メニューメールマガジン月刊児童文学翻訳増刊号

月刊児童文学翻訳 増刊号 NO.7

ウーリー・オルレブ 特集号

2003年11月1日発行


もくじ

作家紹介
  オルレブについて
  翻訳家、母袋夏生さんから 〜オルレブ作品の魅力――その背景にあるもの「私たちは生きようとしていた」

作品紹介
  読み物
   走れ、走って逃げろ(2003.7)
   砂のゲーム(2000.8)
   羽がはえたら(2000.8)
   クジラの歌(アンソロジー『鏡』より)(1999.9)
   壁のむこうから来た男(1995.7)
   壁のむこうの街(1993.3)

  絵本
   おしゃぶりがおまもり(2003.8)
   編みものばあさん(1997.11)
   ちいさいおおきな女の子(2002.06)
   Tシャツのライオン(2001.1)
   かようびはシャンプー(2000.2)

編集者の思い
  岩崎書店 〜 『砂のゲーム』(自伝)
  岩波書店 〜 『走れ、走って逃げろ』(読み物最新刊)
  講 談 社 〜 『おしゃぶりがおまもり』(絵本最新刊)

編集後記に代えて


+作家紹介+

∞∞ オルレブについて ∞∞

 ウーリー(ウリ)・オルレブ(Uri Olrev)は、1931年にポーランドのワルシャワでユダヤ系の両親の長男として生まれた。第2次世界大戦前は、医者をしていた父親、母親、弟、乳母と、ワルシャワ郊外で静かで平和な暮らしをしていたが、ドイツのポーランド侵攻により生活が一変する。その後のオルレブの半生については、本メールマガジンでも紹介する自伝『砂のゲーム』で詳しく語られている。ゲットー(注1)やポーランド人区での隠れ家生活、ベルゲン・ベルゼン強制収容所での息詰まる日々ののち、1945年9月に弟とふたりでイスラエルへ渡った。キブツ(注2)の寄宿学校で学んで農業に従事し、ヘブライ大学に進学。卒業後はラジオやテレビで子ども向けの番組を制作する仕事に携わった。1956年に『鉛の兵隊』(未訳)を発表後、子ども向けの作品を中心に作家として活躍、1996年には国際アンデルセン賞を受賞した。
 現在はエルサレム在住。家族は妻、娘、ふたりの息子と、最初の結婚で生まれた娘、そして孫たちにも恵まれている。

(注1)ユダヤ人を隔離するための居住区。周囲は壁で囲われて自由な出入りは認められていなかった。
(注2)イスラエル式の生活共同体。住居や教育、仕事(農業、各種工業など)の場が提供され、集団生活を送る。

やまねこ翻訳クラブ資料室 オルレブ邦訳作品リスト


∞∞ 翻訳家、母袋夏生さんから ∞∞

オルレブ作品の魅力――その背景にあるもの
「私たちは生きようとしていた」

 平易な語り口とやわらかなユーモア――オルレブ作品の魅力です。
 作品には生き残ろうとする意志、信ずるものを守ろうとする姿勢、被害者・加害者の構図を超えた人間としての尊厳、マイナス要素をプラスに変えていこうとする柔軟な精神が一貫して流れています。1997年に来日したオルレブは、「ホロコーストを固定観念や感傷で論じてほしくない。私たちは生きようとしていた」といい、「世の中はパラドックスに満ちている、一つの定規だけで測っていてはつまらない」と強調しました。傷を負った歴史や傷を負わせる現実を語りながら、彼の作品は否定的でも悲観的でもありません。そして読んでいるうちに主人公の生きようとする意志を感じとって、いつしか自分も前向きになっています。
 絵本やファンタジーや短編はもっと肯定的です。たいていは子ども時代の思い出や子育てがヒントになってイメージがふくらむとか。たとえば、『かようびはシャンプー』はお風呂ぎらいだった弟の思い出から、『おしゃぶりがおまもり』は長男がおしゃぶりを手放そうとしなかった経験から、『編みものばあさん』は「カーテンを編んでる」友だちと奥さんがキッチンでおしゃべりしているのを聞いて想像がふくらんだそうです。 
 好物はココアと牡蠣。子どものおもちゃをぜんぶ手作りしたほど器用です。相撲ファンでケーブルテレビ経由でテレビ観戦しています。 

