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●特集●ニューベリー賞/コールデコット賞/ロバート・F・サイバート知識の本賞
受賞作品及びオナー(次点)作品レビュー
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1月10日、米国図書館協会(ALA)から発表された、今年のニューベリー賞/コ
ールデコット賞/ロバート・F・サイバート知識の本賞の受賞作品とオナー作品レビ
ュー3本をお届けする。未訳レビューは米国版の本を参照して書かれている。
本誌1月号外の速報記事は、こちら。
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/01g.htm
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"Turtle in Paradise"『タートル・イン・パラダイス』(仮題)
by Jennifer L. Holm ジェニファー・L・ホルム作
Random House Children's Books, 2010, 191pp. ISBN 978-0375836886
★2011年ニューベリー賞オナー作品
★2011年ゴールデン・カイト賞フィクション部門受賞作品
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1935年初夏、11歳の少女タートルは母と離れ、フロリダ州キーウエストで叔母一家
と暮らすことになった。母が住み込みの家政婦の仕事をなんとか得たものの、雇い主
が子ども嫌いで一緒に暮らすことができなかったのだ。タートルはこれまでキーウエ
ストに行ったことも、叔母たちに会ったこともなかった。母からキーウエストはパラ
ダイスのような美しい所と聞いていたけれど、実際に目にしたその町は想像していた
のとは大違い。そこはうだるように暑く、サソリもいるようなワイルドな所で、子ど
もたちなんて野生児みたいだった。どの家も貧しかったから、いとこたちはダイパー
・ギャング(オムツ団)なるものを結成して、子守りをすることでおやつを得ていた。
新しい暮らしになじめず寂しさを募らせるタートルだったが、気丈な彼女は自分の
気持ちを押し隠し、クールに振る舞っていた。そんなある日、叔母に頼まれて近所に
食事を届けに行ったところ、その家のおばあさんは母から死んだと聞かされていた祖
母であることを知る。祖母は孫のタートルをなぜかかたくなに拒む。それでもタート
ルはめげず、頼まれれば食事を運んだ。いつものように祖母の家を訪れたある日のこ
と、居間にあった虫食いだらけのピアノの中から、驚くべきものを見つけて――。
作者の曾祖母は19世紀末にバハマからキーウエストへ移民してきた人で、作者は彼
女から聞いた話に着想を得て本作を書いた。舞台になっている1935年はまさに大恐慌
まっただ中。作中にはその時代の実際の出来事が盛り込まれ、登場人物の何人かは作
者の身近にいた人がモデルになっているという。タートルなど登場する人たちの名が
ユニークだが、あだ名で呼ぶのがキーウエストの伝統だったそうだ。
タートルはそのような名で呼ばれてきたほど、小さい頃から硬い甲羅で本音を隠し、
泣くことさえなかった。そうすることで男に振り回され続ける母を支え、自分自身を
守ってきたのだ。けれども叔母一家や近所の人々とふれあう中で、彼女の甲羅は少し
ずつ取り去られていく。キーウエストでのひと夏は、タートルに彼女にとってのパラ
ダイスを教えてくれた。そう、本当のパラダイスは手の届かないような所にではなく、
意外に近くにあるものなのだ。読後にじんわりとした余韻が残る味わい深い物語。
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【作】Jennifer L. Holm(ジェニファー・L・ホルム):米国カリフォルニア州生ま
れ。ディキンソン・カレッジ卒業後、放送プロデューサーの仕事を経て作家の道へ。
2000年にデビュー作の "Our Only May Amelia"(未訳)、2007年に "Penny from
Heaven"(『ペニー・フロム・ヘブン』もりうちすみこ訳/ほるぷ出版)でもニュー
ベリー賞オナーに選ばれた。現在、北カリフォルニアで家族4人で暮らしている。
【参考】
▼ジェニファー・L・ホルム公式ウェブサイト
http://www.jenniferholm.com/
▼ジェニファー・L・ホルム紹介ページ(Random House 内)
