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やまねこ翻訳クラブ 資料室
神戸万知さんインタビュー


『月刊児童文学翻訳』2005年2月号掲載記事のロングバージョンです。

【神戸 万知(ごうど まち)さん】
 1969年、東京生まれ。ニューヨーク州立大学プラッツバーグ校卒業。白百合女子大学大学院博士課程(児童文学)修了。評論、エッセイの執筆、童話の再話など翻訳以外でも幅広く活躍している。訳書に『四月の野球』(ギャリー・ソト作/理論社)、『おい、カエルくん!』(ピエト・フロブラー作/オリコン・エンタテインメント、「月刊児童文学翻訳」2005年2月号レビュー参照)などがある。

■神戸万知さん公式ウェブサイト
 「ピカピカな毎日」  

Q★やまねこ賞読み物部門で2作品が入賞しましたね。おめでとうございます。ご感想をお願いいたします。
A☆『アグリーガール』(ジョイス・キャロル・オーツ作/理論社)も『ロラおばちゃんがやってきた』(フーリア・アルバレス作/講談社)も、おもしろい本だと信じ翻訳した作品でした。日本の読者に受け入れられて嬉しいです。ありがとうございました。

(注)『ロラおばちゃんがやってきた』は「月刊児童文学翻訳」2004年6月号書評編にレビュー掲載

Q★2作品とも持ち込みから出版されたのでしょうか?
『アグリーガール』表紙画像
アグリーガール
ジョイス・キャロル・オーツ作
理論社
A☆『ロラおばちゃんがやってきた』は持ち込みでしたが、『アグリーガール』はリーディングで出会いました。どちらもそれぞれに魅力あふれる作品で、ぜひ出版すべきだと思いました。
アグリーガール』の作者ジョイス・キャロル・オーツは、ノーベル文学賞の候補にあがるほどの大作家です。文章がとてもうまく技巧的なので、いざ訳すとなると難しかったです。例えば、文体ですが、主人公のアーシュラが語る一人称体と、マット寄りに語られる三人称体が、章ごとに入れ替わります。でも、その描き分けが実に鮮やかで、なおかつ不自然でないのです。原文の流れを崩さずに日本語に再構築するのは大変でした。
 一方、フーリア・アルバレスや『四月の野球』のギャリー・ソトは、アメリカではヒスパニック文学の第一人者として知られていますが、日本では文化的になじみが薄いためか、訳書が1作も出ていませんでした。不安でしたが、出版されてみると、期待以上に幅広く受け入れられてほっとしました。
『ロラおばちゃんがやってきた』表紙画像
ロラおばちゃんがやってきた
フーリア・アルバレス作
講談社

Q★高校、大学とアメリカで留学生活を送られたそうですね。ヒスパニックの文化や文学との出会いについて教えてください。
A☆まず高校生の時、交換留学でオレゴン州に1年間滞在しました。メキシコからの移民など、ヒスパニックの住民が増え続けるカリフォルニア州に程近い土地だったので、学校でもチカーノ(メキシコ系)の友人が多かったです。実は、最初のうちは、メキシカンと呼ばれる人は皆メキシコ人なのかと思っていたのですが、あとになって日系、中国系と同じで、メキシコ系アメリカ人なのだと知りました。
 その後、ニューヨーク州の大学に入学し、スペイン語を専攻しました。授業では、多文化を扱ったアメリカ文学、例えばルドルフォ・アナヤなどの作品から、チカーノの文化も学んだのです。のちに『四月の野球』を原書で読んだ時、登場人物がみんなオレゴンで知り合ったチカーノの友達に見えました。「こんな子いたなあ」とか「誰かに似ているなあ」とか思え、とても懐かしい感じがしました。

