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月刊児童文学翻訳

─2006年2月号(No. 76)─

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版+書店街>
http://www.yamaneko.org/
編集部:mgzn@yamaneko.org
2006年2月15日発行 配信数 2370

もくじ

 ◎プロに訊く:第26回 光野多惠子さん(翻訳家)
 ◎注目の本(邦訳絵本)
    『ありがとうのえほん』『おおきくなったら なにになる?』『わたしのすきなもの』
                          フランソワーズ文・絵/なかがわちひろ訳
 ◎注目の本(邦訳読み物):『いつもそばにいるから』
                          バーバラ・パーク作/ないとうふみこ訳
 ◎注目の本(未訳読み物): "The New Policeman" ケイト・トンプソン作
 ◎賞速報
 ◎イベント速報
 ◎やまねこカフェ:海外レポート 第2回フィリピン(マニラ)
 ◎読者の広場:読者の方からのメールをご紹介します。

●このページでは、書店名をクリックすると、各オンライン書店で詳しい情報を見たり、本を購入したりできます。

 

●プロに訊く●第26回 光野多惠子さん(翻訳家)

 『最後の宝』(ジャネット・S・アンダーソン作/早川書房)の翻訳で、昨年のやまねこ賞読み物部門大賞に輝いた光野多惠子さんにお話をうかがいました。お忙しい中、ひとつひとつの質問に丁寧に答えてくださった光野さんに感謝いたします。

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【光野多惠子(みつの たえこ)】
  津田塾大学英文学科卒。舞台関係の仕事を経て、『恐竜大行進』(キャシー・E・ダボウスキー作/金の星社)で児童書の翻訳家としてデビュー。しばらく出版翻訳から遠ざかって翻訳学校で講師を務めていたが、2005年『最後の宝』(ジャネット・S・アンダーソン作/早川書房)で翻訳家として復帰した。

     ※『最後の宝』は、本誌2005年10月号「特別企画」にレビュー掲載。

【光野多惠子さん訳書リスト】
 http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/tmitsuno.htm

【光野多惠子さんインタビュー ロングバージョン】
 http://www.yamaneko.org/bookdb/int/tmitsuno.htm

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Q★やまねこ賞読み物部門での大賞受賞おめでとうございます。感想をお願いします。

A☆児童文学をたくさん読んでいる方たちに応援していただいて、本当に嬉しいです。やまねこ翻訳クラブの読書室掲示板にお邪魔した時も、翻訳家をめざしている方が多いせいか、本を作る大変さをよくわかっていらっしゃるので、安心して話ができました。まるでやまねこ出身者のように温かく迎えてくださって、仲間ができたみたいな気持ちでした。
 私はもともと宮沢賢治が好きで、中学時代に賢治の文体をコピーして自分で童話を書いていたんです。今回数年ぶりに翻訳を再開したのでかなり苦闘しましたが、そういう作品で「やまねこ」と名のつく賞をいただけて、すごく励みになりました。

Q★『最後の宝』で数年ぶりに出版翻訳を再開されたとのことですが、その間のいきさつを教えてください。

A☆『コゼット』という長編歴史小説の翻訳をするのに2年もかかったために、以前尾てい骨を骨折した時の後遺症が出て、長い間座れないという、翻訳家にとっては致命的な問題を抱えてしまったんです。家族の病気などもあり、1999年以降は翻訳学校で教えるだけで手いっぱいの状況になりました。担当した講座では、自分が選んだ作家の作品を深く読みこんでいったので、それも面白くてなんとなく数年経っちゃったんですよ。でも、これではいけないと思って、2002年の暮れに早川書房の編集者を紹介してもらいました。早川書房が「ハリネズミの本箱」シリーズを立ち上げて間もないころだったので、自分がこれまでに翻訳した本を送って「リーディングからやらせてください」と言って売りこんだんです。それで仕事をいただいて、2冊目にリーディングをした作品が『最後の宝』でした。
 この作品は荒削りというか、途中でちょっと筋が途切れるような所もあったりしましたが、作者が全力投球した感じで、そのさわやかさにすごく惹かれたので、その通りのことを編集者に伝えました。2004年の秋ごろに出版が決まって、正式に翻訳を依頼されたのは2005年に入ってからです。「3か月で訳してくれ」と言われました。翻
訳期間自体は平均的な長さだと思いますが、校正スケジュールがきつくて苦労しました。

Q★『最後の宝』の翻訳で苦労された部分はありますか?

