月刊児童文学翻訳 増刊号 No.3

゜・。☆・゜♪。・゜。◆ローレン・チャイルド特集号◆・。・゜♪・。・。☆。・

2002年5月31日発行(*2003年5月邦訳情報を追加)

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 1999年にデビュー作を発表して以来、わずか3年間に立て続けに8作を出版し、子どもたちに広く支持されている絵本作家、ローレン・チャイルド。この特集号では、ローレン・チャイルドの作品の魅力や特徴を、さまざまな角度から紹介します。


もくじ

I. レビュー集(原書出版順)
II. 木坂涼さんインタビュー
III. フレーベル館インタビュー


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I. レビュー集(原書出版順)
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【プロフィール】
 英国南西部の州、ウィルトシャーで育つ。2つのアート・スクールに在籍した後、家具造り、陶器のデザインなどさまざまな仕事を経験。その後、絵本の創作をはじめる。一見ラフな落書き風だが、パソコンを駆使してコラージュを多用したり活字を自由奔放に表現したりしている作風は、個性的でほかに類を見ない。
 2000年には英国のケイト・グリーナウェイ賞の次点に選ばれ、続く2001年には見事同賞を受賞した。また、スマーティーズ賞には1999年に銅賞に選ばれたほかさまざまな賞を受賞している。

【作品リスト】
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/c/lchild.htm

 ☆ "I Want a Pet" 『わたしペットをかいたいの』
 ★ "Clarice Bean, That's Me" 『あたし クラリス・ビーン』
 ★ "I Will Not Ever Never Eat a Tomato" 『ぜったいたべないからね』
 ☆ "My Uncle Is a Hunkle Says Clarice Bean" 『テッドおじさんとあたし クラリス・ビーン』
 ★ "Beware of the Storybook Wolves" 《未訳》 *編集部注:2003年1月に『こわがりハーブ えほんのオオカミにきをつけて』として邦訳が発行されました。
 ☆ "I Am Not Sleepy and I Will Not go to Bed" 『ぜったいねないからね』
 ☆ "My Dream Bed" 『ベッドがいっぱい』
 ☆ "What Planet Are You From, Clarice Bean" 《未訳》
 ☆ "That Pesky Rat"《未訳》 *編集部注:2003年3月に『ペットになりたいネズミ』として邦訳が発行されました。

 ★印のものは、「月刊児童文学翻訳」で既にレビューを紹介済みです。以下のレビュー集では、関連サイトのURLのみを掲載します。



『わたしペットをかいたいの』
ローレン・チャイルド作 中川ひろたか訳
PHP研究所 2001年8月 ISBN4-569-68298-7
"I Want a Pet" 1999

 不敵な笑みを浮かべた堂々たるたてがみのライオン。その顔をしげしげと見つめる、ネコの耳みたいな髪かざりをつけた女の子。その上の方にチョークかクレヨンで書いたようなタイトルは、『わたしペットをかいたいの』。えっ、まさか、ライオンを飼いたいっていうんじゃないでしょうね? 表紙にどっきりさせられながらページをめくると、どうやらこの女の子、何を飼おうかまだ迷っているらしい。
  女の子がペットを飼いたいといったら、ママもパパもおばあちゃんもおじいちゃんも、注文ばっかりつける。毛の長いのはいやだとか、外で飼えるのにしろだとか、いいたいほうだい。「で、あなたはいったい、なにがかいたいのよ」とママに聞かれて、女の子もいろいろ考えてみる。ライオンなんてどうかな、ヒツジもいいかな、それともオオカミにしようかな……。でも、どれも問題あり。もっと、ぴったりのペットを探さなきゃ。そしたら、ペットショップのおばさんが「ひとつこころあたりがある」だって。それはいったい、なんだろう?
 女の子が考えつくのは、ペットにしてはとんでもない生きものばかり。家族はなかなかうんといわず、女の子はますます頭を悩ませる。背景の色がページごとに違ったり、洋服の柄がいろいろな生きものの模様に変わったりするのは、女の子の迷いのあらわれのようだ。どんなペットを飼おうか考え中の人にとっては、この絵本が参考になるかも(?)。
 大胆な作風でいまをときめくチャイルドが、初めて世に送り出した絵本。他の作品とくらべるとちょっとおとなしく感じられるが、描線と発想のユニークさにはすでに光るものがある。作者の日本初上陸作品。

