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2024年9月号
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  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
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                                No.229
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2024年9月15日発行 配信数 2540 無料
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●2024年9月号もくじ●
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◎ことばの海 多言語を愛するやまねこ会員に聞く 第3回 檜垣裕美さん
◎賞速報

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●ことばの海 多言語を愛するやまねこ会員に聞く●第3回 檜垣裕美さん
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 本の翻訳、といえば思いつくのはまず英語。でも、それ以外の言語に関わる人たち
の事情だって気になる! そこで「多言語=英語以外」に興味がある、あるいはその
翻訳を学んだり手がけたりしているやまねこ翻訳クラブ会員へのインタビューを、不
定期掲載でお届けします。

 今回は、ビルマ語とフランス語で実務・出版翻訳に携わる檜垣裕美(ひがき ゆみ)
さんにお話を聞きました。

〜第3回「ビルマ語&フランス語」編・檜垣裕美さん〜

(1)ビルマ語、フランス語との出合いは?

●家族の記憶が育んだビルマとの縁
 私の祖父は第二次世界大戦中、ビルマ(現ミャンマー)でインパール作戦に参加し
た経験があり、私が子どもの頃はビルマの話をよく聞かせてくれました。戦地での厳
しい状況の他、祖父はビルマの人々との交流についても多く語っていました。戦時下
にもかかわらず現地の人たちに親切にしてもらい、食事をごちそうになったこと。ビ
ルマ語を教わったこと……。このように幼少期からビルマを知る機会はありましたが
自分がその言語を学ぶとは思ってもいませんでした。転機は高校生の頃、日本語教師
の仕事に関心があった私は「日本語を教えるには、まず自分も外国語を学ぼう」と思
い立ちました。せっかくなら日本で学べる場が少ないビルマ語を大学で勉強したいと
考え、祖父の話で身近だったビルマ語を専攻することに決めました。

●英国留学で出合ったフランス語
 大学卒業後、ビルマ文学をより深く学ぶため英国の大学院に留学しました。ぜひ師
事したい先生が英国にいたからです。そしてビルマ文学を学ぶ過程で、参考資料とし
て読んだ『モンテ・クリスト伯』でフランス古典の面白さに目覚めました。この小説
のどこにビルマとの関係が?と意外に思われるかもしれませんが、じつは20世紀の初
頭、それまで文学といえば「詩」が主だったビルマで『モンテ・クリスト伯』を翻案
にした本格的な小説が登場したのです。また、ロンドンの国立劇場で『シラノ・ド・
ベルジュラック』を観劇して、原作のフランス語にますます興味がわきました。こう
してビルマ文学を追い求めて渡った英国で、思いもよらずフランスの文化芸術にも心
惹かれるようになりました。

(2)どうやって学習した?

●現地で生きたビルマ語を学ぶ
 日本の大学でビルマ語を専攻した当時は今以上に教材が少なく、主に現地の小学生
向けの教材や、先生による自作の教科書を使っていました。学習で最初にぶつかった
壁は文字の習得で、独特のビルマ文字や発音を覚えるのに半年くらいかかりました。
ただ語順や文法は日本語と似ている部分も多いので、文字と発音を覚えてからはだい
ぶ楽になりましたね。
 大学3年生の時には、ミャンマーの最大都市ヤンゴンにある大学に1年間留学しま
した。現地ではミャンマー人の友人たちから、ミャンマー文化やビルマ語について多
くを教わりました。その頃は現地でも辞書がさほど充実していなかったので、友人と
の会話に出た単語や表現をノートに書き留めて単語帳を作っていました。おかげで生
きた言葉が学べたと思います。

 英国留学から帰国後、友人が勤務する法律事務所からの依頼で、ミャンマーからの
難民申請書を和訳する仕事に携わるようになりました。ビルマ語の翻訳は勉強したこ
とがなかったのですが、手探り状態で訳しながらコツをつかんでいきました。

●日仏学院で長く学んだフランス語
 フランス語は、英国での留学を終えた後に東京の日仏学院でゼロから習い、通学と
通信を含めて延べ10年ほど学びました。学院で催される文化イベントなどにも積極的
に参加し、図書館では本や DVD を毎週借りて帰っていましたね。フランス語の翻訳
も日仏学院の通信講座で勉強しました。やがて、すでにビルマ語翻訳で登録していた
翻訳会社からフランス語の翻訳やチェックでもお声がかかり、こちらもビルマ語と同
じく実践を通じて翻訳をより深く学んだと思います。

