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月刊児童文学翻訳

─2002年11月号(No. 45 書評編)─

※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版>
http://www.yamaneko.org/mgzn/
編集部:mgzn@yamaneko.org
2002年11月15日発行 配信数 2,620


「どんぐりとやまねこ」

     M E N U

◎賞情報
2002年 カナダ総督文学賞発表

◎注目の本(邦訳絵本)
『ナイトシミー 元気になる魔法』 グエン・ストラウス文/アンソニー・ブラウン絵

◎注目の本(邦訳読み物)
『エルフギフト(上)復讐のちかい/(下)裏切りの剣』 スーザン・プライス作

◎特集
2002年 ガーディアン賞受賞作・候補作レビュー

●注目の本(未訳読み物)
"Thursday's Child" ソーニャ・ハートネット作
"Warehouse" キース・グレイ作
"Dark Horse" マーカス・セジウィック作

◎子どもに語る
第2回 子どもの心に響くお話選びを



賞情報

―― 2002年 カナダ総督文学賞発表 ――

 11月12日、カナダ総督文学賞が発表となった。この賞は1936年にカナダ作家協会(The Canadian Authors Association)によって創設され、カナダ国籍または永住権を持つ作家・画家が対象となる。授賞式は19日。児童書に関連する2部門(英語)の受賞作は以下の通り。

Governor-General's Awards for Children's Literature Text and Illustration

★物語(Text)

"True Confessions of a Heartless Girl by Martha Brooks (Groundwood Books)

★絵(Illustration)

"Alphabeasts" illustrated by Wallace Edwards, text by Wallace Edwards (Kids Can Press)


 受賞作はいずれも未訳。物語部門で候補に挙がった以下の2作品については邦訳が出版、あるいは出版予定。共に戦争に翻弄された少女を描いたもの。『ハンナのかばん』には、日本人女性が中心人物として登場し、今年夏、日本で写真展も行われた。

"Parvana's Journey" by Deborah Ellis

(来春さ・え・ら書房より刊行予定。
『生きのびるために』(デボラ・エリス作/もりうちすみこ訳)
の続編にあたる。)

『生きのびるために』表紙
"Hana's Suitcase" by Karen Levine

『ハンナのかばん―アウシュビッツからのメッセージ』
カレン・レビン作
石岡史子訳
ポプラ社
『ハンナのかばん―アウシュビッツからのメッセージ』表紙


【参考】

◇この賞を主催するカナダ・カウンシルの発表記事

◆カナダ総督文学賞について(本誌情報編1999年12月号「世界の児童文学賞」)

◇候補作(英語)について(やまねこ翻訳クラブ「速報(海外児童文学賞)」)

(西薗房枝)



2002年 カナダ総督文学賞発表   『ナイトシミー 元気になる魔法』   『エルフギフト(上)復讐のちかい/(下)裏切りの剣』   "Thursday's Child"   "Warehouse"   "Dark Horse"   子どもに語る(子どもの心に響くお話選びを)   MENU


注目の本(邦訳絵本)

―― 心の扉はすこしずつ…… ――


『ナイトシミー 元気になる魔法』表紙 『ナイトシミー 元気になる魔法』
グエン・ストラウス文/アンソニー・ブラウン絵/灰島かり訳
平凡社 本体1,500円 2002.07 32ページ

"The Night Shimmy"
by Gwen Strauss, illustrations by Anthony Browne
Julia MacRae Books, 1991


 エリックは、みんなから「だんまりおばけ」とよばれている。しゃべる必要なんてない。だって、エリックには、自分だけに見える秘密の友だちナイトシミーがいるのだから。ナイトシミーは、エリックのかわりにしゃべってくれる。おもしろい本も教えてくれるし、こわい夢も追い払ってくれる。彼さえいればだいじょうぶ。

 けれど、エリックにはちょっと気になる女の子がいた。マーシャだ。エリックがしゃべらなくても気にしないし、うるさく質問したりもしない。ある日、ふたりは木登りや凧上げをして日が暮れるまで遊んだ。エリックは、その晩、苦手な豆も残さず食べ、こわい夢も見なかった。だが、翌朝、目が覚めるとナイトシミーがどこにもいない。エリックの気持ちはすっかりふさいでしまうのだった。