A☆第1章を訳すのに1か月ほどかかりました。ちょっとミステリータッチなので、どこまで児童文学的に訳したらいいのか、文体を決めるのにすごく迷って。また、第1章、第2章で伏線が張られたり重要なテーマが出てきたりしますよね。全体のトーンも決めなければならないし。これは、どの作品でもそうなのですが。
 登場人物の中では、主人公のお父さんがとらえにくい存在でした。年齢は32歳と若いのに、やることは老成しているので、そんな感じを出すためにはどんな口調に訳したらいいか悩みました。でも主人公の子どもたちの会話は、途中から2人が勝手にしゃべり始めた感じで、楽しく訳すことができました。
 ほかに難しかったのは、英語ではよくあることですが、叔父、叔母、祖父母の兄弟、従兄弟などを表す言葉が、原作ではすべて "cousin" になっていたこと。しかも名前で呼び合うのですが、これは日本語では変。それですごく悩んで、なかにはかなり高齢の人もいるのですが、主人公から見て歳の離れた親戚は一律に「○○おじさん」「○○おばさん」と訳しました。

Q★クエーカー(キリスト教フレンド派)のことなどもいろいろとお調べになったようですが、調べ物のこつなどありましたら教えてください。

A☆ネット上である程度調べがついたら、大きな図書館で紙の資料にあたることにしています。『最後の宝』でもクエーカー創始者の日記を読みに国会図書館へ行きました。
 それでも、日本のクエーカーの人たちが実際にどんな言葉を使っているのかが気になったので、つてを頼ってクエーカーの信仰をお持ちの大学の先生を紹介してもらい、質問に答えていただきました。自分でネットや図書館で調べるとすごく時間がかかってしまうようなことが、ちょっと話を聞いただけですぐに解決したので、人に会って直接話を聞くのも大事なことだと思いました。

Q★話は変わりますが、翻訳家としてデビューされるまでの経緯を教えてください。

A☆大学を出てから15年ほど勤めていた舞台の制作事務所をやめた時、交渉に使っていた英語力を生かして翻訳をやりたいと思ったんです。でも、英語が読めるだけではだめだとわかったので、翻訳学校で契約書翻訳、児童文学翻訳、英文ライティング、ノンフィクションと、たくさんのコースを受講しました。ノンフィクションのコースで、先生がクラスの全員にリーディングの仕事を紹介してくださったんですが、報酬が安かったので誰も引き受けませんでした。でも私は、最先端の本が読めるし、多少なりともお金がいただけて、自分の文章をプロに見てもらえるわけですから、絶対やりたいと思って引き受けました。学校に通うとお金が出ていくばかりなので、食べていくためにとにかく仕事をというあせりもあったかもしれません。ですから、経済誌の翻訳者募集にも応募しましたし、メディカル翻訳の通信講座も受けて、そちら方面の仕事も来るようになりました。これは学術論文なので、日本語の言いまわしが決まっているんですね。それで医学書を買ってきて、その文体を必死でまねしたんです。後から考えると、このとき文体のことを真剣に考えたのが文芸翻訳の勉強に役立ちました。
 そのころ、翻訳学校で、登録した人に仕事を紹介するシステムが始まったのでさっそく売りこみに行きました。それをきっかけにリーダーの仕事をもらい、さらに翻訳を「やりませんか」と言われたのが『恐竜大行進』です。この仕事をした時、映画の吹き替えみたいな感じで台詞を訳してみたんです。そうしたら、わりと生き生きしたものになって、「台詞がいいね」って言ってもらえました。じつは、私は以前受講した児童文学翻訳のクラスでは「台詞がかたい」と言われ続けていたんです。でも、これでやっと自信がついて、「児童文学をやっていけるかな」という気になりました。

