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●追悼:E・L・カニグズバーグ●12歳の葛藤をウィットをこめて描いた作家
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■人と作品■
去る4月19日、E・L・カニグズバーグが83歳で亡くなった。カニグズバーグは
1967年に "Jennifer, Hecate, Macbeth, William McKinley, and Me, Elizabeth"
(『魔女ジェニファとわたし』松永ふみ子訳/岩波書店)および "From the
Mixed-up Files of Mrs. Basil E. Frankweiler"(『クローディアの秘密』松永ふみ
子訳/岩波書店)を相次いで発表して作家デビュー。翌1968年、『クローディア〜』
でニューベリー賞を受賞し、『魔女ジェニファ〜』がオナー(次点)に選ばれた。今
日にいたるまで、本賞とオナーを同時に手にした作家はほかにいない。さらに29年後
の1997年には、"The View from Saturday"(『ティーパーティーの謎』金原瑞人・小
島希里訳/岩波書店)で2度めのニューベリー賞を受賞。作品の多くで思春期の一歩
手前に立つ12歳前後の子どもたちを描いたカニグズバーグは、まさにアメリカを代表
する児童文学作家だった。
カニグズバーグ作品に登場するのは、アメリカの郊外に住むふつうの子どもたち。
作者自身、子どものころ『メアリー・ポピンズ』や『秘密の花園』を読んで、召し使
いもいなければ屋敷住まいでもない自分の暮らしのほうが、おかしいのではないかと
思っていたと最初のニューベリー賞受賞スピーチで語っている。だからこそ自分の子
どもたちのために「郊外の住宅地の暮らしがどんなかを」そして「外は快適でも中は
全然そうじゃない」ということを書こうと思ったのだと("Talk, Talk: A
Children's Book Author Speaks to Grown-Ups"『トーク・トーク カニグズバーグ
講演集』清水真砂子訳/岩波書店)。
快適でない理由はさまざまだ。クローディアは、「ただオール5のクローディア・
キンケイドでいることがいやになった」から家出をはかった。"Up From Jericho Tel"
(『エリコの丘から』金原瑞人・小島希里訳/岩波書店)のジーンマリーは、母子家
庭でトレーラーハウス暮らしのうえ、転校生。両親とともにふつうの家に住み、小さ
いころからお互いに知り合いの「クローン」のような同級生たちになじめない。そし
て『ティーパーティーの謎』のインド系アメリカ人、ジュリアン・シンは、見た目も
言葉もふるまいも周りの子たちとちがうせいで、いじめにあう……。事情はそれぞれ
ちがえど、疎外感や、友人を求める気持ちは共通している。
そこにはおそらく、カニグズバーグ自身の生い立ちが大きくかかわっていると思わ
れる。ハンガリー系ユダヤ人の家庭に生まれて、ペンシルベニア州の小さな町に育ち、
地元の高校を主席で卒業。当時、女性としては珍しかった理科系に進んで、カーネギ
ー工科大学(現在のカーネギーメロン大学)化学科を卒業する。子どもの世界では、
足の速い子や体の大きい子は人気者になれても、勉強のできる子はなぜか敬遠される
ことが多い。秀でたところがひとつあるという点では、かけっこの1等賞もオール5
のクローディアも同等なのに。そんなわけで、子ども時代のカニグズバーグがアウト
サイダーであったことは想像に難くない。
しかしカニグズバーグは、作中の子どもたちのかかえる悩みを、ことさら自分の生
い立ちに重ねようとはしなかった。『トーク・トーク』では、「初めて孤独を知り、
ひとりでいいから友だちがほしいと願った」子ども時代に何度か軽くふれている。し
かし、くわしく語ってはいない。それどころか訳者の清水真砂子氏もあとがきで指摘
するように、自分自身について語っているところはごくわずかといってもいいくらい
だ。むしろ成長期の子どもたちの心のなかでは、「みんなと同じになりたいという思
いと、誰ともちがう人間になりたいという思いがぶつかりあうのです」と述べている
ように、成長の過程で誰もが体験しうる普遍的な悩みだと考えていたにちがいない。
だからこそ彼女の作品は、国境を越えておおぜいの子どもたちに支持されてきたのだ
ろう。
そしてカニグズバーグは作品のなかで、この同化と孤高という矛盾する望みのあい
だに「第三の小道」(『トーク・トーク』)を提示する。『クローディアの秘密』に
は、メトロポリタン美術館に家出したクローディアと弟のジェイミーが、日中、美術
館見学にくるさまざまな小学生グループに混じって学芸員の話をきく場面がある。そ
れによってふたりは「グループのそばにいながらけっしてその一部にならない技術」
を身につける。これなどは非常に象徴的な場面といえるのではないだろうか。
ではグループのそばにいながら、そこに飲みこまれずにすっくと自分らしく立って
いるためには何が必要なのか。それがクローディアにとってはミケランジェロの天使
像の秘密だったし、『ティーパーティーの謎』の子どもたちにとっては、気の合う仲
間同士の秘密のお茶会だった。「秘密」は、カニグズバーグのほぼすべての作品に登
場するといってもいい重要なキーワードだ。心に豊かな秘密をいだいていれば、集団
のなかにあっても自分らしくいられる。ただし秘密というのは扱いが難しくて、