やまねこ翻訳クラブ資料室 母袋夏生さんインタビュー
やまねこ翻訳クラブ資料室 母袋夏生さん訳書リスト

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+作品紹介+

 現在邦訳されているオルレブの作品は、絵本5冊、読み物6冊(うち1作は短篇集収録作品)。その全作品を、やまねこ翻訳クラブ会員によるレビューに、9月に本クラブ読書室掲示板で行われた「オルレブ作品読書月間」企画に寄せられた感想を添えてご紹介する。
やまねこ翻訳クラブ「読書室掲示板」

(注)作品の背景について
『走れ、走って逃げろ』、『砂のゲーム』、『壁のむこうから来た男』、『壁のむこうの街』の4作品は、第2次世界大戦中のポーランドが舞台となっている。1939年にドイツによる侵攻を受けて以来、当時のポーランドはナチス・ドイツの支配下にあった。ユダヤ人はゲットーに隔離されたのち各地の強制収容所へ送られ、その多くが虐殺された。レビューではそれらの背景説明を最小限におさえているが、厳しい状況は共通している。


∞∞ 読み物 ∞∞

『走れ、走って逃げろ』表紙

『走れ、走って逃げろ』
母袋夏生訳
岩波書店 2003.7

 この作品は、ヨラム・フリードマン――ユダヤ人幼名スルリックの体験したことが書かれている。時は第2次世界大戦下のポーランド。スルリックは8歳だった。家族が少しずついなくなっていく。ゲットーから逃げ出そうとした時、ドイツ兵にみつかり父さんがいなくなった。ゴミタンクで食糧あさりをしている最中に母さんもいなくなった。スルリックはひとりになる。周りをみわたし、近くにいた子どもの群れをみつけそこへ走っていく。逃げ続ける日々がはじまった……。
 生きることは逃げること、それがスルリックの8歳だった。ゲシュタポに、ドイツ兵に、つかまらずにとにかく生きのびる、そのためにスルリックは危険だと思うと、すぐさま背を向けて逃げた。ひとつの場所で落ち着くことはない。たいていは森に隠れている。しかし飢えをいやすため、村にでる。にっこり微笑み、食べ物と少しの仕事を得る。見つかる。森へ逃げる。名前も変えた。キリスト教徒のように十字架も首にかけた。それでも、ユダヤ人を追う目は厳しい。逃げ続けなくてはいけない。
 状況を形容するならば、それは苛酷としかいえない。しかし、物語にはスルリックの放つ不思議な明るさがある。これでもかというほど、彼をおそう運命は厳しいのに、それはなぜだろう。スルリックは「生きる」ことにとても肯定的なのだ。笑みで、まわりをなごませ助けの手をひきだす。そうして数年にわたる戦争を生き抜いた。
 生きることはそれだけでいい――。単純で力強いこのことが「逃げろ」という言葉からうまれている。最終章で戦争は終わる。背を向けて逃げてきた少年が、ふりむく時がきた。彼の笑顔を私もみたい。

(林さかな)

○苦しくても、辛くても、どうしようもなくなっても、前を向いて生きていくスルリックの姿、また、スルリックのことをユダヤ人だと知りつつも、助けてくれたポーランド人が存在した事実に、読みながら希望が持て、助けられた。 (ワラビ)

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『砂のゲーム』表紙

『砂のゲーム――ぼくと弟のホロコースト』
母袋夏生訳
岩崎書店 2000.8

 第2次世界大戦のさなかに少年時代を過ごしたオルレブの自伝。ワルシャワの医師の家に生まれ、裕福な幼少期を送っていたが、ユダヤ人であることを理由に迫害されるようになった。通りで目撃した物乞いや引ったくり、隠れ場所での窮屈な生活、「戦争ごっこ」などの遊び、家族や親しい人との絆と別れ……。子どもの目で鮮明に当時を語る著者の言葉は、淡淡としてはいるが、ずっしりと重い。
 幼い頃、自分がユダヤ人であることを意識していなかった著者は、まわりの大人たちやクラスメートの心ない言葉や態度から、そのことを肌で感じはじめた。やがてドイツ軍がポーランドを攻撃して戦争が起こると、父親は戦線に送られ、残された一家はゲットーに隔離された。その後、ポーランド人区への逃亡を試みて捕まったり、地下室に隠れていることを密告されたりと、何度となく危険な目に遭うが、そのたびに辛くも生き延びる。タイトルの「砂のゲーム」は、ひとつかみの砂を上に放り投げて手の甲で受け、それをまた放り投げて手のひらで受けるということを繰り返す遊びを指す。著者と弟は、このゲームの砂のようにしてドイツ軍たちに放り投げられ、そのたびに手の甲や手のひらに残ってきたのだ。
 厳しい暮らしのなか、著者は自分を中国皇帝の皇子に見立てた物語を作って弟に聞かせ、恐ろしい場面に出くわすと、目の前の忌まわしい現実を夢だと信じた。戦争を生き延びたのも作家になったのも、こうした想像力を子どものころから大切に持ち続けたおかげだろう。オルレブという「砂」が綴った本書は、わたしたちの貴重な宝だ。