(須田直美)



★"Clarice Bean, That's Me"
Orchard Books 1999 ISBN 1-84121-029-3
『あたし クラリス・ビーン』(フレーベル館/木坂涼訳/2002年5月)

★この作品のレビューは、月刊児童文学翻訳2000年7月号に掲載済みです。
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2000/07b.htm#review2



★"I Will Not Ever Never Eat a Tomato"
Orchard Books 2000 ISBN 1-84121-397-7
『ぜったいたべないからね』(フレーベル館/木坂涼訳/2002年1月)

★この作品のレビューは、月刊児童文学翻訳2001年6月号に掲載済みです。
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2001/06b.htm



"My Uncle is a Hunkle says Clarice Bean"(UK版)
"Clarice Bean Guess Who's Babysitting?"(US版)
Orchard Books 2000 ISBN 1-84121-399-3
『テッドおじさんとあたし クラリス・ビーン』(フレーベル館/木坂涼訳/2002年6月)

 ママのお兄さんであるアーニーおじさんが怪我をして入院。ママはニューヨークまで看病に行くことになった。しかもパパも出張することに。さあ、困った。まだ小さいクラリスとミナルの面倒は誰が見る? お姉ちゃんもお兄ちゃんもいやだと言うし、おじいちゃんはちょっとボケ気味。ママの友だちはみな忙しく、とうとうママの弟、テッドおじさんに白羽の矢が立った。一抹の不安を抱きながらも、ママはニューヨークへ。最初の2日は平穏に過ぎたけど、この一家、それで終わるわけがない……。
 今回もクラリスの家はドタバタにぎやか。消防士として数々の修羅場をくぐってきたはずのテッドおじさんも手を焼くほど。そんな騒ぎの中に帰ってきても、涼しい顔をしているママってすごい。あれっ、だけどドーナツに滑って怪我をしたのはアーニーおじさんだし、カウボーイのまねごとをしては、やたらと物を壊すのは、テッドおじさんだし……。もしかしたらクラリスたちのお騒がせな性格はママの方の血筋かも?
 絵と文が互いを補い、引き立てあって1つの作品を作り上げるのが絵本の魅力だろう。だが、チャイルドの表現手段はそれだけにとどまらない。ストーリーに合わせて文字がぎゅうっと詰まったり、ぐるぐる渦巻いたりとぺージを縦横無尽に行き交っている。切り絵や写真がコラージュされ、ときには思いきりデフォルメされた絵は、大胆な構図と色使いで強烈な個性を放って目に飛び込んでくる。あまりの個性の強さに拒否反応を起こす人もいるかもしれないが、試しにちょっと読んでみて。友だちと長電話をするお姉ちゃんや、引きこもりのお兄ちゃん、やんちゃな弟などなど、登場人物は自分の周りにもいそうな人たちだ。日常起こりそうな出来事が、チャイルドの手にかかると、こんなにも面白おかしい事件になってしまう。笑えること請け合いだ。

(吉崎泰世)



★"Beware of the Storybook Wolves"
Hodder Children's Books 2000 ISBN 0-34077-915-2

『こわがりハーブ えほんのオオカミにきをつけて』(フレーベル館/中川千尋訳/2003年1月)

★この作品のレビューは、月刊児童文学翻訳2001年6月号に掲載済みです)。
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2001/06b.htm



『ぜったいねないからね』 木坂涼訳
フレーベル館 2002年1月 ISBN 4-557-02358-X
"I Am Not Sleepy and I Will Not go to Bed" 2001