Q★いろいろな分野の翻訳に挑戦されてきたのですね! では最後に、翻訳学校で教えていらした経験から、翻訳学習者へのアドバイスをお願いします。

A☆受講生の皆さんを見て思ったのですが、翻訳の勉強を続けてきて壁にぶち当たったら、それはもう一歩上達する前兆なんですね。そういう時こそチャンスなので、絶対あきらめないで、とことん迷ってください。ただ、一人では見当ちがいの方向に行ってしまうことがあるので、「師」と呼べる人を見つけることも必要かもしれませんね。私だって自分のことはわからないから、学校に通わなくなってからも、そういう時は単発の翻訳クラスを受けたりしてるんですよ。
 それから、私自身は翻訳学校で教えるために、それまであまり興味のなかったエンターテインメント系の作品をたくさん読んだのですが、それがすごく面白かったし、勉強になりました。得意なジャンル、好きな作家だとのめりこんでしまうので、勉強にはあまりならない。逆に、あまり好きじゃないタイプの作家だと「こういうところで感動させるんだな」と客観的に読めるので、技術的なことですごく参考になって、食わず嫌いを直すことができました。
 シノプシスを1冊書くなら2、3冊は類書を読む。特に、不得手なジャンルのものや、よくないと感じたものについては、必ず類書を読むようにしています。自分の偏見で切り捨ててしまって、実はすばらしい作品だったりするといけないし。ともかく私にとっては仕事の機会が勉強の機会なんです。


「翻訳に関してはみなさんと同じでまだまだ修行中ですが」と、とても謙虚に、そして気さくにインタビューに応じてくださった光野さん。どんなジャンルの翻訳であろうと選り好みせずに真摯に取り組み、ご自身の糧にしてこられた姿勢に感銘を受けました。今後もますますのご活躍を期待しております。

(取材・文/安藤ゆか)

 
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●注目の本(邦訳絵本)●

―― フランソワーズ! フランソワーズ! ――

『ありがとうのえほん』
『おおきくなったら なにになる?』
『わたしのすきなもの』
フランソワーズ文・絵/なかがわちひろ訳

偕成社 各定価1,260円(税込) 2005.11 各35ページ 
ISBN 4033279504, 4033279407, 4033279601
"The Thank-you Book", "What do you want to be?", "The things I like"
by Francoise, Scribner, 1947, 1957, 1960

 フランソワーズといえば「まりーちゃん」。ロングセラー絵本である「まりーちゃん」シリーズを読んで育った人、そして現在も読み続けている人も多いだろう。私もそのひとり。子どもが生まれてからも、まりーちゃんが「ぱたぽん。」と話しかけることではじまるこの絵本を、何度も大事に読んできた。
 ここ数年は、未邦訳だった作品がどんどん日本語で読めるようになっている。絵本を編集された方によると、アメリカでも最近フランソワーズの絵本がまとめて復刊されているとのこと。子どもにも大人にとっても、そばにおいておきたくなる絵本なのだろう。昨年11月に刊行された3冊の絵本はシリーズものではない。13年の間に描かれたもので、物語仕立てではなく、読んでいる子どもたちにフランソワーズが語りかける形になっている。
 たとえば『おおきくなったら なにになる?』では、「なにになる?」と質問したあとで具体的に「ふなのり」や「ぼうしやさん」などと読み手に聞いている。『ありがとうのえほん』では、子どもが朝起きてから目にした、さまざまなものに「ありがとう」と感謝する。そこでは、気持ちよく照ってくれるおひさまに「ぽかぽか おてんき うれしいな」とほっぺを赤くそめた女の子が描かれ、うれしい気持ちがよく伝わってくる。『わたしのすきなもの』では、好きなものを一つずつ見開きで紹介している。本が好きといっているページでは茶目っ気ある答えがあり、ふふふと笑ってしまう。
 フランソワーズの絵は、のびやかで明るくてあったかい。子どもたちがいちばんかわいく見える姿をよく知っている。そして人がもっている最もやさしいものが描かれている。小さいころ、大人になるという遠い未来を想像し、なにになろうと考えるとわくわくした。「ありがとう」と口にすると何だか自分までうれしくなった。自分の好きなものを人に話す時は心がうきうきした。そのどれもが心地よいことで、フランソワーズは、子どもの一番ほしいものをよく知っていたのだと感じる。
 3冊の絵本から聞こえる言葉に耳をすますと、心に大事なものが子どもにも大人にもきちんと残る。フランソワーズからのうれしい贈り物だ。

(林さかな)

【文・絵】フランソワーズ(Francoise Seignobosc)