「空想の友だち」を支えに、自分の世界にこもる少年の物語。エリックはナイトシミーの存在に助けられながら、徐々に自分の殻から抜け出ようとする。殻を破るときにはパワーがいるし摩擦もある。殻破りのエネルギー(葛藤)をまざまざと描出する作品だ。洗練されたストーリー構成と、それを際立たせた翻訳も魅力的。はじめて遊んだ日、マーシャが「バイバイ」といってふたりは別れる。次の日はエリックが「バイバイ」といって別れる。そして次に「バイバイ」と告げるのは……。エリックが心を開いてマーシャとおしゃべりを楽しんだあと、「シー、しゃべっちゃだめ」と沈黙する場面があるのもおもしろい。そう、だんまりが必要なときだってあるんだよね、エリックくん。

 画家のアンソニー・ブラウンはこの作品でも戦略的だ。絵は黒地のページにフレームをとって描かれている。そのフレームがエリックの心の開放とともに拡大し、ついには全面に広がる。ときにはブルーに、ときにはグレーに、エリックの揺れ動く心情に共鳴する色使いも巧みだ。壁の絵やポットの口、ベッドの脇にさりげなく置かれたりんごの芯など、細かいところでも楽しませてくれる。ブラウンの代名詞ともいえる動物が燕尾服でちゃっかり出演しているのも見逃せない。

 エリックとマーシャの仲をとりもつ「凧」の意匠は〈おしゃべり〉の象徴で、この物語には要の存在だ。表紙に描かれた街並みのシルエットに、何かが潜んでいませんか。


(野木富夫)

【文】グエン・ストラウス(Gwen Strauss)
ハイチ生まれの女流詩人。多数の詩やエッセーなどを手がけている。アンソニー・ブラウンとの共作には、『ナイトシミー』のほか、おとぎ話を題材にした詩集 "Trail of Stones"(1990年、未訳)がある。

【絵】アンソニー・ブラウン(Anthony Browne)
イギリスを代表する絵本作家。ケイト・グリーナウェイ賞(1983年、92年)、国際アンデルセン賞画家賞(2000年)などを受賞。最近の邦訳絵本には、『ウィリーの絵』(なかがわちひろ訳/ポプラ社)、『どうぶつゆうえんち』(かがわけいこ訳/大日本絵画)、『こうえんで…4つのお話』(久山太市訳/評論社)などがある。

【訳】灰島かり(はいじま かり)
国際基督教大学卒業。情報誌の編集やコピーライターを経験したのち、イギリスの大学院で児童文学を学ぶ。最近の訳書に『ケルトとローマの息子』(ローズマリー・サトクリフ著/ほるぷ出版)、『へそまがり昔ばなし』(ロアルド・ダール著/評論社)、『さびしがりやのドラゴンたち』(シェリー・ムーア・トーマス文/ジェニファー・プレカス絵/評論社)などがある。


【参考】
◇「空想の友だち」を扱った邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ データベース)


2002年 カナダ総督文学賞発表   『ナイトシミー 元気になる魔法』   『エルフギフト(上)復讐のちかい/(下)裏切りの剣』   "Thursday's Child"   "Warehouse"   "Dark Horse"   子どもに語る(子どもの心に響くお話選びを)   MENU


注目の本(邦訳読み物)

―― 運命の女神が織りあげた血まみれのつづれ織 ――


『エルフギフト上 復讐のちかい』表紙 『エルフギフト上 復讐のちかい』
ポプラ社 本体1,500円 2002.7 301ページ

『エルフギフト下 裏切りの剣』
ポプラ社 本体1,600円 2002.7 390ページ

スーザン・プライス作/金原瑞人訳
"Elfgift" Scholastic Limited, 1995
"Elfking" Scholastic Limited, 1996
by Susan Price