http://www.randomhouse.com/kids/catalog/author.pperl?authorid=13348
▽ジェニファー・L・ホルム作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/h/jholm.htm
(蒲池由佳)
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『エイモスさんがかぜをひくと』
フィリップ・C・ステッド文/エリン・E・ステッド絵/青山南訳
光村教育図書 定価1,470円(税込) 2010.07 32ページ ISBN 978-4895728140
"A Sick Day for Amos McGee"
text by Philip C. Stead, illustrated by Erin E. Stead
Roaring Brook Press, 2010
★2011年コールデコット賞受賞作品
★2010年やまねこ賞絵本部門第2位
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表紙を開くと、もう、エイモスさんのさわやかな朝が始まっている。紅茶を飲んで、
懐中時計のねじを巻き、バスで動物園へ。エイモスさんは動物園で働いているのだ。
仕事は忙しいけれど、「お友だち」との時間を大切にしているエイモスさん。何とか
して出かけていく先は、ゾウ、カメ、ペンギンなどのところだ。みんなは、エイモス
さんが来るのを楽しみに待っている。ところが、ある日のこと、エイモスさんがかぜ
をひいて仕事を休んだ。心配でたまらなくなった動物たちは……。
エイモスさんは、やせて猫背のおじいさんだ。まじめに働き続けてきたことがにじ
み出ている風貌で、身近なところにいそうな感じがする。一方、赤い風船を持ち靴下
をはいたペンギンや、紅茶を入れるミミズクの姿は、とてもファンタジックに思える。
ここは、日常とファンタジーが結びついた世界なのだ。
エイモスさんとお友だちとのやりとりは、エイモスさんの日常に沿って静かに描か
れていく。ずっと考え込んでいるゾウとチェスをしたり、カメとかけっこをして負け
たり、エイモスさんとお友だちとの過ごし方は独特だ。ページをめくるたび、くすっ
と笑ってしまう。動物たちは何もしゃべらないけれど、エイモスさんと心が通じ合っ
ている様子だ。ゆったりと流れる時間に育まれた友情が、開いたページから溢れ出し
てくる。だから最後の場面を見るころには、心がほんわか温まっているのだ。
落ち着いた色彩、繊細な鉛筆の線が、静かでほのぼのとした雰囲気を醸し出してい
る。しわの刻まれたエイモスさんのやさしい口元や、動物たちの心配そうなまなざし。
鉛筆で描き込まれた多彩な表情が、エイモスさんや動物たちの心の動きを余すところ
なく伝えてくれる。そのうえ、じっと見ていると、「エイモスさんたら、こんなスリ
ッパをはいて、おちゃめ!」などとつぎつぎ新しい発見もあって、とても楽しい。
1ページずつ時間をかけて眺めていると、エイモスさんの世界が体中にじんわりと
しみ込んでくる。いいよなあ、友だちって。そう思いながら本を閉じた後も、まだぬ
くもりが残っている。
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【文】フィリップ・C・ステッド(Philip C. Stead):絵本作家。妻のエリンとと
もに、ニューヨークとミシガン州アナーバーを行ったり来たりする生活を送っている。
作品に "Creamed Tuna Fish and Peas on Toast"(未訳)がある。2011年初夏に
"Jonathan and the Big Blue Boat" が出版される予定。
【絵】エリン・E・ステッド(Erin E. Stead):本作品がデビュー作。色のついた
部分は木版画で作り、細部は鉛筆で描いている。版画の制作には、日本の彫刻刀や、
ばれんを使用しているそうだ。ブログにて、本作品作成中の様子を見ることができ、
日本語版についての記述や写真もある。
【訳】青山南(あおやま みなみ):福島県生まれ。翻訳家、エッセイスト。著書、
訳書多数。最近の絵本の訳書に『ひらめきの建築家ガウディ』(レイチェル・ロドリ
ゲス作/ジュリー・パシュキス絵/光村教育図書)、『ラストリゾート』(J・パト
リック・ルイス作/ロベルト・インノチェンティ絵/BL出版)などがある。
【参考】
▼フィリップ・C・ステッド公式ウェブサイト
http://www.philipstead.com/
▼フィリップ・C・ステッド公式ブログ
http://philipstead.blogspot.com/