(3)ビルマ語・フランス語の本について

●政情に翻弄されるビルマ文学
 ビルマ語の小説は、2003年に日本とミャンマーの合作で映画化もされた『血の絆』
(ジャーネージョー・ママレー著/原田正春訳/毎日新聞社 ※絶版)という素晴ら
しい作品があります。主人公の日本人女性が、第二次世界大戦時のビルマ戦線に従軍
した父と現地のビルマ人女性の間に生まれた「異母弟」を探してミャンマーを訪ねる
話ですが、両国の文化がとても丁寧に描かれています。残念ながら邦訳されたビルマ
語の小説はとても少ないのですが、そのなかで大同生命国際文化基金の「アジアの現
代文芸」シリーズは電子書籍化もされ、手軽に読むことができます。
 ビルマの文学史を知るには『ビルマ文学の風景 軍事政権下をゆく』(南田みどり
著/本の泉社)が詳しいです。ミャンマーでは軍事政権時代から約半世紀に渡って検
閲制度があり、2012年にいったん廃止されましたが、2021年のクーデター後は再びメ
ディア統制が厳しくなっています。ビルマ語の本は、現地書店の SNS や書評サイト
「Goodreads」などで情報を得ていますが日本からの購入は難しい状況です。政情が
落ち着いたら、現地に行って書店を巡りたいですね。
▼大同生命国際文化基金「アジアの現代文芸」シリーズ
https://www.daido-life-fd.or.jp/business/publication/publish/

●ビルマの日常を発信したい
 ビルマ語の児童書は昔話か漫画のどちらかが多く、日本のような絵本は少ないので
すが、今後よい絵本が出たらぜひ訳してみたいです。また翻訳とは別物ですが、政治
や観光とはひと味違うミャンマーの日常を紹介するリトルプレス『Myanmar A to Z』
を発行しています。こちらの誌面でも、いずれミャンマーの児童書を取り上げたいと
思っています。
▼『Myanmar A to Z』について
http://blog.k-kamome.net/?eid=999352

●フランス語絵本の魅力
 フランス語の本では、科学とアートが融合したような絵本、日本にはない独自な視
点が光る絵本を訳してみたいと考えています。日本でも人気の絵本作家、イザベル・
シムレールやアンヌ・クロザの作品もそれに通じるものがありますね。フランスはポ
ップアップの仕掛け絵本も充実していて、『オセアノ号、海へ!』(アヌック・ボワ
ロベール、ルイ・リゴー作/松田素子訳/アノニマ・スタジオ)や、「うごかす!め
くる!」シリーズの絵本(パイ インターナショナル)などは大人も楽しめると思い
ます。また最近では、バンドデシネと絵本を合わせたようなユニークな作品も出てい
るので、そちらも注目していきたいです。
 フランス語の絵本情報は出版社や作家、現地書店の SNS をフォローしたり、現地
在住の友人から得たりすることが多いです。日本国内では、オンラインのフランス語
専門書店「Les Chats Pitres」さんにお世話になっています。辞書類も充実している
ので、翻訳する上で参考になる本が多いのも助かります。
▼Les Chats Pitres ウェブサイト
https://les-chats-pitres.com/

(4)翻訳の仕事について

●まずは実務翻訳者としてスタート
 翻訳にはっきりと興味をもったのは、英国に留学中の頃です。ロンドンで演劇や映
画、アートなど多様なカルチャーに触れる中で、自分でも「面白い」と思うものを言
語や文化を越えて人に伝えたいと考えるようになりました。中でも本、とりわけ絵本
への興味が強かったので、帰国して出版翻訳の勉強を始めましたが、やはり厳しい狭
き門の世界。まずは仕事の間口を広げようと、ビルマ語ですでに始めていた実務翻訳
の腕を磨くことにしました。

●希少なビルマ語翻訳者として活躍
 ビルマ語の翻訳は、すでに述べた難民申請書の和訳が初仕事でした。その後、複数
の翻訳会社にビルマ語の翻訳者・チェッカーとして登録しました。そもそもビルマ語
は翻訳者の数が少ないため、専門分野にこだわらず対応する必要があります。専門外
の機械・建設系の翻訳や通訳を引き受けた時は調べ物が大変でした。子ども向けに書
かれた機械の本を読んでから訳出を始めたこともあります。ビルマ語の仕事は実務翻
訳に限られていますが、いずれはビルマ語の本も訳してみたいですね。今は現地で不
安定な政情が続く中、若者の日本への難民申請が増え続けています。少しでも力にな
れればと願いながら、難民申請の仕事も変わらず続けています。

●コンテストを機にフランス語の本を翻訳
 出産後に少し落ち着いた頃、出版翻訳のコンテストに応募するようになりました。
2018年にフランス語の一般書籍のコンテストに応募したところ、幸運にも下訳者のひ
とりに選ばれました。続けて2021年には、別の翻訳コンテストで上訳者として採用さ
れて「切り絵・しかけ図鑑」シリーズ(化学同人)を続けて3冊翻訳する機会に恵ま
れました。この他に翻訳会社などのコンペでフランス語の出版翻訳につながったもの
もあります。図鑑シリーズの翻訳を機に、面白そうなフランス語の絵本を自分でも探
すようになり、今はご縁ができた出版社への持ち込みに挑戦中です。

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【今回登場する言語:ビルマ語/フランス語】
●ビルマ語:ビルマ(現ミャンマー)の公用語で、多民族国家である同国で最大多数
派の「ビルマ族」が使用する言語。母語話者は約5000万人。
●フランス語:ヨーロッパのフランスやベルギー、スイスの一部をはじめ、太平洋や
カリブ海域を含む54か国で話され、母語話者は約9000万人。国連の公用語でもある。
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【参考】
▽本誌バックナンバー「ことばの海」コーナー
http://www.yamaneko.org/mgzn/corner/tagengo.htm

                           (取材・文/松倉真理)

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