Q★翻訳家になろうと思ったのはいつごろだったのでしょうか?
A☆日本に帰国してから、研究者になりたくて白百合女子大学の大学院に入学しました。児童文学を選んだのは、ただ、子どもの本が好きだったからでした。修士課程1年のとき、アーサー・ランサムの翻訳などで有名な神宮輝夫先生の翻訳ゼミを受講しました。その時先生から「児童文学の翻訳をやるつもりはありますか?」と聞かれたんです。先生は、私が研究者というよりも物書きになるタイプの人間だと見抜いていらしたようです。
 修士論文では、ギャリー・ソトを選びました。数多いソトの作品を一通り原書で読み、そのうちの何冊かを神宮先生のところに持って行ったところ、『四月の野球』の翻訳出版を勧めてくださいました。
四月の野球』が出版されたのは博士課程2年の4月でした。当時は翻訳に限らず、文学史、文学理論、作家ごとの各論など、児童文学を多方面で学んでいました。また、神宮先生監修のブックガイドの執筆にも参加させていただいたり、いろいろな活動で児童文学に関わったことが、今の翻訳の仕事につながっているように感じます。そのころ、編集者や作家などたくさんの方々と出会い、仕事をする上でのよい縁に恵まれました。

Q★では、これまでに訳された作品についてお伺いします。
 まず、オリコン・エンタテインメントから昨年出版された「世界の絵本」シリーズの4冊を翻訳されていますね。英語圏以外の国の絵本もありますが、翻訳に際し、ご苦労なさった点はありますか?
A☆「世界の絵本」シリーズは、2年ほど前に知り合いのオリコン関係者から企画への協力を求められ、参加しました。絵本の選定、翻訳にも全作で関わっています。
おい、カエルくん!』は南アフリカの絵本ですが、翻訳には英語版を使用しました。『シマウマのカミーラ』(マリサ・ヌーニェス文/オスカル・ビリャーン絵)はスペインの絵本ですが、原書の言語はスペイン北部の公用語であるガリシア語でした。日本にはガリシア語の辞書はないのですが、標準スペイン語のカスティーリャ語と文法がほぼ同じです。単語もカスティーリャ語とポルトガル語のどちらかと似ていますから、カスティーリャ語とポルトガル語の辞書を併用して訳しました。英語版も参照しましたが、ガリシア語版とでは文章が違うところがあり、少し戸惑いました。日本語版の訳文には両方のいいところを入れています。
『シマウマのカミーラ』表紙画像
シマウマのカミーラ
マリサ・ヌーニェス作
オスカル・ビリャーン絵

オリコン・エンタテインメント

Q★現在、「ドラゴン・スレイヤー・アカデミー」シリーズ(ケイト・マクミュラン作/岩崎書店)が好評刊行中ですね。このシリーズの出版の経緯を教えてください。
『ドラゴンたいじ一年生』表紙画像
ドラゴン・スレイヤー・アカデミー1
ドラゴンたいじ一年生

ケイト・マクミュラン作
舵真秀斗絵

岩崎書店
A☆「デルトラ・クエスト」シリーズ(エミリー・ロッダ作/岡田好恵訳/岩崎書店)の第1部が完結するころ、岩崎書店はこれに続く別のファンタジーのシリーズを探しているかも?と予測し、このシリーズを持ち込みました。そうしたら偶然にもエージェントも同じ本を用意していたんです。出版を積極的に検討したい、と編集者に言われ、その時はまだ原書の第2巻くらいまでしか読んでいなかったので、全巻読んでシノプシスを作りました。エージェントと私がほぼ同時に出版社に薦めたので、出版はすんなり決まりました。
 翻訳は、シリーズの世界観や「トントン・ギャグ」の形を最初に作らなければならなかったので、第1巻には特に時間をかけましたね。「おやじギャグ」なんて言葉も、児童書の中に使ってもいいものかとかなり悩みました(笑)。でも、この言葉はすでに子どもの世界に浸透しているようでしたので、使うことにしました。