『エルフギフト下 裏切りの剣』表紙

 南イングランドにあるサクソン人の王国。ゲルマンの神々を信じる王が死の間際に指名した後継ぎは、エルフとの間に生まれた〈私生児〉エルフギフトだった。キリスト教徒である3人の王子たちはエルフギフトの即位を阻もうとする。そこで2番目の王子ハンティングが、エルフギフトの暮らしている農場を襲い人びとを皆殺しにした。留守で難を逃れたエルフギフトは、《女戦士》ワルキューレの助言をうけて、ハンティングの軍を全滅させた。残る2人の王子に対して復讐を誓ったエルフギフトは、ワルキューレに母の国、異界へと導かれ、戦士としての術を身につける。

 一方、末弟ウルフウィアードは、兄の敵をうつために、キリスト教徒でありながら異界へと旅立つ。ウルフウィアードが初めて見る異母兄エルフギフトは、驚いたことに自分と瓜ふたつの容貌だった。ふたりの前でワルキューレは、血にまみれた手で未来のつづら織を織る。そこに織り込まれた両者の運命は……。

 ゲルマン神話の神々、オーディンやワルキューレは、人間の生死を決める力を持っている。この忘れられつつある神々が、キリスト教が伝わり始めたサクソン人の国の人びとに、圧倒的な力をみせつけた。人間たちは愛と憎しみに駆りたてられ、神が定めた運命に必死にあらがおうとする。戦士となったエルフギフトに、ワルキューレは〈オーディンの約束〉という名の剣を与えた。勝利を約束するが、その約束は最後には破られ死をまねくという代物だ。〈裏切りの神〉でもあるオーディンを信奉する者は、いつか勝利の約束が破られることも受け入れなければならない。死に対する恐怖、神に対する畏れ、敵を憎み殺したいといった負の感情を、プライスは力強い筆力で描く。登場人物たちの恐怖の叫びが聞こえてくるようだ。

 宗教の対立は、同時に兄弟の対立でもある。ともに暮らしてきた長兄を信頼するウルフウィアードだが、命を助けてくれたエルフギフトにもまた、心を寄せていく。両者の間でゆれ動くウルフウィアードの苦悩が痛々しい。半妖であるエルフギフトは、時に冷酷な行動をとり共感しにくいが、運命に立ち向かおうとする姿には心ひかれる。予想を次々と裏切って進む物語は、読み出したら止まらない。


(竹内みどり)

【作】スーザン・プライス(Susan Price)
イギリス生まれ。14歳のときに、短編小説コンクールで入賞。1987年に『ゴースト・ドラム 北の魔法の物語』(金原瑞人訳/福武書店)でカーネギー賞を、1999年に "The Sterkarm Handshake"(東京創元社より邦訳刊行予定)でガーディアン賞を受賞。ファンタジーとホラーの分野で活躍。

【訳】金原瑞人(かねはら みずひと)
今月号本誌情報編「特集」参照。


【参考】
◇スーザン・プライス作品リスト(やまねこ翻訳クラブ データベース)
◆スーザン・プライス邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ データベース)


2002年 カナダ総督文学賞発表   『ナイトシミー 元気になる魔法』   『エルフギフト(上)復讐のちかい/(下)裏切りの剣』   "Thursday's Child"   "Warehouse"   "Dark Horse"   子どもに語る(子どもの心に響くお話選びを)   MENU


特集

―― 2002年 ガーディアン賞受賞作・候補作レビュー ――

 今月号の●注目の本(未訳読み物)●コーナーでは、先月発表になったガーディアン賞の受賞作品、および受賞作と最後まで争った(審査員のケビン・クロスレー=ホーランドのコメントより)という2作品、計3作のレビューをお届けする。

【参考】
◇ガーディアン賞サイト
◆ガーディアン賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ データベース)



注目の本(未訳読み物)

―― 彼は地下の闇をさまよい、走る……。 ――


『木曜日の子ども』(仮題)
ソーニャ・ハートネット作

"Thursday's Child" by Sonya Hartnett
Penguin 2000, ISBN 0140297324(AUS)
Walker Books 2002, ISBN 0744559970(UK)
218pp.
★2002年ガーディアン賞受賞作
★2001年オーストラリア児童図書賞(Older Readers 部門)候補作

