◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 2007年9月号    =====☆                    ☆=====   =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====    =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====                                  No.93 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌◆ ◆http://www.yamaneko.org                         ◆ ◆編集部:mgzn@yamaneko.org     2007年9月15日発行 配信数 2410 無料◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●2007年9月号もくじ● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎ミニ特集:ハリー・ポッター完結編  ★レビュー "Harry Potter and the Deathly Hallows" J・K・ローリング作  ★ハリー・ポッター最終巻出版にまつわる事件 ◎注目の本(邦訳絵本):『ウェン王子とトラ』                      チェン・ジャンホン文・絵/平岡敦訳 ◎注目の本(邦訳読み物):『ボーイ・キルズ・マン』                        マット・ワイマン作/長友恵子訳 ◎注目の本(未訳絵本):"The Growing Story"                 ルース・クラウス文/ヘレン・オクセンバリー絵 ◎賞速報 ◎イベント速報 ◎世界のお祭り:第10回 フェアー(アメリカ) ◎読者の広場:海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●ミニ特集:ハリー・ポッター完結編●明かされる謎――このために生まれてきた! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『ハリー・ポッターと死の秘宝』(仮題) J・K・ローリング作 "Harry Potter and the Deathly Hallows" by J. K. Rowling Bloomsbury, 2007 ISBN 978-0747591054 607pp.(UK 版) Arthur A. Levine Books, 2007 ISBN 978-0545010221 784pp.(US 版)  魔法使いとして成人する17歳の誕生日がせまったハリーだが、喜ぶどころじゃない。 成人すれば母が命と引き換えにかけてくれた守りの呪文が消え、おじさんの家も安全 域ではなくなる。ヴォルデモートがその時を狙ってくるのは予想できた。不死鳥の騎 士団は、ハリーをその前に避難させる大作戦にふみきり、かなしい犠牲を出した。  盛大な誕生会や兄貴分の結婚式が目の前にあっても、気分は晴れず、これ以上自分 のために犠牲者が出るのはたまらないと、こっそり家を出ようとするハリー。ダンブ ルドアに託された、ホークラックスを見つけて破壊する使命をひとりで遂行しようと いうのだ。だが、親友はそういうハリーを見抜いており、置いてきぼりを許すわけが ない。そしてついに魔法省が闇の勢力の手に落ちた。ホークラックスをさがす手がか りがなく、見つけてもどう壊せばいいかわからないまま、3人は旅に出た。失敗すれ ば、魔法界だけでなく、マグル界を含む世界全体が闇におちいるとわかっている。  これまでの謎が明かされる最終巻。ヴォルデモートとの対決で、英雄ハリーが世界 を救うために戦うのは誰もが予想できる。だが実はもうひとつ、ハリーの内なる戦い がある。生まれて間もなく両親を失ったハリーだが、ホグワーツに入学以来、幸運に も両親に代わるさまざまな「親」に恵まれた。特に十代の少年には不可欠な男親が、 何人もいる。ハグリッド、ロンの父、大好きなシリウス、ルーピン、全能で善良すぎ るダンブルドア、犬猿の仲のスネイプ、そして自分との共通点が恐ろしく多い、悪を 象徴するヴォルデモート。どのモデルから何を学ぶか。ダンブルドアの心の闇、スネ イプが何より大切にしているもの、そしてヴォルデモートの弱みについて。それぞれ の男がどのような過程を経ていまの姿になったのかが、最終巻で語られる。多種多様 の父たちの生きざまを見てきたハリーだからこそ、最後の修羅場で選択を迫られたと き、最も自分らしい道を選べた。  スタインベックの傑作『エデンの東』では、キャルという青年が内なる悪に苦しむ。 重大な罪を犯した自分には救いがあるのだろうかとすがるキャルに、父はひとこと、 「ティムシェル!」(ヘブライ語で Thou Mayest = you may)とこたえてやった。 