やまねこ翻訳クラブ 『英語教育』2012年10月号〜2013年3月号 公開日 2013/4/18 大修館書店刊『英語教育』で、「原書で楽しむ子どもの本」を1年に渡ってご紹介しました。 |
★やまねこ翻訳クラブの原書で楽しむ子どもの本★ 大修館書店より刊行の雑誌『英語教育』の中で、2012年4月号から2013年3月号までの1年間、 やまねこ翻訳クラブ会員が、コラム「原書で楽しむ子どもの本」を担当いたしました。 大修館書店さんのご了解を得て、全文を掲載させていただきます。 大修館書店ホームページ |
デジタル世代の子どもたちとともに遊ぼう,絵本の世界
美馬しょうこ Mima Shoko (小学校読書ボランティア) 2012年10月号 ぺたりぺたりと黒板に単語と意味を書いた紙を貼る。“Press”,“Rub”,“Blow”,“Clap”といった,子どもたちにしてほしい動作が書いてある。今日6年生のクラスで読み聞かせをする絵本は,Press Here(by Herve Tullet, Chronicle Books, 2011; 原著は仏語。邦訳『まるまるまるのほん』谷川俊太郎訳,ポプラ社)だ。原題からわかるかもしれないが,読者参加型の作品である。 普段は日本語の物語しか聞いたことのない子どもたちに,英語がわからなくても大丈夫,何となく意味を感じてとにかくいっしょに楽しんでね,などと伝えてページをめくる。“Ready?”開いた真っ白なページの中央に,ぽつんとひとつ,黄色い丸。“Press here and turn the page.”と言いながら,1人の子の目の前へ本を持っていく。丸を押してもらって,ページをめくる。丸が2つに増えた!別の子にまた押してもらう。今度は3つに! “Rub the dot on the left . . .”子どもたちの中へ入って行きながら,なるべくたくさんの子に話しかけ,こすってもらったり,本を揺らしてもらったりする。聞き手が英文通りの動きをすると,丸が増えたり,動いたり,どんどん変化していく。 反応はクラスの雰囲気によってまちまちだが,それでも本を差し出された子たちは,うれしそうに,あるいは,おずおずと手を伸ばして絵に触れる。やりたいと声があがり,英語だからと緊張気味だった子どもたちがいつの間にか,にこにこ顔になる。自分の動作がそのままストーリーにつながるというこのしかけは,iPad さながらで,デジタルから着想したアイデアを敢えて絵本にしたところに面白さがある。本来は,親子ふたりでとか,子どもがひとりで楽しむ絵本だろう。だが,触ったりこすったり,大勢でともに手をたたいたりして,丸をさまざまに変化させる一体感は,なかなか心地よい。 さて,“Quick, press the white dot.”と言われた最後の1人が白い丸を押すと……。わっと声があがるラストシーンは,ぜひご自分の目でご覧あれ。絵本ならではの楽しさを子どもたちと味わってみてはいかがだろう。 |
稀代のストーリーテラーの少年時代
大塚道子 Otsuka Michiko (大正大学非常勤講師) 2012年11月号 今回紹介する Boy(by Roald Dahl,Puffin Books, 1986;邦訳『少年』永井淳訳,早川書房)は,Charlie and the Chocolate Factory (Puffin Books,1964;邦訳『チョコレート工場の秘密』柳瀬尚紀訳,評論社)などの作者として世界中の子どもたちに人気のあるロアルド・ダール(1916-1990)の少年時代の回想記だ。 ダールは,ノルウェー人の両親のもと,ウェールズに生まれた。3歳で父を亡くすが,愛情深く気丈な母と5人きょうだいの大家族で,幸せな子ども時代を送る。本書では,両親の若き日に始まり,彼の小学校時代から,20歳までの日々が描かれる。近所の駄菓子屋を舞台にした「ネズミ事件」のてん末や,家族全員で毎年ノルウェーの小島で過ごした夏休み,初めての家族ドライブで起きた危機一髪の事故など。さすが短編の名手としても知られるだけあって,各章が完成された物語となっている。ダールの人生は,彼の描く物語同様,思いがけない事件に満ちていたが,この回想記では,作品の原点となる出来事や要素を垣間見ることができる。 興味深いのは戦前の英国での学校生活だ。