(須田直美)

○読んでいて不思議だったのは、「悲しくて大変」という気持ちだけにひたらなかった、ひたらしてくれなかったということです。(Incisor)

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『羽がはえたら』表紙

『羽がはえたら』
母袋夏生訳/下田昌克絵
小峰書店 2000.8

 たまらなくまぶしい。行間から光がさんさんとさしこんでくるようなこの本には、4つの短編が収録されている。いずれも舞台はなにげない日常。決して特別とはいえない出来事とむかいあう登場人物たちが、作者のユーモアに満ちた視点で魅力たっぷりに照らし出されている。4編とも主人公は少年。表題にもなっている「羽がはえたら」では、手羽を食べると空を飛べるようになると信じている小さな男の子が思いがけない夢を見る。ほか「ぼくの猫」、「かけっこ」、「のどがかわいた」の3編もラストは思わずにっこり微笑んでしまう。
 戦争を思わせる描写はいっさいないが、それだけに影の部分に思いをはせてしまう。逃げたり隠れたり、さまざまな別れと出会いをくり返しながら作者は少年時代を生き延びてきた。だからこそ作者の五感はどんどんとぎすまされ、ありふれた出来事を徹底的にろ化して、日常にまぎれている純粋な幸せの結晶を見つけ出すことができるのだろう。そんな結晶がたくさん輝いているこの本は、作者の他の作品を読めば読むほどまぶしく感じられるかもしれない。
 ところでこの短編集にはふんだんに挿絵がおりこまれていて、まるで絵本のような仕上がりとなっている。どの絵も生き生きとしていて、作者のえがく登場人物に息をふきこんでいるようだ。1994年から2年間、中国、チベット、ネパール、インド、ヨーロッパを旅し、出会った人々のポートレイトを描き続けた画家ならではの豊かな想像力と表現力が存分にちりばめられている。時代や場所は違っても人間や人生を肯定的に見つめる作者と画家の焦点がぴったり合い、生きるということに限りない希望の光をあてている。

(鈴木明美)

○読んでいると子どものときの感覚がよみがえってきます。日常のなかのひとこまをこんな風にすくいとって、読ませてもらえるのは嬉しいです。なんでもなく過ごしている日々がとてもいとおしくなります。(ちゃぴ)

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『鏡』(「クジラの歌」)表紙

「クジラの歌」
(短編集『鏡 ゴースト・ストーリーズ』所収)
角野栄子・市河紀子共訳/こみねゆら絵
偕成社 1999.9
"The Song of the Whales"
("Fingers on the Back of the Neck and other Ghost Stories" 1996)
 ※本作品は1996年の国際児童図書評議会(IBBY)世界大会(於オランダ)のときに
出版されたアンソロジーに収められたもの。

 ミカエルは小さい時から、おじいさんの家に行くのが楽しみだった。珍しいものがたくさんあるし、古い蓄音機でレコードも聞かせてもらえる。一番好きなのは、クジラたちが歌うレコードだ。やがて体が弱ってきたおじいさんは、ミカエルの家に越してくる。実は、おじいさんはふしぎな力をもっていた。自分の夢の中に、ミカエルを連れていってくれるのだ……。
 淡々とリアルに描かれる日常生活。だが、しだいにその生活の中に夢の光景が入り込んでくる。ミカエルは奇妙に入り組んだ現実と夢のはざまで、時と場所を超える。そして両方の世界に真摯に対応し、喜びも悲しみもそのまま吸収しながら成長する。
 今振り返ると、子どものころのわたしには、時の流れや世界の出来事の一部分しか見えていなかった。そう、子どもは、連続性や論理性を知らずに、世界のある側面だけを眺めている。だが見えていないからこそ、彼らは現実と夢が交錯する中にもすんなり入り込み、時間の残酷さや命の貴重さを学んでいく。世界の全体像が見えているつもりの大人には、なかなかわからないことを。
 大きな悲しみの後、ミカエルは、じっとクジラの歌に耳を傾ける。作者は数々の幻想的光景をあくまで客観的に描写するのと同様に、この歌についても詳しい形容や説明は一切せず、読者の想像力にゆだねている。クジラたちが広い海を越えて声を響かせ交流することをわたしは思い出し、ミカエルが直感的につかんだ真実の重さと豊かさに、胸を衝かれた。