"Silent to the Bone"(『13歳の沈黙』小島希里訳/岩波書店)のブランウェルのよ
うにあまりにも危険な秘密をかかえこんでしまうと、心身を傷つけることにもなりか
ねない。かといって "About the B'nai Bagels"(『ベーグル・チームの作戦』松永
ふみ子訳/岩波書店)に登場する教育熱心な近所の母親のように、親子のあいだの秘
密を完全になくそうとすれば、自立をさまたげることになる。カニグズバーグは12歳、
13歳という特別な年齢の子どもたちの、いちばん微妙で、危険で、やわらかく、そし
て輝かしい一時期を、バラエティ豊かなプロットと、ウィットに富んだ文章で描きつ
づけた。わたしは大人になってからカニグズバーグに出会ったが、自分のなかにある
空っぽの池のようなものが、彼女の作品によって初めて満たされたと実感したのをお
ぼえている。
カニグズバーグは亡くなってしまった。もう新しい作品を読むことはできない。で
ものこされた作品を読みかえせば、そのたびに新たな発見があっていくらでも深く味
わうことができる。わたしにとってカニグズバーグの作品は、心の芯を支えてくれる、
ミケランジェロの天使像のような存在なのだ。
【参考】
▼E・L・カニグズバーグ追悼記事(Publishers Weekly 内)
http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/authors/obituaries/article/56904-e-l
-konigsburg-1930-2013.html
▼E・L・カニグズバーグ追悼記事(The New York Times 内)
http://www.nytimes.com/2013/04/23/books/e-l-konigsburg-author-is-dead-at-83.html
?_r=0
▽E・L・カニグズバーグ作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/k/elkonig.htm
(ないとうふみこ)
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■レビュー■
『魔女ジェニファとわたし』 E・L・カニグズバーグ作/松永ふみ子訳
岩波書店 定価672円(税込) 1989.03 189ページ ISBN 978-4001140842
"Jennifer, Hecate, Macbeth, William McKinley, and Me, Elizabeth"
by E. L. Konigsburg
Macmillan Publishing Company, 1967
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引っ越してきたばかりで、なかなか友だちのできない小学5年生のエリザベスは、
ひとりぼっちで登校中、同じ学校に通う黒人の女の子ジェニファに会う。風変わりで
大人びたジェニファもまた、同級生に溶け込めず、浮いている存在だった。そんなジ
ェニファに魔女なのだと打ち明けられ、エリザベスは弟子入りすることに。言い渡さ
れた最初の修行は、生卵を1週間食べ続けること(おえ!)と、ジェニファにゆで卵
をあげること(ん?)。こうして、魔女見習いの訓練とともに、秘密の友情が始まっ
た。どちらも、学校では相変わらず〈孤立〉しているものの、もう〈孤独〉ではない
のだった。ところが、ある日、魔法の飛び薬を作っているときに事件が起こり、ふた
りの間に亀裂が……。
端的に言えば、孤独な少女たちの友情物語だ。だが、さすがはカニグズバーグ。こ
のありふれたテーマに、魔女や呪文といった謎めいたスパイスを練り込み、さらには、
ユーモアを随所に散りばめて、重層的な味わいを持つ作品に仕上げている。
一筋縄ではいかない性格のせいで、ひとりぼっちでさびしいのに友だちをうまく作
れないふたり。そんな者同士が仲良くなるというプロットに説得力を持たせるため、
作者が用いたのが〈魔法〉だ。ふたりは、ジェニファが噴水のまわりに描いた「魔法
の輪」のなかで、ロウソクに火を灯し、指先の血を交わして、まずは契約によって結
ばれる。はじめは形から入ったエリザベスとジェニファだったが、飛び薬の材料を集
めたり、共に呪文を唱えたりしながら、その中身を徐々に、そしてしっかりと育んで
いく。つまり、ふたりの友情を芽生えさせたのが魔法なら、育てたのもまた魔法だっ
たのだ。
魔法は、解けるのが常だ。だが、すでにふたりの絆は、魔法の助けなどなくても
(「魔女のふりなんか」しなくても)切れないほどに強くなっていた。さらには、魔
法から解き放たれたとき、ふたりは自らまとっていた殻を破り、ひとまわり成長する。
その結果、友だちの輪が広がるのだ。魔法をかける訓練をしていたジェニファとエリ
ザベスこそが、実はとびきり素敵な魔法にかかっていたというわけだ。
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【訳】松永ふみ子(まつなが ふみこ):1924年東京生まれ、1987年没。慶應義塾大
学図書館情報学科卒業。『クローディアの秘密』『ぼくと〈ジョージ〉』『ジョコン
ダ夫人の肖像』(いずれも岩波書店)などカニグズバーグ作品のほか、『白鳥のトラ
ンペット』(E・B・ホワイト作/福音館書店)や『キルディー小屋のアライグマ』
(ラザフォード・モンゴメリ作/福音館書店)など、児童文学作品を数多く翻訳した。
(相良倫子) |