メニュー「月刊児童文学翻訳」バックナンバー>2010年7月号   オンライン書店
※8月は定期休刊です。次回は2010年9月号になります。どうぞお楽しみに!

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2010年7月号
   =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.122
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2010年7月15日発行 配信数 2280 無料 
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●2010年7月号もくじ●
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◎プロに訊く:第33回 松永美穂さん(翻訳家)
◎プロに訊く連動レビュー:『夜の語り部』 ラフィク・シャミ作/松永美穂訳
◎賞情報:2010年カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞発表
 ケイト・グリーナウェイ賞受賞作レビュー:『さよならをいえるまで』
       マーガレット・ワイルド文/フレヤ・ブラックウッド絵/石崎洋司訳
◎賞速報
◎イベント速報
◎世界のお祭り:第22回 独立記念日(アメリカ) 7月4日
◎読者の広場

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●プロに訊く●第33回 松永美穂さん(翻訳家)
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 今回ご登場いただいたのは、2009年やまねこ賞で絵本部門の大賞に輝いた『リスと
はじめての雪』(ゼバスティアン・メッシェンモーザー文・絵/コンセル)の翻訳家、
松永美穂さん。現在お勤めの早稲田大学の研究室を訪問し、児童書の翻訳や大学での
講義などのお話をうかがいました。授業の準備などでご多忙な時間に、快くインタビ
ューをお受けくださった松永さんに、心から感謝いたします。

【松永美穂(まつなが みほ)さん】
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|1958年、愛知県生まれ。東京大学大学院修士課程修了後、ドイツ、ハンブルク大|
|学に留学。『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク作/新潮社)の翻訳で第54回|
|毎日出版文化賞特別賞を受賞した。著書に『ドイツ北方紀行』(NTT出版)、|
|児童書の訳書に『ふしぎな家族』(ペーター・シュタム文/ユッタ・バウアー絵|
|/長崎出版)などがある。現在、早稲田大学文学学術院教授。        |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

【松永美穂さん作品リスト】
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/mmatsuna.htm

【松永美穂さんインタビュー ロングバージョン】
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/mmatsuna.htm

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Q★ドイツ語を学ぶことになったきっかけを教えてください。

A☆大学時代、専攻を決める際にドイツ語、フランス語、中国語、ロシア語の選択肢
がありました。最終的にロシア語かドイツ語にしようと思ったのですが、どちらにす
るか決め手がなかったので父に相談したところ、「ドイツ語は日本の近代化の中で重
要な役割を果たしてきた。それに、ドイツ語を覚えていたほうが、理系の人たちもド
イツ語をよく使っているので、将来の就職に有利」とアドバイスされました。でも今
は、医療の現場でカルテにドイツ語が使われることも少なくなったし、中国語が脚光
を浴びているので、時代の先読みができていなかったと思うことがあります(笑)。

Q★初めての訳書『才女の運命 有名な男たちの陰で』(インゲ・シュテファン作/
あむすく)は、どのようないきさつで出版されたのでしょうか?

A☆1991年にドイツのハンブルク大学に留学しました。その際についた先生が、この
本の作者のインゲ・シュテファンさんでした。なんと私、初めてシュテファンさんに
会ったときに、「この本を訳したい!」と言っちゃったんです。この先生につくから
には、作品をきちんと読んで、訳して、日本に紹介することが、授業でお世話になる
ことへの恩返しだと思いました。
 留学中に全訳しましたが、内容が女性たちの生き方についてのノンフィクションだ
ったので、フェミニズムに関する書籍を出版したことのある出版社に見てもらおうと
思っていました。でも当時は翻訳家としての実績も経験もなく、帰国したあと最初に
持ち込んだところには断られてしまいました。それでドイツ人の友だちに相談したと
ころ、ドイツの作品を出版したことがあって、スタッフが女性だけの出版社あむすく
はどうかとアドバイスをもらい、そこに持ち込んで出版が決まりました。

Q★最初の児童文学の訳書は、1996年に出版された『夜の語り部』(ラフィク・シャ
ミ作/西村書店 ※本誌今月号「特別企画連動レビュー」を参照のこと)ですね。

A☆出版社の西村書店がシャミのシリーズを出すことになったときに、池内紀先生を
通じて翻訳のお話をいただきました。この本はページごとの多色刷りの装飾も、シャ
ミの夫人が描いた表紙もきれいで、とても気に入っています。
 作者のシャミには、フランクフルトのブックフェアに行ったときにお会いしました。
作品の雰囲気そのままに、よどみなく語られる方でした。

Q★文芸作品の翻訳が多いですが、絵本を訳すことになったきっかけは?