(菊池由美)

○夢をみることは、現実の人生とあわせて2倍生きるようなことだと言われたことがあり、その言葉を、この本を読んで思い出した。(さかな)

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『壁のむこうから来た男』表紙

『壁のむこうから来た男』
母袋夏生訳
岩波書店 1995.7

  ワルシャワには、ユダヤ人が住む“ゲットー”とそれ以外の“ポーランド人区”をへだてる壁があった。その壁を越えた行き来には、命を脅かす危険が伴う。
 ポーランド人区に住むマレクは14歳の少年。母と義理の父アントニーと3人で暮らしていた。マレクは母への愛情ゆえにアントニーの存在を認めることができない。教養がなく酔いつぶれるまで酒を飲む男だと悪い面だけをみてきた。アントニーは物資をゲットーに運ぶ闇商売をしていた。ときどき赤ん坊をゲットーから連れ出す仕事を頼まれる。その仕事ぶりや「ユダヤ人はきらいだが、人間はきらいじゃない」という言葉に触れるうち、マレクは次第にアントニーに信頼を寄せていく。
 そんなある日、うっかりかかわった事件からマレクは実の父の秘密を知る。父の思い出、義父との関係、犯した過ちやアイデンティティを揺るがす事実など、さまざまな問題が一度に押し寄せてくる。マレクは自分のなかのバランスを保とうとするかのように、偶然出会ったユダヤ人青年の逃亡を助けた。そしてゲットーが蜂起するさなか、マレクたちは壁のむこうへ向かった。
 義父や実父に対するマレクの心の壁と、実在するゲットーの壁が重なる。前者は大人になるために越えるべき壁であり、後者は正しさを求めて乗り越える壁だ。闇雲に突き進むマレクの行動には、子どもと大人の狭間にある世代の強い正義感と今にも崩れ落ちそうな危うさの両方が表れている。そんな少年を見守る家族や友人たちのまなざしは温かい。この作品はホロコースト時代のポーランドを舞台にした少年の成長物語といえるが、少年だけでなく、彼を取り巻く大人たちの姿も印象的だった。

(河原まこ)

○男の子にとって、父親は乗り越えなくてはいけない壁。マレクにとっては、実父と義父のアントニーの両方が壁なのだったと思いました。(蒼子)

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『壁のむこうの街』表紙

『壁のむこうの街』
久米穣訳
偕成社 1993.3
"The Island on Bird Street"
Hutchinson, 1984
(本作品は上記英語版からの翻訳)

 11歳のアレックスはポーランド内のあるゲットーに父さんとふたりで暮らしていた。母さんは出かけたきり帰らない。どこかへ連れ去られたのかもしれなかった。父さんが働かされていた工場の貯蔵室へアレックスがきていたとき、強制連行がはじまり、アレックスも貯蔵室の管理人ボラックじいさんと連行された。じいさんはアレックスに、父さんのピストルが入ったナップザックを渡し、78番地の廃屋に潜んで父さんを待つよう教えると、命がけでアレックスを逃がす。じいさんは言った。「78番地で待つんだ。1週間たっても、ひと月たっても、1年たっても」と。
 強制連行を逃れたユダヤ人がひっそり隠れ住むゲットー。昼はドイツ兵や警官がみまわり、夜は泥棒が歩きまわる。アレックスは、父さんがくる日を信じ、持てる能力を総動員して、死と隣り合わせの日々をたくましく生きぬく。食料探しでみつけた秘密の通路。壊れたアパートに手製の縄梯子をかけて確保した安全な隠れ家。初めて人間を標的にした一心不乱の射撃とその後にやってきた激しい震え。束の間の自由を求めて冒した危険なかけ。淡い恋。ホロコーストという歴史的事実と、それによりひきおこされた深い悲しみや苦しみが織りこまれていながら、冒険物語として読むこともできる。
 不安と恐怖、孤独感に溺れそうになるなか、アレックスは幾度も両親を思い出す。人を信じることを教えた母さんと、つねに冷静沈着であることを教えた父さんの豊かな愛情こそ、アレックスの心をまっすぐ生に向かわせた力の源だ。その前向きに生きる力は読むものの心にも、しっかり届いてくる。