『ぜったいたべないからね』で、なんとか妹ローラに夕ごはんを食べさせた兄のチャーリー。こんどはローラを寝かさなければならない。でも、それはとてもたいへんなこと。ローラときたらぬりえをしたり、フラフープをしたり、しゃべってばかりで、いつまでたっても寝ようとしない。「とりさんたちもねむったよ」とチャーリーがいっても、「あたしはとりじゃない!」の一言でかわしてしまう。「まよなかの13じになったって、げんきもりもりなの」と、眠くなったことなんてないといいはる。
 ある晩チャーリーはいいことを考えた。寝ないと、おやすみ前に飲む大好きないちごミルクが飲めないんだよ、といってみたのだ。するとローラはトラもいちごミルクをほしがるといいだした。歯みがきをさせようとすると、ライオンが歯ブラシをかじったというし、おふろにはいったらといえば、おふろにはクジラがいるからはいれないという。さてチャーリーがどう応じたかは、読んでからのお楽しみ。
 奇想天外なストーリー同様、写真や布をふんだんに使ったコラージュや絵も、作品の魅力のひとつだ。いちごミルクの写真はおいしそう。ローラたちの寝室には、さりげなく同じチャイルドの作品、『わたしペットをかいたいの』の絵が飾ってあって、思わずにやりとしてしまう。妹のとんでもない答えを聞いても、怒らずあわてず、辛抱強くつきあうチャーリーの、ちょっととぼけた表情がとてもかわいらしい。
 わたしもちょっと前までは、ふとんになかなか入らなかった自分の子どもに、いらいらしていたことを思い出す。チャーリーのように子どもの言葉に耳をかたむければ、眠りにつくまでの時間をもっと楽しめたかもしれない、とちょっぴり反省しつつ、こんな息子がほしい、と思ってしまった。

(竹内みどり)



『ベッドがいっぱい』 角野栄子訳
小学館 2001年12月 ISBN 4-09-727317-5
"My Dream Bed" 2001

 パジャマ姿の女の子が三日月に寝そべってすやすや眠っている表紙。どうやら仕掛け絵本らしい。はたしてどんな仕掛けが待っているかなと、ページをひらいて私はわっと驚いた。大きな木製のベッドがポーンと飛び出してきたからだ。真っ黒な背景のうえで、ベッドとパッチワークの上掛けの明るい配色がひきたっている。
 わくわくしながら、ページをめくっていくと、ベッドがある!ある! お花畑に、木の枝に、宇宙に……。どれも子どもたちが願いそうな空想のベッドだ。初めの期待を裏切られることなく、仕掛けもたっぷり施されている。木の葉の下に何が隠れている? ダイヤルをまわしてごらん、虫さんがお花の蜜を吸いにいくよ。語りかけながら動かしてみせれば、どの子も目を丸くして驚き、自分で試しては大喜びするだろう。ちょっと大きな子なら、不思議な仕掛けの仕組みが知りたくてたまらなくなるはず。
 でも、この作品が仕掛け絵本として特に際立っているのは、眠っている女の子の紙人形が銀のリボンで本につなげられていて、各ページのベッドの切り込みに差しこめるようになっていること。はじめに絵本を開いたとき、ベッドにはだれもいない。だから読者は自分の手で女の子を眠らせてあげるのだが、そのとき自分も夢の世界にもぐりこんだような心地を味わえるのだ。空想遊びが大好きな子は、夢中になって繰り返し遊ぶに違いない。
 ところで、海に浮かぶベッドのページでは、人魚が長い髪の毛をとかしている。そういえば、私は人魚に憧れていて、人魚ごっこをよくしたものだ。空想の世界へごく自然に遊びにいっていたあのころ。チャイルドはそんな子ども時代の柔らかい心を、ずっと持ち続けている大人なのだと思う。

(三緒由紀)



"What Planet Are You from, Clarice Bean?"《未訳》
『地球はだれのもの?』(仮題)
Orchard Books 2001 ISBN 1-84121-819-7
(このレビューは、US版 ISBN 0-76361-696-6 を参照して書かれています)

 ん? どうしちゃったの。クラリス一家が木の上に勢ぞろい! 近所の古い木が切り倒されると聞いて、あの引きこもりのお兄ちゃんが、木を守る運動を始めたのだ。ママによると、お兄ちゃんの突然の行動は、にきびと同じ、ホルモンの影響らしい。自然の摂理というわけか。自然といえば、クラリスも、すっかり環境保護に目覚めたのだ! ことの発端は学校で習った地球の話や環境問題。出された宿題は環境についてまとめること。だから、おにいちゃんの古木を守る運動は、宿題にもってこい。クラリスもポスターを作ってキャンペーンに参加した。
 クラリス一家は、今回も生き生きと、意志のままに行動する。そのちょっぴり風変わりな行動は、案外本質をついていたりする。本の知識だけが重要なの? 学校に行くことだけが勉強かしら? 自然って樹木以外にもたくさんあるのよ! あれも自然、これも自然と、ユーモアをまじえて見せてくれる。
 登場人物同様、コラージュも、写真も、イラストも、波打って踊る文字の列も、ページの中で自己主張。でも、それぞれが絶妙なバランスを保ちつつ、一つの全体を構成する。ページを彩る素材のように、絵本のテーマもエピソードも盛りだくさん。ちょっぴり皮肉のスパイスを効かせ、ユーモアたっぷりに見せてくれる。雑多なものが集まっているのに、嫌みがないのはなぜだろう。好き勝手にふるまっているのに、ほのぼのするのはなぜだろう。
 黒い表紙に、キラリとスパンコールが輝いている。絵本全体に、ローレン・チャイルドのセンスが光っている。

