◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 2013年4月号    =====☆                    ☆=====   =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====    =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====                                 No.147 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌◆ ◆http://www.yamaneko.org                         ◆ ◆編集部:mgzn@yamaneko.org     2013年4月15日発行 配信数 2390 無料 ◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●2013年4月号もくじ● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎賞情報:2013年カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞候補作品発表 ◎特集:ニューベリー賞/プリンツ賞 受賞作品及びオナー(次点)作品レビュー  "Bomb: The Race to Build - and Steal - the World's Most Dangerous Weapon"                          スティーヴ・シェインキン作  "In Darkness" ニック・レイク作 ◎賞速報 ◎イベント速報 ◎世界のお祭り:第30回 キンセアニェーラ(ラテンアメリカ) ◎読者の広場 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報●2013年カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞候補作品発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  3月12日、カーネギー賞およびケイト・グリーナウェイ賞のショートリスト(最終 候補作品)が発表された。英国図書館協会が主催するこの賞は、イギリスで最も権威 ある児童文学賞である。昨年11月にロングリストが発表され、カーネギー賞に68作品、 ケイト・グリーナウェイ賞に64作品が挙がっていた。受賞作品の発表および、授賞式 は6月19日。ショートリストは以下の通り。ロングリストは、やまねこ翻訳クラブウ ェブサイトの「速報(海外児童文学賞)」コーナーに掲載中。  http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award ▼カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞公式ウェブサイト http://www.carnegiegreenaway.org.uk/home/ ▽カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞について                (本誌1999年7月号情報編「世界の児童文学賞」) http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1999/07a.htm#a1bungaku ▽カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品リスト                         (やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/carnegie/index.htm http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/greenawy/index.htm 【カーネギー賞候補作品】〜 Carnegie Medal 〜(作家対象) "The Weight of Water"      by Sarah Crossan (Bloomsbury) "A Greyhound of a Girl"     by Roddy Doyle (Marion Lloyd Books) "Maggot Moon"          by Sally Gardner (Hot Key Books) "In Darkness"          by Nick Lake (Bloomsbury) "Wonder"            by R. J. Palacio (Bodley Head) "Midwinterblood"        by Marcus Sedgwick (Indigo) "A Boy and a Bear in a Boat"  by Dave Shelton (David Fickling Books) "Code Name Verity"       by Elizabeth Wein (Electric Monkey)  本年は、68作品のロングリストの中から8作品がショートリストに残った。