A☆絵本の翻訳は2000年に入ったころから、ずっとやりたいと思っていました。ドイ
ツの書店で気に入った作品を見つけて持ち込んだこともありましたが、それはもう日
本での版権が取られていて。いい作品は、ボローニャやフランクフルトなどのブック
フェアで版権の取引が行われているようなので、書店で見つけて訳してからでは遅い
んだと痛感しました。
 そんなとき、フリーの編集者の柴田こずえさんがドイツ語の翻訳家を探していると、
やはり早稲田大学で教えられている翻訳家の青山南さんにお聞きし、紹介してもらい
ました。それが『リスとお月さま』(ゼバスティアン・メッシェンモーザー文・絵/
コンセル)との出合いでした。

Q★この作品はシリーズになって、すべて松永さんが訳されていますね。絵本の翻訳
で、苦労されたことはありましたか?

A☆ことば選びですね。『リスとはるの森』(同上)では「めいよと ほまれ」とい
うことばを使っています。幼稚園くらいの子どもには分かりにくいかもしれないと思
い、ほかのことばも探しましたが、中世の騎士道物語を意識して、最終的にこのまま
にしました。
 漢字を減らす努力もしました。小説を訳すときにはあまり気にしたことがなかった
ので、思いのほか大変でした。
 また、柴田こずえさんからは「声に出したときにどう聞こえるかも知ったほうがい
い」とアドバイスされて、ふたりで交互に読み合いをしました。すごく新鮮な経験で
した。

Q★シリーズの続刊の予定はあるのでしょうか?

A☆今のところ、このシリーズはドイツでも3作までしか出版されていないので、分
かりません。が、ドイツでも評判のいい絵本ですから、続きが出るかもしれませんね。
気に入っている作品なので、続編が出たらうれしいし、もちろん訳したいです。

Q★2007年に『車輪の下で』(ヘルマン・ヘッセ作/光文社)の新訳を手がけられた
経緯を教えてください。

A☆『朗読者』のインタビューで知り合ったフリーの編集者の方から、光文社の古典
新訳文庫にヘッセの作品を何か入れたいと聞いて、引き受けました。どの作品にしよ
うかと迷いましたが、どうせやるのなら有名なものをと思いました。
 この作品は多くの訳書が出ていますが、読むと既訳の文章に引きずられそうだった
ので、読まないようにしていました。でも逆に、編集者はそれを参考にされていて、
以前はこうだったのに、というコメントがよく来ました。

Q★新刊『マルカの長い旅』(ミリヤム・プレスラー作/徳間書店)との出合いと、
作品についてお聞かせください。

A☆2004年にフランクフルトのブックフェアに行った際、偶然に徳間書店の編集者さ
んと同じホテルに泊まったんです。朝食の席でご挨拶したとき、「ご縁があったら一
緒に仕事をしましょう」と話していたら、3年ほど前に「この作品を訳しませんか?」
と声をかけていただきました。以前、ミリヤム・プレスラーのミステリー作品の、邦
訳の出版検討に携ったことがありました。その作品の出版は叶わなかったので、今回
実現できてよかったと思いました。
 この作品は実話に基づいた物語で、ポーランド南東部に住む7歳の少女が、母や姉
と一緒にユダヤ人狩りから逃げようとするんですが、途中で熱を出して、見知らぬ家
庭にひとりでとり残されてしまって……。初めて読んだ時にも衝撃を受け、訳してい
るときも心に重くのしかかってくる感じでした。日本の子どもたちが読んで、そのつ
らさを切実に感じてくれればと思います。

Q★プレスラーはドイツでは有名な作家であり翻訳家ですが、彼女の作品について、
どうお考えでしょうか?

A☆プレスラーはこの物語のように、迫害されたユダヤ系の人々が登場する作品を多
く著しています。2005年に戦後60年を迎え、第二次世界大戦の生き証人が少なくなり
ましたが、ドイツでは戦争という負の記憶を風化させないよう、意識して戦争に関す
る本を出版してきました。『マルカの長い旅』も、そんな流れで生まれた作品のよう
でした。

Q★現在、大学で行われている翻訳ゼミのことを教えてください。また、どのような
学生さんが参加されているのでしょうか?