9歳で入学した寄宿学校では,ホームシックと規則ずくめの生活を体験する。少しでも規則を破ると校長室に呼ばれ,鞭で打たれた。週1回,全校生徒が教室で,家に手紙を書く時間もあった。本書には,家族写真とともに,これらの手紙が多数掲載されている。“Dear Mama,”で始まり,“Love from Boy”で結ばれるこれらの手紙を読むと,ダール少年の成長の過程をたどることができる。その後,進学した名門パブリックスクールでも,教師や上級生による体罰やいじめは続き,その辛さを一生忘れることはなかったという。彼の作品には,子どもたちが,横暴な大人をやっつける話が多いが,恐らく少年時代に体験した不正義への憤りがもとになっているのだろう。 176ページのペーパーバックだが,簡潔で美しい文章で綴られ,英語で読んでいることを忘れるほどスラスラ読める。画家クェンティン・ブレイクの挿絵も魅力的だ。続編のGoing Solo( Penguin Books,1986;邦訳『単独飛行』永井淳訳,早川書房)と合わせて楽しみたい。 |
アホウドリによりそって生きたマオリの女性
大作道子 Ohsaku Michiko (翻訳家) 2012年12月号 ユニークな鳥の宝庫であるニュージーランドでは,鳥を描いた絵本が数多く出版されています。その中から1 冊ご紹介しましょう。両翼を拡げると3メートルにもなる大型の海鳥,シロアホウドリ(Royal Albatross)を題材にしたMaraea and the Albatrosses(text by Patricia Grace, illustrated by Brian Gunson, Puffin Books, 2008)です。 切り立った岬に,古びた家があります。住んでいるのは,マラエアという名のマオリの女性。子どもの頃には集落があり,家族や親戚が大勢いましたが,今はひとりきりです。この岬は,シロアホウドリの繁殖地でもあります。幼い頃のマラエアは,ほかの子どもたちと一緒に,アホウドリを見守る日々を送っていました。春には,岬のてっぺんに集まって,飛来する鳥たちに呼びかける儀式もありました。しかし,時は流れ,岬の人口は減っていきます。兄弟やいとこたちは,都会や外国へ引っ越していきました。マラエアも誘われ,心が動きましたが,“But who will there be to call the albatrosses?”と言って岬にとどまり,アホウドリによりそう暮らしを続けます。そしていつしか,すっかり年を取って……。 雄大な空と海を背景に,写実的に描かれたシロアホウドリ。それを見つめる子どもたちの,きらきら輝く目が印象的です。親鳥のダンスをまねしたり,卵が孵るのを待ちわびたり,雨に濡れるヒナを見守ったりする様子には,アホウドリへの愛があふれています。成長し,老いていくマラエアの姿を,髪や首に巻かれた赤いリボンを目印に追っていくと,時の流れをしみじみと感じます。 伝統的な部族社会に生きていたマオリの人々が,都会へ移り住むようになり,価値観も変化していった。この作品には,そんな時代が映し出されています。神話のような結末も味わい深いです。著名なマオリ文学者のグレイスが紡ぎだした,静かで深みのあるこの物語,子どもにも大人にもうったえる魅力を感じます。 シロアホウドリが繁殖する岬は,オタゴ半島に実在し,ツアー等で訪れることができます。この絵本に描かれた風景を見る旅に,出かけてみてはいかがでしょう? |
海を越えて新たな国へ ─ボートピープルの再出発─
かまだゆうこ Kamada Yuko (シドニー在住日本語教師) 2013年2月号 オーストラリアは第二次世界大戦以降,ヨーロッパ,アジア,中東から広く移民を受け入れ,多文化・多民族社会として発展してきましたが,その中には,いわゆるボートピープルと呼ばれる人も多く含まれています。今回はオーストラリアのそんな一面を描いた絵本The Little Refugee(text by Anh Do and Suzanne Do, illustrated by Bruce Whatley, Allen & Unwin 2011)をご紹介します。作者の Anh Do はオーストラリアで活躍するベトナム出身のコメディアンです。