そのう ちデビュー作が実に3作品を占めるが、ショートリストのどの作品が選ばれても、作 家にとって初のカーネギー賞受賞となる。各作品は、舞台も取り上げられているテー マもさまざまで、栄冠の行方が楽しみだ。  "The Weight of Water" は、アイルランド出身で今はアメリカに暮らす Sarah Crossan のデビュー作。12歳のポーランド人少女 Kasienka は、数年前に国を出た父 を追い、母と共にイングランドに移り住むが、新生活になじめず苦労する。一人称の 韻文形式で、いじめや初恋などの経験を通じて成長していく少女の心情が細やかにつ づられている。  "A Greyhound of a Girl" は、アイルランドの作家 Roddy Doyle による家族4世 代の心温まる物語。12歳の少女 Mary、母、病気で入院中の祖母、幽霊として家族の 前に現れた曽祖母の絆をユーモラスに描く。作者は1993年に "Paddy Clarke Ha Ha Ha"(『パディ・クラーク ハハハ』実川元子訳/キネマ旬報社)でブッカー賞に輝 いた。ブッカー賞とカーネギー賞両方の受賞経験がある作家は過去に Penelope Lively しかおらず、今回2人目の快挙達成となるかどうかに注目が集まっている。  難読症を克服し、舞台美術や衣装のデザイナーとして活躍した後に作家になった Sally Gardner は、"Maggot Moon" でショートリストに選ばれた。作者の想像から生 まれた、現実とは異なるイギリスが物語の舞台。1950年代、人々は独裁国家 Motherland の支配のもとにおびえながら暮らしていたが、難読症の少年 Standish は権力に果敢に立ち向かっていく。本作は2012年コスタ賞児童書部門を受賞した。  作家であると同時に児童書の編集者でもある Nick Lake の "In Darkness" は、 2013年プリンツ賞受賞作品。舞台は2010年、巨大地震に見舞われた直後のハイチだ。 がれきの下に閉じ込められた15歳の少年 Shorty は、もうろうとする意識の中で、不 思議な感覚におそわれる。スラム育ちの現代の少年と200年近く前の国の英雄の人生 が時を超えて結びつく、壮大な物語である。詳しくは本誌今月号のレビューをご覧い ただきたい。  "Wonder" は、多くの本の表紙デザインを手掛け、いつかは自ら書きたいと思って いたという R. J. Palacio のデビュー作。10歳の少年 August(Auggie)は、生まれ つきの顔面変形のため、繰り返し手術を受けてきた。そのせいで、5年生で初めて学 校に通い始めるが、なかなか周囲に受け入れてもらえない。August をはじめ、クラ スメートや家族など複数の人物が語り手として登場し、物語を多面的に描きだす。  "Midwinterblood" は、これまでに何度もショートリストに選ばれている Marcus Sedgwick による作品だ。本作は北欧の架空の島を舞台にした7つの短編で構成され、 それぞれに一組の男女が登場する。恋人、親子、きょうだい、画家と子どもなど関係 性は異なるが、すべての物語は過去のある悲しい出来事につながっていた。1000年も の時の流れの中で繰り広げられる、美しくも恐ろしい愛と犠牲の物語。  イラストレーターとしても活躍する Dave Shelton は、自ら挿絵も手掛けたデビュ ー作 "A Boy and a Bear in a Boat" でショートリストに選ばれた。クマがこぐボー トで、海に出たひとりの少年。すぐに目的地に着くと思っていたが、海では思わぬ展 開が待っていた。少年とクマのコンビによるユーモアと優しさに満ちた冒険物語は、 その挿絵も評価され、本年のケイト・グリーナウェイ賞ロングリストにも選ばれた。  "Code Name Verity" は、アメリカ出身で今はスコットランド在住の Elizabeth Wein による歴史小説。第2次世界大戦のさなか、ナチスドイツ占領下のフランスに イギリスの飛行機が墜落した。乗っていたのはパイロットとスパイ、いずれもイギリ ス人の少女。このふたりの友情を軸に、緊迫の物語が展開する。2012年ボストングロ ーブ・ホーンブック賞フィクション部門、2013年プリンツ賞、ゴールデン・カイト賞 フィクション部門でいずれもオナーブックに選ばれるなど、高い評価を受けている。 ▼Sarah Crossan 公式ウェブサイト http://www.sarahcrossan.com/ ▼Roddy Doyle 公式ウェブサイト http://www.roddydoyle.ie/ ▼Sally Gardner 公式ウェブサイト http://www.sallygardner.net/ ▼"Maggot Moon" 作品公式ウェブサイト http://www.maggotmoon.com/ ▼Nick Lake 紹介ページ(Bloomsbury 内) http://www.bloomsbury.com/author/nick-lake ▼"In Darkness" 作品公式ウェブサイト http://www.in-darkness.org/ ▼R. J. Palacio 公式ウェブサイト http://rjpalacio.com/ ▼Marcus Sedgwick 公式ウェブサイト http://www.marcussedgwick.com/ ▼Dave Shelton 公式ウェブサイト http://daveshelton.com/ ▼Elizabeth Wein 公式ウェブサイト http://www.elizabethwein.com/                                 (平野麻紗) 【ケイト・グリーナウェイ賞候補作品】〜 Kate Greenaway Medal 〜(画家対象) "Lunchtime"          by Rebecca Cobb (Macmillan Children's Books) "Again!"           by Emily Gravett (Macmillan Children's Books) "Oh No, George!"       by Chris Haughton (Walker Books) "I Want My Hat Back"      by Jon Klassen (Walker Books) "Pirates 'n' Pistols"     by Chris Mould (Hodder Children's Books) "King Jack and the Dragon"   by Helen Oxenbury,                      text by Peter Bently (Puffin Books) "Black Dog"          by Levi Pinfold (Templar Publishing) "Just Ducks!"         by Salvatore Rubbino,                     text by Nicola Davies (Walker Books)  今年のショートリストにはニューフェースが多く残り、新鮮な印象を受けた。一方 で、受賞経験のある大御所と常連も席を確保しており、目の離せない賞レースとなり そうだ。また、発表の時点で8作品中4作品の邦訳が刊行済みというのも、近年めず らしい。日本の出版社が、早くから作品の良さを見抜いていたということだろう。  Rebecca Cobb の "Lunchtime" は、きれいな色合いの親しみやすい絵で、日常生活 からファンタジーへのスライドが見事に描かれている。お絵かきに夢中でお昼ごはん を食べたくない女の子。無理やりすわらされたテーブルに、ワニやクマやオオカミが やってきて……。  本賞を2度受賞し、ここのところ毎年ノミネートされている Emily Gravett。今年 も "Again!"(『もっかい!』福本友美子訳/フレーベル館)でショートリスト入り を果たした。おやすみ前の絵本タイム、ドラゴンの子どもがおかあさんに同じ本を読 んでと何度もせがむ。眠くてたまらないおかあさんは……。読み手をひきつけてやま ないパワーあふれる絵本。  Chris Haughton は、アイルランド生まれのグラフィックデザイナー兼イラストレ ーター。2作目となる "Oh No, George" は、デザイン性に富んだ独特な色合いの絵 本。「いい子でいたい」と思う犬が留守番中に引き起こす騒動をユーモアたっぷりに 描き、2012年ロアルド・ダールのおもしろい本で賞のショートリストに選ばれた。ア イルランド本国でも2013年CBI最優秀児童図書賞(旧ビスト最優秀児童図書賞)の ショートリストに残っている。評価の高かったデビュー作 "A Bit Lost" が、昨年邦 訳出版されている(邦題『ちょっとだけまいご』木坂涼訳/BL出版)。  カナダ生まれ、ロサンゼルス在住の Jon Klassen。アニメーション映画の製作に携 わった経験を持つ彼が手がける絵本は、どれも高い評価を受けている。今回は "I Want My Hat Back"(『どこいったん』長谷川義史訳/クレヨンハウス)がショート リストに残った。クマが行方不明のぼうしを探して歩くシンプルなストーリー。白の 背景に地味な色合いの動物たちが描かれ、絶妙なセリフまわしや間が魅力を放つ。  ガイコツや幽霊、海賊などを恐ろしくも個性的に描きだすのがうまい Chris Mould。 "Pirates 'n' Pistols" は、七つの海で活躍する海賊の話を、神話・伝説から作者の 書き下ろしまで新旧とりまぜ10作品集めた短編集。高学年からYA向けの作りの本に ふんだんに添えられたイラストが評価された。  2度受賞している大御所 Helen Oxenbury の "King Jack and the Dragon"(『お うさまジャックとドラゴン』灰島かり訳/岩崎書店)では、3人の幼い子どもたちが お城を作り、ドラゴン退治をする空想遊びのてんまつが描かれる。Oxenbury らしい やわらかな線とやさしい色合いを用いた大形絵本で、ハラハラドキドキのあとには心 あたたまるラストが用意されている。  