Q★「デルトラ・クエスト」シリーズの作者、エミリー・ロッダさんが昨年来日されたとき、お会いになったそうですね。ロッダさんご自身の印象や、お話しされたときのエピソードがあれば教えてください。
A☆温かく気さくな方でした。ロッダさんが日本にいらしたとき、濃霧で飛行機がなかなか着陸できなかったそうです。疲れていらっしゃるはずなのにそんな顔は見せず、ホテルに着いて身支度だけするとすぐにサイン会場に出向き、集まった子どもたちひとりひとりに声をかけていた姿が印象的でした。
 お話をしたとき、「デルトラ・クエスト」の風景や風土がオーストラリアに重なるのは意識したからなのかと尋ねたら、とくに意識したわけではないけれど、自分の生まれ育った環境や風景が自然と創作世界に反映されることはあるだろうと答えられました。「リンの谷のローワン」シリーズ(さくまゆみこ訳/あすなろ書房)や「デルトラ・クエスト」シリーズなど、ロッダさんはご自分の生まれ育ったオーストラリアの風土をいかし、彼女ならではのファンタジー世界を創りだされたと思います。

Q★持ち込みから出版が実現した本が多いですね。持ち込みが成功する秘訣はありますか?
A☆出版社によって出版物の傾向やラインナップがあるので、それを熟考して持ち込む出版社を選んでいます。例えば、最近の訳書では『絵巻物語 フェアリーテイル』(バーリー・ドハティ作/ジェーン・レイ絵/原書房)が持ち込みから出版されました。原書房はカラーの図版が多い本を多数出版しているので、受け入れてもらえるかもしれないと思ったんです。
 ひとつの作品に入れ込みすぎて、返事を待ち続けるのはつらいので、自分で忘れるくらいにたくさん持ち込んでいます。出版が実現した本もありますが、実はだめだった方が圧倒的に多いんですよ(笑)。
『絵巻物語 フェアリー・テイル』表紙画像
絵巻物語 フェアリー・テイル
バーリー・ドハティ作
ジェーン・レイ絵
原書房

Q★お気に入りの作家や画家はどなたでしょう?
A☆作家ではギャリー・ソト、フーリア・アルバレス、画家ではジェーン・レイ、ロバート・イングペン……自分が携わった作家、画家は基本的にみんな好きです(笑)。木内達朗さんの、『ロラおばちゃんがやってきた』の原書PB版の表紙がとても気に入っていたので、邦訳でも表紙や挿絵を描いてくださることになったときは本当に嬉しかったですね。また、日本の作家では、佐藤さとるさん、柏葉幸子さん、末吉暁子さんが子どものころから好きでした。最近では森絵都さん、上橋菜穂子さん、野中柊さん、荻原規子さん、酒井駒子さんなどもよく読んでいます。

Q★今後のお仕事の予定を教えてください。
A☆翻訳では、全10巻の「ドラゴン・スレイヤー・アカデミー」シリーズが、2か月おきに2冊ずつ刊行されます。最新刊は3巻『お宝さがしのえんそく』、4巻『ウィリーのけっこん!?』で、1月末に発売されたばかりです。また、フレーベル館から『くまのプーさんシールブック』が、やはり1月末に発売されました。また、SFファンタジーのシリーズと、ディズニーのベッドタイム・ストーリーブックの翻訳も決まっています。
 翻訳以外では、月刊誌「小学1年生」(小学館)で、4月号からアンデルセン童話の再話を連載することになりました。今年は童話作家アンデルセンの生誕200年なので、それを記念する企画です。アンデルセンの童話は全部で150作以上あると言われていて、有名なものも多数ありますが、あまり聞かれないものもあります。そのような作品まで幅広く紹介できればいいなと思っています。

Q★最後に翻訳学習者にアドバイスをお願いいたします。
A☆とにかく、たくさん本を読まれることをお勧めします。翻訳は、そもそも他人の文章を別言語に移しかえる作業ですし、自分の守備範囲を超えたボキャブラリーが山ほどでてきます。いろいろな表現に対応するためにも、ことばをどんどん吸収して、表現の幅を拡げる努力が大切です。また、たくさん読んでいけば、出版社の傾向が分かります。持ち込みをするとき、出版社を選ぶことはとても重要です。
 そして何よりも、あきらめないで下さい。語学力も文章力も、根気との勝負というか、上達の手応えをなかなか感じにくいものですが、あきらめずに努力すれば、必ず実力はついてくるはずです。

取材・文/井原美穂
2005-2-15作成

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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