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●特集●2015年カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品レビュー
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"Buffalo Soldier" 『バッファロー・ソルジャー』(仮題)
by Tanya Landman タニヤ・ランドマン作
Walker Books Ltd, 2014, ISBN 978-1406354966 (Kindle)
Walker Books Ltd, 2014, 320pp. ISBN 978-1406314595 (PB)
★2015年カーネギー賞受賞作品
(このレビューは Kindle 版を参照して書かれています)
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南北戦争の末期、南部の奴隷だった10代の黒人の少女シャーロットは、北軍の勝利
によって自由の身となった。しかし、北軍が略奪と破壊の限りをつくした南部の土地
は荒れ果て、自由を得たはずの黒人は生きるすべもなくさまよい、すべてを失った南
部の白人は黒人に対する憎しみを募らせる。そんな不穏な空気の中、母親のように慕
っていたクッキーが、白人の集団に惨殺されてしまう。たったひとり残されたシャー
ロットは、生き抜くために女であることを隠して黒人騎兵隊に志願する。
入隊した黒人たちを待っていたのは、白人兵士たちからの露骨な差別だった。白人
への恐怖に心を閉ざし、理不尽な扱いにもただ黙って耐えるシャーロットだったが、
黒人兵士を温かく見守る白人の上官スミスや、愛馬エイブ、黒人兵士仲間との関わり
を通して、徐々に心を開いていく。やがて、訓練を終えた黒人部隊は、入植者を守る
ために辺境の地へと送られ、鉄道や町を襲う先住民たちと激しい戦いを繰り広げるこ
とになる。仲間を次々に失いながらも、果敢に戦うシャーロット。しかし、先住民た
ちがはるか昔から暮らしてきた土地を追い立てられていく姿を見つめるうちに、自分
が自由を奪う側に立っていることに気づく……。
「バッファロー・ソルジャー」とは、南北戦争後、初めて黒人のみで組織された連隊
の俗称である。勇猛な戦いぶりで知られるこの連隊に、当時、女性であることを隠し
て加わっていた兵士がいたという。この実在の人物に着想を得た作者タニヤ・ランド
マンは、アメリカが西へ西へと発展を続けた激動の時代を、奴隷から解放され兵士と
なった黒人の少女の視点から描いた。そこから見えてくるのは、輝かしい歴史の裏側
でもがき苦しむ名もなき人々の姿だ。少女の目に映る暴力、殺りく、破壊のシーンは
あまりにも重く、時に心が押しつぶされそうになる。しかし、黒人特有の英語で書か
れた1人称の語りには、独特の力強いリズムがあり、逆境にあっても決してあきらめ
ない主人公の声がまっすぐ胸に響いてくる。自由とはなんなのだろう? 歴史のうね
りに翻弄されながらも、まっすぐ前を見つめ、自由の意味を模索し続けるシャーロッ
トのひたむきな生き方に圧倒された。
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【作】Tanya Landman(タニヤ・ランドマン):英国ケント州グレーブゼンド生まれ、
デボン州北部在住。大学で英文学を専攻し、書店、アートセンター、動物園などに勤
めたのち作家になり、"Apache: Girl Warrior" や "The Goldsmith's Daughter" な
どのYA小説や、児童向けのシリーズ等、多くの作品を発表している。邦訳はまだな
い。
【参考】
▼タニヤ・ランドマン公式ウェブサイト
http://tanyalandman.com/
▼タニヤ・ランドマンのインタビュー(The Guardian ウェブサイト内)
http://www.theguardian.com/childrens-books-site/2015/jun/22/tanya-landman-
carnegie-medal-2015-winner-buffalo-soldier-interview
(手嶋由美子)
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"Shackleton's Journey" 『シャクルトンのたび』(仮題)
by William Grill ウィリアム・グリル文・絵
Flying Eye Books, 2014, 68pp. ISBN 978-1909263109 (HB)
★2015年ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品
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1914年8月8日土曜日、イングランドのプリマス港を発つ船を、大勢の人が歓声を
あげて見送った。世界初の南極大陸横断をめざすアーネスト・シャクルトン一行を乗
せた、エンデュアランス号の門出だ。だが、順調だった航海は、ブエノスアイレスか
ら南極へ向かう途中に一転する。ウェッデル海で大きな氷の塊に阻まれた船は、無残
にも大破してしまう。その瞬間、隊の目的は、過酷な環境を生き抜き、無事故郷へ戻
ることへと変わった……。
この絵本は、シャクルトンとその仲間たちが、どのようにして南極大陸横断を試み
たのか、そして孤立無援だった南の果ての海からどうやって生還したのかを描いたノ
ンフィクション作品だ。旅の過程は、見開きごとにイラストや文章で説明されていく。
28人の乗組員に69匹の犬、船の作りや装備、南極大陸の探検地図。どのページにも、
青と茶、黄色を基調とするイラストが、色鉛筆で細やか、かつ大胆に描かれている。
ジグソーパズル状に浮かぶウェッデル海の氷の群れは、無限に広がっていくように感
じられ、氷圧に押しつぶされた船の姿には胸をつかれた。ユーモラスに描かれた犬や
乗組員たちの動きは臨場感にあふれ、それぞれの表情や性格までもが伝わってくる。
中でも圧巻なのは、エレファント島での嵐のページだ。もくもくと黒い雲が今にも画
面から飛び出してきそうなこのシーンは、隊の先行きの不安を見事に表現している。
作者は、どのページのどの絵にも、複数のパターンを考えてアイデアを練り、何度も
スケッチを繰り返して作品を作り上げたという。圧倒的な力を持つイラストは、綿密
な作業の上に成り立っていたのだと、思わずため息が出た。
ハラハラする冒険譚はもちろんだが、子どもたちの興味を引くエピソードが随所に
ちりばめられているのも、この作品の魅力のひとつだ。探検隊のメンバーを選ぶ際、
シャクルトンはどんな面接をしたのだろう。メンバーを襲ったヒョウアザラシを仕留
め、いざ食べようとした時の驚きのできごととは? 割れた氷の隙間に落ちたメンバ
ーは、引き上げられて何と言ったのか。隊が希望を失わず、士気を保てた秘訣とは?
さあ、今すぐページをめくり、シャクルトンと共に冒険の旅に出かけよう。
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【文・絵】ウィリアム・グリル(William Grill):英国、ロンドン在住。ファルマ
ス大学を卒業し、ワークショップや小学校でのアートクラブを開催しながら、雑誌や
新聞、ポストカードやリーフレットなどのイラストを手がける。デビュー作である本
作は、2014年度ニューヨークタイムズ・ベストイラスト賞の受賞作でもある。2016年
には新刊が出版される予定。
【参考】
▼ウィリアム・グリル公式ウェブサイト
http://williamgrill.co.uk/
▼ウィリアム・グリルのインタビュー動画
(カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞公式ウェブサイト内)
http://www.carnegiegreenaway.org.uk/shadowingsite/watch.php?authorid=11
▽キッズBOOKカフェ やまねこ調査隊
第19回 現代によみがえる、不屈の魂 出版相次ぐ《エンデュアランス号》漂流譚
http://www.yamaneko.org/dokusho/shohyo/cafe/chosa/2001/c1.htm
(美馬しょうこ) |