A☆ゼミでは私の経験だけを話せばいいというものではないので、教科書を使って翻
訳の理論をきちんと教えようと思っています。教える立場なのですが、私も一緒に学
んでいるように感じます。今は来年使おうかと思っているテキストに目を通している
ところですが、厚くて難しくて(笑)。先日まで、『翻訳 その歴史・理論・展望』
(ミカエル・ウスティノフ著/服部雄一郎訳/白水社)を授業で使っていました。翻
訳全般についての入門書のような本で、英語とフランス語の比較が多いのですが、作
者の考え方が理論づくしではなく、自由な感じでおもしろかったです。
 後期には未訳の絵本を1冊訳すことを課題にしていますが、選んだ本が未訳かどう
かを調べるところから始めなければなりません。
 翻訳ゼミでは、課題には原則として英語の本を使用しています。学生たちの中には、
将来翻訳家になりたい人や、出版社に勤めたいと思っている人がいます。難しい翻訳
の理論を学ぶと、翻訳家や編集者なることは大変だと思うようですが、それを乗り越
えて夢を叶えていってほしいですね。

Q★今後のお仕事の予定を教えてください。

A☆翻訳では、7月に論創社から、オランダの作家セース・ノーテボームの作品が出
版され、8月には新潮社のクレスト・ブックスから『黙祷の時間』(ジークフリート
・レンツ作)が出版されます。また、エッセイの『誤解でございます』(清流出版)
も、7月に発売される予定です。大学が夏休みに入ったら、また新しい作品の翻訳に
取りかかるつもりです。

Q★翻訳を学習している、本誌の読者へのメッセージをお願いいたします。

A☆漠然と翻訳家になりたいというのではなく、「ぜひこの本を日本に紹介したい」
と思えるような、いい本を見つけてください。ただ翻訳をやりたいというだけではき
っかけもつかめないし、翻訳家としても個性が発揮できないかもしれません。思い入
れのある本は、訳していて楽しいし、やりがいもあります。
 先日、トークショーで池内紀先生が、翻訳家を志願しているという方からのご質問
に、「翻訳ほどむくわれない仕事はない。それでもぜひ訳したいと思う作品があるな
ら、やる価値はある」とおっしゃっていました。本当にその通りだと思います。

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 インタビュー中に話題にあがった作品や資料を、まるで自慢の宝物のように、うれ
しそうに次々と書棚から出して見せてくださるなど、サービス精神が旺盛な松永さん。
お話からは翻訳や研究に対する真摯さがうかがわれ、そのお人柄でさまざまな印象的
な作品の翻訳に携ってこられたのだと思いました。

                           (取材・文/井原美穂)

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●特別企画連動レビュー●夜ごと紡がれる物語のアラベスク
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『夜の語り部』 ラフィク・シャミ作/松永美穂訳
西村書店 定価1,800円(税込) 1996.04 318ページ ISBN 978-4890135493
"Erzahler der Nacht" by Rafik Schami
Beltz & Gelberg, 1989
Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
Amazonで原書の詳細を見る

「燃える月」と呼ばれる8月のある夜、シリアのダマスカスに住むサリムじいさんの
ところへ、言葉の妖精がやってきた。オレンジの花の香りを漂わせながら妖精は「わ
たしは引退しようと思うのよ。そうしたら、おまえは口がきけなくなってしまう。で
もね、妖精の王様のお慈悲により、もしもあと3か月の間に、7つの特別な贈り物を
手にすることができれば、おまえは再び話をすることができるようになるだろうよ」
と言った。7つの贈り物とはなんだろうか?
 御者のサリムじいさんは、ダマスカスで一番の語り部だった。じいさんが温かく低
い声で話しはじめると、乗客は砂漠に居ながらにして深い海や、輝く雪山、世界中ど
こへでも行くことができた。人々はサリムの紡ぎだす話にうっとりしたものだった。
そのサリムじいさんが、しゃべらないなんて、とても信じられないことだ。じいさん
のおしゃべりの友7人は知恵を絞った。けれどもじいさんの舌をときほぐすことはで
きなかった。残された時間はあと8日間。そこで1人が1つずつ物語を聞かせること
になった。生まれも育ちも、暮らし向きさえ違う7人は、友人のために語り始めた。
 この本はまるで、あやなす物語を織りこんだ魔法のじゅうたんのようだ。魅力的な
題のついた14章はどれ1つとっても面白い。具体的な年号や、実在の政治家、不安な
世情も語られる中に、魔法や、悪魔や、妖精が現れる。背景には砂漠が、古いバザー
ルが、マクハ(コーヒーを飲んだり水たばこを吸ったりできる店)が、蒸し風呂が、
モスクがある。そしてかたわらにはいつも、塩味をつけたピスタチオと、お茶と水パ
イプ。舞台装置は完璧だ。どの章にも1つならず不思議な話が盛りこまれ、友人同士
の滋味あふれるやりとりが幕間を埋める。その昔のマクハにはハカウチという語り部
がいて、夜ごと物語を聞かせたそうだ。物語は単なる絵空事ではなく、極上の娯楽で
あり、時には笑いをまぶした風刺でもあり、人々の生活にとって欠かせぬものであっ
たのだろう。世界のどこに住んでいても、人の思いをかなえる手段の1つとして、物
語は今も生き続けている。あなたもサリムじいさんに会うところから、すでに砂ぼこ
り舞う中東のダマスカスへ飛んでいるのだ。

