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やまねこ翻訳クラブ 資料室
さくまゆみこさんインタビュー


『月刊児童文学翻訳』2000年5月号より

【さくま ゆみこ さん】

  東京都生まれ。長年編集者・翻訳家として、数多くの子どもの本を送り出してきた。2年半前に出版社を退職し、現在はフリーの翻訳家として活躍中。玉川大学、同大学院、白百合女子大学で、児童文学の講師も務める。『もうひとつの「アンネの日記」』(アリソン・レスリー・ゴールド著/講談社)で産経児童出版文化大賞、『ゆき』(ユリ・シュルビッツ作/あすなろ書房)で日本絵本賞翻訳絵本賞を受賞。今年の3月には、イギリスの古典作品を紹介した著書『イギリス7つのファンタジーをめぐる旅』(メディアファクトリー)を出版した。

Q★編集者・翻訳家として子どもの本に関わるようになったきっかけは何ですか?

A☆就職した出版社で児童書の担当になったのがきっかけでした。大学の専攻が仏文学で、卒論にサン・テグジュペリの作品を取り上げていたので、児童書好きと思われたようです。実際にはサン・テグジュペリといっても、『星の王子さま』だけではなくいろいろなものを取り上げたので、どうして私が?という感じでした。でも、やっているうちに子どもの本がだんだんおもしろくなってきて……もう少し深く勉強をしたいと思い、3年後に退職してイギリスへ渡りました。一般家庭に下宿して、図書館や子どものいる場所をまわったり、カレッジの英文学のコースに通ったりして、3年9か月滞在。帰国後は別の出版社に勤めましたが、2年半前からはフリーで翻訳や編集の仕事をしています。


Q★さくまさんをひきつけた子どもの本の魅力とは何でしょう。

A☆子どもの本は一般書とくらべて流行にとらわれずに出版できる可能性が高いという点が、まずひとつですね。また、大学で仏文学のヌーボー・ロマン、アンチ・ロマンなどストーリー性が希薄な作品を読んでいましたので、ストーリーが前面に出ている子どもの本が新鮮でおもしろいと思いました。しかも、多くの一般書のようにあざとさがなく、冗長でもない。そういったところが魅力ですね。


Q★アフリカの作品を数多く翻訳されていますが、アフリカには以前から興味をお持ちだったのでしょうか。

A☆最初に興味を持ったのは音楽です。ジャズからブルース、そしてアフリカ音楽と聞いていき、アフリカそのものに心惹かれるようになりました。アフリカの作品にはじめて触れたのは大学のときです。当時は大学が荒れていて授業がなく、代わりに学生たちが自主講座を開いていました。そこで西アフリカの仏語圏の人たちが書いた文学を読み、ますます興味がわいたんです。それからイギリスでアフリカの昔話に出会ったのですが、これがものすごくおもしろかった! その頃はちょうど、語り継がれてきた話が消えてしまわないようにと、アフリカの人たちが本にまとめていた時期でした。ロンドンに来ていたアフリカの人たちに会って、いろいろな話を聞いたりもしました。反アパルトヘイトの運動に関わったこともあります。


Q★アパルトヘイト下の南アフリカを舞台にした『炎の鎖をつないで』(ビヴァリー・ナイドゥー作/偕成社)もさくまさんの翻訳ですね。このような社会の問題点を描いた作品も数多く手がけていらっしゃるようですが――。

A☆子どもの本が子どもに対して担う役割があるとするなら、子どもが自分で開けていくための「窓」を用意してやることだと思っています。日本は島国なので、まわりの国のことが伝わってきにくい。だから、子どもの視野を広げるために、社会問題を扱ったものから単純におもしろいものまで、いろんな窓を用意してやる必要があると思います。特に年齢の高い子どもたちには、社会問題を扱った作品もどんどん読んで、広い世界を知ってほしいですね。


Q★ただ、残念ながら子どもの本離れが問題になっていますね。

A☆編集者や翻訳家の人たちで集まって月に1回勉強会を開いているのですが、子どもの本に関わっている人たちはみな、子どもが本を読まないことに対して危機感を持っています。本を媒介として養われる想像力は、テレビやゲームなど他のメディアでは育たないと思うからです。どうすれば子どもが本をおもしろいと思うようになるのか、ちゃんと考えて工夫する必要がありますよね。