 わたしの弟、ティンは“木曜日生まれ”……わらべ唄にあるとおり、“遠くへ”さまよう定めの子……そして、地を掘るために生まれてきた子。

 開拓地で、厳しい自然を相手に暮らす一家。少女ハーパーの目から、その生活の様子が数年間にわたって語られる。快活な父、しっかりした母、それにきょうだいたちは、貧しくとも支え合って生きていた。だが弟のティンは幼いころ、ある事件がきっかけで、穴を掘って地中で暮らすようになる。やがて地下一帯にティンの掘ったトンネルが張り巡らされ、トンネルは迷宮のように増殖しつづけた。物語の背景には世界的な経済恐慌が暗雲のようにたちこめ、一家にはつらい試練が次々に訪れる。父は弱さを露呈して酒に走り、母の心ももろく崩れてしまう。ティンはますます地中にこもって家族から遠ざかり、野生のものに変わっていくが、同時に地下から家族を守ってくれる存在にもなる……。

 自分の周りしか見えない幼児のころから、大人の世界に気づいていずれ自分もそこに入っていくことを知る少女時代まで、ハーパーの語りは、心の変化を見事に表現している。物語全体が、成長したハーパーの回想の形をとっているため、子どもの視点を保ちながら、文章はしっかりと読みごたえがある。舞台となる場所はオーストラリア内陸部、時は大恐慌時代だろうと推測されるが、特定はできない。リアルでありながら普遍的にもなりえるその舞台設定が、物語的効果をあげている。緊迫感とカタルシスのある結末も巧妙。

 だがこの作品が心に残るのはなによりも、人間離れした地霊のようなティンの存在、そのなんとも奇妙な設定があるからだ。マジック・リアリズムといえるこの異様な設定は、カルヴィーノの『木のぼり男爵』と対比して評されてもいるが、あちらと違って軽妙な語りによる諷刺などはない。タイプとしてはマルケスの作品を連想した。幻想的存在を現実世界に持ち込み、ざらざらした引っ掛かりを生み出す力強い技が、この小説に独特の雰囲気を与えている。細心かつ大胆につくられた物語を味わえる読者にとっては、非常に魅力的な作品だ。


(菊池由美)

【作】Sonya Hartnett(ソーニャ・ハートネット)
1968年、メルボルン生まれ。15 歳ですでに最初の作品が出版された。最新作 "Forest" では2002年オーストラリア児童図書賞(Older Readers 部門)を受賞。同賞の候補にはこれまで何度も挙げられていた。"Thursday's Child" は初めて英国でも出版された作品。続いて米国でも出版され、好評を得ている。オーストラリア在住。


【参考】
◇題名の出典 "Monday's Child" の全文と、自分の生まれた曜日を検索できるサイト
◆「大恐慌」時代前後を扱った作品リスト(やまねこ翻訳クラブ データベース)


2002年 カナダ総督文学賞発表   『ナイトシミー 元気になる魔法』   『エルフギフト(上)復讐のちかい/(下)裏切りの剣』   "Thursday's Child"   "Warehouse"   "Dark Horse"   子どもに語る(子どもの心に響くお話選びを)   MENU


注目の本(未訳読み物)

―― 若者たちの、終わらない物語 ――


『《倉庫》』(仮題)
キース・グレイ作

"Warehouse" by Keith Gray
Red Fox 2002, ISBN 0099414252
216pp.
★2002年ガーディアン賞候補作

「行くところがないんなら、いい場所知ってるよ」兄の暴力に耐えかねて家を飛び出したロビーは、《なんでも屋》を名乗る少年に連れられて、《倉庫》に足を踏み入れた。それは、家や学校で居場所を失った若者たちが、港の空き倉庫にひそかに住み着いて作ったコミュニティだった。基本のルールは、他人によけいな干渉をしない、自分の世話は自分でする、ドラッグは厳禁。現実社会の枠からはみ出しながらも、自分たちの作り上げた《倉庫》という社会の中で、誰もが必死に自分自身を模索している。 陽気な《なんでも屋》も、マッチョなレムも、顔中ピアスだらけのステフも、お嬢様のエイミーも、そして《倉庫》のリーダー、キナードも。初めは戸惑いながらも、ロビーは誰にも脅かされることなくありのままの自分でいられる《倉庫》の人間関係に、しだいに安らぎを覚えるようになる。けれどもみんな、心の中ではわかっていた。いつまでもここにはいられないのだと……。