ハリーが本シリーズで父たちから、そして経験から学んだことは? 人生を左右する のは潜在的な性質よりも、その人がどのような選択をしていくかにかかっている。つ まり、ティムシェル!なのだ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作】J. K. Rowling(J・K・ローリング):1965年、ウェールズ生まれ。エクセ ター大学では古典文学とフランス語を専攻。離婚後、乳児を抱える貧困母子家庭の苦 労をなめつつ、最初の作品 "Harry Potter and the Philosopher's Stone"(『ハリ ー・ポッターと賢者の石』松岡佑子訳/静山社)を書きあげた。本国イギリスをはじ め、世界各国で大ヒットし、出版界のあらゆる記録を塗り替える超ベストセラーとな り、世界的なファンタジー・ブームを巻き起こした。いまはイギリスで長者番付に登 場する大富豪となり、執筆をつづけるのは自分の楽しみのためと語る。「ハリー・ポ ッター」シリーズは本書で完結したが、登場人物の裏話などを盛りこんだ百科事典を いずれ出版する意向を示している。また今後は児童書に限らず、一般向けの小説を書 きたいらしい。 【参考】 ▼J・K・ローリング公式ウェブサイト http://www.jkrowling.com/ ▽J・K・ローリング作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/author/r/jkrow.htm  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――        〜〜ハリー・ポッター最終巻出版にまつわる事件〜〜  最終巻のタイトルは著者のウェブページになぞなぞとしてだされ、昨年12月に正解 が発表された。発売は英米同時で7月21日、イギリス時間で午前0時1分。これまで もリリース日時を厳重に守るよう書店を管理してきた出版社だが、またしても事件が 起こった。出版の1か月ほど前に、著者のパソコンをハッキングして原稿を盗み読ん だという人物が、ウェブサイトに7巻のあらすじと、どの登場人物が犠牲になるかを 流した。その人物の目的は「反キリスト教精神に満ちた本書が売れないように、筋を 全部バラしてやること」らしい。しかし、のちにすべてがデマと判明。そして出版数 日前、米国版のものと思われる大量の画像がウェブ上に公開された。しかもこんどは どうも本物らしい。ある書店が配達にかかる日数を考慮して本を数日早めに発送した ところ、運よく(悪く?)1日で到着してしまい、受けとったひとりがご親切にも 784ページをスキャンしてインターネットに流していた。目をこらしてその画像を読 んだ人たちがあらすじと犠牲者リストを、またたく間にネットに流し、マスコミまで がとりあげるさわぎに。だが案外多くのファンは、極力インターネットやニュースを 見ないようにして、21日を楽しみにまった。そして数々の盛大な出版祝杯パーティー のあと、異様な静粛が訪れた。みんなが読みふけっていたのだ。  その後またも事件が。こんどはフランス語版がネット上に掲載された。じつにうま い翻訳で、文章力といい、まちがいなくプロの仕業と判断され、犯人は著作権侵害で 逮捕された。ところが、ふたをあけてみると犯人はなんと16歳の高校生。このような 騒ぎになるとは夢にも思わず、親切心から掲載したとか。厳重な注意をうけて釈放さ れた。  これほどの秘密態勢で出版される本は少ないだろうし、逆に秘密態勢がこういう事 件を生んでいるともいえる。「ファンが平等に一斉に読みはじめることができるよう に」ということが目的ならば、各国版も同時に発売できるようあらかじめ原稿を各国 の提携出版社に渡すべきだったのではなかろうか。せめて最終巻だけでも。大人の本 なら「がんばって原書を読め」といえるが、子どもが読者である以上、配慮はほしか ったと思う。                                 (池上小湖) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳絵本)●中国を舞台に、ふたりの母親に育てられた王子の物語 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『ウェン王子とトラ』 チェン・ジャンホン文・絵/平岡敦訳 徳間書店 定価1,995円(税込) 2007.06 48ページ ISBN 978-4198623531 "Le Prince Tigre" by Chen Jian Hong l'ecole de loisirs, 2005  黒を背景に、男の子を口にくわえたトラの表紙。はたしてトラは子どもを食べよう としているのか、それとも……悲しげに見えるトラには、鬼気迫るものさえ感じられ る。わたしは、表紙の魅力に引き込まれるようにしてページを繰った。  昔、森の奥深くにトラの母子が住んでいた。だが、猟師に子どもを殺され、母トラ は怒りで我を忘れて、人間をおそうようになる。知らせを聞いた王はトラ狩りを決め、 占い師にうまくいくかどうかをたずねた。