(高原昴)



"That Pesky Rat"
Orchard Books 2002 ISBN 1-84121-830-8

『ペットになりたいねずみ』(フレーベル館/木坂涼尋訳/2003年3月)

 ぼくは、ツンとした鼻とキラリと光るちっちゃい目をした茶色いネズミ。ぼくの家は、通りのゴミ箱の中さ。みんなからくさいっていわれるけど、汚いところに住んでいるんだからしょうがないでしょ。でも、ぼくも、だれかに飼われてみたいな。とはいえ、友だちのチンチラやネコたちの飼い主は一長一短。大事にされてもお風呂に入れられるのはいやだし、好き勝手に遊べるのはいいけど、ほっとかれっぱなしはつまんないし……。こうなったら自分で飼い主を探しちゃおう。ペットショップのおばさんと相談して、「かいぬしさがしてます」っていうポスターを作ったら、運のいいことにとってもナイスな飼い主が見つかったよ……。
 チャイルドの作品にはさまざまな動物が登場してきたが、主人公になったのはこの作品がはじめて。お世辞にもかわいいとはいえないネズミだが、チャイルド・マジックのおかげでチャーミングに見えるから不思議。飼われる前には、いろいろ注文をつけていても、いざ飼われてみるといっしょうけんめい飼い主に尽くす姿はけなげでかわいらしい。都会で飼われるペットの悲哀もそれとなく描かれていて、実に現代的な作品である。
 チャイルドお得意の写真や布のコラージュが満載され、あいかわらず文字も元気に踊っている。茶色い動物の毛の写真が使われているネズミは、とってもリアルで思わずなでてみたくなる。初期に出版された『わたしペットをかいたいの』の逆バージョンともいえるが、より大胆でユーモアあふれた内容になっている。

(横山和江)


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II.木坂涼さんインタビュー
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 やまねこ翻訳クラブでは、昨年7月から3か月間 "Clarice Bean, That's Me"(ローレン・チャイルド作)の全訳勉強会を行いました。この作品は、主人公クラリスを中心に個性的な家族が登場する楽しい絵本なのですが、いざ訳すとなると参加メンバーは産みの苦しみを味わいました。というのも、この絵本では活字が文字通り「踊っている」上に、内容も「飛んでいる」のです。なんとかそれらを捕まえて自然な日本語にしなければなりません。勉強会では、さまざまな解釈が飛び交ったものの、解決できずに残った部分もありました。その本が日本で翻訳出版されると聞いては、いてもたってもいられません。翻訳の裏話などをぜひお聞きしたい! 勉強会の有志が思い切って、一面識もない木坂さんにお手紙を差し上げたのです。こうして、この夢のようなインタビューが実現しました。
 インタビューでは、1月に木坂さん訳で出版された『ぜったいたべないからね』と『ぜったいねないからね』を中心にお話を伺いました(この時点ではクラリスはまだ編集作業中)。ローレン・チャイルドのファン5人が木坂さんを囲む、座談会形式で行ったインタビューは、チャイルドの作品同様、笑いの絶えない楽しいものでした。今回、その一端をお伝えできることをうれしく思います。また、お忙しい中快く取材に応じてくださった木坂さんに心より感謝いたします。

【木坂涼(きさか りょう)さん】

 1958年埼玉県生まれ。和光大学人文学部卒業。詩集、エッセイ集のほか、創作絵本、絵本の翻訳も多数手がけている。詩集『ツッツッと』(詩学社/1987)で第5回現代詩花椿賞受賞。詩集はほかに、『小さな表札』(思潮社/1993)や、『五つのエラーをさがせ!』(大日本図書/2000)などがある。訳書は、『ねずみの歯いしゃさんアフリカへいく』(ウィリアム・スタイグ作/セーラー出版/1995)『ようこそわたしのへやへ』(ヘレナ・ダールベック作/フレーベル館/1998)など多数。

【作品リスト】
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/rkisaka.htm

Q★詩人の木坂さんが翻訳のお仕事をなさるようになったきっかけは?