 大学の授業で大学生と一緒に本を読んでいて感じるのは、筋が起伏に富んでいる作品は好きでも、心情がじっくり描きこまれた作品――例えば『グリーンノウの子どもたち』や『のっぽのサラ』など――は苦手な人が増えたということです。でも、文学のおもしろさって内面のドラマにありますよね。豊かな世界を味わわないでいるのは本当にもったいない。そのドラマがおもしろいと思えるかどうかは、それまでの読書量に関係してくるので、小さな頃からもっともっと本を読んでほしいと思います。


Q★最近、ガアグの『スニッピーとスナッピー』(あすなろ書房)、ロジャンコフスキー『おおきなのはら』(光村教育図書)など古典的な絵本を翻訳されていますね。

A☆何年か前に、ミネソタ大学のカーラン・コレクションに収められているアメリカ黄金時代の絵本原画を見て、あの時代の絵本作家はやはりすごいとつくづく思いました。個人的にも大好きなんです。おもしろいから未訳の作品を探してみようと編集者と話すうちに、いくつかの作品の翻訳が実現しました。

 でも、古い作品だけにこだわっているわけではありません。それに絵本を一つの表現のジャンルと考えれば、読者は子どもに限りませんよね。編集者時代には、60代、80代といった方から読者カードが届いていたこともありました。これからは、高齢者が手に取る絵本があってもいいだろうし、子どもと大人の両方が重層的に楽しめる絵本があってもいい。とにかく古いものから新しいものまでまんべんなく目を配って、いい作品を探していきたいと思っています。

『スニッピーとスナッピー』表紙

Q★作品を探すときは、どのような点に注意すべきなのでしょうか。好き、というだけではだめでしょうし……学習者にとってはとても難しいことだと思うのですが。

A☆編集者時代は常に「良くて売れる」という二つの条件を満たした作品を探していました。今でも本を見るときにはその編集者時代の目で見ていますね。二つの条件を満たすのは難しいことではないかと思われそうですが、私は「良い作品はそこそこ売れる」という信念を持っています。「好き」ということに関してですが、自分がとても好きだと思う作品に対しては、少しひいて考えるようにしています。「好き」という感情が勝っているかもしれませんから。でも、最初は「この作品が好き!」でいいんじゃないでしょうか。それが一番だと思いますよ。


Q★ジャクリーン・ウッドソンの『レーナ』(理論社)は、持ちこみだったとうかがいましたが。

A☆出版社に勤めていたとき、エージェントから『レーナ』の原書を紹介されました。どうしても出したいと思ったのですが、諸事情から無理だったんです。それなら自分で訳して出そうと出版社をまわりましたが、行く先々で断られ続けました。出版までにずいぶん時間のかかった作品です。

 ウッドソンは困難な社会状況に向き合う子どもを描いていますが、大変さを前面に打ち出すのではなくリリカルに描いているところがいいと思います。


Q★最後に、翻訳家をめざしている読者にアドバイスをお願いします。

A☆大学院の翻訳コースの学生にいつも言っているのは、英語ができても翻訳はできないということです。だから、日本語が上手な人の小説やエッセイを読むことを薦めています。誰でもいいんですけど、例えば山本周五郎さん、井上ひさしさん、須賀敦子さん。瀬田貞二さんや永井淳さんなど、うまいなと思う人の訳文と原文を照らし合わせて読んでみるのもいいですね。瀬田さんは、訳文を見ても英文が想像できない。素晴らしい日本語だと思います。


★さくまさんの今後の出版予定★

 E・B・ホワイトの『スチュアート・リトルの大ぼうけん』『シャーロットの贈り物』(以上、あすなろ書房)、レイモンド・ブリッグズの新作絵本(小学館)、ジャクリーン・ウッドソンの3部作(ポプラ社)、エリック・キャンベルのアフリカゾウの物語(徳間書店)、ディック・キング=スミスの新作(講談社)など、他にもまだまだ目白押しだとのこと。楽しみです。                       

インタビュアー : 植村わらび

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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