※文中の広告、情報はメールマガジン発行当時のものです。

2025年9月号 No.236

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org
編集部:mgzn@yamaneko.org
2025年9月15日発行 配信数 2600 無料

●特別企画●やまねこ翻訳クラブ読書会レポート シヴォーン・ダウド作『すばやい澄んだ叫び』を語る

 7月のある金曜の夜、18名のやまねこ会員が、Zoomを利用したオンライン読書会に参加しました。課題書は、昨年末に刊行されたYA小説『すばやい澄んだ叫び』です。前半は各参加者による感想の発表、後半は、訳者の宮坂宏美さんと訳文チェック協力者の中村久里子さん(ともに当クラブ会員)それぞれのトークという2部構成での開催でした。企画を立てた会員が、レポートいたします。

◆課題書紹介
『すばやい澄んだ叫び』シヴォーン・ダウド作 宮坂宏美訳 東京創元社
2024.12 328ページ ISBN 978-4488011437
“A Swift Pure Cry” by Siobhan Dowd, David Fickling Books, 2006

 1984年、アイルランド南部の村に住む15歳の少女シェルは、病死した母に代わって、家事や弟妹の世話に明け暮れていた。父は仕事を辞めて酒浸り。食べるのがやっとの貧しい暮らしで、シェルは必要な衣類を買うことすらままならない。慰めといえば、幼なじみの少年デクランや同級生の少女ブライディと過ごす時間ぐらいだったが、やがて妊娠してしまい、孤立していく。事態は思わぬ方向へ進み、さらなる苦境に立たされて……。実際に起こった2つの事件に着想を得て創作された、カーネギー賞受賞作家シヴォーン・ダウド(1960-2007)のデビュー作。

■参加者による本書の感想

(これから本書を読む人の楽しみを奪わないよう、物語の核心部分にふれていない感想のみご紹介します。また、参加者が全員女性だったことを書き添えておきます)

 全体的に多かったのは、前半は読むのがつらかったが、後半は次々とページをめくったという感想だ。
◎望まない妊娠という重いテーマなので、読み始めるのに勇気が必要だったが、語りの力のすさまじさのおかげで一気読みした。
◎子どもがひどい目に遭う物語は苦手なので、前半は休み休み読んだ。後半は怒りに震えながら読むうち、感情を揺さぶられた。
◎読むのがしんどい部分もあったが、大事なことを訴えてくれている作品で、読み進めたいと思わせる力があった。
◎ある登場人物について、この人はいい人なのだろうか、いい人でありますようにという思いで読み進んだ。ミステリーの要素もあり、後半は一気読みだった。
◎厳しい内容だが、シヴォーン・ダウドの作品は温かいという信頼感があったので、つらい展開もわりと安心して読めた。

 ヤングケアラーとして厳しい暮らしを強いられた上に望まない妊娠をしてしまった少女と、身勝手な男性たち。そのギャップにふれる発言も多かった。
◎どうしようもない父親にイライラした。なぜシェルは、あんなお父さんの面倒を見ることができるのだろう。
◎男性の身勝手さに振り回される女性という構図が、田舎ならではと感じた。
◎望まない妊娠をして苦しむシェルと、直接関わっている男性側の意識の差はいったい何なのだろうと感じた。
◎相手の少年はのほほんと生きていける。そんなことも現実にあるのだと思わされた。

 無責任、身勝手、あるいは権威的な男性の登場人物たちへの憤りの声が聞かれたが、必ずしも全否定ではない。以下のような発言もあった。
◎シェルのお父さんについて、最初はひどすぎると思ったが、人間らしさがあって、完全には嫌いになれない人物だった。デクランも同じ。
◎男性が「強くあらねば」という価値観を持つ中で、お父さんの弱さを書きだしているところがよかった。
◎このお父さんは、屈折しているけれど、彼なりに妻子を愛している。
◎お父さんにはしっかりしてほしいが、急に配偶者を亡くしたら……と考えると、ただ責めるわけにもいかない。
◎貧困率の高い地域で育ったので、こういうお父さん、いるんだよなあと思う。許せないけれど、愛情がないわけじゃないので憎みきれない。

