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Japanese Children's Books
日本語版

(夏)
編集部:einfo@yamaneko.org
2003年8月10日発行

English Version




目次

● 創作絵本
長く愛されてきた絵本
『せんたくかあちゃん』
新刊絵本
『まほうの夏』
作家フォーカス
木村裕一インタビュー
● ビジュアル

図鑑
『世界昆虫記』
● 出版界情報


最近の出版傾向





創作絵本

長く愛されてきた名作 suika


せんたくかあちゃん


『せんたくかあちゃん』

さとう わきこ さく・え 福音館書店 《こどものとも》傑作集 1978年
ISBN:4-8340-0897-5

 今日はいい天気。洗濯が大の大の大好きな母ちゃんはさっそく家中のものを洗い始めます。手始めにカーテン。それから家中のズボンにチョッキに靴下にパンツ、シーツに枕カバー。それで全部? いえいえ。洗濯されては大変と逃げ出した犬や猫、鳥小屋の鳥たち、一緒に逃げ出した下駄箱の靴や傘も、母ちゃんの「とまれ!」の一声でつかまって、たらいの中でごしごし洗われてしまいました。犬が食べようとしていたソーセージまで! 母ちゃんは庭から森まで縄を張りめぐらせ、洗濯物をどんどん干していきます。その眺めの壮観なこと、洋服や下着はもちろん、フライパンやお鍋、くつべらもほうきもテニスのラケットも、みーんな洗濯ばさみでとめられてぶらさがっています。あひるやカエルも、そしてなんと子どもたちまではだかんぼで干されてしまいました。それを見て、「へそがいっぱい干してあるぞ!」と喜んだのはかみなりさま。へそはかみなりさまの大好物なのです。ピカッ、バリバリバリッ、ものすごい音をたててかみなりさまが落ちてきましたが、母ちゃんはそんなことでうろたえたりしません。薄汚れたかみなりさまの首をつかんでたらいに放りこみ、これまたごしごし洗ってしまいます。これでめでたし、めでたし? いえいえ、もっと楽しいラストが用意されているんですよ。
 なんとも豪快でたくましく、何が来たってびくともしない。いつでもどーんと胸をたたいて「よしきた、まかしときい」と笑顔で言ってくれる母ちゃんはひとつの理想像でしょうか。大きな懐に包まれたような心地よさを胸いっぱいに感じさせてくれます。ダイナミックで愉快なストーリーは作者の持ち味であり、パワフルなおばあちゃんを主人公にした「ばばばあちゃんシリーズ」も子どもたちに大好評です。親しみやすい絵も人気の理由のひとつですが、『せんたくかあちゃん』では、どのページもさりげないユーモアにあふれ、見飽きない楽しさがあります。からっと晴れた夏の空のように爽快なこの絵本は長年愛され続け、昨年、24年ぶりに続編『くもりのちはれ せんたくかあちゃん』が出版されました。

佐藤和貴子(さとうわきこ)1937−
東京生まれ。本名武井和貴子。児童出版美術家連盟所属。子どもの文化研究所所員。長野県岡谷市と八ヶ岳で「小さな絵本美術館」主宰。デザインを学び、一時その仕事に従事、子どものためのイラストレーションに興味を持つ。『とりかえっこ』で第1回絵本にっぽん賞を受賞。ほかに『ちいさいねずみ』『おつかい』など作品多数。「ばばばあちゃんのおはなし」シリーズとして『いそがしいよる』『すいかのたね』『あめふり』などがある。長野県在住。

《こどものとも》傑作集
 絵本「こどものとも」は福音館書店から出版されている月刊誌で、良質の絵本をペーパーバックで安価に提供している。10ヶ月〜2才、2才〜4才、4才〜5才、5才〜6才向きと、年齢別に4種類を発行。中川李枝子「ぐりとぐらシリーズ」をはじめ、人気のあった号は「傑作集」としてハードカバー絵本になっている。


(杉本 江美)
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おに



「母ちゃん」と日本女性像



 フジヤマ、ゲイシャ、サムライ――日本がいまだにこんなイメージで語られるのを聞くことがあります。では、日本女性といえば? 海外でそう尋ねると、やはり今も「小柄でやさしく、従順で自己主張しない」という昔ながらの答えが返ってくるようです。このイメージはオペラ「マダム・バタフライ」や「ミカド」で描かれた「ゲイシャ」の姿に大いに影響を受けているのだとか。