Levi Pinfold は、"Black Dog"(『ブラック・ドッグ』片岡しのぶ訳/光村教育図 書)が2作目となる期待の新人だ。得体の知れない犬におびえパニックになる家族。 想像に合わせてじょじょに大きく描かれていく犬。最高潮に達したとき、末っ子が犬 の前に飛びだして……。人物や家はデフォルメされる一方で、森はリアルで美しい。  最後の "Just Ducks" は、動物の生態を易しく語る "Nature Storybooks" シリー ズの1冊。動物に関する本を数多く手がけてきた Nicola Davies の簡潔ながらも動 物の魅力を充分に伝える文章に絵を添えたのは、Salvatore Rubbino。落ち着いた色 調で、カモたちを生き生きと描きだしている。  これら8作品を紹介するため、作者や作品について調べれば調べるほどその魅力に はまりこんでしまった。イギリスの絵本の最先端を感じることができ、幸せな時間だ った。どの作品が受賞するだろう。発表が楽しみでたまらない。 ▼Rebecca Cobb 公式ウェブサイト http://www.rebeccacobb.co.uk/ ▼Emily Gravett 公式ウェブサイト http://www.emilygravett.com/ ▼Chris Haughton 公式ウェブサイト http://www.vegetablefriedrice.com/ ▼"Oh No, George!" 紹介動画(YouTube 内 Walker Books UK のチャンネル) http://www.youtube.com/watch?v=w1L4xGuID74&list=UU2Begme37cpqPTlv6dqMA6Q ▼Jon Klassen 公式ブログ http://jonklassen.blogspot.jp/ ▼Chris Mould 公式ブログ http://chrismould.blogspot.jp/ ▼Helen Oxenbury 紹介ページ(Puffin Books 内) http://www.puffin.co.uk/nf/Author/AuthorPage/0,,1000024653,00.html ▼Levi Pinfold 紹介ページ(Templar Publishing 内) http://www.templarco.co.uk/picture_books/levi_pinfold/levi_pinfold.html ▼Salvatore Rubbino 紹介ページ(Walker Books 内) http://www.walker.co.uk/contributors/Salvatore-Rubbino-7289.aspx ▽エミリー・グラヴェット作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/author/g/egravett.htm ▽ジョン・クラッセン作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/author/k/jklassen.htm                                (植村わらび) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●特集●ニューベリー賞/プリンツ賞 受賞作品及びオナー(次点)作品レビュー ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  1月28日、米国図書館協会(ALA)から発表された、今年のニューベリー賞/プ リンツ賞の受賞作品及びオナー作品のレビュー2本をお届けする。  本誌1月号外の速報記事は、こちら。 http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2013/01g.htm **************************************************************************** "Bomb: The Race to Build - and Steal - the World's Most Dangerous Weapon" 『原子爆弾開発競争』(仮題) by Steve Sheinkin スティーヴ・シェインキン作 Flash Point, 2012, 266pp. ISBN 978-1596434875 (HB) ★2012年全米図書賞児童書部門最終候補作品 ★2013年ニューベリー賞オナー作品 ★2013年ロバート・F・サイバート知識の本賞受賞作品  本書は原子爆弾の開発競争を取り上げたノンフィクション作品だ。1938年12月、ド イツの化学者オットー・ハーンがウラン原子の核分裂反応を見つけた。この発見を知 った科学者たちは、核分裂の際に生じるエネルギーを利用すれば、いまだかつてない 威力の爆弾を製造できることに気がついた。やがて第2次世界大戦が始まり、この新 型爆弾への懸念と関心が各国関係者の間でひそかに高まっていった――。優秀な科学 者たちがニューメキシコ州の人里離れたロスアラモス研究所に集められ、極秘のうち に進められたアメリカ主導の原子爆弾開発、通称「マンハッタン計画」。その研究成 果を盗もうと暗躍するソビエトのスパイ。