 物語は、ロビー、《なんでも屋》とエイミー、キナードを主人公とした、3つの中篇の組み合わせから成っている。まるでパズルのピースをひとつひとつはめていくように、読み進むにつれて全体像が浮かび上がってくる巧みな構成だ。スラングだらけの会話を絶妙に盛り込んだテンポのよいストーリー展開には、サブカルチャーの香りも漂う。

 しかし生きのよさ、手法の鮮やかさと対照的に、描かれているテーマは重く、苦い。ロビーは《倉庫》で信頼できる人間と出会い、虐待を繰り返す兄の存在を見つめなおす。そして、本当に苦しいのは兄の暴力そのものではなく、自分を憎んでいる兄を、自分が決して憎めないことだと気付く。キナードは、《倉庫》での暮らしが長くなるにつれて現実社会に向き合えなくなるばかりなのに、リーダーとしての重圧が増していく矛盾に追い詰められていく。《倉庫》の住民ひとりひとりの苦悩は、すっきり解決してジ・エンドとなる「物語」として描かれてはいない。彼らの終わらない物語、それは《倉庫》の中も、外の現実世界も、すべてを含んだ人生そのものなのだ。

 つぎつぎにはまっていったパズルのピースの、最後のひとつはここにはない。さあ、本を閉じて、自分でさがしにいかなければ。


(森久里子)

【作】Keith Gray(キース・グレイ)
1972年、イギリスのクリーソープス生まれ。 子どもの頃に読んだロバート・ウェストールの作品に触発されて作家を志す。大学中退後、さまざまな職を経て発表したデビュー作の『ジェイミーが消えた庭』(野沢佳織訳/徳間書店)が1996年のガーディアン賞候補作となり、一躍注目作家に。邦訳は他に『家出の日』(まえざわあきえ訳/徳間書店)がある。




2002年 カナダ総督文学賞発表   『ナイトシミー 元気になる魔法』   『エルフギフト(上)復讐のちかい/(下)裏切りの剣』   "Thursday's Child"   "Warehouse"   "Dark Horse"   子どもに語る(子どもの心に響くお話選びを)   MENU


注目の本(未訳読み物)

―― 太古の村の運命と人間模様 ――


『ダーク・ホース』(仮題)
マーカス・セジウィック作

"The Dark Horse" by Marcus Sedgwick
Orion Children's Books 2002, ISBN 1842552155
187pp.
★2002年ガーディアン賞候補作

 遠い昔、北方の村ストーンでは、首長の統治のもと、人々は、漁に出たり畑を耕したりして細々と暮らしていた。ここ数年は、不漁不作で日々の祈祷に頼るしかない毎日がつづいている。そんなある日、12歳の少年シガードは、村人や父親と一緒に狼狩りに出かけた。そして、洞窟のなかで狼と寝起きをともにしていた得体の知れぬ女の子を見つける。マウスと名づけられたその女の子を、父親は自分の家で育てることにした。シガードも、マウスの兄になることを心に決める。だが、この一件が村の運命を決定づけることになるのだった。

 それは、4年後、海岸でマウスが木箱を見つけたことから始まった。動物と話をするなど特別な力をもつマウスは、その木箱に何かおそろしいものを感じとる。ときを同じくして、村に旅人がやってきた。旅人は、自分がなくした木箱を首長がもっていることを知ると、首長やシガードの父を含む家来を殺す。しかし、シガードの不意打ちをくらい、旅人の息の根は絶えた。その後、シガードは新しい首長に任命されたが、村にはダーク・ホースという騎馬民族の影が忍び寄っていた……。

 本作は、作者が関心をもつ北欧とその神話に舞台をとった物語。数十年たったのちのシガードの回顧を織り交ぜながら、村や村の首長シガードの運命が力強く描かれている。作者はミステリ・タッチを得意とし、"Witch Hill" で本年、ミステリの賞であるエドガー賞の候補となったほど。ところどころで、木箱、旅人、そして少女マウスとの謎めいた関係を見え隠れさせ、読者をミステリアスな世界に誘う。

