※こちらは書評編です。情報編もお見逃しなく!! ※8月は定期休刊月です。次回は9月号になります。どうぞお楽しみに! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 99年7月号(書評編) =====☆ ☆===== =====★ 月 刊 児 童 文 学 翻 訳 ★===== =====☆  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ☆===== No.12 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌● ●http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/      ● ●編集部:yamaneko-mgzn@office-ono.com 1999年7月15日発行 配信数1049 無料● PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━    【雄松堂ミニ展示会「欧米の絵本・児童書即売会」7月14日〜7月27日】  英語による古書・新古書を500点程集めた展示会です。オリジナル原画から精巧  な木版・石版の素晴らしい絵本、多色刷りの美しい絵本まで、滅多にご覧になれ  ないものも多数あります。是非会場まで足をお運び下さい。ご興味のある方はま  ず雄松堂HPへ http://www.yushodo.co.jp/P_Book/index.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●99年7月号(書評編)もくじ● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎カーネギー賞 子どもが選ぶなら ◎注目の本(邦訳)   読み物:ミンディ・ウォーショウ・スコルスキー作『友情をこめて、ハンナより』   絵 本:エスター・ワトスン作『天使と話す子』 ◎注目の本(未訳)   読み物:デイヴィッド・アーモンド作 "Skellig"   絵 本:シャーリー・ヒューズ作 "The Lion and the Unicorn" ◎Chicocoの洋書奮闘記:第7回「日本の出版社の洋書」 ◎特別企画:アーサー・ランサム全集(岩波書店)の復刊によせて    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●カーネギー賞 子どもが選ぶなら●  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  カーネギー/グリーナウェイ賞の選考にあたる英国図書館協会(LA)は、11〜15 歳の児童による書評を集めて受賞作を予想する「シャドウイング」という企画をウェ ブサイトで行っている。昨年の子どもたちの意見では、大ベストセラーの"Harry Potter" の1作目が圧倒的に1位を占めた(実際受賞したのは"River Boy"であっ た)。 LAはキャラクターやプロットの批評の観点などを指導しており、書評にもその成 果がみられる。大半は子どもらしく幼い感想だが、中には、驚くほど内容の濃い、文 章の優れたものもある。今年の候補作に対する子どもたちの声をまとめてみた。  約250通の書評(7月8日現在)のうち、"Skellig" が66(18)通、"Fly, Cherokee, Fly"57(15)通、"Heroes"43(18)通、"The Kin"41(28)通、"The Sterkarm Handshake" 32(14)通の投稿を得ている。[かっこ内はその本を特に高く評価する書評数]  SkelligとCherokeeはやや低学年向けであるのに対し、HeroesやSterkarmはYA向 けで、各々の層に人気が高いようだ。The Kinの筋や文章は難しくないが、扱ってい るテーマが深いため、位置付けが少々難しいようだ。具体的な声を少し紹介しよう。 "Skellig" 讃評「想像力をかきたてる」「サスペンスがある」「神秘的」        「真実味がある」「(物語に)入り込めた」「表紙がよかった」      批判「アクションがない」「説明的」「繰り返しが多い」「何か欠ける」 "Cherokee"讃評「いじめ問題を扱っている」「登場人物がいい」「真実味がある」        「わかりやすい」      批判「ステレオタイプ」「独創性に欠ける」「鳩の話じゃつまらない」        「理想主義的」「読書レベルが低すぎる」 "The Kin" 讃評「4人の視点から物事がみられる」「子どもたちの成長がずっと追え        る」 「20万年前の世界に入り込める」「長くても(632pp!)