レジスタンスによるナチス支配下のノルウ ェー重水工場爆破計画など、ドイツの原爆開発を阻止しようとする動き。これら3点 を主軸に据えて、包括的に過去が語られていく。  世界各地を舞台に、国籍も職もさまざまな多数の人物が登場する。場面展開もスピ ーディーで、歴史の本というよりむしろスリラー小説を読んでいるかのようだ。教科 書制作に長年従事してきた作者は、退屈な教科書ではなく、読者自身が進んで読もう と思える歴史の本を書きたいと考えてきたそうだ。本書はその願いを体現した作品に 仕上がっており、ページをめくる手が止まらなかった。  核兵器の使用やスパイ活動の是非など倫理的な問題について、作者はあえて自分の 考えを語らず、膨大な資料をもとに事実と当事者の声を伝えることに徹する。巻末の 参考文献一覧は圧巻だ。作中に出てくる人物の会話や考えは創作ではなく、すべて引 用されたもので、もちろん引用元も記されている。ヒトラーに先んじられてはいけな いという一心で、科学者たちは原子爆弾開発に邁進した。だがその破壊力を目の当た りにしたときの彼らの心情には複雑なものがあり、広島の惨状を伝える被爆者本人の 声と併せて読むことで、科学の進歩と倫理について考えさせられた。また、エピロー グでは終戦後の核拡散、そして現在の核をめぐる状況に触れている。これから核兵器 とどのように向き合っていくべきなのか。未来を担う若い読者たちに自分自身の問題 として考えてほしいという作者の強い思いが伝わってきた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作】Steve Sheinkin(スティーヴ・シェインキン):ニューヨークのブルックリン 生まれ。シラキュース大学卒業後、環境保全団体勤務や映画製作を経て、教科書の執 筆に携わる。"The Notorious Benedict Arnold: A True Story of Adventure, Heroism, & Treachery" で2011年ボストングローブ・ホーンブック賞ノンフィクショ ン部門などを受賞し、高い評価を受けている。妻と2人の子どもとともにニューヨー ク州サラトガ・スプリングズ在住。 【参考】 ▼スティーヴ・シェインキン公式ウェブサイト http://www.stevesheinkin.com/index.html ▼スティーヴ・シェインキンのインタビュー(YALSA 内) http://www.yalsa.ala.org/thehub/2013/01/25/an-interview-with-yalsa-nonfiction-award-finalist-steve-sheinkin/                                 (森井理沙) **************************************************************************** "In Darkness" 『闇の中で』(仮題) by Nick Lake ニック・レイク作 Bloomsbury, 2012, 343pp. ISBN 978-1408824184 (HB) ★2013年プリンツ賞受賞作品 ★2013年カーネギー賞ショートリスト作品 (このレビューは Kindle 版を参照して書かれています)  2010年1月12日、ハイチは巨大地震に襲われた。あれから何日が過ぎたのだろう。 異臭漂う病室に閉じ込められ、15歳の主人公は暗闇の中でもうろうとしながら、ひと り考えていた。銃創やけがの痛みより、空腹、いや、渇きがつらい。なぜこんな自分 だけが生きのびたのだ? 8歳の時、父が目の前でギャングに切り刻まれ、母の胎内 からずっと一緒だった双子の妹は拉致された。その復讐のため12歳で人を殺した。  少年の住む世界最大で最悪のスラム街、シテ・ソレイユ、「太陽の街」は盗賊王、 ドレッド・ウィルメなどのギャングらの支配下にある。ドレッドは極悪犯罪を行う一 方で少年が学校に行けるように手配し、困っている貧民の面倒をみた。人々は彼を、 恐れながらも愛した。だが、神々に守られた不死身とまで言われた彼も、遂に2005年、 国連軍に射殺された。ハイチでは奴隷と共にやってきたアフリカ大陸の神々がある時 は人々を守り、ある時は呪う。説明のつかない不思議を起こすのだ。妹を失った少年 の魂は半分欠けていると言われていた。そして今、その隙間に「何か」が入りこんだ。  気づくと少年は馬にまたがり、軍を率いる50代の男になっていた。男はトゥサン・ ルヴェルチュール、ハイチをフランスから独立させ、世界で初めて奴隷解放を実現さ せたハイチ建国の父だ。これは幻覚だろうか、それともこの地に根付くブードゥー教 による魔術か? 戦略家、政治家、思想家で……奴隷でもあったトゥサン。  1791年、独立運動の目的はあくまでもフランスから、そして「主人」であるブラン (白人)から自由になること。内戦を避けなければ、トゥサンが夢見る新しいハイチ は生まれない。彼は被害を最小限に止めながら奴隷を解放し、各国に自由なハイチを 認めさせた。しかし、最後はフランス政府に裏切られた。その偉大な英雄がなぜ、今、 この暗闇に閉じ込められた少年に乗り移ったのか?  