A☆1993年に、1月から12月までの、12か月それぞれの思いを描きながら、時というものは二度と戻らないというテーマで「カレンダーのはなし」(*)というカレンダー(私家版)を作ったんです。セーラー出版の高橋啓介さんがそれに目をとめてくださり、社長の小川悦子さんも見てくださったことがきっかけで、『ベンジャミンのふしぎなまくら』(ステファン・ポーリン作/セーラー出版/1994)を訳すお話をいただきました。その後、ウィリアム・スタイグの作品が続き、少しずつ翻訳の仕事が増えて今にいたっています(* 1999年に山口マオさんの絵を添えて『カレンダーのはなし』としてセーラー出版より刊行)。

Q★ローレン・チャイルドの作品とは、どのような形で出会われたのでしょうか。また、第一印象は?

A☆フレーベル館の鈴木さんから「時間ある?」といった感じで、少し急ぎの仕事として声がかかりました。拝見すると、絵がかわいいので、ひと目で気に入り、『ぜったいねないからね』と『ぜったいたべないからね』の2冊を担当することになりました。訳にとりかかって間もない頃、他の出版社の方から、「ぜひ木坂さんに訳してもらいたい本があったのですが、すでに版権が押さえられていて」といわれ、もしやと思ったら、それがローレン・チャイルドの本だったんです。そこへ、夫(詩人、絵本作家、『どんなきぶん?』の訳者でもあるアーサー・ビナードさん)も、「この本はお前にぴったりだ」と真顔でいうしで、どうもわたしはまわりから、主人公のローラやクラリスに近い生きものであると思われているらしい、ということが判明したんです(笑)。わたしとしては詩を書く身でもありますし、詩的な雰囲気の本とか、詩情あふれる絵本向き? と願望も込めて思っていたので、意外でした(笑)。
 ローレン・チャイルドの作品は、イラストと活字と内容が見事に一体化していて、それが迫力や存在感にもつながっている。現代社会に生きる登場者たちが、生き生きとユーモアをもって描かれているところなど、とても新鮮に感じました。絵の大胆さ、絵本作りの斬新さにも魅力があります。ごちゃごちゃしているようでいて、品を落としていない。新しい作家が出てきたなと思いました。

Q★翻訳する際難しかった点、逆に楽しかった点は?

A☆ローレン・チャイルド特有の凝った言葉遊びや造語などには参りました。『ぜったい〜』の場合、そのまま翻訳しても日本では通用しない箇所については、編集者と相談し、思い切って変更しています。造語の訳は、原文の単語、主人公の性格などと、にらめっこしながら考えました。字体やフォントの大きさなど、文字のデザインについては、日本語の作品としてより良いものとなるよう、デザイナーさん、編集者、わたし、みんなで模索しました。生意気だけど憎めない、そしてチャーミングでもある主人公たちに、口調を与える作業は、その人物になって考えるという、楽しい時間でもありました。

Q★ "Clarice Bean, That's Me" については、いかがですか?