読める」 批判「話がワンパターン化している」「低学年向けの割に長すぎる」 「各章の間に入っている神話がうっとうしい」「登場人物が一面的」 "Heroes" 讃評「フラッシュバックがいい」「先を読みたくさせるうまい構成」        「心を動かされる/に残る」「戦争・英雄について考えさせられる」      批判「描写が気持ち悪い」「アクションが少ない」「男子向け」        「好みでない」「構成が複雑でついて行きにくい」 "Sterkarm"讃評「独創性と真実味がある」「心に残る」「話に吸い込まれる面白さ」      批判「複雑すぎる」「登場人物に魅力がない」「長すぎる」        「YA向けで難しすぎる」  最終結果ではないが、全ての作品を読んだ子どもたちはThe Kinを1位に上げている ことが多い。さて、子どもたちの予想がどの程度当たるか、7月14日の結果発表が楽 しみだ。  直接書評を読みたい方は http://www.la-hq.org.uk/lists/postroom/ へ。                                (池上 小湖) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳読み物)● 手紙を書くことは友達づくりの秘訣 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━      ミンディ・ウォーショウ・スコルスキー作『友情をこめて、ハンナより』                唐沢則幸訳 1999.4発行 くもん出版 本体1,500円            Mindy Warshaw Skolsky "Love from Your Friend,Hannah" DK Publishing,Inc.1998  1937年アメリカ――ペンフレンドが欲しいハンナはクラスの「文通希望者箱」の中 から一枚のカードをひく。そこに書かれていた名前はエドワード。女の子のペンフレ ンドが欲しかったハンナだが、とにかく彼に手紙を書いてみた。ところが返事は無愛 想な2行のみ。がっかりしたハンナは親友のアギーに愚痴の手紙を書く。しかし、こ のアギー、親友といいながら転校したきりまったく返事をくれないのだ。筆まめなペ ンフレンドが欲しいハンナは、ルーズベルト大統領に手紙を書きペンフレンドを捜し てもらうことを思いつく。  ハンナのように手紙好きだと、この物語は一段と楽しめる。なぜなら、ハンナと同 じように、筆まめなペンフレンドを捜す苦労を知っているからだ。ペンフレンドがほ しいハンナは手紙を書き続ける。おばあちゃんに、叔母さんに、大統領に、返事をく れないアギーに、エドワードに……。  おばあちゃんからの返事は早い。そしていつもあたたかい。大人たちの返事はどれ もハンナへの愛情に満ちている。少しだけ人生を先に歩んでいる者がそれをふりかざ すことなく、率直に手紙という形でハンナに語りかける。  アギーの手紙を待ち続けるハンナに、こう言ってくれる人がいた。「わたしだった ら、手紙は書き続けますが、何通出したかは気にしないことにします。」もうハンナ はアギーに「これは、何通目の手紙よ」とは書かない。返事がこなくてもアギーは大 事な友達にかわりないこと、そしていつのまにか自分に真の友ができていることに気 づくのだ。  この物語はペンフレンドとハンナの友情物語。文通というのは、書く、読む、そし また書くというシンプルな行為である。友情が深まるのは、文章の中にその人を想う 気持ちがぎっしり入るからなのだろう。そのことに私自身も気づかされる。たくさん の楽しい手紙を読ませてくれてありがとう、ハンナ。                                (林 さかな) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】Mindy Warshaw Skolsky(ミンディ・ウォーショウ・スコルスキー): 世界 大恐慌下のアメリカ、ハドソン・ヴァレーで育つ。教職生活を送ったのち、作家とな る。本書の前にも、ハンナの登場する作品を4作書いている(未訳、70年代後半から 80年に出版)。現在はニューヨーク州スミスタウンに住んでいる。 【訳者】唐沢則幸(からさわ のりゆき):1958年、東京生まれ。青山学院大学文学 部英米文学科卒業。神宮輝夫に師事。翻訳家。児童文学の書評なども手がける。主な 訳書に絵本『ウォーリーをさがせ!』