1897年フランスに生まれる。美術学校で学んだ後、パリの児童図書出版社に勤める。その後アメリカに留学し、多数の絵本を刊行。南フランスの農場での暮らしをもとに作られた「まりーちゃん」シリーズがロングセラーとなる。邦訳はシリーズの他に、『ロバの子シュシュ』、『まりーちゃんとおまつり』(いずれも、ないとうりえこ訳/徳間書店)など。1961年没。

【訳】 なかがわちひろ(中川千尋)

1958年生まれ。東京芸術大学美術学部芸術学科卒業。翻訳の他にも挿画、絵本や童話の創作など幅広く活躍している。自作には『ことりだいすき』(偕成社)など、翻訳にはアーディゾーニの「チム」シリーズ(福音館書店)など多数。リズミカルな翻訳にはファンも多く、今回の訳も50年前の絵本をいまの子どもたちに「心楽しく感じられるよう」工夫されている。

【参考】
▽本誌1999年4月号情報編「プロに訊く」(訳者インタビュー)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/cnakagaw.htm

※編集部注:作者名 Francoise の「c」にはセディーユがつく。

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●注目の本(邦訳読み物)●

―― 祖父の病気を見守る少年の泣き笑い物語 ――

『いつもそばにいるから』
バーバラ・パーク作/ないとうふみこ訳
求龍堂 定価1,260円(税込) 2005.10 182ページ ISBN 4763005294 
"The Graduation of Jake Moon" by Barbara Park
Atheneum, 2000

 母子家庭に育ったジェイクは、父親代わりの祖父を誇りに思っていた。祖父のスケリーのおかげでけんすいもできるようになったし、ペンキぬりややすりかけもできるようになった。スケリーは、いつだってジェイクを信じてはげましてくれた。ジェイクが小学校3年生になるまでは。
 その秋、スケリーはアルツハイマー病を発症した。やさしかった性格がうってかわって怒りっぽくなり、記憶が混乱しはじめた。ジェイクが5年生のとき、スケリーはついに家族の顔さえわからなくなってしまう。「あんた誰だい」といわれ、ショックをうけるジェイク。それでも、放課後はまっすぐ家に帰って、スケリーの面倒をみなければならない。しだいに、ジェイクは友だちと遊ぶのも我慢するようになり、いらいらを母親やスケリーにぶつけることが多くなった。中学卒業を間近にひかえた今も、そんな調子の毎日がつづいていた。そして、卒業式まで3週間というある日に……。
 ジェイクの一人称で、小学校3年生から中学校卒業までのスケリーと過ごした歳月が語られる。この多感な時期に、「ヘンタイ」と思われてしまうような祖父の面倒をみなくてはならないつらさ、症状が重くなりどんどん変わっていく祖父を目にしなくてはならないやるせなさが、ひしひしと伝わってくる。物語は、そんなジェイクの葛藤や心の動きを丹念に描き、母親との関係や家族の絆に焦点をあてている。一見して泣かせるストーリーかと思いきや、そこはユーモア作家バーバラ・パークのこと。もちろん、笑いもふんだんにおりまぜられている。登場人物も個性豊かで、母親、ジェイク、おば、いとこ、家族同然の介護員といった身内の連携もばっちり……のはず?!
 バーバラ・パークのファンのわたしは、冒頭から一気に物語にひきこまれた。読みながら、何度も涙がこみあげてきた。作者お得意のユーモアに笑いもでたりして……いったい笑ってるんだか泣いてるんだか……ああ、やっぱり泣いてるんだという感じ。読みおわって、これぞバーバラ・パーク、と思った。と同時に、この春94歳になる祖母の顔が思い浮かんだ。スケリーみたいに顔をくしゃくしゃにしながら笑ってむかえてくれる祖母。久しぶりに、会いたくなった。

(早川有加)

【作】バーバラ・パーク(Barbara Park)

1947年、米国ニュージャージー州生まれ。1981年にデビューして以来、ユーモアあふれる数々の作品を発表、人気作家となる。"Skinny Bones" や "Junie B. Jones" シリーズなどが有名。邦訳に『悪がき追い出し作戦』(石田安弘訳/旺文社)がある。

【訳】 ないとうふみこ(内藤文子)

大阪生まれ。上智大学外国語学部卒業。おもな訳書に『ワニてんやわんや』(ロレンス・イェップ作/ワタナベユーコ絵/徳間書店)、『今夜はだれも眠れない』(ダレン・シャン、ジャクリーン・ウィルソンほか作/西本かおる、橋本恵共訳/ダイヤモンド社)などがある。やまねこ翻訳クラブ発足当時からの会員。



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●注目の本(未訳読み物)●

―― 時間を探しにアイルランドの伝説の世界へ ――

『時の膜の向こう側』(仮題)
 ケイト・トンプソン作
"The New Policeman" by Kate Thompson
The Bodley Head, 2005 ISBN 037032823X
407pp.