A☆引きこもりのお兄さんや、おしゃれや男の子にばっかり熱心なお姉さんが出てきたりして、現代の家族を等身大で描いて成功している絵本だと思います。これまた新しい作品の登場じゃないかなと思いました。物語の始まり方は、映画の手法にみるようなプロローグだし、なにしろ描かれた世界がきれいごとになっていないところがいい。自我や家族への愛情がうまーく入っていて、賞に選ばれるなど高く評価されているのも頷けます。
 実は、『ヨセフのだいじなコート』(シムズ・タバック作/フレーベル館/2001)を訳し終えた後だったので、ローレン・チャイルドの絵をぱっと見たときには、あまりにもヨセフの持ち味と違っているので驚いたんです。というのも、『ヨセフ〜』も、ローレン・チャイルドの作品も、コラージュを多用した作品なんですが、『ヨセフ〜』の方は、一見しただけではコラージュとは分からないように描いている部分もあって、手書き部分と微妙に調和された遊びになっているんです。ところがローレン・チャイルドのコラージュは、激しく自己主張している。大違いなんです(笑)。まあ、それがこの本の魅力にも大きくかかわっているのですが……。また、登場人物がたくさんいて、口調や字体によってキャラクターを表現しなければならないので、翻訳作業は他の絵本の3〜4冊分は苦労しているぞ、と、編集者の前で、声を大にしていっています(笑)。編集者サイドも思いは同じで、クラリスのためにヘトヘトだ、という感じ。でも、それがまんざらでもないと思えるところが、「クラリス」の魅力なんです。かかわればかかわるほど、愛着が生まれるんです。
 この絵本を、翻訳勉強会の課題に選ばれたやまねこ翻訳クラブの皆さんは、目利きだし、チャレンジャーだなあと思いました(笑)。

Q★木坂さんの翻訳作業について教えてください。

A☆本格的な翻訳作業に入る前には、その作品にしっかり目を通さないようにしています。というのも、一番はじめに読んだ時の印象が、わたしにとって、とっておきのものになるからなんです。いざ、翻訳開始となったら、まっさらな自分になって絵本の世界に入ります。そうすると、原書が醸す微妙な世界、勢いや、澄んだ部分などを感じることが出来る。姿を持ちきれないこの「感じ」を得ることが、言葉の作業を進めて行く中で、とても大切なものになっていると思えるんです。
 訳文は、キーボードで入力するのではなく、必ず紙に書き出して考えます。原書をコピーし、原文の横に訳を書きちらし、それから訳文をワープロ入力します。印字し、見直し、印字し、の繰り返しののち、今度は訳文を原書にはりつけて、何度も読みます。活字が入り乱れているクラリスの場合は、切りはりもなかなかの作業で、ローレンさんを大変恨みました(笑)。でも、この作業を省略してしまうと、全体のバランスが見えないんです。

Q★お好きな作家・児童書を教えていただけますか。

A☆外遊びが好きで、子どものころ本に夢中になった覚えがないんです。児童書のコーナーに頻繁に足を運ぶようになったのは、30代に入ってからです。サスペンスもののように、事件が起こることで読み手をはらはらさせたり、次はどうなるのか、気持ちに揺さぶりをかけていくような作品はどちらかというと苦手です。わたしは、「何ごとも起こっていないような日常の中にも、起こっていることはある」という視点が踏まえられてある作品が好きです。そこに詩情が入りこんでいれば、それはもう、大切な一冊になります。

Q★創作や翻訳以外の活動もされているのでしょうか?

A☆保育園で読み聞かせをしたり、「今日だけ先生」として小学校で詩の先生になってみたりしています。子どもたちに自分の作品を読んでみたところ、同じ本を読んでも、年齢が上がるにつれ、自分の知識を加算して茶々入れをしてくるのがおもしろいですね。彼らの前に立って話をしたり、読んだりするのは緊張しますが、創作する身にとって、貴重な体験をさせてもらっています。 

Q★今後のご予定を教えてください

A☆コラージュや書き文字が多用され、口の中が学校になっている設定の『口を大きくあけて!〜歯の学校はこちらです〜』(ローリー・ケラー作/講談社)が出版されたところです。創作では、『ネコのナペレオン・ファミリー』(はたこうしろう絵/雑誌「おおきなポケット」7月号/福音館)が出ます(*)。9月に詩集絵本『きみがだいすき』(仮題)(ハンス&モニック・ハーヘン詩/マリット・テーンクヴィスト絵/野坂悦子・木坂涼共訳/金の星社)を予定しています。(* 6月現在は書店に並んでいます。)

Q★最後に、文芸翻訳家をめざす読者のみなさんに、ひとことお願いします。

A☆わたしは、辞書なしには一歩も先にすすめません。簡単な言葉でも辞書を引きます。幸運にも、夫が英語の「達人」なので、よき相談相手です。そして、なんといっても日本語。原書を理解できても、日本語の本として生かすも殺すも訳者次第だと思っています。原書殺害事故を起こさないよう気をつけましょう。