シリーズ(フレーベル館)『エヴァがめざめる とき』(徳間書店)『父がしたこと』(くもん出版)など多数。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳絵本)● 言葉を超えた愛の物語 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━                     エスター・ワトスン作『天使と話す子』                山中康裕訳 1999.4 発行 BL出版 本体1600円 Esther Watson "Talking to Angels" Harcourt Brace & Company 1996  昨年、デパートのワゴンセールでこの本の原書に出会った。子どもが描いたような、 不思議で力強い絵にひかれて何気なくページをめくるうち、ふいに涙が出てきて困っ てしまった。  著者、エスター・ワトスンのデビュー作である本書は、愛する妹への贈り物として 描かれた作品だ。妹のクリスタは、姉がいうことをまねするのがだいすき。自分のい うことを姉にまねしてもらうのもだいすき。なんでもちゃんときこえているけれど、 心の中で答えるだけで、声に出さない……。  読んでいるうちに、クリスタが自閉症であることはわかってくるが、わたしが胸を 打たれたのはそのせいではない。ときに大胆な、ときにほんのりとやさしい色使いで 描かれた絵の一枚一枚から、作者の妹への愛情がひしひしと伝わってくるから、そし てそれが愛情というものの本質を表しているように思えるからなのだ。  頭の中にあることを言葉に出してくれないクリスタ。でも彼女が子猫にほっぺたを すりつけるさまは、なんていとおしいのだろう。思えばすべて人と人との間には、大 なり小なり何らかの溝が横たわっているのではないだろうか。そしてわたしたちは、 もっと相手を理解できればとため息をつきながらも、相手の笑顔や寝顔になごまされ、 また一緒に歩いていこうと心に誓うのだ。  ついついテーマ主義的にとらえられがちな本だけれど、できれば先入観をとりはら い、まっさらな気持ちで手に取ってみてほしい。この姉妹にごく自然な共感を抱くと き、天使と話ができるクリスタのことを、もっと知りたいという気持ちがわいてくる。        (内藤文子) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】Esther Watson (エスター・ワトスン):カリフォルニア州パサデナのアー ト・センター・カレッジ・オブ・デザインを卒業。『ローリング・ストーン』『ニュ ーヨーカー』等の有名雑誌に作品を発表している。99年秋には、絵本の第2作を出版 の予定。 【訳者】山中康裕(やまなかやすひろ):1941年名古屋市生まれ。名古屋市立大学医 学部卒業、同大学大学院修了。精神科医で臨床心理士。自閉症や登校拒否の子どもた ち、思春期の青少年、成人、そして老人たちの心のケアにかかわる仕事で活躍中。 『少年期の心』(中公新書)『絵本と童話のユング心理学』(大阪書籍)『臨床ユン グ心理学入門』(PHP新書)など著書多数。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(未訳読み物)●「生」へのイニシエーションとしての「死」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━               デイヴィッド・アーモンド作 『スケリグ』(仮題) David Almond "Skellig" 170pp. Hodder Children's Books 1998, ISBN 0-340-71600-2  マイケルは、越してきたばかりの家の壊れかけた物置で、やせこけ、埃にまみれ、 力なくすわりこんでいる不思議な生き物を見つけた。話しかけるとなげやりなことば を返し、テイクアウトの中華料理やビールを喜び、背中には羽のような不思議なもの を生やしている。人なのか、鳥なのか、それとも天使なのか。あるいは、マイケルだ けに見える幻想なのか。両親は、未熟児で病気がちな妹のことで心を痛めているので、 これ以上おかしなことをいって、よけいな心配をかけるわけにはいかない。悩んだマ イケルは、詩や鳥を愛し、学校を嫌う隣家の娘ミナに、この不思議な生き物のことを 打ち明ける。そしてその生き物は、ふたりに「スケリグ」と名乗った……。  本年度のホイットブレッド賞受賞作、ガーディアン、カーネギー両賞候補作の本書 は、瑞々しい文体で少年の幻想的な体験を描いた詩情あふれる作品だ。