 母親の死によって生活が立ちゆかなくなり、いつしか妊娠までしてしまったシェル。同様のことは、どこでも起こり得る。80年代のアイルランドが舞台であり、カトリック色が強い作品にもかかわらず、普遍性を感じたという声が多かった。また、厳しい現実を描いた物語の中の温かさと、作者ダウドへの思いが多く語られた。
◎シェルと同じように苦しむ若い子たちは、今でもいると思う。そういう子たちがつらさを打ち明けられる環境にしてあげたいが、どんなふうに声をかければいいのだろうと考えさせられた。
◎温かい心を持つ登場人物がいたおかげで、読者としても救われた。
◎悲惨な話だけれどどこか温かく感じるのは、全体を通して大きな愛情が存在しているからだと思う。
◎シェルはたいへんなことを乗り越えてしっかり生きていくだろうという希望が感じられる。
◎勧善懲悪の物語ではないと気づいた。そこはちょっと腑に落ちない部分もあるのだが、人に対するダウドさんの愛があるのかなと感じた。
◎現実をそのまま書いているからこそ問題提起になっている。むしろ下手な勧善懲悪になっていないところに作者の強い思いを感じた。
◎実際の事件の新聞報道だけだったら、妊娠した子は悪い子で、自業自得だと思われるかもしれない。ダウドさんの書き方は子どもに寄り添っている。どこまでも子どもの味方。


 教会での場面も多く、キリスト教色が濃い作品なので、宗教や信仰に関わる発言も多かった。
◎信仰心の揺らぎは、どんな人にも訪れる可能性がある。そこがしっかり書かれていると感じる。
◎宗教は、苦境にある人に救いの手を差し伸べてくれるものであってほしい。この本の中ではそうでないことがすごく残酷。
◎シェルにとって信仰は、家族を大切に思うことと同じなのだろう。教会に失望するようなシーンもあるが、信仰について伝えてくれる話。

 訳文を賞賛する声とともに、訳者の苦労に思いを馳せる参加者も少なくなかった。キリスト教色の強さや詩の引用の多さなどから、翻訳者泣かせの作品だと想像できる。読書会後半では、翻訳作業について、当事者のおふたりから具体的なお話を伺った。

■訳文チェック協力者の役割

 ここでは、訳文チェック協力者の中村久里子さんのお話をご紹介する。シヴォーン・ダウドが大好きなので、宮坂さんに協力を求められて光栄だったという中村さん。調べ物が大量にある作品だとわかっていたので、それを手伝うつもりでいたが、宮坂さんから訳文を受けとった時点で、調べ物はほぼ完了していた。一緒に渡された調べ物ファイルの充実ぶりに、驚嘆したという。
 中村さんの役割は、原文と訳文の突き合わせ作業。既に完成に近い原稿だと感じたが、これは誤訳だなと思ったことのひとつが、序盤に出てくるお菓子の名前。〈コーヒーとクルミケーキ〉と訳されていたが、ご本人曰く「食べものについてはめざとい」中村さんは、正しくは〈コーヒー味のクルミケーキ〉であろうと気づき、指摘した。訳文の組み立て方や、訳語の選択などについても助言した。
「初稿の段階では特に、訳者は一文一文に深く向き合って訳すので、視野が狭くなるところがどうしても出てきますよね。だから私は、ちょっと引いたところから全体の流れを見るよう心がけて読みました」
 とはいえ、全体の完成度が高かったので、助言といっても、重箱の隅をつつくような感じだったという。
「本ができあがってから一読者として読んだときに、本当に素晴らしい作品だと実感して、いいお仕事をさせていただいたなと、しみじみ思いました」