(三緒由紀)

○ドイツ人の描き方にはっとさせられるものがありました。ナチス・ドイツというイメージから、ドイツ兵はみなオニのような存在に見えてしまうのですが、一人ひとり個性があって当然なんですよね。(河まこ) 

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∞∞ 絵 本 ∞∞

『おしゃぶりがおまもり』表紙

『おしゃぶりがおまもり』
ジャッキー・グライヒ絵/もたいなつう訳
講談社 2003.8

 『かようびはシャンプー』『Tシャツのライオン』の主人公だったイタマルがお兄ちゃんになり、『ちいさいおおきな女の子』の主人公だったダニエラはすっかりティーンエイジャーの仲間入り。そして、今回の主人公は、甘えん坊の末っ子ヨナタンだ。

 ヨナタンは、もうすぐ4歳。なのに、おしゃぶりがどうしても手ばなせない。大事なおしゃぶりをなくすたびに泣き叫ぶので、家族は否が応でも探さなくてはならない。
 ある日、アメリカからおじさんが遊びに来た。奇抜で個性的な格好のおじさんの首には、おしゃぶりが! おじさんにとって、おしゃぶりは幸運のお守りなのだ。人目を気にするヨナタンの両親からはずすようにいわれても、一向に耳をかさないおじさん。ヨナタンはおじさんの真似をして首からおしゃぶりをぶらさげ、おじさんとすっかり仲良しになる。ところが、おじさんがアメリカに帰る日に……。
 おしゃぶりを卒業できないヨナタンは、4歳直前までガーゼを離せなかった自分の息子にぴったりと重なった。どう考えても〈くさい〉のに、どうしてそんなに大切なのかと大人は不思議に思ってしまうが、当の本人には何にも替えがたい宝物なのだ。ヨナタンのように本人が納得してこそ、勇気をもって先に進めるんだなと、ガーゼを求めて泣き叫ぶ息子を思い出して心がチクリと痛んだ。グライヒの描くイタマル一家は、作品を追うごとに子どもたちの成長のみならず、両親の加齢をもシビアに描き出して月日の流れを感じさせる(ママはおしゃれに、反対にパパは……)。どのページの絵もじっくりと味わって、作者のメッセージを受けとめてほしい。

(横山和江)

○絵をゆっくりながめたい、読みたい。そういう気持ちになる本が、たまに現れます。「目が素通りできない」本というわけです。(爽子)

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『編みものばあさん』表紙

『編みものばあさん』
オーラ・エイタン絵/もたいなつう訳
径書房 1997.11

 ある日ちいさな町におばあさんがやってきた。もっているのは編み棒をいれたちいさな鞄がひとつ。住む家を探したけどみつからない。そこで、つめたい石にこしかけて、暖かそうなスリッパを編んだ。つぎにスリッパを置くじゅうたん。けれど、あたりはいちめん草ぼうぼう。そこでじゅうたんをしく床を編み、ベッドと毛布を編んで、とうとう家まで編みあげた。家ができたらひとりじゃつまらない。そこで……。
 おばあさんが最後に編んだのは、ふたりの子どもたち。町の人たちはこのふたりを拒否するが、対するおばあさんの行動力もまけていない。周囲の大人たちの身勝手なふるまいを、あざやかにかわすおばあさんの姿が心に残る作品だ。子育ての日常をユーモラスに描いたオルレブの他の絵本と比べると、異色の内容といってもいいだろう。
 エイタンの絵も、他の作品でみられるような、柔らかな太い線とカラフルな色使いの画風とは異なる。細い線で編目までもが細かく描写された絵を見ていると、オルレブの物語が絵にも編みこまれているような凄味を感じる。
 生まれてくる場所や環境をわたしたちは選ぶことはできない。しかし、生まれたからには、自分らしく生きていく場所を見つけたいと思う。今日もどこかに居場所を探す子どもたちがいるのだろうか。そんな子どもたちを受け入れられる心を持ちたい。