がれき、過去、そして希望のない未来が少年に重くのしかかり、彼を闇に閉じこめ ている。何百年もの間、諸外国に利用だけされてきたハイチでは、善悪の基準がもは や我々の常識を越えている。重い歴史を背負う少年に、闇から這いだして生まれ変わ る力を授けてくれるのは、過去の英雄だった。深い感銘を残す大作をおすすめしたい。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作】Nick Lake(ニック・レイク):オックスフォード大学出身で、大学院で言語 学を専攻した際に本書の舞台であるハイチの文化に魅せられたという。Blood Ninja シリーズ三部作でデビューした。現在は HarperCollins UK の児童書部門で編集者を つとめる傍ら、作家活動を続けている。邦訳はまだない。英国在住。 【参考】 ▼"In Darkness" 作品公式ウェブサイト http://www.in-darkness.org/ ▼Nick Lake 紹介ページ(Bloomsbury 内) http://www.bloomsbury.com/author/nick-lake                                 (池上小湖) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞速報● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★第18回日本絵本賞発表 ★2013年ニュージーランド・ポスト児童図書賞候補作品発表                      (受賞作品の発表は6月24日の予定) ★2014年国際アンデルセン賞候補者発表(受賞者の発表は2014年3月24日の予定) ★2013年度アストリッド・リンドグレーン記念文学賞受賞者発表 ★2013年度ドイツ児童文学賞ノミネート作品発表              (受賞作品及び特別賞の発表は2013年10月11日の予定) ★2013年CBI最優秀児童図書賞(旧ビスト最優秀児童図書賞)ショートリスト発表                      (受賞作品の発表は5月8日の予定)  海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を ご覧ください。 http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●イベント速報● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★展示会情報  武蔵野市立吉祥寺美術館「佐々木マキ 見本帖」  宮城県美術館「はじめての美術 絵本原画の世界 2013」 など ★講演会情報  梅花子ども・絵本・児童文学センター「あさのあつこ VS 富安陽子」 など ★イベント情報  上野公園「上野の森親子フェスタ」 など  詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、 空席状況については各自ご確認願います。 http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event                            (笹山裕子/冬木恵子) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●世界のお祭り●第30回 キンセアニェーラ(ラテンアメリカ) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  日本ではいつになく雪の多かった冬が終わり、色とりどりの花が咲く春がやってき ました。新たな場所で大人としての一歩を踏み出した方もいらっしゃることでしょう。 今回は、メキシコなどラテンアメリカの国で広く行われている女の子の成人のお祝い 「キンセアニェーラ」をご紹介します。  キンセアニェーラとはスペイン語で15歳という意味で、女の子が15歳になる誕生日 に行われます。キンセアニェーラという言葉は、お祝いそのものについても、その日 の主役である女の子についても使われます。ポルトガル語圏であるブラジルでは「フ ェスタ・デ・デビュタント(デビューのお祭り)」と呼ばれています。どちらも起源 は植民地時代で、少女が成人し、社交界へのデビューや結婚ができるようになったの を祝ったのが始まりだと考えられています。  祝賀行事は、教会での特別なミサから始まります。まず、主役の女の子をエスコー トする役に選ばれた若者が、14組の若い男女とともに入場します。この14組は、少女 時代の1年1年を象徴しています。それに続いて、この日のために特別にあつらえた イブニングドレスに身を包み、頭にティアラをのせ、ブーケを手にした女の子が、両 親に伴われて祭壇に進み、司祭の祝福を受けます。  ミサが終わると、女の子は聖母像に花束を捧げます。そして自分と同じドレスを着 た人形をプレゼントされ、それまで履いていたスニーカーをハイヒールに替えます。 人形は、子ども時代最後の贈り物、あるいは子どもを産めるようになった象徴などと 解釈されています。そしてハイヒールは大人になった印です。