★2005年ガーディアン賞受賞作品
★2005年度ウィットブレッド賞児童書部門受賞作品

 アイルランド西岸の町キンバラ。15歳のJJ・リディは、何代もつづく音楽一家の少年で、フィドルを持たせれば大人顔負けの腕前だ。町の住人はみな音楽やダンスを愛し、集まれば即興の演奏が始まる。けれど、のどかなはずの町が最近はどこかおかしい。「時間」が足りないのだ。だれもがいつも時間に追われている。JJの母も誕生日プレゼントに「時間がほしい」といいだした。JJは母の願いをかなえようと、時間を探して「時の膜」を抜け、別の世界に飛びこんだ。そこは、妖精が住むという「常若の国――ティル・ナ・ノグ」。本来「時間」がないはずのその国に、なぜか時が流れていた。JJは妖精の王オィングスとともに、時間の謎に挑みはじめる。
 一方、人間界ではJJが行方不明になったと大騒ぎ。警察が捜索に乗り出すが、新顔の警官はドジな上に挙動不審。行方不明者も増えて騒ぎは大きくなっていく。
 アイルランドの伝説の世界で、現代の少年が時間探しをするというユニークなファンタジーだ。少年の任務は重大だが、その過程に過激な戦いのシーンなどは一切ない。緑豊かな自然、なぜか普通の人間の姿をした妖精たち、絶え間なく流れる音楽。伝説に著者独自の解釈を加えて創りだされた世界は、どこかほんわかとした雰囲気だ。各章の終わりには内容に関連する小曲の楽譜がついていて、音楽が物語を彩っている。
 時間の謎は、いかにもこの物語らしいユーモラスな仕掛けによって解き明かされる。それとともに、JJのひいおじいさんが犯人だとされていた昔の殺人事件の真相や、警官の挙動不審の理由も明らかに。伏線の張り方から種あかしまで、隙のない見事な構成だ。人間界の謎が、妖精界の出来事とからめて説明されているのも面白い。
 人間界と妖精界との生き方を比べて、「時」とはなにか、時の流れのなかで生き、やがて死んでいくとはどういうことなのかを問う哲学的な一面もある。自然や神話や音楽が息づく世界。著者はそんな心豊かでのどかな世界を取り戻そうとする物語を描くことで、時間に流されていく現代社会に警鐘を鳴らそうとしたのかもしれない。
 いっとき忙しい日常を離れ、JJとともに伝説の世界を旅して、ゆったりとした時の流れに浸ってみてはいかがだろうか?

(児玉敦子)

【作】Kate Thompson(ケイト・トンプソン)

英国ヨークシャー生まれ、現在はアイルランド西岸のキンバラ在住。子育てのかたわら参加していたライターズグループでの活動がきっかけで詩集を出版し、その後、子ども向けの物語を書くようになる。"The Beguilers"(2001)、"The Alchemist's Apprentice"(2002)、"Annan Water"(2004)で、ビスト最優秀児童図書賞を3度受賞。近年はフィドル好きが高じて演奏のみならず製作にも取り組んでいる。

【参考】
▼Kate Thompson インタビュー
http://improbability.ultralab.net/writeaway/katethompson.htm
http://books.guardian.co.uk/whitbread2005/story/0,,1693219,00.html

▽ケイト・トンプソン作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/t/kthompso.htm

▽ビスト最優秀児童図書賞(本誌2003年7月号情報編「世界の児童文学賞」)
(アイルランド出身及び在住の優秀な作家もしくは画家の作品を対象とした賞)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2003/07a.htm#bungaku