■訳者による翻訳裏話と作品への思い

「訳すのがたいへんそうだとみなさんがおっしゃってくれましたけど、メチャメチャたいへんで!」で始まった宮坂さんのお話。出版決定を知らされて喜びに浸るも、次の瞬間には「やばい! 私に訳しきれるだろうか」と、不安にかられたという。そこで、知り合い3人に協力を求めた。1人は前述の中村久里子さん。また、やはりやまねこ翻訳クラブで知り合った翻訳者の池上小湖さんにも突き合わせをお願いした。もう1人は、アイルランド人の英文校正者ブレンダン・ドイルさんだ。ドイルさんには、アイルランド特有の単語や文化的なことについての質問に答えてもらった。その総数は100を超えたという。英語のネイティブ・スピーカーである池上さんからは、辞書の言葉を信じただけでは気づけないニュアンスを教えてもらった。
 多くの会員にとって大先輩である宮坂さんだが、「どんどん突っ込んだり質問したりしながら聞いてくださいね」と、ざっくばらんでフレンドリー。きちんと準備をした上でわかりやすく話を進めてくれるし、画面共有機能を使って調べ物のファイルを見せてくれる。実際の原稿を見せながら、訳出作業を効率よく進める工夫も教えてくれる。とにかく寛大で、情報伝授を惜しまない宮坂さんなのだ。
『すばやい澄んだ叫び』を訳すことになった経緯は、訳者あとがきに記されているのでここには書かないが、15年以上前に自身が書いたシノプシスを読み直したとき、これは本当に良い作品だと改めて気づいたという。
「10代の望まない妊娠というのは、問題提起の必要性がある大事な大事な問題だし、これは社会に出すべき本だと感じました」
 どんなところが難しかったかという参加者からの質問には、「全部です」という答え。訳書が100冊を優に超える宮坂さんが、これまででいちばんと感じるほど難しい作品だった。聖書や詩の引用の多さもさることながら、作品全体が詩的なので、裏の意味のようなものを読み取らねばならず、苦しんだ。逆に、訳すのが楽しかったのは、シェル、弟、妹の3人のやりとりだった。訳了し、刊行されたときの達成感は大きかった。
「この本を世に出したことに大きな意味があると思っているので、自分としては何も悔いはないっていうか、ちょっと大げさに言えば、自分の翻訳人生でやり残したことはないとさえ思えるぐらいの気持ちでした」
 本書は、第1回「10代がえらぶ海外文学大賞」のノミネート作品に選出されている。作品のテーマが重いので、多くのYA世代に読んでもらえるかどうか心配だったが、ノミネートされたことで、10代の子たちに届く機会が増えると思うとたいへん嬉しいし、ありがたい。宮坂さんはそう語る。
「共感できるところ、できないところ、人それぞれだと思うし、読み方は自由です。むしろ、いろんな読み方がある本は、いい本なのかなと思います」
 まだまだ紹介したいことはどっさりあるのだが、誌面が尽きそうだ。宮坂さんには、いつか翻訳家としてのエッセイか何かを出版していただけたら嬉しい。

■終わりに

 もともとオンラインで活動を続けてきたやまねこ翻訳クラブだが、コロナ禍を機にZoomを導入したのは大きな変化である。離れた土地に住む会員とも、画面越しに顔を突き合わせて話せるようになった。今回の読書会にも、全国各地の会員が参加してくれた。また、クラブ設立時から在籍している〈古ねこさん〉から今年入会した〈新ねこさん〉まで、やまねこ歴さまざまな会員が集まったことにもワクワクした。
『すばやい澄んだ叫び』について、厳しい内容なので前半は読むのがつらかったという感想が多かったのは事実だが、文章としてはたいへん読みやすいし、ストレスなく読めるよう、訳注の付け方なども工夫されている。多くの人、特に若いみなさんが手に取ってくれることを願う。
 私がこの読書会を企画したのは、訳者さんの話を無料で聞けるという下心……では決してなく、この作品について、ネタバレを気にせず、思いきり語り合いたかったからだ。それこそが読書会の醍醐味! ふと気づけば、毎年恒例のやまねこ賞読書月間も近い。やまねこたちが活気づく季節がやってくる。