 この作品のキーポイントとなるのは、シガードとマウスの兄妹の絆だ。動物の感覚をもち村では異質な存在としておそれられるマウスを、シガードは常に思いやる。マウスもシガードを頼りにする。シガードの独白を通して、義理の関係ではあってもお互いの兄妹としての思いがひしひしと感じられる。物語はこの兄妹の絆を軸に、ダーク・ホースの来襲を盛り込んで、愛、憎しみ、勇気、絶望感、裏切り、衝突など人間の様々な本質をつく。特に、終盤で、シガードをはじめとする村人が死に直面するシーンが心に残る。窮地に陥って最後に残ったもの――人間としての誇り――を捨てず、みんなで歌をうたうシーンに胸が熱くなった。現代にも通じる人間模様をありありと伝える作品だ。


(吉村有加)

【作】Marcus Sedgwick(マーカス・セジウィック)
書店など児童書業界で勤務した後、作家となる。2000年、"Floodland" でデビュー。2001年のブランフォード・ボウズ賞を受賞した。本年のエドガー賞の候補となった2作目の "Witch Hill" の邦訳が12月に理論社から刊行予定。本作品を含む3作とも挿絵(版画)も手がけている。 英国サセックス在住。


【参考】
◇MWA賞(エドガー賞)受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ データベース)


2002年 カナダ総督文学賞発表   『ナイトシミー 元気になる魔法』   『エルフギフト(上)復讐のちかい/(下)裏切りの剣』   "Thursday's Child"   "Warehouse"   "Dark Horse"   子どもに語る(子どもの心に響くお話選びを)   MENU


子どもに語る 第2回

―― 子どもの心に響くお話選びを ――

『クシュラの奇跡――140冊
の絵本との日々』表紙

 私と「読み聞かせ」との出会いは、よちよち歩きの息子を、近くの図書館のお話の時間につれていったことからはじまります。それまでに『クシュラの奇跡――140冊の絵本との日々』を読んで、本の持つ力に心を動かされていた私は、わが子に本とふれあう機会をできるだけ多く持たせてやりたいという親心で、でかけていったのです。でも、喜んだのは子どもより私自身でした。まるで魔法をかけられたように、お話の世界へ行くことができたのです。そして、今度は私が子どもたちに魔法をかけようと思いたち、すぐに市立図書館の読み聞かせボランティアの仲間になりました。あれから、もうすぐ5年。技術はさておき、度胸だけはしっかり育って、今では二つのグループに所属し、個人的にもあちこちに出向いています。活動の場は、図書館、保育園、幼稚園、小学校と広がってきました。

 私が目指しているのは、聞き手と読み手がともに満足できるお話会です。そこで大切なのは、またまた技術はさておき、作品選びでしょう。一生懸命読んだ作品が、的に当たって、子どもたちの心を響かせたときには、子どもたちと温かい連帯感で結ばれたような気がします。

『さるのひとりごと』(松谷みよ子文/
司修絵/童心社)
『さるのひとりごと』表紙

 その点、クラスや学年ごとでお話できる小学校では、子どもたちの年齢は同じですから、作品選びは比較的、楽です。6年生のクラスで『さるのひとりごと』を読んだときは、にやにや聞いていた子たちの目が、だんだん真剣になってくるのがわかって、嬉しく思いました。海に来たサルがひとりごとをいうと、カニが返事をし、それをサルが疎ましく思って……という民話ですが、自意識が目覚めだした子どもたちの心に共鳴するものがあったのでしょう。