お化粧もこの日から許 されます。神との絆を意味するロザリオや祈祷書が贈られることもあります。  教会での儀式が済むと、パーティーが始まります。多くの賓客を招いて、結婚披露 宴のように盛大に行う家族もいます。アロス・コン・ポジョと呼ばれるチキンライス や、ピカディロという牛挽肉とジャガイモの炒め物、デザートやサラダなど、女の子 や家族がお客様のために選んだごちそうが並びますが、特に目を引くのは、ドレス姿 の女の子の人形が飾られた、ウエディングケーキのような背の高いケーキです。  パーティーでの楽しみはダンスです。ダンスはワルツから始まります。女の子は、 それまで人前で踊ることが許されていなかったワルツを、まずは父親と踊ります。そ れから、招かれた男性たちと踊ります。これは、父親が娘を世間に紹介し、社交界に デビューさせることを意味しています。ダンスは夜遅くまで続くこともあります。  華やかなドレスを着て多くの人に祝福されるキンセアニェーラは、ラテンアメリカ の女性にとって結婚式と並ぶ晴れ舞台ですが、両親にしてみれば経済的に大きな負担 であるのも事実です。豪華なお祝いをするために借金をする親もいます。メキシコ市 ではこのような負担を軽減するため、毎年4月に市長が何百人もの女の子たちを招い て合同成人式を行っています。また、親戚や地域の人たちが援助しあうこともありま す。  最近はアメリカでも、ラテンアメリカからの移民が多いテキサスやフロリダ、カリ フォルニアなどで、キンセアニェーラが見られるようになりました。テキサス州の国 境近くの町に住むメキシコ系アメリカ人の子どもたちが主人公の短編集『国境まで10 マイル コーラとアボカドの味がする九つの物語』(デイヴィッド・ライス作/ゆう きよしこ訳/福音館書店)にも、キンセアニェーラに招かれた家族の様子が描かれて います。 *〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*  あるキンセアニェーラで、ハリーの祖父がパーティーでの音楽の後見役を頼まれた とき、一家はそろってめかしこみ、いっしょにパーティーに出かけた。ハリーはタキ シード、母親と妹たちはドレス、そして祖父は、つやのある黒のウェスタン仕立ての スーツに黒のカウボーイ・ブーツ、黒のカウボーイ・ハットで決めた。いちばんの盛 装でさっそうと部屋から出てきたじいさんは、いたずらっぽく腰を振って見せてから、 ポールモールの宣伝そっくりに、ニヤッと笑った。 *〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜* 女の子の成長を祝うパーティーは、そこに集う人たちにとっても、心躍るもののよう です。 ★参考文献・ウェブサイト 『メキシコを知るための60章』吉田栄人編著/明石書店 "Living Folklore" by Martha Sims & Martine Stephens (Utah State Univ Press, 2011) "Once Upon a Quinceanera" by Julia Alvarez (Viking Adult, 2007) "Blanca Rosa's Quinceanera" by Emma Vera Rodriguez (Eloquent Books, 2011) ロイター通信ウェブサイト http://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-20909120110502 【特殊文字】 「Quinceanera」:2つ目の「n」の上にティルデ(~)                            (笹山裕子/村上利佳) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●読者の広場● 海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  このコーナーでは、本誌に対するご感想・ご質問をはじめ、海外児童書にまつわる お話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せ ください。 ※メールはなるべく400字以内で、ペンネームをつけてお送りください。 ※タイトルには必ず「読者の広場」とお入れください。 ※掲載時には、趣旨を変えない範囲で文章を改変させていただく場合があります。 ※質問に対するお返事は、こちらに掲載させていただくことがあります。原則的に編 集部からメールでの回答はいたしませんので、ご了承ください。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●お知らせ●  本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。 こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。 http://www.yamaneko.org/info/order.htm  本号の html 版を4月18日に公開予定です。以下の URL よりお入りください。 