メニュー>「月刊児童文学翻訳」>バックナンバー>2002年3月号 オンライン書店
※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!
児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
M E N U
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注目の本(邦訳絵本) |
―― 隣に住んでいるチャーミングな魔女 ――
『となりのまじょのマジョンナさん』 "The Witch Next Door" by Norman Bridwell |
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魔女ってほんとうにいるのかなあ。どんな魔法を使うのかなあ。魔法を見てみたいなあ。そんな、子どもたち(もしかしたら大人たちも)の無邪気な憧れにこたえてくれるのが、この絵本のマジョンナさんだ。
「うちのとなりに、まじょのマジョンナさんがすんでいます。」はじまりの1文だけで、私たちはすーっと絵本に吸いよせられる。興味津々で言葉に耳を傾け、絵に見入れば、子どもらしい自慢げな語り口と、伸びやかで元気な絵から、チャーミングなマジョンナさんの陽気な魔女ぶりがわかってくる。黒く塗った家の煙突の上ではやかんが湯気をたて、スーパーマーケットではりんごやバナナが宙を飛ぶ。洗濯の水はどうやら特別に雲が降らせてくれるらしい。(洗濯物を見れば下着も干してあるからどっきり。)魔法は使うけれど、私たちと同じように家事をして生活しているマジョンナさんは、とても身近に感じられる。そのうえ子どもたちとも遊んでくれる。親切で優しい魔女だ。
でもある時、マジョンナさんは近所の人たちに文句を言われてかんかんに怒り、その人たちに呪文をかけはじめる。「おそろしくて、とてもみていられない!」と息をのみページをめくると、なんとまあ、思いがけないユーモアあふれる展開が待っている。こんな魔女がそばにいてくれたらなあ。心からそう望んでしまう。
ところで本作は、文を書いたブリッドウェルの絵で米国では出版されていたが、今回日本で、長野ヒデ子の絵に変えて紹介された。原書の表紙をウェブ上で見ると、ふたりの描く魔女はどちらも魔女風のコスチューム――黒いとんがり帽子に黒いワンピース、黒い靴に赤白ストライプの靴下――に身を包んでいるが、雰囲気はまったく違う。ブリッドウェルの魔女は、ふっくらしていて、気さくなおばさん風だが、長野ヒデ子の魔女はウエストがきゅっとしまっていて、とてもおしゃれ。髪を5本の三つ編み(帽子をかぶると1本は帽子の中)にし、ブルーのアイシャドーをいれている。
絵本は、文と絵を合わせてひとつの作品だ。本作のように、シンプルな文章を絵が豊かに膨らませて語る作品では、絵が変われば作品も生まれ変わる。こうして、素晴らしい着想の本が、新たな命を吹きこまれて紹介されたことを嬉しく思う。
(三緒由紀)
【文】ノーマン・ブリッドウェル(Norman Bridwell) 1928年、米国インディアナ州ココモ生まれ。2つの美術学校で学んだ後、デザイナーなどの仕事をする。1962年に、"Clifford, the Big Red Dog" でデビューして人気作家となり、「犬のクリフォード」シリーズ(The Clifford Books)は40冊以上出版されている。本作は「となりの魔女」シリーズ(The Witch Books)の第1作。 【絵】長野ヒデ子(ながの ひでこ) 1941年、愛媛県生まれ。はじめての絵本『とうさんかあさん』(葦書房)は、1978年日本の絵本賞「手づくり絵本コンテスト部門」で文部大臣奨励賞を受賞したもの。以来、絵本、挿絵、紙芝居などの創作活動を続けている。『おかあさんがおかあさんになった日』(サンケイ児童出版文化賞受賞)、『せとうちたいこさんデパートいきタイ』(日本絵本賞受賞)のたいこさんシリーズ(以上童心社)など多数の作品がある。 【訳】長月るり(ながつき るり) 1944年、京都市生まれ。絵本、紙芝居、折り紙遊びなどを通した、子どもたちと遊ぶ活動を続ける。NPO法人レイチェル・カーソン日本協会に所属。環境問題にもとりくんでいる。 |
『となりのまじょのマジョンナさん』 『ベルリン1933』 "The Dinosaurs of Waterhouse Hawkins" Chicocoの親ばか絵本日誌 追悼 (ヴァージニア・ハミルトン) MENU |