(竹内みどり)

 ○身勝手で冷たい世間の風に毅然とした態度を示したおばあさんには拍手を送りたいです。(あんこ)

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 以下の3作品は、「月刊児童文学翻訳」、および新刊翻訳書と洋書紹介のメールマガジン「海外読物案内」(やまねこ翻訳クラブ会員も執筆に参加)に掲載されたレビューをご覧ください。

『ちいさいおおきな女の子』表紙

『ちいさいおおきな女の子』
ジャッキー・グライヒ絵/もたいなつう訳
講談社 2002.6

「海外読物案内」2002年7月23日号
  http://backno.mag2.com/reader/BackBody?id=200207231200000000044153000

○小さく小さくなってしまう両親が最高! まるで『ガリバー旅行記』なみのパラレルワールド。望みは適ったあとで、本当の気持ちがわかるもの? ほっとする結末でした。(おちゃわん)

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『Tシャツのライオン』表紙

『Tシャツのライオン』
ジャッキー・グライヒ絵/もたいなつう訳
講談社 2001.1

「海外読物案内」2001年4月10日号
  http://backno.mag2.com/reader/BackBody?id=200104101930000000044153000

○「こういわれたいのに、みんなはそういってくれない」あるいは「こうなりたいのになれない」という、なんとももどかしい気持ちって、最近は自分の中でやや薄れてしまっているけれど、自我に目覚めたころからずーっと持ち続けているなぁと思い起こすことができました。(ち〜ず)

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『かようびはシャンプー』表紙

『かようびはシャンプー』
ジャッキー・グライヒ絵/もたいなつう訳
講談社 2000.2

「月刊児童文学翻訳・書評編」2000年4月号
  http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2000/04b.htm#hehon

○数ある中から、これを選んだ理由は、「この本を娘に読ませたら、シャンプー嫌いが克服できるかも」という下心でした。効果ありという結果が出て、親としてはにんまりしています。(hanemi)

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+編集者の思い+

∞∞ 岩崎書店 池田春子さん ∞∞
 〜 『砂のゲーム』(自伝) 〜 
『もちろん返事をまってます』(ガリラ・R・アミット)を出させて頂いた母袋夏生先生とのご縁で、オルレブの『砂のゲーム』を出版させて頂くことができました。
 冒頭、“砂のゲーム”のたとえ話で、戦争が一人ひとりの人間をもてあそぶ非情さ冷酷さが鮮やかに描かれます。一度読んだら忘れられない強烈な印象を残す場面です。
 そして、主人公兄弟は、今起こっていることは冒険物語の一場面で自分たちはそのヒーローであり、必ず生き残ってハッピーエンドを迎えるのだという確信の下に過酷な状況に耐えて生き抜きます。夢中になって遊ぶことを通して育まれた想像力が生きる力として発揮され、それはドイツ兵にピストルをつきつけられた時も兄弟を支え抜いたのです。
 徹底した子どもの視点、ときに漂うユーモア、『砂のゲーム』は事実をどう伝えるかの方法をしっかり持った文学作品だと思います。
 なかでも、母親の死をたった3行の間接的な記述を重ねて描いた箇所は「すごい!」と思いました。オルレブは映画が大好きとありますが、母親の登場するいくつものシーンがこの素気ない3行から一気に蘇ってきます。また、子ども時代には憧れていた父親と戦後再会したときの違和感、死んだ父親と対面して絆が再び結ばれる描写にも胸を打たれます。
 戦争体験を描いた作品はたくさんありますが、日本語に訳して400字詰め原稿用紙100枚足らずという短い中に、これほど豊かな内容を凝縮した作品は少ないのではないでしょうか。写真とそのキャプションも大いに効果を上げています。
 訳者の上質な日本語とも相俟って、一つの作品を繰り返し読む編集の仕事の幸せを味わわせて頂いた1冊でした。刊行後3年と少し、現在5刷になっていますが、もっともっと多くの子どもや大人の方たちに読んで頂きたいと思っております。