 たしかに日本では伝統的におくゆかしさや慎ましさが女性の美徳とされてきました。また、ことに近代の家父長制の下では、女性の発言権が抑えられていた時代があったのも事実です。が、そんな時代にも庶民の家庭では「母ちゃん」は大きな存在感を持っていました。「母ちゃん」は一家を支える大事な労働力であり、生活をきりもりする力強くも頼もしい存在であり、何より家族の心のよりどころでありました。そんな強さというのも、実は神話時代から連綿と受け継がれてきた日本女性の特質なのです。一見「大和なでしこ」とは正反対の「母ちゃん」ですが、これも古くから日本人の心をとらえてきた理想の女性像のひとつ。庶民的で、明るく、強く、おおらかで温かい「母ちゃん」に、私たち日本人は自然と懐かしさを感じます。いえ、もしかしたら、そういう母親像の理想は万国共通のものかもしれませんね。 











  新刊絵本

魔法の夏


『まほうの

藤原一枝・はたこうしろう 作 はたこうしろう 絵 岩崎書店 2002年
ISBN:4-265-03472-1


 日本の小学生の夏休みは比較的短いといわれている。それでも約1ヵ月半も学校がない。これはやっぱり長い休みだ。そして都会のかぎっ子にとっては、少々長すぎると感じる時もあるのかもしれない……。

 せっかくの夏休み、ぼくと弟は毎日学校のプールにいって、テレビゲームをして、麦茶をごくごく飲む。毎日毎日、こればっか。お父さんもお母さんも仕事があるから、昼間はふたりで留守番なんだ。ドアにチェーンをかけてね。
 そんなある日、舞い込んできた1枚の葉書。いなかのおじさんの「あそびに来んのか」の一言は退屈な生活からぼくらを救う魔法の呪文だ。イヤッホー! 本当の夏休みが始まるぞ。

 飛行機は一路真っ青な空を行く。もくもくわいた入道雲を飛び越えて。
 迎えにきてくれたのはおばあちゃん。おじさんはおばあちゃんといっしょに住んでいるんだ。理容士のおじさんの店に向かう途中、会う人みんなが「お母さん元気?」と声をかけてきた。みんながぼくたちのことを知ってるみたい。やがて赤、青、白のしましまのサインが見えてきた。店の前の朝顔のつるが、2階に届きそうな勢いでのびている。迎えに出てきたおじさんは、ぼくらをみて「白いなぁ、これじゃダメだと」といった。それからなんと、ぼくらの髪をころころにかってしまった。
 ぼくらはすぐに土地の子と友達になった。みんな真っ黒だなぁ。せみの声が耳に痛い山の中、木にのぼり、魚をとる。ぼくと弟はみんなについていくのがやっとだ。蚊にさされ、川に何度も落ちて、なんだか辛くなってきた。弟が泣き出す。と、その時、ザーと夕立がおちてきた。うわあ、天然のシャワーだ。雨の中で跳ね回ったら、なんだかとっても気持ちがよくなった。どろどろで帰ったぼくらを待っていたのは、あったかいお風呂とみんなで食べる夕ごはん。採れたての野菜はなんてうまいんだ。その夜は、疲れてぐっすりと眠った。毎日、外で遊んで、食べて、眠る。仕事の合間におじさんが、海水浴や釣りにつれて行ってくれる。プールよりずっと大きな海であきるまで泳いだ。イワシを200匹も釣った。ああ、毎日が楽しい。2学期もここにいたいよ。だけどある晩、弟が……。

 まさに直球を投げつけられたという印象の絵本だ。蚊取り線香にスイカの種飛ばし、線香花火、駄菓子屋の軒先にあるアイスクリーム用冷凍庫……。この絵本の「いなか」に限らない。現在の30代以上の世代ならみな体験してきただろう、日本の夏がぎゅっと詰まっている。そう、今は都会と呼ばれるところも、昔はこんな場所だったのだ。ゆっくり流れる時間――それは仕事を持っている大人だって子どもに声をかけられる、それぐらいの速度だ。暑い夏に自然の涼を与えてくれる森もあった。みんなが知り合いのようなものだから、子どもは安心して自分たちだけの遊びをひろげていける。夏の長い一日に、日暮し頭と体を動かして、おなかがすいてパクパク食べる、よく眠る。
 いなかに行くことで、この兄弟はそんな古きよき時代にタイムスリップすることができた。はたこうしろうが描く兄弟の顔は、下書きの線をのこして水彩で淡い肌色をつけてある。その顔が、ページが進むにつれ、だんだん茶色くなっていく。鉛筆でちょんちょんとつけただけのようだった目、鼻、口にも、やがて生き生きとした表情が見えてくる。お日様の光と、自然の風と、大人の温かい目をいっぱいに受けて、真っ黒で硬い筋肉の子が二丁あがりというわけだ。
 この絵本を現代の大人のノスタルジーと、一言でかたづけてしまうのは簡単だ。だが、懐かしむだけでなく、現役小学生にも可能な限り伝えていけたらと願う。日本人の心に残る「まほうの夏」を。 