【参考】
▼東京創元社ウェブサイト内『すばやい澄んだ叫び』紹介ページ
https://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488011437

▼「10代がえらぶ海外文学大賞」ウェブサイト
https://www.10daikaigaibungaku.com

▼宮坂宏美ウェブサイト
https://h-miyasaka.jimdofree.com

▽シヴォーン・ダウド作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/d/sdowd.htm

▽宮坂宏美訳書リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/hmiyasak.htm

(大作道子)

●特集●訳者が語る! 注目の本

 本コーナーでは、やまねこ翻訳クラブ会員である翻訳者が、自身で訳した作品の魅力や翻訳にまつわるエピソードを語ります。
 今回は3作品お届けします。村上利佳さんが紹介する『閉じこめられた「森の人」』は、2023年カナダ総督文学賞児童書(物語)部門最終候補作に選ばれた読み物です。よしざわたまきさんの『ちいさなゆめがあったなら』、やのあやこさんの『ララのまほうのことば』は、それぞれ第30回と第31回の「いたばし国際絵本翻訳大賞」英語部門最優秀翻訳大賞に輝き、刊行された作品です。

【参考】
▼「いたばし国際絵本翻訳大賞」のページ(板橋区立図書館公式ウェブサイト内)
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/library/bologna/honyaku/index.html

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『閉じこめられた「森の人」』ミッシェル・カダルスマン作/村上利佳訳

あすなろ書房 定価1,600円(本体) 2025.05 231ページ ISBN 978-4751532539
“Berani” by Michelle Kadarusman
Pajama Press, 2022

 インドネシア人の父とカナダ人の母を持ち、インドネシアの裕福な家庭に育ったマリア。彼女はオランウータンと亜熱帯雨林の保護活動に熱心に取り組みますが、それが思いも寄らない形でまわりの人たちを巻きこんでいくことになります。
 一方、レストランを経営するおじの世話になりながら中学校に通わせてもらっているアリは、田舎に残してきたいとこのスニに対する罪悪感から目を背ける日々を送っています。貧しい一族が用意できた学費はひとり分だけ。成績が優秀なスニではなくアリが進学できたのは、家族が男のアリを優先させたからでした。そんなアリの罪悪感を呼び覚ましたのは、おじが飼っているメスのオランウータンのジンジャー・ジュース。ケージのなか、日に日に魂が抜けていくようなジンジャーを目の当たりにし、アリはついに行動を起こすのですが……。
 そもそも「正義」とはなんなのでしょうか。「野生動物と自然を守るためにパーム油は使わない」というのは、非常に正しい「正義」に思えます。でも、そのパーム油を作る産業で働いて家族を養っている人は、仕事を取りあげられたらどうやって生計を立てたらいいのでしょうか。だからといって、人間の都合で住みかを追われたオランウータンを、「危険から守ってやる」という名目でケージに閉じこめておくことが、オランウータンにとって本当に幸せだとは思えません。つまり、「正義」とは人の数だけあるのです。どんな環境、どんな境遇で生きているかによって、「正義」は変わってきます。自分が目指す「正義」「幸せ」のために、他者をないがしろにしていいものではありません。人生において、この選択はときにものすごく難しいものとなります。
 マリア、アリ、ジンジャー・ジュースの三者の視点で交互に気持ちが語られる本作は、そんな「人によって正義は変わる」という、生きていく上でとても大切なことを考えさせてくれると思います。あなたがマリアだったら、アリだったら、どんな行動を取りますか?

