのプリンス・エドワード島を行き来するイラストレーター。
コネティカット大学でグラフックデザインを学んだ後、新聞や雑誌のイラストを経て、
児童書のイラストを手がける。他の作品は、"Mites to Mastodons: A Book of
Animal Poems" や "My Very Own Big Spanish Dictionary" など多数。
【参考】
▼ジョイス・シドマン公式ウェブサイト
http://www.joycesidman.com/
▼パミラ・ザガレンスキー紹介ページ(At the gallery 内)
http://www.atthegallery.com/artists/zagarenski.html
(美馬しょうこ) |