子どものころに家族とともに難民としてオーストラリアへ渡り,新たな人生を歩み始めた体験を綴った本作は,今年度のオーストラリア児童図書賞ノンフィクション部門で次点に選ばれました。 物語は1970年代前半のベトナムから始まります。小さな村で,Anh は貧しいながらも大家族に囲まれ幸せな幼少時代を送っていました。しかし,ベトナム戦争後の新体制下で身の危険を感じた一家は,祖国脱出を決意します。乗り込んだ小さな漁船では飲食もろくにできず,海賊に身ぐるみはがされる恐ろしい体験をし,まさに命がけでオーストラリアへたどり着きました。 未知の国での新生活は希望に満ちていたと同時に,大きな挑戦でもありました。両親は裁縫の仕事で生計を立て始めましたが,ある日,物置にしまっておいた大事なミシンが盗まれる事件が起こります。一家の危機を知って落ち込むAnh に,母親はこんなふうに話しかけます。“We are so lucky to be alive and living in this beautiful country. There are many people much worse than us.”私たちが日々見過ごしがちな幸せの重さについて,考えさせられる言葉です。 全体に平易な英語で書かれているので,日本の中学生や高校生でも辞書を使えば十分に理解できるでしょう。常に前を向き,どんな困難も乗り越えていく移民の人々のたくましさと,家族の絆が伝わるはずです。写実的かつ親しみやすい絵も作者の語りにぴったりと寄り添い,文化や言葉の壁にぶつかりながら一歩ずつ成長していく少年の姿を生き生きと描き出しています。 |
中高生におすすめ! スパイスのきいた短編集
大作道子 Ohsaku Michiko (翻訳家) 2013年3月号 今回取り上げる作品は,カラー挿絵つきの短編集Just One More( text by Joy Cowley, illustrated by Gavin Bishop, Gecko Press, 2011)。読み聞かせを楽しむ子どもたちが,「あともうひとつ,聞かせて!」と,せがみたくなるような愉快なお話が17編収録されている。その多くは,もともと英語圏の小学校の教材として書かれたものだが,ここでは,日本の中学生,高校生が楽しめそうなものを何編かご紹介しよう。 7編目の“Clodhoppers”は,へんてこな靴のお話。農夫のクライドは,second-foot shop で,超お買い得な靴を見つける。店主に,その靴は“too fast for farm work”と忠告されるが聞く耳を持たず,“Cost me less than half a loaf of bread.”と,大喜びで購入してしまう。帰宅後さっそく履いてみると,歩きやすいことこの上ない。“I can go anywhere I want without the slightest effort.”と,ますますご機嫌になる。ところが靴は勝手に歩き続け,止まる気配が全くない……。 ほかに,“I’m gonna do it tomorrow.”が口癖の,ひどく怠惰な鳥の話“The Gonna Bird”や,男の子が,自分が掘った穴に追いかけられる“The Woggly Hole”などもおすすめだ。子ども向けではあるが,かわいらしさより,ちょっと奇妙でスパイスのきいたユーモアが味わいどころ。昔話に味つけしたようなものや,最後のオチで笑わせるものもあり,どれも,読む楽しさを教えてくれる。短いものは2ページ,長くても7ページと,とぼけた感じの挿絵を楽しみながら手軽に読める点も魅力だ。 著者ジョイ・カウリーはニュージーランドの作家だが,彼女が書いた何百冊もの副読本はアメリカでも高く評価され,識字教育や読書推進に貢献している。外国語として読む私たちからすると,本書には,中学,高校で習う英文法が満載であることにびっくりだ。言葉のリズムや響きも楽しめるので,音読教材として活用したり,英語劇にアレンジしたりするのもおもしろいだろう。 当連載も今回が最終回となりました。1年間のご愛読に感謝申し上げます。やまねこ翻訳クラブのウェブサイト(http://www.yamaneko.org/)もぜひご訪問ください。 |
担当:ぐりぐら(WYN-1039)
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