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【作】ミッシェル・カダルスマン(Michelle Kadarusman):オーストラリアで育ち、インドネシアやカナダにも在住。それらの国々を舞台にした作品を多く手掛けている。代表作”Girl of the Southern Sea”は、2019年カナダ総督文学賞児童書(物語)部門最終候補作に選ばれた。本書が初の邦訳となる。

【訳】村上利佳(むらかみ りか):愛知県生まれ。南山大学外国語学部英米科卒業。主な訳書に『スラムに水は流れない』(ヴァルシャ・バジャージ作/あすなろ書房)(第71回青少年読書感想文全国コンクール課題図書)、「名探偵テスとミナ」シリーズ(ポーラ・ハリソン作/文響社)などがある。

(村上利佳)

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『ちいさなゆめがあったなら』ニーナ・レイデン文/メリッサ・カストリヨン絵/よしざわたまき訳/三辺律子監修

工学図書 定価1,800円(本体) 2024.08 30ページ ISBN 978-4769205098
“If I Had a Little Dream”
text by Nina Laden, illustrations by Melissa Castrillon
Simon & Schuster Books, 2017

 丘や庭、池や自転車、椅子やねこ……。女の子は、身のまわりのものや生きもの、場所に一つひとつ名前をつけていきます。手袋のように守ってくれるおうちは、「まごころ」。だっこしてくれる椅子は……。名前をつけることで、ありふれたものが特別な存在として輝きだすように思います。
 作者のニーナさんが、原作”If I Had a Little Dream”を初めて書かれたのは、キッチンでブラックベリージャムを作っている時だったそうです。書きあがったとき、ご自身では「歌ができた」と思ったとのこと。翻訳するとき、わたしはそのリズムを日本語でも生かしたくて、声に出したり、ペンで机を軽く叩いたり、歌ったりしながらことばを探しました。リズムに合うようにするのは大変でしたが、楽しかったのを覚えています。ぜひ声に出して読んで、そのリズムを楽しんでいただけたら嬉しいです。
 女の子が選ぶ名前はどれもやさしく、前向きで、心の糧になるものばかり。それは、女の子の世界が楽しく、美しいものだからなのでしょう。柔らかな曲線と明るい色彩で描かれたメリッサさんのイラストの中で、女の子がのびやかに想像する姿が愛おしく感じられます。そして、この絵本を読むどの子どもにも、世界がやさしく、元気を与えてくれる場所であるようにと願ってやみません。

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【文】ニーナ・レイデン(Nina Laden):本作では文を手掛けたが、シラキュース大学でイラストレーションを専攻しており、出版された20作を超える作品のうちほとんどはイラストも担当している。”Peek-a Who?”シリーズがアメリカで人気となった。邦訳絵本に『ぼくが犬のあとをつけた夜』(加島葵訳/カワイ出版)。

【絵】メリッサ・カストリヨン(Melissa Castrillon):ケンブリッジ・スクール・オブ・アートでイラストレーションを専攻。鮮やかで独創的な色使いが国際的にも評価され、絵本や挿絵、装幀などの分野で活躍しているほか、絵本の文章も手掛けている。邦訳絵本に『すてきってなんだろう?』(アントネッラ・カペッティ文/あべけんじろう、あべなお訳/きじとら出版)がある。

【訳】よしざわたまき:茨城県出身。英語講師。第30回いたばし国際絵本翻訳大賞(英語部門)最優秀翻訳大賞を受賞。図書館読み聞かせボランティア。やまねこ翻訳クラブ会員。

(よしざわたまき)

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『ララのまほうのことば』グレーシー・ジャン文・絵/やのあやこ訳/三辺律子監修

工学図書 定価1,800円(本体) 2025.07 48ページ ISBN 978-4769205142
“Lala’s Words” by Gracey Zhang
Scholastic Inc., 2021