物語は、マイ ケルの漠然とした不安感をうかがわせる抑えたトーンの一人称で語られるため、薄い ベールごしに登場人物たちを見ているかのような、不思議な距離感を保ちながらすす んでいく。その中で、ひとりスケリグだけは、くっきりとした輪郭を持つ強烈なキャ ラクターだ。この個性が全体のカラーといい意味での不調和をみせ、作品をいっそう 魅力的なものにしている。  孤独死したというこの家の前住人、病気がちの妹、そして次第に衰弱しながら生き ようという意志をまったくみせない謎の生物スケリグ。マイケルは、さまざまな「死」 と隣り合わせの生活を送りながら、「生」の希望を必死に模索する。マイケルの目の 前に、かたちをとってあらわれた「死」の恐怖、スケリグは、マイケル自身とミナ、 そして自然の助けによって、徐々に変化を見せ、マイケルを解放していく。それは子 どもが、本来ならば自分ともっとも遠い位置にあるはずの「死」に感じた不安を経て、 自ら獲得するものとしての「生」に目覚めていく過程である。  読みながら、自分も子どものころ、突然「死」に恐怖を覚えて眠れなくなったこと を思い出した。静かに、しかし強く、心の奥底を揺さぶられる一冊だった。                                (森 久里子) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ David Almond(ディヴィッド・アーモンド):1951年、英国ニューカスルアポンタイ ン生まれ。大学卒業後、文芸誌の編集者、教師などの職業を経て、作家デビューした。 1980年代前半にはコミューンで生活していた経験もある。これまでに数冊一般向け小 説を発表しているが、児童書は本作が初。今年に入って出版された2作目"Kit's Wilderness"も好評で、年末には"Heaven Eyes"を出版予定。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(未訳絵本)●戦う勇気、耐える勇気 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━           シャーリー・ヒューズ作 『ライオンとユニコーン』(仮題)               Shirley Hughes "The Lion and the Unicorn" 58pp.             DK Publishing,Inc. 1999 ISBN 0-7894-2555-6(米国版)       Bodley Head Children's Books, 1998 ISBN 0-3703-2475-7(英国版)              第二次世界大戦中のイギリス。ロンドンへの空襲が日増しに激しくなる中、レニー は田舎に疎開することになった。戦地にいる父からもらった宝物のメダルをポケット にしのばせ、小さなスーツケースを片手に、汽車で疎開先へ向かう。見知らぬ女の子 3人といっしょに彼が預けられたのは女主人のいる大きな屋敷だった。屋敷での生活 にも学校にもなじめず心細い毎日を送るレニーは、ある日、広い庭園の一角に塀で囲 まれた小さな庭があるのを発見する。白いユニコーンの像があるその庭は、不思議と 心が落ち着く場所だった。レニーはそこで、片足のない男性ミックに出会い、「いろ いろな種類の勇気がある」というミックの言葉によって、耐えることもまた勇気であ るということを知る。  この作品では、ライオンが「戦場で戦うときなどに必要な勇気」を、ユニコーンが 「日々の暮らしの中で困難に耐える勇気」を象徴している。レニーのメダルには、こ のライオンとユニコーンが彫られている。ポケットの中のメダルを手で触るたび、レ ニーは「勇敢であれ」という父の言葉を思い出す。しかし、やはりまだ年端のいかな い子どもだ。戦争中という不安定な時期に親元を離れ、どれほど心細かったことだろ う。さらに、食生活や習慣の違うユダヤ人であるという理由から、屋敷内や学校でも 孤立してしまう。その寂しさにじっと耐えながら、何とか勇気を持ちたいと考えるレ ニーの姿はいじらしい。ミックと知り合ったことや最後に「不思議な体験」をしたこ とで耐える勇気を自分のものにしたレニー。さまざまな不安や寂しさに直面している 現代の子どもたちは、きっと彼に共感を覚えることだろう。  登場人物は独特のやわらかな線で表情豊かに描かれている。また、空襲で燃えるロ ンドンの街の迫力や、庭の美しさなども印象的だ。枠で囲まれた文字部分には白黒の 挿絵が添えられ、読み応えのある物語の世界がさらに広がっている。今年のケイト・ グリーナウェイ賞候補作。                                 (生方頼子) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ Shirley Hughes(シャーリー・ヒューズ):1927年、イギリス、リバプール近郊生ま れ。児童書の挿絵を数多く描く。1977年に絵本"Dogger"(邦題『ぼくのワンちゃん』 /偕成社)でケイト・グリーナウェイ賞を受賞。その他の邦訳作品に『チャーリー・ ムーン大かつやく』(童話館出版)などがある。Alfieという幼い男の子を主人公と したシリーズの絵本が英米で人気。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●Chicocoの洋書奮闘記●第7回「日本の出版社の洋書」    よしいちよこ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━    近所の図書館をなめていた。古い洋書しか置いていないと思っていたのだ。とこ ろが、洋書奮闘記第3回(1998年12月号)で紹介した"Sarah, Plain and Tall"が あるではないか。ただし、講談社ワールドブックス版である。講談社ワールドブッ クスは、洋書ビギナーのためのシリーズ。そこで、"Dear Mr. Henshaw"(Beverly Cleary/1983年/講談社ワールドブックス)を借りてきた。118ページ。ニューベリ ー賞受賞作である。  リー少年が、作家ヘンショーさんに書いた手紙と日記だけで構成されるお話。リ ーの書く文章を読むだけで、成長していくのがわかり、おもしろい。両親の離婚の ことや、離れて暮らす父を思う気持ち、作家になりたいという将来の夢、学校生活 のことなど、ストーリーを追う楽しみもあって、退屈しない。 【8/12】翻訳家を志望する卵だが、卵には卵なりの締めきりがある。課題をたくさ んかかえているため、読書の時間がなかなかとれない。8pだけ読んで寝る。 【8/13】18p。 【8/14】イギリス絵本原画展を見に、大阪梅田に出かける。電車の中で14p。途中 で居眠り。妊娠中は眠くなるって本当らしい。 【8/15】頭痛がする。つわりはないけど、ばて気味。6p。妊娠13週目。  【8/16】8p。【8/17】16p。 【8/18】おもしろい本なのに、読みはじめたら、眠るというくり返しだった。きょ うは、気合いをいれて、27p。 【8/19】14p。【8/20】7p。読了。  この講談社ワールドブックスは難易度によって読解レベルがつけられており、この 本は堂々のレベル1。解説や語注もついているので、初心者でも楽に読める。また、 訳書『ヘンショーさんへの手紙』(あかね書房)の翻訳者、谷口由美子さんが16ペー ジもの解説を書いている。至れり尽せりで、ちょっと親切すぎるかなと思ったのは、 6冊目にして、少し成長した証拠だろうか。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●特別企画● アーサー・ランサム全集(岩波書店)の復刊によせて ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  アーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』シリーズ12巻がこの6月に復刊さ れた。あちこちの書店にあのヨットの絵の分厚い本が並び、中には全巻平積みになっ ているところもあるらしいと聞くと、見に行きたいと思うほどうれしい。岩波書店で は、品切れになってからの年数、読者からの要望、社としての意向などを考慮して復 刊を決めるそうだ。絶版と決まっている本は少なく、品切れが長年続いている本でも 状況次第では復刊することがありうるという。ランサム全集はこのところ4、5年ご と(前回は1995年)に復刊されている。私が購入しようと思ったのは前回の復刊が品 切れになりかかった頃だったので、多くの書店に問い合わせたり、古本を探したりと 苦労して買い揃えた。でもそれでは出版社には何も伝わらない。「品切れだからしか たがない」「待っていればそのうち出るかもしれない」とあきらめてしまう前に、注 文や問い合わせをする等、出版社に買いたいという要望を伝えていくことが大切だと 思う。  実は今回の復刊に先だって、昨年12月に生活クラブ生協で『ツバメ号とアマゾン号』 (第1巻)の共同購入があった。このように生協等で注文を結集することにより、復 刊することも可能だという。この共同購入に喜んで私が手紙を書いたところ、生協の 機関紙に掲載され、出版社の方にも見てもらえたらしい。