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【作】ラフィク・シャミ(Rafik Schami):1946年シリアのダマスカス生まれ。1971
年に旧西ドイツに移住。ハイデルベルク大学で化学を学ぶ。1970年代からドイツ語で
小説を書き始める。1994年のヘルマン・ヘッセ賞など、数多くの賞を受け、作品は24
もの言語に翻訳されている。主な邦訳に『ミラード』(池上弘子訳/西村書店)など。
ドイツ、ラインラント=プファルツ州のマルンハイム在住。

【訳】松永美穂(まつなが みほ):本誌今月号「プロに訊く」参照。

【参考】
▼ラフィク・シャミ公式ウェブサイト(ドイツ語)
http://www.rafik-schami.de/

                               (尾被ほっぽ)

【特殊文字】
「Erzahler」:「a」の上にウムラウト(¨)がつく

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●賞情報●速報! 2010年カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞発表
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 英国図書館協会主催のカーネギー賞とケイト・グリーナウェイ賞が、6月24日に発
表された。イギリスで最も権威あるこの児童文学賞の栄誉に輝いたのは、以下の2作
品である。
 今年で73年目を迎えるカーネギー賞を受賞したのは、Neil Gaiman。彼はファンタ
ジー小説だけではなく、グラフィック・ノベルの原作や映画の脚本なども手がけ、そ
の活躍ぶりは実に多彩である。Gaiman にとって初受賞となった作品 "The Graveyard
Book" は、ニューベリー賞やヒューゴー賞長編小説部門などを獲得し、他にも数々の
文学賞候補に選ばれた。ひとつの作品で、児童文学賞の最高峰ともいえる英国のカー
ネギー賞と米国のニューベリー賞をダブル受賞したのは、文学史上初の快挙である。
家族を皆殺しにされた男の子が、迷い込んだ墓場で幽霊たちに育てられ、死者や狼男
など異形の者たちと生者の双方と関わりながら成長するこの物語。異色の設定に加え、
個性豊かで人情味にあふれた登場人物と独特のユーモアのセンスが光り、世界中で翻
訳されて多くの読者を魅了している。日本でも近々、邦訳が刊行されるそうだ。
 そして、今年53回目のケイト・グリーナウェイ賞。栄えあるメダルを手にしたのは、
本国オーストラリアをはじめ各国で注目を集めている画家 Freya Blackwood だ。
Blackwood の初の受賞となった作品 "Harry and Hopper"(『さよならをいえるまで』
マーガレット・ワイルド文/石崎洋司訳/岩崎書店)は、かわいがっていた犬を突然
失った少年が、その死を受け入れ、悲しみから立ち直るまでを描いている。優れたデ
ッサン力に裏打ちされたラフな輪郭線がもたらす躍動感、「愛するものの死」という
重いテーマを扱うにふさわしい抑えた色使いが印象的な、心にしみいる作品だ。
 本誌今月号では、ケイト・グリーナウェイ賞受賞作のレビューを取り上げている。
ぜひ、そちらもご参照いただきたい。

【カーネギー賞】(作家対象)

The Carnegie Medal 2010

★Winner
  "The Graveyard Book" Neil Gaiman (Bloomsbury)
Amazonで詳細を見る

【ケイト・グリーナウェイ賞】(画家対象)