注目の本(邦訳読み物) |
―― 暗黒時代に輝く一筋の希望の光 ――
『ベルリン1933』 クラウス・コルドン作/酒寄進一訳 "Mit dem Rucken zur Wand" by Klaus Kordon |
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本書は、ヒトラー政権直前のベルリンを舞台に、貧しい労働者の家族、ゲープハルト一家に起こった出来事を、次男ハンスの視点から描いた物語である。当時、ベルリンは失業者があふれ、生活を苦にして自殺する者が跡を絶たなかった。ナチ党は、市民の多くが反対したにもかかわらず、巧みに票を伸ばしていく。原題の「壁を背にして」の通り、追い詰められていく人々のようすが描かれている。
14歳のハンスは両親、姉、弟とともに狭いアパートに住んでいた。両親は共産党を支持し、結婚して家を出た兄のヘレは熱心な共産党員として活動していた。ハンスは政権闘争には興味がなく、本を読んだり映画を観たりする方が好きだったが、《共産党のゲープハルト》の一員として、ナチの突撃隊に睨まれ、否応なしに闘争に巻き込まれていく。声高に論争はしないが、ハンスには、人として大切なもの、何を守るべきかがわかっていた。
兄のヘレには、弟の内面の誠実さが伝わっていた。二人はやがて伴に闘う同志となる。一方、姉のマルタは貧しい生活から抜け出すことを願った。恋人が突撃隊員になって出世することを受け入れ、ナチを嫌う家族から心が離れてしまう。だが、突撃隊の襲撃リストには、ユダヤ人だけではなく共産党員の名も載せられた。父と兄も……。
1933年冬、ヒトラーが首相となり、その1か月後、国会議事堂炎上事件が起こる。これを機に警察は共産党員の逮捕を開始。逃げようとした者は容赦なく射殺された。
ハンスたちの死に直面した生活は想像するだけでも恐ろしい。だが、物語のなかには希望の光があった。こんな暗い時代でも、ハンスは職場で出会ったミーツェと恋をする。また、兄夫婦には、はじめての子、エンネが誕生する。笑いと幸せに満ちた瞬間は、どんなときにもある。絶望の崖っぷちに立たされた家族にとって、その家族を見つめる読者にとって、若い恋人たちや幼い赤ん坊は、未来の平和を約束する希望だ。その希望を守るべく、彼らは抵抗をはじめる。当時のドイツには、数多くの抵抗と犠牲があったことだろう。
この物語は、ヒトラー政権のはじまりまでを描くが、12年後のエンネを主人公にした続編(未訳)がある。エンネたちが、どうやって暗黒時代を乗り越えていくのかを、知りたい、知らなければいけない、と思った。生の力強さを教えてくれると同時に、過去のあやまちを未来に伝えていく義務を感じさせる作品だ。
(河原まこ)
【作】クラウス・コルドン(Klaus Kordon) 1943年ベルリン生まれ。戦後、東ベルリンで育ち、西ドイツへ移住。1977年、デビュー作を発表する。貿易商として海外を訪れた経験からアジア、アフリカを舞台にした作品がある。他に、歴史小説、麻薬や環境問題を扱った作品など、社会の弱者の視点から書かれたものが多い。邦訳に『人食い』(松沢あさか訳/さ・え・ら書房)など。 【訳】酒寄進一(さかより しんいち) |
【参考】やまねこ翻訳クラブ データベース:クラウス・コルドン邦訳作品リスト やまねこ翻訳クラブ データベース:酒寄進一訳書リスト |
『となりのまじょのマジョンナさん』 『ベルリン1933』 "The Dinosaurs of Waterhouse Hawkins" Chicocoの親ばか絵本日誌 追悼 (ヴァージニア・ハミルトン) MENU |
注目の本(未訳絵本) |
―― 恐竜ってなぁに? ――
『ウォーターハウスの恐竜』(仮題) "The Dinosaurs of Waterhouse Hawkins:
An Illuminating History of Mr. Waterhouse Hawkins, Artist and Lecturer" by Barbara Kerley, drawings by Brian Selznick
Scholastic 2001, ISBN 0439114942, 48pp. ★2002年コールデコット賞オナー受賞作 |
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はじめて表紙を開いた時、絵本から、声が聞こえたような臨場感があった。
――ようこそ、ウォーターハウス・ホーキンスの恐竜世界へ――