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――意識と無意識が交差する毎日の生活の中、わたしが文字化したものを読むことで、それまで過ごしてきた時間の中に何かがふりかかり、心や気持ちが動く。読者にそんな作用を起こせたらうれしいです――とおっしゃる木坂さん。なにげない日常をするどく観察し、独特の感性で詩を紡ぎだす木坂さんならではのお言葉だと思いました。お話し好きでころころ笑われるお姿を拝見し、参加者一同、作品だけでなくお人柄にもうっとりしてしまいました。すてきな時間をありがとうございました。

(取材・構成 横山和江)


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III.フレーベル館インタビュー
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 注目のローレン・チャイルドの訳書を今年に入って2冊同時に出版し、年内にさらに2冊の刊行を予定(*)している株式会社フレーベル館。ローレン・チャイルドを特集するに当たり、同社書籍編集部児童書・書籍編集主任の鈴木民子さんにフレーベル館の翻訳出版について、またローレン・チャイルドの魅力についてお話をうかがった(* うち1冊の『あたし クラリス・ビーン』は5月29日に刊行)。

●翻訳出版の歴史●

 1907年に幼児保育用品の研究製造販売会社として出発したフレーベル館(創業当時は「白丸屋」)は、1961年に株式会社トッパンの出版部門を合併、絵本の分野に進出した。その後、トッパンの紹介による翻訳作品をいくつか出したが、本格的に翻訳出版に乗り出したのは1981年のこと。『さみしがりやのロバ』(クリストファー・グレゴロスキー文/キャロリン・ブラウン絵/矢崎節夫訳)を皮切りに、主にボローニャブックフェアやエージェントから発掘した絵本を次々と紹介していった。同社のユニークな点は、それ以前から同ブックフェアに自社ブースをもち、日本の絵本を様々な国の言語に翻訳して紹介していたことである。翻訳出版の開始によって、ブースは海外書籍を日本に紹介するという、逆の流れの窓口ともなった。やがて1987年、『ウォーリーをさがせ!』(マーティン・ハンドフォード作/唐沢則幸訳)が出版された。これが数年後には空前の大ヒットとなり、翻訳出版事業の足元を固めた。


●出版傾向●

 全体的にみると、他社があまり扱わない個性の強い作品、しかけやビジュアル面での工夫といった絵本の利点を生かした作品、年齢に関係なく楽しめる作品を選ぶことが多い。また、作者のネームバリューよりは作品のおもしろさを重視している。最近の傾向としては「編集者自身がブックフェアなどに行くようになり、そこで見つけた絵本を翻訳する傾向が強くなっている。また読者にぜひみてほしいと思う作家を追いかけるなど感性を大切にした出版もふえてきている」(鈴木さん)。このように絵本を発掘する場はブックフェアが主となっているが、他にエージェントからの紹介、インターネットのオンライン書店上の情報、そして付き合いのある訳者からの紹介というケースもある。

●ローレン・チャイルドの絵本●

★「おもしろそう」という気持ちが出発点★
 ローレン・チャイルドの絵本とのつきあいも、「おもしろそう」という気持ちからはじまった。表紙の写真を見て興味をもった担当者が、実際にとりよせた本を一読して気に入り、即4冊の版権をおさえたという。「その後、わたしが担当を引き継いですぐ、契約したうちの "I Will Not Ever Never Eat a Tomato"がケイト・グリーナウェイ賞をとったので、早く出版しなくてはとあわてました(笑)」と、鈴木さん。しっとりとした絵本が好きだという鈴木さんにとって、チャイルドの型破りな手法は驚きだった。なにしろイラストやコラージュが秩序なくページをうめ、文字もイラストの一部と化してしまっているのだ。また、写真付きの献辞やわざとピントを甘くした扉のトマトの写真など、発想が常識の枠をこえている。

★ローレン・チャイルドの魅力★
 しかし、逆に言えば型にはまらないところがチャイルドの最大の魅力でもあると鈴木さんは考える。ユニークな表紙や色使い、大人も子どもも楽しめるユーモアなどチャイルドは新しい感性で、楽しい絵本を次々と発表している。その勢いが作品にもスピード感という形で反映されており、それがまさにこの時代の空気と合致しているという。