The Kate Greenaway Medal 2010

★Winner
  "Harry and Hopper" Freya Blackwood (Scholastic)
Amazonで詳細を見る

【参考】
▼カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞公式ウェブサイト
http://www.carnegiegreenaway.org.uk/

▽カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞について
               (本誌1999年7月号情報編「世界の児童文学賞」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1999/07a.htm#a1bungaku

▽カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品リスト
                        (やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/carnegie/index.htm
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/greenawy/index.htm

▽ショートリスト(最終候補作)一覧(本誌2010年5月号)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2010/05.htm#sokuho

※編集部より
 当クラブでは、読書室掲示板にて「カーネギー賞&ケイト・グリーナウェイ賞候補
作を読もう会」を開催中です。
http://www.yamaneko.or.tv/open/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=2706;id=dokusho

                               (加賀田睦美)

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★2010年ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品

『さよならをいえるまで』
マーガレット・ワイルド文/フレヤ・ブラックウッド絵/石崎洋司訳
岩崎書店 定価1,470円(税込) 2010.06 32ページ ISBN 978-4265068241
"Harry and Hopper" text by Margaret Wild, illustrated by Freya Blackwood
Scholastic, 2009
Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
Amazonで原書の詳細を見る

 ぴょんぴょんジャンプする〈ジャンピー〉は、子犬のときにハリーのところにやっ
てきた。いっしょに遊ぶのはもちろんのこと、大きくなったジャンピーはハリーの宿
題を手伝い、お返しにハリーはジャンピーがお風呂をさぼるのを手伝ってあげるよう
になった。夜はきまって、ベッドにはいあがってくるジャンピーと、いっしょに眠る。
ハリーにとってジャンピーは、かけがえのない存在だった。
 ところがある日、ジャンピーが事故にあい死んでしまう。ジャンピーの死を受け入
れたくないハリーは、お墓にうめられるジャンピーに別れをつげられない。自分のベ
ッドではなくリビングのソファで寝ていたハリーは、真夜中、ふと目をさました。窓
のそとに目をやると、ジャンピーの姿が! ぎゅっと抱きしめたジャンピーの体は、
生きていたときと、まったく変わらない。だが、つぎの晩にあらわれたジャンピーは、
前の晩ほど元気そうではなく、そのつぎの晩には、かわいそうなほどはかなげで……。
 原書をはじめて読んだ時、知らず知らずのうちに涙があふれてきた。学校から帰っ
てきた娘に日本語に訳して読んでやると、ふたりとも涙がぽろぽろ。ハリーがジャン
ピーを心から大切に思う気持ち、そんなハリーの気持ちに応えたいとがんばる、ジャ
ンピーのひたむきさが胸にせまってきたのだ。ジャンピーの死を乗り越えて力強く成
長する姿には、静かな喜びを感じた。ハリーの家は父子家庭のようで、言葉少なに息
子を見守る父親の存在は、大きく温かい。
 同じ作者による『ぶたばあちゃん』(ロン・ブルックス絵/今村葦子訳/あすなろ
書房)と同じく、「大切な存在の死」がテーマの本作品からは、去っていくものと残
されるものとの、ゆるぎない絆が感じられた。ラフな下書きの線が残るフレヤ・ブラ
ックウッドの絵は繊細で透明感があり、登場人物の心の内面まで見事に表現している。
これから日本でもブラックウッドの作品を目にする機会が多くなりそうな予感がする。

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【文】マーガレット・ワイルド(Margaret Wild):1948年、南アフリカ生まれ、シ
ドニー在住。新聞、雑誌記者、児童書の編集者を経て、1984年から執筆に専念する。
これまで40作以上を発表しており、オーストラリア児童図書賞絵本部門ほか数多くの
賞を受賞している。邦訳は、絵本では『キツネ』(ロン・ブルックス絵/寺岡襄訳/
BL出版)、読み物では『ジンクス』(もりうちすみこ訳/朔北社)などがある。

【絵】フレヤ・ブラックウッド(Freya Blackwood):1975年、英国スコットランド
に生まれ、オーストラリアで育つ。両親が画家と建築家のため、小さいころから絵を
描いていた。学生時代から本の挿絵を描きはじめたが、大学卒業後は映画の特殊効果
の製作会社で数年働く。その後2002年から本格的に絵本に取り組むようになり、これ
まで11作品を発表している。本書は、はじめての邦訳。