大きな手書き文字が見開きいっぱいに描かれていて、さてどんな世界を見せてくれるのだろうと、わくわくしてくる。
今でこそ、恐竜と聞けば、それはそれは大きい不思議な生き物だということを多くの人は知っているはず。しかし、150年ほど前にさかのぼると、「恐竜」がどんな姿をしているかなど、誰もが知る由もなかった。この絵本は「恐竜」の実物大モデルをはじめて創りあげたウォーターハウスの伝記物語である。
我が家の子どもたちが恐竜好きなおかげで、私はイグアノドンやプテラノドンと名前を言われても、どんな姿をしているのかすぐに思い浮かべることができる。しかし、それは、恐竜絵本やチョコラザウルス(お菓子)のおまけフィギュアなどで培った知識。そういうものが何もないところから、実物大の模型をつくるのだ。わずかな化石のかけらをつなぎあわせ、骨格を考え、それらに肉付けをしていくのは途方もないことに思われる。でも、絵本の中のウォーターハウスはその工程を得意そうに披露してくれる。
子どもの頃から周りにいる動物を、本物そっくりに彫刻するのが好きだったウォーターハウス。大人になった彼がつくるものは、小動物から「恐竜」という未知の生き物にかわる。当時のビクトリア女王とアルバート公が計画した科学博物館のプロジェクトに参加し、恐竜の模型をつくることになったのだ。女王とアルバート公は彼の仕事場まで足を運び、恐竜の大きさに目を大きく見開いた。好きなことを仕事にし形にしていくこと、そしてそれが評価される喜びが存分に伝わってくるシーンだ。
アメリカに居を移してからは辛いことも体験し、悲しみに打ちひしがれる時もあった。だが、絵本全体に満ちているのは、彼の恐竜への愛情と仕事に対する幸福感だ。
また、作者のカーレイ、画家のセルズニック両人が、ウォーターハウスに惚れ込んでつくりあげただけに、絵本には珍しいくらい長いあとがきがあり、これだけでも1つの物語のようだ。
さて、導入部分での期待に応えてくれるページは私と子どもで全然違っていた。あなたはどのページに目を見開くだろう?
(林さかな)
【文】Barbara Kerley(バーバラ・カーレイ) ワシントンD.C.生まれ。現在はカリフォルニアで夫と娘との三人暮らし。デビュー作はグアムに住んでいた時の事を書いた "Songs of Papa's Island"(未訳)、本作は彼女にとって2作目にあたる。4月に新作、"A Cool Drink of Water" という美しい写真絵本が出版予定。 【絵】Brian Selznick(ブライアン・セルズニック) ニュージャージー州生まれ。現在はニューヨーク在住。絵本や物語を書くまではマンハッタンの児童書店で働いていた。デビュー作は "Houdini Box"(未訳)。秋に新作 "When Marian Sang"(絵本)が出版予定。 |
【参考】◇やまねこ翻訳クラブ データベース:ブライアン・セルズニック作品リスト
『となりのまじょのマジョンナさん』 『ベルリン1933』 "The Dinosaurs of Waterhouse Hawkins" Chicocoの親ばか絵本日誌 追悼 (ヴァージニア・ハミルトン) MENU |
Chicoco の親ばか絵本日誌 第16回 | よしいちよこ |
―― 「夢中の3年……そして春」 ――
3月1日、しゅんは3歳になりました。しゅんの年齢は、わたしが翻訳の仕事をいただけるようになった年数でもあります。
ちょうど3年前の2月、臨月のわたしにFMC(現アメリア)から新人翻訳家コンテスト最優秀賞受賞の知らせが届きました。そして、しゅんが生まれた直後、はじめての翻訳絵本『ひみつのパーティーはじまるよ!』(リンゼイ・キャンプ文/トニー・ロス絵/吉井知代子訳/文溪堂)が出版されました。これはアリスとフレディ姉弟がママに「おやすみ」をいったあと、お姫さまをむかえるパーティーの用意をこっそり始めるというお話。出版されると、ともに修行をつんできた翻訳仲間からたくさんのお祝の言葉をもらい、「自分の子どもに自分の訳した絵本を読めるなんて、幸せ」といわれましたが、そのとき0歳だったこともあり、読む機会をなくしていました。昨年末、重版された第2刷を見て、しゅんが「よんでー」といいました。これまで数えきれないほどの絵本をいっしょに楽しんできましたが、こんなに緊張して読んだ本ははじめて。それから、しゅんは毎日ふとんで遊ぶようになりました。片づけてもすぐにふとんをひっぱり出します。掃除ができないと注意すると、しゅんは「よういしてるんだよー。もうすぐ12じなんだからー」と口をとがらせました。それで気づきました。しゅんはアリスとフレディのごっこ遊びを真似していたのです。スーパーでお菓子を買うときは「ポテトチップスはいらないよー。おひめさま、たべないからね」といいます。3年前のお祝の言葉を、いまやっと、うれしい思いでかみしめています。