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●賞速報●

★2005年ニュージーランド・ポスト児童書及びヤングアダルト(YA)小説賞
                    候補作発表(受賞作の発表は5月17日)
★2006年MWA賞(エドガー賞)児童図書部門/ヤングアダルト小説部門候補作発表
                         (受賞作の発表は4月27日)

海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」をご覧ください。



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●イベント速報●

★展示会情報

富山県射水市大島絵本館「なかやみわ絵本原画展」
北海道立文学館「春を待つ子どもたち〜いわさきちひろ複製画展」他
 

★講演会情報

山形市なごみの里地域交流ホール「木坂涼さん講演会」他
 

★講座情報

フェローアカデミー「特別講演&短期集中講座」他
 
 
 詳細やその他の展示会・セミナー・講演会情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、空席状況については各自ご確認願います。

(笹山裕子/井原美穂)



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●やまねこカフェ 海外レポート●第2回フィリピン(マニラ)

〜 インターナショナル・スクール・マニラの図書教育 〜

 今回のやまねこカフェでは、さまざまな国籍の子どもたちが学ぶインターナショナル・スクール・マニラ(ISM)の小学校の図書教育について取材した。
 ISMは1920年創立のアメリカン・スクールを前身とする私立の国際校で、小学校(3歳児〜5年生)、中学校(6〜8年生)、高校(9〜12年生)から成り、授業はすべて英語で行われている。全校生徒数1,500人、生徒の出身国は50か国に及び、この内日本人は約9%だという。生徒の大半は外国人駐在員、外交官、フィリピンの富裕層の子どもたちで、この国の中ではきわめて恵まれた環境の学校といえる。
 小中高にはそれぞれ独立した図書館がある。入口も管理も別々だが、構造的には同じ建物の中でつながっており、小中高の垣根を越えた利用も可能である。蔵書はすべてバーコードでコンピュータ管理され、保護者も10冊まで借りられる。各図書館には、図書教育の先生が常駐していることも特徴である。特に、週1回45分の図書の授業がある小学校では、図書の先生の果たす役割は大きく、担任や教科の先生とも協力して、幼いころから本に親しむためのさまざまな取り組みを行っている。

 1月のある日、小学校の図書館を見学した。明るく広々としたスペースのあちこちに、童話の主人公や工作などが飾られ、いかにも楽しい雰囲気だ。書棚は、幼児向けと小学生向けに分かれ、それぞれフィクション、ノンフィクションに分かれている。本の並べ方は、フィクションが作家名のABC順、ノンフィクションは国際十進分類 法に準拠している。蔵書数は約25,000冊、その内半数がフィクションだという。この他にビデオなどの視聴覚教材もあり、コンピューターも20台ほど完備している。
 さっそく、2人の専任の先生にお話をうかがった。昨年赴任したカナダ人のマリー先生は英仏西語が堪能で、南米やシンガポールの国際校でも教えた経験を持つ。フィリピン人のクルス先生は勤続29年。フィリピンの民話の本などを執筆した作家でもある。この2人で、3〜4歳児クラス、5歳児クラス、1〜5年生までの合計39クラス の図書の時間を分担して受け持っているという。図書教育の目的をたずねると、「読書を愛する心を育て、文学を鑑賞する力を養うことと、リサーチの方法を学び、情報を分析する力を身につけることです」とおっしゃった。また国際校らしく、異文化理解にも重きを置いているという。
 実際の授業では、20分程度の読み聞かせやブック・トークの後、その本に関連した図画工作などをする。低学年では音読もさせる。また1人の作家の本を数冊読み、要約を発表したり、作者に手紙を書いたりすることもある。高学年では、書籍やインターネットからの情報の探し方も学ぶ。数年に1度、海外から作家を招くこともある。
 ちょうど、1年生のクラス(17人)が担任の先生の引率でやってきて、クルス先生を囲んで座った。たまたま旧正月のこの日、クルス先生は中国の帽子をかぶって、春節について解説した後、"The Five Chinese Brothers" の絵本を読み聞かせた。子どもたちは、主人公と一緒に海の水を吸い込むまねをしたり、息を止めたり大騒ぎ。難しい単語は、先生がていねいに説明していた。そして授業の最後は、本の貸出しタイムだ。返却期限を過ぎている生徒は借りられないなど、ルールもきっちりと教わる。
 5歳児〜4年生では、年に一度、読書マラソン(Readathon)が行われる。ある作家の本を1か月間集中してみんなで読み、時にはクラス対抗で競うのだ。例えば、1年生がトミー・デ・パオラの読書マラソンをした時は、こんな具合だ。図書館に、代表作 "Strega Nona" の主人公の魔女のおばあさんとパスタ鍋の巨大な模型が用意さ
れる。マラソン初日には、保護者も招いて、図書の先生が魔女のおばあさんの扮装で、その絵本を読み聞かせる。その後、パオラの本を読んだ生徒は、パスタをかたどった細長い紙に、本の題名と自分の名前を書いて、どんどん鍋に入れていく。1か月後、図書館のパスタ鍋は、絵本と同じようにパスタでいっぱいになるというわけだ。ただ本を読ませるだけでなく、子どもたちが楽しめるような工夫が凝らされているのだ。
 5年生になると、読書マラソンに代わって、読書合戦(Battle of Books)が行われる。これは1年間かけて、50冊程度の推薦図書をできるだけたくさん読み、学年末にクラス対抗の読書クイズ大会に挑戦するというものだ。上位チームには図書券やピザの賞品が出るので、一段と熱が入る。クイズには交代で答えるので、一部の生徒が全作品を読んでいても高得点は望めない。皆で手分けして読むなど、チームワークも大切だ。大会当日は、そろいのTシャツを着て、お祭りのように盛り上がる。卒業生の話では、この大会のおかげで、普段自分では選ばない良い本をたくさん読むことができて、今でも忘れられない楽しい思い出だという。クイズの問題を作る先生は大変だろうが、これほど楽しんでもらえれば、先生冥利に尽きるというものだろう。
 放課後、子どもたちや保護者が、三々五々訪れ、クッションに寝転んで本を読んだり、カーペットの上でゲームをしたり、机で宿題をしたりしていた。図書の貸出しや整理、新刊書の検索などの作業には、保護者もボランティアとして参加している。このような素晴らしい環境で、思う存分、読書を楽しめる子どもたちは幸せだなと感じ ると同時に、この学校の自由で楽しい図書教育のあり方をうらやましく思った。