藤原一枝(ふじわら かずえ)1945-
愛媛県・松山市生まれ。小児脳神経外科医を長く勤める。1999年より藤原QOL研究所代表となり、仕事の重点を慢性疾病患者の生活の質の向上に移す。同時に執筆活動も始める。著書に『おしゃべりな診察室』(講談社)など。絵本『雪のかえりみち』(はたこうしろう絵/岩崎書店)では平成13年度児童福祉文化賞を受賞している。

はた こうしろう 1963-
兵庫県西宮市生まれ。装丁に挿絵に、そして絵本にと大活躍のイラストレーター。文も絵も手がけた絵本に『どうぶつなんびき?』(ポプラ社)などがある。また、『ちいさくなったパパ』、『うそつきの天才』(共に小峰書店)などウルフ・スタルクの作品をはじめ、日本と海外の様々な作家の作品に挿絵を提供している。

                                  (大塚典子)
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 ビジュアル

写真図鑑


INSECTS



世界昆虫記 Insects on Earth

今森光彦 福音館書店 1994


 都会では、身の周りに虫を見ることも少なくなった。デパートやスーパーで、ケースに入った虫が売られるようになって久しい。世の中は物騒になり、昔のように子どもたちだけで夜中に昆虫採集に行くなんて、とてもじゃないが難しい。でも、ムシ好きの子どもが絶滅することはないだろう。たとえば、こんな図鑑をみて、目を輝かせる子どもがいる限り。
 ムシ好きなうちの息子の、6歳の誕生祝いとして贈ったのがこの本だ。あれから数年たつが、今でも折にふれ、彼は大きなこの本を広げ、見入っている。同じ写真家が日本の昆虫を撮った『昆虫記』(フランス、ドイツで翻訳出版あり)とは違い、この本には彼が直接知っているムシはほとんどいない。遠い国の、見たこともないムシ。妖しい花。鮮やかな蝶。ユニークな背模様の甲虫。さまざまな環境を生き抜いていく昆虫たちの、奇跡のようにも思える知恵のかずかず。鮮明なカラー写真が無言のうちに語り、簡潔な説明文が、そっと手助けをしてくれる。
 この1冊におさめられた写真は、昆虫に魅せられた写真家、今森氏が20年近くにわたって世界中で撮った写真から選ばれたもの。写真の良し悪しを詳しく語るだけの専門知識をわたしはもたないが、どれもが選び抜かれた写真であることは容易に想像がつく。非常にめずらしい一瞬をとらえた写真、長い時間をかけた連続写真。写真家の苦労がそこここにしのばれる。だが同時に、写真家の喜びも一緒に味わえるような気がする。溶けるような夕陽をバックにシルエットとなって浮かび上がるセスジツユムシや、メスバチに擬態した官能的な花をさかせるハンマーオーキッドの写真などには、はっと息をのむ。芸術写真としても最高だ。
 素人目にも信頼のおけるしっかりした編集、贅沢なカラー写真。このカラー印刷の質は、日本の技術の高さとして誇っていいだろう。児童むけの他の図鑑より少し値段は張るが、内容を思えば安いものだ。子どもにだからこそ、本物を選びたい。説明文には振り仮名を多く配して、低学年でも読めるように配慮してあるが、内容は幼稚なものではなく、かなり高度である。興味のある子なら、これくらいの説明文は読みこなすし、部分的に意味がわからなくても食いついていけるはず。科学への探究心は、そんなところからも育つだろう。
 昆虫の写真を見ていると、その背景の葉っぱに、森に、自然に、世界の国々に、そこに住む人々にと、思いはどんどん広がる。この本の要所要所には、各国の暮らしぶりや子どもたちの笑顔をとらえた写真もおさめられていて、その思いをいっそう強く誘う。小さな小さな命が、大きな世界の中でせいいっぱい生きていることが、理屈ぬきで心にしみてくる。きびしく、平等で、広大な世界。わたしの小さな息子も、いつかその世界にふみだしていくだろう。そのとき彼の心に、小さなものをおろそかにしない細やかさと、大きなものに対峙する強さがありますように。