【訳】石崎洋司(いしざき ひろし):1958年東京生まれ。出版社勤務を経たのち作
家としてデビューした。おもな作品は「マジカル少女レイナ」シリーズ(岩崎書店)、
「黒魔女さんが通る!!」シリーズ、『チェーン・メール』(ともに講談社)など、
翻訳作品に『マジシャンミロのふしぎなぼうし』(ジョン・エイジー作/講談社)が
ある。

【参考】
▼フレヤ・ブラックウッド公式ウェブサイト
http://www.freyablackwood.net/

                                (横山和江)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2010年銀の石筆賞発表(金の石筆賞の発表は10月5日)
★2010年金の絵筆賞と銀の絵筆賞発表
★2010年カーネギー賞発表
★2010年ケイト・グリーナウェイ賞発表
★2009年度アンドレ・ノートン賞受賞作発表
★2010年ローカス賞YA部門受賞作発表
★2010年ボストングローブ・ホーンブック賞発表
★2010年ミソピーイク賞児童書部門受賞作発表

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 尾道市立美術館「スズキコージの祝祭画展」
 佐川美術館「市川里美とバーナデット・ワッツ ヨーロッパ珠玉の絵本原画展」
                                    など

★講座・講演会情報
 早稲田大学大隈小講堂
 「国際ペン東京大会2010セミナー 子ども・環境・文学―そして未来へ」 など

★イベント情報
 東京ドームシティ「ムーミンの日の集い」 
 福岡アジア美術館「おいでよ! 絵本ミュージアム2010」 など

 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

                           (冬木恵子/笹山裕子)

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●世界のお祭り●第22回 独立記念日(アメリカ) 7月4日
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 夏休みが近づき、花火大会が楽しみな季節となりました。大きな打ち上げ花火は、
日本の夏の風物詩ですが、アメリカで花火というと、7月4日の独立記念日を思い浮
かべる人が多いようです。
 独立記念日は、その名のとおり、1776年7月4日にアメリカの独立宣言が議会で採
択された日を祝うものです。15世紀末にヨーロッパ人がアメリカ大陸に到達して以来、
イギリス、フランス、オランダなどから多くの移民が渡り、荒れ野を開拓して植民地
を築きました。そしてイギリスとの戦争を経て独立したアメリカは、この日、国家と
しての第一歩を踏み出したのです。
 独立記念日のお祝いは、翌年からさっそく始まりました。フィラデルフィアで議会
を休会とし、記念のディナーやかがり火、花火などでお祝いしたのです。記念行事は
全米に広まり、パレードや演説会、スポーツ大会や花火大会などが催されるようにな
りました。また、1817年の独立記念日には五大湖と大西洋をつなぐためのエリー運河、
1828年の独立記念日にはボルティモアとオハイオを結ぶアメリカ初の鉄道の建設が始
まるなど、7月4日はアメリカの人たちにとって、特別な意味を持った日のようです。
 7月4日になると、町は星条旗であふれます。庭や公園に集まって、バーベキュー
やピクニックを楽しむ人たちもいます。チキンやビーフ、ハンバーガー、ホットドッ
グ、星条旗の模様に飾り付けをしたケーキなどが、典型的なご馳走です。野球をした
り、パレードの見物をしたり、夜には花火大会を楽しんだり、お祝いは1日じゅう続
きます。
 大人も子どもも楽しみにしている独立記念日は、絵本や児童書にも登場します。
『どろんこハリー』(わたなべしげお訳/福音館書店)でおなじみのジーン・ジオン
とマーガレット・ブロイ・グレアムのコンビによる絵本『なつのゆきだるま』(ふし
みみさを訳/岩波書店)は、冬のあいだにお兄さんと作った雪だるまを冷凍庫に大切
にしまっておいた、ヘンリーという男の子のお話です。ヘンリーはみんなを喜ばせる
ために、独立記念日に「せかいではじめてなつにゆきだるまをみるかい」を開きます。
市長さんも近所の人たちも、もちろん子どもたちも、夜の花火大会もすてきだったけ
れど、ヘンリーの雪だるまはもっとすばらしかったと思ってくれます。
 また、「クワイナー一家の物語」シリーズの2冊目『十字路の小さな町』(マリア
・D・ウィルクス作/ダン・アンドレイアセン絵/土屋京子訳/福音館書店)には、
19世紀半ばの独立記念日の様子が描かれています。このシリーズの主人公キャロライ
ンは、のちに「大草原の小さな家」シリーズの作者ローラ・インガルス・ワイルダー
の母となる人ですが、ここではまだ7歳の少女として登場しています。

