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2026年9月号 No.243

●注目の本(邦訳読み物)●『エントラーダの子どもたち』

~子どもたちの声が響くしあわせな場所~

『エントラーダの子どもたち』 エレン・オー編/原田勝ほか訳
あすなろ書房 定価1,800円(本体) 2026.06 279ぺージ ISBN 978-4751533093
“ON THE BLOCK” edited by Ellen Oh
Random House Children’s Books, 2024

 この夏、かわいい子どもたちの姿が描かれた黄色いカバーの児童書が書店に並んだ。アメリカの、とある街に建つアパート〈エントラーダ〉を舞台に、12の家族の暮らしを描いた短編集だ。季節は夏。主人公は、それぞれことなるルーツを持つ11~13歳の子どもたちである。
 作品は、このアパートに新しく引っ越してきた少女のエピソードではじまる。〈エントラーダ〉がどういう場所かまだわからない読者にとって、この設定はうってつけだ。つづく第2話からは、ここに以前から住む子どもたちや、住人の親族を訪ねてくる子どもなどの話が展開する。みな一人ひとり熱中していることがあったり、心配事をかかえていたりする。そして、アパートのほかの住人の気配を感じたり、子ども同士でかかわりを持っていたりする。各家庭の食卓に並ぶ国際色ゆたかな料理や日常会話などから、家族の特徴がだんだん見えてくる。第7話、8話……と進むうちに、「これはあの子のことだ!」「あれ? このやりとりはあそこにでてきたぞ」など、前のページをめくって確かめることが多くなる。同じエピソードの語り手が、別の子に変わることによって、受け取る印象が変わる。こんな行き来をくりかえすうちに、この作品が単なる短編集ではなく、〈エントラーダ〉で暮らす子どもたちを中心にした、ひとつの物語であることを実感するのだ。
 本作は、作品に登場する子どもたちと似たルーツを持つ、12名のアメリカ人作家が分担して書いている。翻訳も、12名の訳者がそれぞれ担当している。第1話から第12話まで、一貫して子どもたちの目線で語られ、子どもの鋭い観察力でとらえた大人たちの描写がまたみごとだ。第12話の作者で、本作の編集を手がけたエレン・オーは、韓国にルーツを持つ児童文学作家だ。すぐれた作家であるだけでなく、”すべての子どもが一冊の本のなかに自分の姿を見つける”ことをモットーに掲げる非営利団体の、創設メンバーでもある。本作は、まさにこの団体の思いを実現したような作品だ。様々な背景をかかえた個性ゆたかな主人公たちに、だれもが自分とどことなく似た一面を感じることができる。子どもの声や生活音が響き、いろんな家庭料理のにおいが漂うアパートの建物に、足を踏み入れた気がした。

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【編】エレン・オー(Ellen Oh):ニューヨーク市ブルックリン出身の韓国系アメリカ人。弁護士や大学の非常勤講師などの職を経て作家に転身。ミドルグレードからYA作品まで、幅広い年齢層を対象にした児童書の作家で、編集者としての顔も持つ。非営利団体”We Need Diverse Books(WNDB)”の創設者のひとり。

【訳】原田勝(はらだ まさる):1957年生まれ。東京外国語大学卒業。絵本からYA文学まで、広範にわたる児童書の翻訳家。訳書に、『ぼくは川のように話す』(ジョーダン・スコット文/シドニー・スミス絵/偕成社)、『ぼくの中にある光』(カチャ・ベーレン作/岩波書店)など多数。
共訳者:山岡千恵、佐藤志敦、小原美穂、安達妙香、北村みちよ、辻村万実、藤田優里子、渡辺幸子、太田みか、鴨志田恵、大島聡子

【参考】
▼エレン・オー公式ウェブサイト
https://www.ellenoh.com/

▼原田勝公式ブログ
https://haradamasaru.hatenablog.com/

▼共訳チーム公式note
https://note.com/entrada2026/n/n205e25462a37

(進藤浩子)

●訳者が語る! 注目の本(邦訳絵本)●

 本コーナーでは、やまねこ翻訳クラブ会員である翻訳者が、自身で訳した作品の魅力や翻訳にまつわるエピソードを語ります。
 今回の執筆者は、やまもとみきさん。2026年のカーネギー賞画家賞ロングリストに選ばれた作品を紹介します。