また、私は生協でしか買え ないとは知らずに、ニフティサーブのランサムや児童文学関係の電子会議室等でお知 らせしたので、それを見て書店に注文した人もいた。それらが直接復刊に結びついた わけではないが、読者からの要望を伝えることが重要だと実感した次第だ。  さて、その『ツバメ号とアマゾン号』シリーズの物語とは――休暇中に湖の無人島 に子どもたちだけでキャンプし、ヨットに乗り、探検をする冒険物語だ。巻によって は金鉱探しをしたり、冬にはスケートやそりをしたりもする。そのわくわくするスト ーリー展開もさることながら、人物やキャンプ生活の様子が詳細に描かれ、自分が実 際に体験しているように感じられるのが特徴だ。  以前は遠い海のかなたでだけ起こるものだった冒険を、子どもたちの日常生活の中 で実現させたのがこの作品だ。また、それまで冒険物語といえば男の子が主人公だっ たが、この作品では女の子が従の立場でなく対等に活躍している。読者の女の子がそ こに共感する一方、男の子たちも違和感なく、男女を問わず楽しんで読んでいる。ま た登場人物の性格がはっきりと書き分けられており、主人公を一人に特定することが できないほど、各人が個性的に活躍している。そのため登場人物で誰が好きかと聞く とかなり意見はわかれ、また巻により活躍する人物が違ったり冒険の内容も違うため、 好きな巻も人により様々だ。  70年前に作品が書かれた時には、これはおそらく「手を伸ばせば届きそうな」現実 の物語だったのだろう。子どもがこの物語のようなことを実際にできるのかとずっと 考えてきたが、数年前カナダで生活する機会があった時に「この環境なら充分実現で きる」と結論を出した。おそらくイギリスでも同じだろう。では現在の日本では「ま ったくの夢物語」だろうか?  東京のど真ん中で育った私は子どもの頃この作品を読んで、「どうして湖や川の近 くで生まれなかったのだろう」と思った。そして自分のその時の状況では実現できな かったから、「いつか物語の舞台へ行こう」「いつかヨットに乗ろう」と思い、10年、 20年たってそれを実現させた。ランサムファンには物語から得た楽しみをいろいろな 形で実現させている人が多い。本だけを頼りに舞台となった場所へ行った人、キャン プや登山をする人、鳥に興味を持った人、ヨットや船に乗る人……。  作品の世界が自分の現実とまったく違うものであるからといって、意味のない、役 にたたない絵空事だとはいえないと思う。まったく違うからこそ、あこがれ続けるこ ともある。ランサムの場合「まったく違う環境だが実現可能な物語」であるがゆえに、 「いつか実現させる」ことを私は夢に見続けて来られたのだと思う。その夢を一人で 抱き続けてきたところ、同じ思いを持ち続けてきた人が大勢いることを、パソコン通 信がきっかけで数年前に知り、驚くと同時に感動した。今ではランサムについて思う 存分語り、夢を共有できる仲間ができてうれしい限りだ。  現在の子どもたちにこの本がどういうふうに見えるのかは非常に気になるが、小学 5年の息子に聞くと実に単純な答えが返ってきた。「話が面白ければ、ありそうなこ とかどうかは関係ない。」時を経ても残っていく古典とは、状況が変わっても面白さ が変わらない作品なのだろう。子どもたちの心を豊かにする栄養的な作品として、い つまでも読み継がれていってほしいものだ。 (この文を書くにあたり、ファンクラブであるアーサー・ランサム・クラブ、および ニフティサーブの電子会議室FSHIP「てぃーるーむ・アーサー・ランサム」の仲間た ちの意見を参考にしました。)                                 (田辺規子) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●編集後記●ちょうどこの号がお手元に届くころ、カーネギー/グリーナウェイ賞の 発表が行われます。さて、どの作品が栄冠を獲得するのでしょう。(き) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 発 行 やまねこ翻訳クラブ 発行人 田中亜希子(やまねこ翻訳クラブ 会長) 編集人 菊池 由美(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)   企 画 河まこ キャトル くるり Chicoco どんぐり BUN ベス YUU りり ワラビ 協 力 NIFTY SERVE 文芸翻訳フォーラム      マネジャー 小野仙内(SDI00897@nifty.ne.jp)     ながさわくにお MOMO 小湖 さかな 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