やまねこ翻訳クラブ 注目の未訳書1 E・L・カニグズバーグ

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E. L. Konigsburg, A Proud Taste for Scarlet and Miniver, 1973.

Review by ワラビ

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 “Scarlet and Miniver”とは、権力者がはおるガウンの緋色の生地とそれを縁取る真っ白の毛皮のこと。思い通りに生きた主人公エレオノールの生き方の象徴です。表紙とさし絵はカニグズバーグ自身によるもので、表紙にはそのマントをはおったエレオノールが描かれています。

 時代は12世紀のフランスとイギリス。実在の歴史・人物を、日本でも多数の訳書が出ているカニグズバーグが演出した大河ドラマです。

 主演は、Eleanor of Aquitaine、アキテーヌ(フランスの一地方)のエレオノール(1122?−1204)。この女性、最初はフランス王ルイ7世と結婚しますが満足できず離婚。今度は自分の意志でイギリス王ヘンリー2世と結婚して、子供もたくさんもうけます。ところが、夫に自分以外にも心から寵愛する女性がいると知るや、一言の抗議もせずに夫とは離れて生まれ故郷アキテーヌに戻ります。そこを治めながら子供たちを教育し、やがて子供に父親への謀反をおこさせるのでした。謀反は失敗に終わり、エレオノールはヘンリー2世に軟禁されてしまいます。

 やがてヘンリー2世が亡くなると、67歳のエレオノールは、なんとか子供たちを指図して荒れた国を建て直し、やがて生涯を閉じます。

 自分のやりたい放題に生き抜いたエレオノールの波瀾万丈の人生が、とても魅力的に描かれている作品です。

 特徴は、その設定にあります。エレオノールは現在天国にいます。ヘンリー2世は、生きている間の悪行のせいで死後何百年も天国に入れませんでしたが、(最近になって腕の良い弁護士を雇ったために昇天成功)今日ようやく昇ってくることになっていました。それを待つ間に、エレオノールが、親しい人たちと共に自分の人生を振り返るという設定なのです。

 まずフランス聖職者のシュジェが最初の結婚を、次にエレオノールの2度目の夫、ヘンリー2世の母親マチルダ王妃が、2度目の結婚の途中までを、ヘンリー王に仕えていた騎士がその後ヘンリー王が亡くなるまでを、最後にはエレオノールが話を締めくくるという流れです。

 全編に流れているのは、フランス・アキテーヌ地方を治め、フランスの王さえも一目置くほどの巨大な富を持っていたウィリアム公の娘として生まれたエレオノールの“Proud Taste”です。これは、美しいもの豪華なものを身につけ部屋を飾り立てるというだけではなく、音楽を愛し、吟遊詩人に詩をうたわせ、息子たちにもきっちりと騎士道を身につけさせ、女性を敬わせるという、彼女の生き方そのものを指していると思います。

 最初の夫は、初め彼女に従っていましたが、やがて神を厚く信仰するあまり“Simple Taste”(日常のぜいたくをすべてやめ、ひたすら神に身を捧げる生き方)になってしまい、彼女にはなんとも味気ないものでした。2度目の結婚相手は彼女の趣味や生き方を高く評価してくれたし、何よりも、神をも恐れなかった彼女の愛する父親にそっくりでした。その夫に軟禁という仕打ちを受けてもなお、エレオノールが天国で待ち続けていたのは、ヘンリー2世だったのです。

 他の作品とは随分趣の異なる作品ですが、カニグズバーグの腕はいかんなく発揮されていると思います。特に主人公エレオノールを見ると、カニグズバーグは、こういう凛とした強い女性を描くのがとてもうまいと思います。(「ロールパンチームの作戦」のマークの母親ベッシーや、「Tバック戦争」のクロエの義理のおばさんに当たるバーナデッドを思い出しました)

 日本での出版に至らなかったのは、日本の子どもはヨーロッパの歴史へのなじみが薄いためでしょうか。邦訳されている作品の中にも、ミケランジェロや『マクベス』の魔女たちなどが登場して、カニグズバーグの知識の広さと深さに驚かされます。歴史の中から、彼女ならではの視点でもっともっといろいろな事件や人物を掘り出してきて、それを演出して見せてほしいと思うのは私だけではないはずです。

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