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 パレード、ピクニック、演説、歌、横笛、星条旗! 独立記念日ほど心おどる日は
ほかにない、と、キャロラインは思いました。パレードが終わったあと、アンナと二
人でマーサやお兄さんたちを探して走りまわりながら、キャロラインは、アメリカが
自由で独立した国でほんとうによかった、と心から思いました。そして、このすばら
しい自由をお祝いする日が年にたった一日きりでなければもっといいのに、と思いま
した。
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 さまざまなルーツを持つ人びとが暮らすアメリカで、星条旗を掲げ、パレードや花
火をともに楽しむことができる独立記念日は、アメリカ人であるということを再認識
し、愛国心を分かち合う大切な祝日なのかもしれません。

★参考文献・ウェブサイト
"Encyclopedia of Americana"
"Encyclopedia of Britannica"
アメリカ大使館公式ウェブサイト
http://tokyo.usembassy.gov/zblog/j/zblog-j20100702a.html

                           (笹山裕子/村上利佳)

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●読者の広場● 海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ!
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 このコーナーでは、本誌に対するご感想・ご質問をはじめ、海外児童書にまつわる
お話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せ
ください。

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●お知らせ●

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。
こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。
http://www.yamaneko.org/info/order.htm
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           ・☆・〜 次 号 予 告 〜・☆・

 9月号では、スウェーデンの作家★マッティン・ビードマルクさん★インタビュー
をお届けする予定です。
 詳細は10日頃、やまねこ翻訳クラブHPメニューページに掲載します。
          http://www.yamaneko.org/info/index.htm
 どうぞお楽しみに!

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▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽

  やまねこ翻訳クラブ(yagisan@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。
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     ☆☆ FOSSIL 〜 Made in USA のカジュアルウオッチ ☆☆
「FOSSIL は化石って意味でしょ? レトロ調の時計なの?」 これは創業者の父親が
FOSSIL(石頭、がんこ者)というあだ名だったことから誕生したブランド名。オーソ
ドックスからユニークまで様々なテイストの時計がいずれもお手頃価格で揃います。
2005年より新しいスローガン "What Vintage are you?" を掲げ、更にパワーアップ
した商品ラインナップでキャンペーンを展開。Vintage を表現する重要なツールが
TIN CAN(ブリキの缶)のパッケージです。年間200種類以上の新しいTIN CAN が発表
され、時計のデザイン同様、常に世界中のコレクターから注目を集めています。
http://www.fossil.co.jp/      (株)フォッシルジャパン:TEL 03-5992-4611
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          吉田真澄の児童書紹介メールマガジン
             「子どもの本だより」
     http://www.litrans.net/maplestreet/kodomo/info/index.htm
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★☆       出版翻訳ネットワーク・メープルストリート       ☆★
        http://www.litrans.net/maplestreet/index.htm
新刊情報・イベント情報などを掲載いたします。詳細はmaple2003@litrans.netまで。

       出版翻訳ネットワークは出版翻訳のポータルサイトです
             http://www.litrans.net/ 
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     ★☆メールマガジン『海外ミステリ通信』 隔月15日発行☆★
          http://www.litrans.net/whodunit/mag/
未訳書から邦訳新刊まで、あらゆる海外ミステリの情報を厳選して紹介。翻訳家や
編集者の方々へのインタビューもあります!    〈フーダニット翻訳倶楽部〉
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★やまねこアクチベーター(毎月20日発行/無料)
  やまねこ翻訳クラブのHOTな話題をご提供します!
                 http://www.yamaneko.org/mgzn/acti/index.htm

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●編集後記●インタビューでは貴重な資料や原書を見せていただいたり、興味深いお
話を聞かせていただいたり、楽しいひとときを過ごしてきました。研究室には昨年の
やまねこ賞絵本部門大賞の賞状も飾られていて、大感激! 9月号でも読み応えのあ
るインタビューをお届けする予定です。どうぞお楽しみに!(い)
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発行人 大塚道子(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人 井原美穂/植村わらび(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画 大塚典子 尾被ほっぽ 加賀田睦美 かまだゆうこ 児玉敦子 笹山裕子
    冬木恵子 村上利佳 横山和江
協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
    ながさわくにお
    html版担当 ぐりぐら
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