★訳者、編集者、デザイナーが三つ巴となって★
 ところが、鈴木さんが気になったことがひとつある。チャイルドの絵本は、イラスト同様ことばもくだけているということだ。チャイルドの語感を生かしながらも、日本語の美しさを大切にしたいと考えた鈴木さんは、訳を詩人である木坂涼さんに依頼することにした。木坂さんの詩や訳書に好感を持っていたし、以前一緒に仕事をしたこともあったためだ。文字をイラストの一部にしてしまうチャイルドの手法のおかげで翻訳作業は難航した。原書通りのレイアウトにおさめるために、文字の分量、単語をならべる順序などが制限されるからだ。仕上がった訳文は鈴木さんと木坂さんが、デザイナーの仕事を考慮しながらもう一度検討した。原文通りに訳したのでは構図のバランスが悪くなるというときには、おもいきって原文から離れた訳にしたこともある。訳文が決まると今度はデザイナーが原書にあわせてページの割り付けをし、デザイナーから戻ってきたレイアウトを元にまた鈴木さんと木坂さんが話し合うというやり取りが繰り返された。こうして三者がしっかりとスクラムを組みながら、あたかも絵本をもう一冊つくるような気持ちで取り組み、『ぜったいたべないからね』と『ぜったいねないからね』が生まれた。

●フレーベル館の訳に対する考え方●

「絵本をもう一冊つくるような気持ちで」という姿勢は、そのまま同社の翻訳に対する考えとも重なる。訳者が読んだ英語を自分の中でいったん消化して、日本語にしていく。それは、英語を日本語に置き換えるのではなく、別な絵本をつくる作業といってもいい。「もちろん、原文とそのイメージを重視した上で、それでもなおこの訳者の仕事だということがわかる訳が理想です」と鈴木さんはいう。また、読者は日本人であるということを強く意識し、日本語として楽しめる翻訳書ということを心がけている。文化の違いから理解できないユーモアを日本人にわかるように置き換えたり、タイトルも日本人にアピールするように変えたりすることもよくある。だから訳者のことばの豊かさが重視され、勢い木坂さんをはじめ歌人の穂村弘さん、俵万智さんといった方々に依頼することが多くなる。また同社には自分のことばで表現することに長けた、日本の絵本作家による訳書も多い。

●今後の出版予定●

 さて、今後のフレーベル館の出版予定だが、うれしいことにローレン・チャイルドの本がさらに数冊出版となる。また、おなじみ「ウォーリー」シリーズのポケット版などもこれから刊行される予定だ。また、今後は読み物にも力をいれていくということで、6月にはネズミの編集長ジェロニモ・スティルトンが様々な事件に巻き込まれるというシリーズ作品も出版となる。原書はイタリアの人気作品で、主人公のぬいぐるみも売られている。鈴木さんに見せていただいたぬいぐるみは、見る者を和ませてくれるジェロニモのネズミとなり(?)が感じられた。どんな話か楽しみだ。

*鈴木さんから、翻訳者を目指す皆さんへ*

 ただ訳すのではなく、訳者の特徴がでるようなことば選びをしてください。とはいっても、原書をないがしろにするのではなく、原文を生かしつつ、それを日本人の読み物として置き換える気持ちで訳してほしいのです。また、作品によりますが聞いていて心地よく、美しい日本語を使うことも大切です。

(取材・構成 大塚典子)

★フレーベル館ホームページ
 http://www.froebel-kan.co.jp/
★やまねこ翻訳クラブ作成 フレーベル館新刊情報
 http://www.litrans.net/maplestreet/p/froebel/index.htm


★編集後記★
HTML版もご覧になれます。以下のURLをクリックしてください。(か)
http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/plus/html/z03/
今秋にはクラリスが主人公の読み物も出版されるとか。ああ、早く読みたい〜(す)


発 行  やまねこ翻訳クラブ
発行人  河原まこ(やまねこ翻訳クラブ 会長)
企 画  河原まこ
編 集  横山和江
編集協力 大塚典子 須田直美 高原昴 竹内みどり 三緒由紀 吉崎泰世
     キャトル Chicoco ベス みーこ みるか YUU yoshiyu りり
協 力  @nifty 文芸翻訳フォーラム 小野仙内


・増刊号へのご意見・ご感想は mgzn@yamaneko.org までお願いします。

増刊号のトップページ 月刊児童文学翻訳 やまねこ翻訳クラブ

 


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