http://www.yamaneko.org/mgzn/bncorner.htm#html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━            ・☆・〜 次 号 予 告 〜・☆・  5月号では、翻訳家の★伏見操さん★インタビューをお届けする予定です。  詳細は10日頃、出版翻訳ネットワーク内「やまねこ翻訳クラブ情報」のページに掲 載します。どうぞお楽しみに!           http://litrans.g.hatena.ne.jp/yamaneko1/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽   やまねこ翻訳クラブ(yagisan@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。 PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━      ☆☆ FOSSIL 〜 Made in USA のライフスタイルブランド ☆☆  独創的なデザインで世界100ヶ国以上で愛用されているフォッシルはアメリカを代 表するライフスタイルブランドです。1984年、時計メーカーとして始まったフォッシ ルは時計をファッションアクセサリーの一つと考え、カジュアルな「TREND」ライン からフォーマルなシーンにも使える「CERAMIC」など、年間300種類以上のモデルを発 売し続けています。またフォッシル直営店では、時計以外にもレザーバッグ、革小物、 ファッションサングラスなどのラインも展開しています。 TEL 03-5992-4611 http://www.fossil.co.jp/     (株)フォッシルジャパン:やまねこ賞協賛会社 PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★☆     出版翻訳ネットワークは出版翻訳のポータルサイトです     ☆★              http://www.litrans.net/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ =- PR -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=      ★☆メールマガジン『海外ミステリ通信』 隔月15日発行☆★           http://www.litrans21.net/whodunit/mag/ 未訳書から邦訳新刊まで、あらゆる海外ミステリの情報を厳選して紹介。翻訳家や 編集者の方々へのインタビューもあります!    〈フーダニット翻訳倶楽部〉 =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=- PR -= ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ *=*=*=*=*=*= やまねこ翻訳クラブ発行メールマガジン&ウェブジン =*=*=*=*=*=* ★やまねこアクチベーター(毎月20日発行/無料)   やまねこ翻訳クラブのHOTな話題をご提供します!                  http://www.yamaneko.org/mgzn/acti/index.htm *=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=* ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●編集後記●春本番となり、あちこちで花の便りが聞かれるようになりましたね。こ の春、新生活を始められる方や、春の事始めに新しいことにチャレンジなさる方も多 いのではないでしょうか? 新年度も、みなさまにとって実り多い1年となりますよ うに。(か) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 発 行 やまねこ翻訳クラブ 編集人 蒲池由佳/大作道子/植村わらび(やまねこ翻訳クラブ スタッフ) 企 画 赤間美和子 池上小湖 尾被ほっぽ 加賀田睦美 かまだゆうこ 小島明子     笹山裕子 平野麻紗 冬木恵子 村上利佳 森井理沙 協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内     からくっこ コアラン SUGO ながさわくにお ゆま ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・このメールマガジンは、「まぐまぐ」( http://www.mag2.com/ )を利用して配信 しています。購読のお申し込み、解除もこちらからどうぞ。 ・バックナンバーは、http://www.yamaneko.org/mgzn/ でご覧いただけます。 ・ご意見・ご感想は mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せください。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆無断転載を禁じます。