▼エリン・E・ステッド公式ブログ
http://blog.erinstead.com/
(中井理佳)
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"Kakapo Rescue: Saving the World's Strangest Parrot"
『カカポを救え 世界一へんてこなオウムの保護活動』(仮題)
text by Sy Montgomery, photographs by Nic Bishop
サイ・モンゴメリー文/ニック・ビショップ写真
Houghton Mifflin Books for Children, 2010, 74pp, ISBN 978-0618494170
★2011年ロバート・F・サイバート知識の本賞受賞作品
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夜行性で、空を飛ばず、甘い匂いのするオウム。体重は最大で4キロ。それがカカ
ポだ。ニュージーランド固有種で、絶滅危惧種でもある。本書は、このユニークで愛
らしい鳥カカポとその保護活動を紹介する、写真満載のノンフィクション読み物だ。
まずは、この国独特の生態系を説明しておこう。かつてニュージーランドは、鳥の
楽園だった。天敵となる哺乳類がいなかったので、鳥たちは安心して暮らしていた。
しかし、今から700年ほど前にマオリの人々が、18世紀後半にはヨーロッパの人々が
やってきて、状況は激変。狩猟、森の伐採、そして哺乳類が持ち込まれたことにより、
多くの鳥たちが絶滅していった。カカポも絶滅寸前だったが、20世紀後半に本格的に
始まった保護活動のおかげで少しずつ数を増やし、現在、個体数は約120羽。
この本の取材は、ある年の繁殖期に、カカポの保護区であるコッドフィッシュ島で
行われた。本土の南にあるこの小さな島は、哺乳類到来前のニュージーランドに近い
環境を取り戻している。作者2人は、保護活動のスタッフと同じ宿舎に寝泊まりしな
がら、数年ぶりのヒナ誕生に沸くこの地で、カカポ漬けの10日間を過ごしたそうだ。
カカポという鳥のユニークさもさることながら、保護活動の内容や道具も独特だ。
夜、母鳥がえさ探しのために巣を出ると、センサーが作動してチャイムが鳴り、近く
のテントで待機している「巣守り」ボランティアに知らせる。巣守りは、ヒナのため
の小さな電気毛布を持って巣にかけつけ、母鳥が帰るまでヒナを見守るのだ。著者の
モンゴメリーが、こんな物珍しい情景をユーモアまじりに語ってくれる。また、個体
の位置確認のためや、補助餌を配るために島じゅうを歩き回る仕事にも同行し、その
たいへんさを実感しながら、具体的な作業内容とそれに関わる人々を紹介している。
スタッフの熱意の裏には、カカポを絶滅のふちに追いやったのは人間だという反省の
気持ちと、カカポを愛する純粋な気持ちとがあるのだろう。辛抱強く作業を続ける彼
らに、頭が下がる思いだ。そして、最終章のエピソードからは、作者2人の誠実さも
伝わってくる。取材者としてのエゴを捨て、あくまでもカカポ優先というマナーを守
り通した2人にも、大きな拍手を送りたくなった。
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【文】Sy Montgomery(サイ・モンゴメリー):米国のナチュラリスト、作家。研究
や取材で世界各地を訪れ、猛獣や毒グモを含むさまざまな生き物たちと接してきた。
邦訳作品に、大人向けノンフィクション『幸福の豚 クリストファー・ホグウッドの
贈り物』(古草秀子訳/バジリコ)と『彼女たちの類人猿 グドール、フォッシー、ガ
ルディカス』(羽田節子訳/平凡社)がある。夫とともにニューハンプシャー州在住。
【写真】Nic Bishop(ニック・ビショップ):1955年英国生まれの写真家、作家。少
年時代を、バングラデシュ、スーダン、ニューギニアなどで過ごす。大学卒業後も世
界を旅し、ニュージーランドには17年間住んだ。1994年から米国在住。ノンフィクシ
ョンや学習教材など、著書多数。邦訳作品に、写真絵本『アカメアマガエル』『パン
サーカメレオン』(いずれもジョイ・カウリー文/大澤晶訳/ほるぷ出版)がある。
【参考】
▼サイ・モンゴメリー公式ウェブサイト
http://www.authorwire.com/index.html
▼ニック・ビショップ公式ウェブサイト
http://nicbishop.com/
▼Kakapo Recovery Programme 公式ウェブサイト
http://www.kakaporecovery.org.nz/
(大作道子) |