 反対に、乳幼児から小学生まで不特定多数の子がやってくる図書館では、作品選びが大変です。読みはじめてから、子どもがお話についてこないとわかると、私は冷や汗をかき、早く終わりたいとひたすら願って読みます。『かさじぞう』を読んだときは子どもたちが遊びだし、私は耐えられなくなって「このお話は難しいから、また今度ね」といって2ページでやめてしまいました。「じいさんは、まいにち、あみがさをこしらえては、まちにいって、それをうってくらしていたと」という昔話の世界は、現代生活からかけ離れています。その日集まった3、4歳の子たちは、絵の助けがあっても、まるっきり想像できず、お話に入っていけなかったのです。家庭でひとりの子にゆっくり説明しながら読んでやるなら別ですが、集団での読み聞かせの場合、ある程度知識が備わり、想像力もある小学生以上にならないと、この作品は楽しめないでしょう。それなのに私は、この作品が大好きだったので、無理やり読んだのです。やはり、子どもより自分の気持ちを優先させたときは、うまくいかないものです。

 近頃は、幅広い年齢層の子を楽しませる絵本を、私はさがすようになりました。長新太さんの作品は、幼児から大人までオールマイティなものが多いです。とくに私のお気に入りは『くまさんのおなか』で、くまさんのおなかは“いいきもち”といいながら、読み手も聞き手もほんわかといい気持ちになります。おとうさんが子どもをピッツァ生地にみたてて遊ぶ『ピッツァぼうや』も大勢の子に喜ばれます。大きな子は、ちょっとくすぐったそうな顔をして聞いていたりします。『ピッツァぼうや』表紙また、幼児絵本ですが、『こんなことできる?』は、身体を動かせるスペースがあれば、息抜きに使えます。動物たちが「こんなことできる?」と、いろんなポーズをとっているのですが、愛嬌のある動物たちにつられて、大人でも思わず真似したくなります。逆立ちをしているトラを見て、「本を逆さにしたらできるよ」と3年生の子は教えてくれました。

 ところで、1年前から、私は素語りもはじめました。言葉だけで伝える素語りでは、語り手の言葉の調子や顔の表情、身ぶり手ぶり(これは、できるだけつけないようにと教わりました)で、お話に色をつけることになります。ですから語り手は、お話の内容や持ち味をしっかり把握し、聞き手にそっくりそのまま届けられる語り方をしなければなりません。山姥を大袈裟に演出して語れば、子どもたちは怖がり喜ぶかもしれませんが、肝心のお話は伝わらないということもあるのです。同じことが、絵本の読み聞かせでもいえるでしょう。読み手も語り手もお話の配達人なのです。そして、翻訳を学習してきた私は思うのです。「翻訳者も海外のお話の配達人。もしかして、人にお話を届けるのが、私の天職かも」と。

 そんなわけで、とうとう私は、子どもの本を紹介するメールマガジン「ちゃいるどぶっく・あっとらんどく」を創刊しました。このメルマガでも子どもの本の魅力を多くの人に伝えていきたいと思っています。

(三緒由紀)


【書誌紹介】

『クシュラの奇跡――140冊の絵本との日々』(ドロシー・バトラー作/百々佑利子訳/のら書店)
『さるのひとりごと』(松谷みよ子文/司修絵/童心社)
『かさじぞう』(瀬田貞二再話/赤羽末吉画/福音館書店)
『くまさんのおなか』(長新太作/学習研究社)
『ピッツァぼうや』(ウィリアム・スタイグ作/木坂涼訳/セーラー出版)
『こんなことできる?』(ブライアン・ワイルドスミス作/講談社)

☆★「ちゃいるどぶっく・あっとらんどく」の紹介サイト☆★




●お知らせ●

 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。


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TEL 03-5428-3701

http://www.fossil.co.jp/

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詳細&購読申し込みはこちらから。

http://www.yamaneko.org/mgzn/alfa/

(第14号は12月5日発行。申し込み手続きは前日までにおすませください。)


●編集後記●

現在、やまねこ翻訳クラブのサイトでは今年の「やまねこ賞」投票受付中。受賞作は来月の本誌で発表します。どうぞお楽しみに。(き)


発 行: やまねこ翻訳クラブ
発行人: 赤間美和子(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人: 菊池由美(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画: 蒼子 河まこ キャトル きら くるり こべに さかな 小湖 Gelsomina sky SUGO Chicoco ちゃぴ つー 月彦 どんぐり なおみ NON ぱんち みーこ みるか 麦わら MOMO YUU ゆま yoshiyu りり ワラビ わんちゅく
協 力: 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内


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