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∞∞ 岩波書店 愛宕裕子さん ∞∞
 〜 『走れ、走って逃げろ』(読み物最新刊) 〜 
 はじめて訳稿を読ませていただいたとき、つよい力にひきよせられるようにして、最後まで読み通したことを覚えています。少年の生きのびようとする本能にはほんとうに圧倒されます。過酷な体験の連続は想像をぜっするものです。淡々とした筆致が、つきささってきます。けれども、そんななかにあっても、少年が子どもらしいあどけなさを失わずにいること、たよりになる人をいつも求めていること、そしていつも前向きなことが、この作品にはゆたかに表現されています。わたしには、そのことがとても魅力的に思われました。読み終えたあとの余韻は、何日もつづきました。
 ホロコーストを題材にした作品というと、隠れ家やゲットーあるいは収容所などを舞台にしたものがすぐに思い浮かびますが、この作品の舞台はポーランドの田舎です。しかも主人公は8歳の少年。貴重な体験録ともいえるでしょう。オルレブによってみごとに作品化されたおかげで、わたしたちはまた、歴史の証言にであうことができたのです。戦争はなぜいけないのか、この作品を読めばよくわかるというものです。ぜひ一度お読み下さいますよう、おすすめいたします。

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∞∞ 講談社 小出和彦さん∞∞
 〜 『おしゃぶりがおまもり』(絵本最新刊) 〜 
 初めてのボローニャ出張で、翻訳候補として手にしたオルレブ作品が、昨年刊行した『ちいさいおおきな女の子』でした。主人公のダニエラ少女が、ある朝、とても大きな子になって、いつもは父や母にいわれる「朝のこごと」を、両親におもいっきり投げつけながら、出勤の世話をするという、超ユニークな内容にびっくり。気がつくと、今回で4話目の刊行に立ち会うことが出来ました。イスラエルからのニュースを見るにつけ、おろおろするのは、私だけではないと思いますが、そんなエルサレムで、深くそして静かに人間のユニークさを描くオルレブ氏のこの絵本連作には、輝く明るさと希望が隠されています。ナチスの絶滅収容所から生還したオルレブゆえの温かさと想うのは、深読みしすぎでしょうか。ぜひ、『おしゃぶり』を読んでみてください。
講談社「絵本通信」サイトより、許可をいただいて転載いたしました。)

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+編集後記に代えて

 母袋夏生さんのお言葉にもあるように、オルレブの作品の最大の特徴はユーモアだと思う。テーマがホロコーストでも、子どもや家族の日常でも、すべてに同質の温かさがある。オルレブという作家を知って以来、わたしはこのユーモア、温かさの質についてずっと考えてきた。幸せな家族のドタバタした日常を描いた絵本と、あまりに過酷な状況で生きる子どもの生活を綴った物語が、なぜ同じ温かさを持ちうるのかと。
 今回、邦訳された全作品を集中的に読み返し、その答えが見えてきた気がする。つまりオルレブは、どのような物事に対しても、人間に対しても、公正なのだ。負の感情がないということとは違う。ただあらゆる物事に等しく心を開いているということ。ドイツ兵であってもシャンプーがきらいな男の子であっても、その人の本質を見つめる。悲しみは悲しみとして、喜びは喜びとして、ありのままに受け入れる。表面的なものにとらわれない自由な心。それがオルレブのユーモアの源流なのではないだろうか。
 だからこそわたしたちも、自由な心でオルレブの作品を読もう。そこに一貫して描かれている人生の希望、人間への愛情はすべてを越えて胸に迫る。そして世界の不条理(戦争でも、だいきらいなシャンプーでも)に対して、わたしたちがどのように立ち向かっていけばよいのかを教えてくれる。

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   母袋夏生さん、また岩崎書店の池田春子さん、岩波書店の愛宕裕子さん、
   講談社の小出和彦さんのご協力に、心より感謝申し上げます。
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(中村久里子)

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発 行  やまねこ翻訳クラブ http://www.yamaneko.org/
発行人  西薗房枝(やまねこ翻訳クラブ 会長)
企 画  河原まこ
編 集  中村久里子
編集協力 河原まこ 菊池由美 鈴木明美 須田直美 竹内みどり 林さかな 三緒由紀 横山和江
     蒼子 あんこ Incisor おちゃわん 河まこ さかな 小湖 Gelsomina sky 爽子
     ち〜ず ちゃぴ hanemi みーこ ラナ ワラビ
協 力  池田春子(岩崎書店) 愛宕裕子(岩波書店) 小出和彦(講談社)
     母袋夏生
     出版翻訳ネットワーク管理人 小野仙内


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