さて、しゅんは4月から幼稚園。わたしは自分の時間ができることを喜ぶものの、3歳1か月での入園をとても心配してます。本人は入園前のプレクラスでも元気いっぱい、楽しみでしかたがないようです。かいじゅうの幼稚園が舞台の絵本『いたずらビリーとほしワッペン』(パット・ハッチンス作/いぬいゆみこ訳/偕成社)を読みました。大泣きして幼稚園をいやがるビリーは、いい子のごほうび〈ほしワッペン〉をもらえるでしょうか。買い物のとちゅう、しゅんに「おかあさん、こっち」と手をひっぱられました。行った先で売っていたのは星の形のバッジ。「おかあさん、ほしワッペンだよ。いたずらビリーといっしょだね。ぺたん、ぺたんってつけるんでしょ」と宝物でも見るように、手でなでて、うっとりしています。絵本を読んでいたときは「しゅんにも、ぺたんぺたん」と目に見えないワッペンを胸につけていましたが、その日は本物を自分で見つけたどきどきが伝わってくるようでした。
夢中の3年が過ぎ、この春、しゅんとわたしの新しい生活が始まります。
【参考】1999年7月号情報編「絵本コンクール最優秀賞受賞者インタビュー」
『となりのまじょのマジョンナさん』 『ベルリン1933』 "The Dinosaurs of Waterhouse Hawkins" Chicocoの親ばか絵本日誌 追悼 (ヴァージニア・ハミルトン) MENU |
追悼 |
―― ヴァージニア・ハミルトン ――
去る2月19日、30年以上にわたって活躍してきたアフリカン・アメリカン作家のヴァージニア・ハミルトンが、65歳で亡くなった。「過去からの声を聞き、何度でも語りなおすことが私のつとめ」と述べていた彼女の生涯と作品を振り返りたい。 |
【人と作品】
アメリカ先住民のチェロキー族の血も引くヴァージニア・ハミルトンは、1936年3月にオハイオ州イエロースプリングスで生まれた。母方の祖父は、かつて、命がけでオハイオ川をわたり、自由の身になった逃亡奴隷である。
彼女の両親と祖父母は、天与の才を持つ語り手だった。幼い頃のハミルトンは、自由を求めて逃げた奴隷の話や、新たな土地で連帯しながら暮らしてきた共同体の話を聞くのが好きで、苛酷な歴史を乗り越えてきたアフリカン・アメリカンのサバイバルのイメージを、心に強く焼きつけて育つ。ハミルトンにとって、オハイオはただのふるさとではなく、名も知らぬ無数の人々が織りなす過去の歴史を思い起こし、過去からの声に耳をすますことのできる特別な場所だった。そして、彼らのいのちと連続して自分が存在することを、強く意識するようになったのである。
奨学金を得てアンティオック・カレッジとオハイオ州立大学に学んだのち、さらに本格的な創作を志してニューヨークに行く。1960年に、詩人のアーノルド・エイドフと結婚して一男一女を授かった。1967年の第一作『わたしは女王を見たのか』が絶賛されてから児童文学に可能性を見出し、それと前後して一家でイエロースプリングスに帰郷。以後、生涯この地で精力的に作家活動を続けた。
ハミルトンの作品は常に高い評価を受け、『偉大なるM.C.』で、アフリカン・アメリカンとして初めてニューベリー賞を受賞し、全業績に対しては、1992年に国際アンデルセン賞、1995年にローラ・インガルス・ワイルダー賞の名誉を受けている。すぐれたアフリカン・アメリカン作家に贈られるコレッタ・スコット・キング賞は2度受賞。1998年には、多文化主義の推進に貢献のあった児童文学作家・画家に贈られるヴァージニア・ハミルトン賞が、ケント州立大学によって創設されている。
ハミルトンの作品は、ノンフィクションから民話の再話まで多岐にわたるが、とりわけヤングアダルトに秀作が多い。少女ツリーと知的障害の兄ダブが、幽霊の叔父さんに導かれて、アフリカン・アメリカンに受け継がれる苦しみと、家族の過去とを知る『マイゴーストアンクル』。ニューヨークで人間らしく生きのびようとするストリートチルドレンの奇跡的な共同体のありかたが胸を打つ『ジュニア・ブラウンの惑星』。バニラと呼ばれて疎外される混血の少女ブレアが、死んだと聞かされていた父親と苦い再会を果たす『雪あらしの町』。ハミルトンは独特の詩的で象徴的な言葉を使いながら、簡潔な文章に多くの意味をこめて語る。そして、複雑な問題を抱えつつ未来に向かって生きのびようとする現代のエスニック・マイノリティの子どもの人生を浮かび上がらせる。そこには、困難な状況の中でも自分らしさと誇りを失わない力強い人間像も、重ねあわされているのだろう。