 ★ ★ ★

 この福音館のシリーズでは、他にも『野鳥記』『海中記』など、良質の写真図鑑が数多く出ている。どれも、この本同様、写真だけでも大きなインパクトをもち、広い年代にアピールする本だ。
 また、この図鑑を手がけた今森氏は、近年すぐれた写真絵本も出している。「やあ!出会えたね」シリーズ(アリス館)の『ダンゴムシ』『カマキリ』は、子どもの身近に今でもいるムシをとりあげて、思いがけない構図で、初めて見る姿を紹介している。珍しい昆虫でなくても、見方によって新しい出会いがあることを教えてくれる、今までにないシリーズだ。このシリーズに添えられた説明文は素朴で平易。写真家の好奇心の純粋さをより直裁に伝えている。くっきりと鮮やかな写真のすばらしさは言うまでもない。

今森光彦(1954-)
 滋賀県生まれ。住居近くの琵琶湖周辺の身近な自然を写真で追う一方、世界各地を訪れて写真におさめる。一貫して、昆虫とそれに関わる自然、人間をテーマに取材を重ねている。多くの写真集、写真絵本のほか、『里山の少年』(新潮社)などのエッセイもあり。
(菊池 由美)
hotaru 注釈: 里山ならびに今森さんの美しい作品に親しんでいただく機会として、下記サイト(英語)をぜひご覧ください。本書の帯に推薦文を添えていらっしゃる有名なイギリスの映像プロデューサー、自然誌学者、動物学者である、デビッド・アッテンボロー卿のナレーションによるPBSの番組NOVAで取り上げられた日本の情景や里山について詳しく掲載されています。
NOVA program: "Japan's Secret Garden" および関連ウェブサイト

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出版界情報


最近の出版傾向

  海外作品編については、『月刊児童文学翻訳』5月号情報編の特別企画記事をご参照ください。

日本の創作物も少し紹介してみる。
 2月に待望の上橋菜穂子氏の「守り人」シリーズの新刊2冊、『神の守り人(来訪編)』『神の守り人(帰還編)』(偕成社)が同時発売された。文化人類学者である作者は、フィールドワークでの経験をファンタジーの世界に注ぎ、その世界を紡いでいる。精霊界と人間との交わりを描くこのシリーズは、子どもたちならず、大人の読者も広げている。「DIVE!」シリーズ4巻(森絵都作/講談社)も“飛び込み”という、一見マイナーなスポーツを物語に熱く取り入れた作品。手に汗にぎる爽快な友情物語が展開されている。
 絵本では、新刊はなかなか出ないが、おそらく続編を楽しみに待ってる読者が多い作品とくれば、文溪堂の「バム・ケロ」シリーズ(島田ゆか作)。緻密に描き込まれた、愛らしいキャラクター、バム(おそらく犬)とケロ(カエル)は、とぼけた笑いを多いに誘う。ぬいぐるみやカレンダーなどのグッズも豊富になってきている。
 写真絵本として人気が高まっているのは、アリス館からでている「やあ!出会えたね」シリーズ。本誌のレビューにも登場する今森光彦氏の作品だ。ダンゴムシやカマキリという、日常よく目にする虫の違って一面を見せてくれる。今森氏の文章も、虫に寄り添っていて読み聞かせにも楽しめる。

(林 さかな)



本号公開時に取り上げておりました作品のひとつについて、
諸事情により2003年12月にレビュー掲載をとりやめさせていただきました。
関係者のみなさまにご迷惑をおかけいたしましたことを、心よりお詫び申し上げます。


 (編集後記)


この夏号より編集に参加させていただきました。日本各地で天候不順が続くことになった今年、このウェブマガジンでみなさまに夏の空気を届けることができればと願います。夏が大すきなわたしは、どれほど暑くても窓を締め切って冷房の空気に当たるなんてもったいないことはしません。開け放った窓から、ときおり吹き抜ける風を感じ、炎天下で元気に遊ぶ子ども達の声を聞きながらの編集作業となりました。しかし夜には虫もいっぱい入ってくる……。それもまた夏ですね。(も)





発 行
やまねこ翻訳クラブ
発行人
西薗房枝(やまねこ翻訳クラブ 会長)
企 画
やまねこ翻訳クラブ スタッフ並びに有志メンバー
編 集 池上小湖 森久里子
編集協力
赤塚京子 大塚典子 河原まこ 菊池由美 杉本江美 高橋めい 
竹内みどり 西薗房枝 林さかな 三緒由紀 リー玲子 柳田利枝
協 力
出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内

   

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