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『ジャコミニュス・ゲンズボルーのゆたかな時間 命がきえるときおもうこと』

レベッカ・ドートゥルメール文・絵/やまもとみき訳
化学同人 定価2,700円(本体) 2024.11 50ページ ISBN 978-4759823295
“Les Riches Heures de Jacominus Gainsborough” by Rebecca Dautremer
Editions Sarbacane, 2018

 舌をかみそうな「ジャコミニュス・ゲンズボルー」とは、この絵本の主人公、ひとり(ここではそう呼ばせてください)のうさぎの男の子の名前です。ジャコミニュスは小さな頃に階段から落っこちてけがを負い、片足が不自由になったため、松葉杖が手放せなくなりました。でも夢見がちな子どもだった彼は、頭のなかではどこまでも遠くへ行けました。空想の自分は、かっこいいヒーローになり、誰からも好かれ、気になる女の子ドゥースにいいところを見せられます。そんなジャコミニュスもやがて成長し、遠い世界での苦い経験や、大好きなひととの別れも経て、あたたかな家庭を築きます。ようやく本当に大切なものが何かを知ったときには、すっかりおじいちゃんになっていました。さいごの日、アーモンドの木の下で、ジャコミニュスは何を思うのでしょうか。
 作者は絵本の冒頭で、タイトルの「ゆたかな時間」とは「だれかの人生をいいあらわすための、詩のように遠まわしないい方」だと説明しています。そして、主人公にジャコミニュスを選んだのは、その一生が充実していたからだとも。けれど、その「ゆたかさ」も「充実」も、物語のなかで明確には示されません。一読すると、ひとりのうさぎが生まれてから死ぬまでが淡々と描かれるだけです。そこにあるのは、出会いと別れ、挫折、恋愛や友情など、誰でも経験する人生のありふれた出来事ばかり。年老いたジャコミニュスの脳裏には、公園に吹くそよ風、墓地にひびく鳥の歌声、子どもたちの足音や笑い声など、日常のささやかなひとコマがよみがえります。そのときは気にも留めず通りすぎてしまうけれど、かけがえのない瞬間。その積み重ねこそが「ゆたかな時間」なのかもしれません。絵本をひらいて、自分だけの「ゆたかな時間」に思いをはせてもらえたらうれしいです。うさぎの毛並みまで伝わってきそうな繊細な筆致で描かれるイラストは、ページをめくるごとに絵画を眺めるような美しさ。ぜひご注目ください。

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【文・絵】レベッカ・ドートゥルメール(Rebecca Dautremer):1971年生まれ。パリ国立装飾美術学校を卒業後、画家や絵本作家として活躍。独自の画風が国際的に高く評価されている。邦訳作品に『恋するひと』(うちだややこ訳/朔北社)、『そらをとんだ本』(ピエール・ロリ文/中井珠子訳/講談社)などがある。本作は2026年のカーネギー賞画家賞ロングリストに選ばれ、姉妹編として”Une Chose Formidable”(未訳)が刊行されている。パリ在住。

【訳】やまもと みき:岐阜県出まれ。翻訳家。主な訳書に『すきなものみっつ なあに』『ちょっとだけ のんびりするひ』(ウェンディ・メドゥール文/ダニエル・イグヌス絵/化学同人)、『はるのクリスマス』(ティエリー・デデュー文・絵/化学同人)などがある。仲間と翻訳同人誌「ほんやく日和」を発行しており、現在第6号を制作中。やまねこ翻訳クラブ会員。大阪府在住。

【特殊文字】
「Rebecca Dautremer」:「Rebecca」のひとつめの「e」の上に(´)がつく
「Editions Sarbacane」:「Editions」の「E」の上に(´)がつく

(山本みき)

●賞速報●

★2026年ニュージーランド児童ヤングアダルト図書賞発表
★2026年オーストラリア児童図書賞発表

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●編集後記●今月は邦訳2作品のレビューをお届けしました。どちらも読み応えのある素敵な作品です。読書の秋に、ぜひお読みください!(も)
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