そして、その子どもたちの背後に、苛酷な歴史を生きのびてきた無数の人間がいることも、ハミルトンは常に意識している。「過去からの声」は、あるときは幽霊の叔父さんの姿で(『マイゴーストアンクル』)、またあるときは、山にこだまするかつての逃亡奴隷の歌という形で(『偉大なるM.C.』)実在感をもって現れる。超現実的でありながら、そこには、読者を含めて、困難な状況の多い現代を生きていこうとする人々を励まそうという意志がはっきりと感じられる。また、一人の子どもを背後から支えていこうとする民族集団の声が、大きな希望をこめて具現化されているともいえる。
2002年。ハミルトンもまた、過去に連なる一人となった。だが、独特の力強さを持つハミルトンの声、その物語の数々は、読み手の心に、今もそしてこれからもますます豊かに響くに違いない。その遺産の大きさに感謝すると共に、それを受け継ぐ者でありたいと、強く思う。
【レビュー】
『偉大なるM.C.』 "M.C.Higgins, the Great" 1974 |
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オハイオ川をのぞむセアラ山に建つあばら家で、仲良く暮らすアフリカン・アメリカンの13歳の少年M.C.とその家族。採掘で荒らされて危険なセアラ山は、逃亡奴隷だった曾祖母セアラの名前にちなんだもので、死んだ彼女の不思議な歌が聞こえてくることもある。
M.C.は、幼い頃に、オハイオ川を泳ぎ渡った強さをほめられて、父親から高さ15メートルもあるポールをもらった。今の彼は、そのポールにのぼって山を見渡しながら時を過ごすことが多い。ポールの上で「自分が世界に秩序を与えている」と自負しつつ、「この危険な山からいつかみんなで出て行くのだ」と空想しているのだ。
ある日、前後して山にやってきた二人の訪問者。彼らと関わったM.C.は世界観の大転換を経験し、ある志を胸に生きていくことを決意する。
物語は、ポールの上からセアラ山を見下ろすM.C.の鮮烈なイメージから始まる。ポールはM.C.の強さそして孤独のしるしであり、彼の並外れた強さは、誰とも何ともつながりを持っていない。だが、訪問者たちとのやりとりを経て、狭い世界に生きていたM.C.が真に自分の足で立ったとき、父親は、ポールの本当の意味を初めて息子に伝える。そのときポールは、M.C.を見守る無数の声の象徴となり、過去との連帯のあかしとなる。
M.C.一家の互いへの愛情、オハイオという土地にこめられた思い、連続する過去と現在、サバイバルする少年、特異な登場人物。抑えた表現と詩的な言葉遣いの中にハミルトンらしさがすべて結実している傑作である。
(鈴木宏枝)
1967 |
"Zeely" 『わたしは女王を見たのか』 鶴見俊輔訳 岩波書店 1979 |
1971 |
"The Planet of Junior Brown" 『ジュニア・ブラウンの惑星』 掛川恭子訳 岩波書店 1988 |
1976 |
"Arilla Sun Down" 『わたしはアリラ』 掛川恭子訳 岩波書店 1985 |
1982 |
"Sweet Whispers, Brother Rush" 『マイゴーストアンクル』 島式子訳 原生林 1992 |
1983 |
"The Magical Adventures of Pretty Pearl" 『プリティ・パールのふしぎな冒険』 荒このみ訳 岩波書店 1996 |
1985 |
"The People Could Fly: American Black Folktales" 『人間だって空を飛べる―アメリカ黒人民話集』 金関寿夫訳 福音館書店 1989 |
1990 |
"Cousins" 『キャミーの八月』 掛川恭子訳 講談社 1994 |
1993 |
"Plain City" 『雪あらしの町』 掛川恭子訳 岩波書店 1996 |
1999 | "Bluish" (未訳) |
※全作品リストはこちらをどうぞ 【参考】 |
『となりのまじょのマジョンナさん』 『ベルリン1933』 "The Dinosaurs of Waterhouse Hawkins" Chicocoの親ばか絵本日誌 追悼 (ヴァージニア・ハミルトン) MENU |
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