 暑い暑い夏の日、街ゆく人の足どりも重そうです。そんな中、元気に走っていくのがララ。外遊びが大好きで、いつもどろんこで、お母さんに怒られてばかりいます。さて、ララが街なかの「自分だけの場所」で見つけた「おともだち」とは?
 原作”Lala’s Words”は、2022年、優れた新人作家、画家に贈られるエズラ・ジャック・キーツ賞のイラストレーター部門を受賞したグレーシー・ジャンさんのデビュー作です。
 本作では、街とそこを行き交う様々な人種の人々が、黒一色の濃淡で描かれています。「コンクリートジャングルの描写にぴったり」と作者が言うとおり、単色でありながら、そこからは街の活気、喧噪、多様性があふれるように感じられます。水墨画を思わせる挿絵は、アメリカの都市を描く絵本にあって新鮮に映ると同時に、日本の読者であれば、親しみを覚えるものではないでしょうか。シンプルな筆線で巧みに表現されるララの躍動感(手足の愛らしさ!)と、母子の表情は、作者の本領発揮といったところ。そして、このモノクロを背景に用いられる黄色と緑の2色が効果的です。それぞれの色には役割があり、ストーリーの展開にしたがってモノクロだった世界に色が満ちていきます。
 この絵本の楽しみの一つは、ララのご近所さん探しです。そこここに同じ人物が登場し、住んでいる家や職業、暮らしぶりなども垣間見られます。文中の名前からはそれぞれのルーツも推測できます。作者が以前住んでいたニューヨークの街を描いたとのことですので、登場人物にもモデルがいるのかも? 作者が大好きという街や人々へのあたたかいまなざしも感じます。
 すっかり挿絵の話ばかりになってしまいましたが、この本の魅力は絵だけにとどまりません。「ことば」を軸に、作者が自身を反映して描いた母と娘+「おともだち」の物語は、ララ/お母さんいずれに共感して読んでも、最後にはみんなを満ち足りた気持ちにしてくれます。そして、日々攻撃的な「ことば」にさらされる昨今、やさしい「ことば」が持つ力を思い出させてくれます。
 さて、原作の装丁には仕掛けがあり、カバーを取って初めてわかるのですが、訳本ではその絵を裏見返しにもってきています。図書館で利用される場合を考え、編集者さんの案で実現しました。読み終わったあとは、見返しもどうぞお見逃しなく!

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【文・絵】グレーシー・ジャン(Gracey Zhang):カナダ、バンクーバー出身。アメリカ、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインでイラストを学ぶ。2021年本作でデビュー、翌年エズラ・ジャック・キーツ賞を受賞。2025年”Noodles on a Bicycle”のイラストがコールデコット賞オナーに選ばれ、モーリス・センダック財団のセンダック・フェローシップの一人にも選出されるなど、注目のイラストレーター。
ニューヨーク在住。

【訳】やのあやこ:東京都出身。大阪大学大学院文学研究科修士課程修了(芸術学専攻)。日本語教師として国内外で日本語を教えた経験がある。現在は仕事の傍ら翻訳や語学の勉強を続けている。第31回いたばし国際絵本翻訳大賞で、最優秀翻訳大賞受賞(英語部門)。やまねこ翻訳クラブ会員。

(やのあやこ)

●賞速報●

★2025年ニュージーランド児童ヤングアダルト図書賞発表
★2025年オーストラリア児童図書賞発表
★2025年全米図書賞児童書部門ロングリスト発表
(最終候補作品の発表は10月7日、受賞作品の発表は11月19日の予定)

 2025年より「速報(海外児童文学賞)」をnoteに移行しました。海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載していますので、ぜひご覧ください。
https://note.com/awards_yamaneko

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・本誌のhtml版(ウェブ版)は、発行日から5日後に公開予定です。以下のURLよりお入りください。
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・次号(2025年10月号)の配信は10月15日の予定です。お楽しみに!

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●編集後記●1997年の設立当初からインターネット上の活動が中心だったやまねこ翻
訳クラブ。ウェブ会議ツールやグループウェアの導入をきっかけに、今回レポートを
お届けしたオンライン読書会など、ますます活動の幅が広がり、会員同士が交流を深
める機会も増えています。本メールマガジンの編集方法も進化中です。(ひ)
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企画・執筆・協力 やまねこ翻訳クラブ会員有志
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