(大塚道子)

【書誌紹介】
"The Five Chinese Brothers"
 邦訳『シナの五にんきょうだい』
 (クレール・H・ビショップ文/クルト・ビーゼ絵/かわもとさぶろう訳/瑞雲舎)
"Strega Nona"
 邦訳『まほうつかいのノナばあさん』
 (トミー・デ・パオラ文・絵/ゆあさふみえ訳/ほるぷ出版)

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●読者の広場●海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ!

 このコーナーでは、海外児童書にまつわるお話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せください。

  • メールはなるべく400字以内で、ペンネームをつけてお送りください。
  • タイトルには必ず「読者の広場」とお入れください。
  • 掲載時には、趣旨を変えない範囲で文章を改変させていただく場合があります。
  • 回答も読者のみなさまから募集し、こちらに掲載させていただきます。編集部からメールでの回答はいたしませんので、ご了承ください。


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☆☆ FOSSIL 〜 Made in USA のカジュアルウオッチ ☆☆
「FOSSILは化石って意味でしょ?レトロ調の時計なの?」。いえいえ、これは創業者の父親がFOSSIL(石頭、がんこ者)というあだ名だったことから誕生したブランド名。オーソドックスからユニークまで様々なテイストの時計がいずれもお手頃価格で揃います。レトロといえば、時計のパッケージにブリキの缶をお付けすることでしょうか。数十種類の絵柄からお好きなものをその場で選んでいただけます。選ぶ楽しさも2倍のフォッシルです。

TEL 03-5981-5620

http://www.fossil.co.jp/

(株)フォッシルジャパン:やまねこ賞協賛会社


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●編集後記●

ワールドワイドなやまねこならではの「やまねこカフェ」はいかがでしたでしょうか? 来月は英語以外の未訳作品を多数ご紹介する予定です。(す)

発 行: やまねこ翻訳クラブ
発行人: 村上利佳(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人: 横山和江/竹内みどり/大原慈省(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画: 赤間美和子 安藤ゆか 井原美穂 大塚道子 鎌田裕子 児玉敦子
笹山裕子 早川有加 林さかな 冬木恵子 村上利佳
協 力: 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
Chicoco ながさわくにお ハイタカ
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