すると、トラの怒りを鎮めるにはトラに王 子をさしだすしかない、と出てしまう。王子が危ない目にあうことはないだろうとも 占い師からいわれ、王と妃は国を救うために断腸の思いで占いの結果に従った。王に 森へと連れていかれた幼いウェン王子は、トラの住む森の奥へひとりで入っていった。  トラはウェンを受け入れ、ウェンと暮らすことで自分の子どもを思い出し、「母」 としての慈愛を再び持つようになる。そして、ウェンはトラとしての生き方を学び、 森のすべてを知りつくす、たくましい少年へと成長していった。ところが、ウェンを 失った悲しみにがまんできなくなった王が、森に兵を送り……。  読み終えたわたしは、久しぶりに骨のある絵本を読んだという充足感に満たされた。 あくまで雄雄しく、動物の本能のままに行動するトラの緊迫感がありながら、失った 我が子と同じまなざしを持つウェン王子との出会いにより心が変化していくトラのよ うすが、丁寧に描かれている。一方で、息子を思う両親の気持ち、特に母親の思いが 切々と伝わってきた。ウェン王子の率直さ、誠実さにも心打たれるものがある。動物 の種族を超えた「親と子の強い絆」が、この物語にはあるのだ。  昔話の形態をとっているが、この作品は中国の青銅器からヒントを得た作者の創作 である。また、トラの獰猛さとともにぬくもりの感じられる絵は、中国の伝統的な水 墨画の手法を使い、薄紙に描かれているらしい。絵の迫力をそのままに伝える大判の 絵本の価値は、実際に手にとって見れば分かるだろう。場面によってはページを分割 することにより場の展開にスピード感が生まれ、新しさも感じられる作品だ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【文・絵】チェン・ジャンホン(Chen Jian Hong):1963年中国生まれ。北京の美術 学校に学び、1987年にパリに移住。さまざまな国の民話集に挿絵を書いている画家で あり、絵本作家である。"Han Gan und das Wunderpferd"(原題 "Le Cheval Magique de Han Gan" 仏独翻訳 Erika & Karl Klewer)で2005年のドイツ児童文学賞絵本部門 を受賞した。日本に紹介されるのは、この作品がはじめて。 【訳】平岡敦(ひらおか あつし):1955年生まれ。早稲田大学文学部卒、中央大学 大学院修了。中央大学講師、フランス文学翻訳家。訳書に『散文売りの少女』(ダニ エル・ペナック作/白水社)など、児童書の訳書に『たったひとりの戦い』(アナイ ス・ヴォージュラード文・絵)、『こわがりのかえるぼうや』(キティ・クローザー 文・絵/いずれも徳間書店)などがある。 【参考】 ▽ドイツ児童文学賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/award/de/dj/index.htm 【特殊文字】 「l'ecole」:最初の「e」の上にアクサン・テギュ(´)がつく                                 (横山和江) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳読み物)●暴力、貧困にあえぐコロンビアで生きる少年たち ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『ボーイ・キルズ・マン』 マット・ワイマン作/長友恵子訳 鈴木出版 定価1,680円(税込) 2007.05 277ページ ISBN 978-4790231684 "Boy Kills Man" by Matt Whyman Hodder Children's Books, 2004 ★2004年ブックトラスト・ティーンエイジ賞ショートリスト作品  ソニーが生まれたとき、父はもういなかった。母はひとりでソニーを育てようとが んばったが、貧しい生活はかわらない。ソニーが5歳のときに転がり込んできた父の 弟は、病気で働けず、母やソニーを虐待するだけだ。そんなソニーと親友のアルベル トは、幼いころからずっといっしょに育ってきた。ともにサッカー選手になるのを夢 見て、ふたりでいるときだけは安心できた。かわらぬ貧しさからふたりは、10歳のと き学校へ行くのをやめ、生活費のたしにたばこを売ってかせぐようになる。12歳にな ったある日、事件に遭遇したのをきっかけに、アルベルトは裏社会の仕事に手を染め た。その報酬でふたりの念願だったサッカーの試合のチケットを手に入れたが、試合 当日、アルベルトは姿を消してしまった。残されたソニーは、ある決断をする。 「銃声のほうが、人の声よりも大きい」とソニーがいう南米コロンビアのメデジンで、 アルベルトは少しだけいい生活をしたいがために、銃を手にした。やがてソニーも銃 をとる。裏社会を牛耳る大人のエゴで、少年たちは暗殺者にされた。子どもだと相手 が油断するから。そして、子どもはあれこれ迷わずに、引き金を引くから。「気持ち を落ち着かせる薬」まで打たれて、指示されたとおりに暗殺をするソニーたちには、 何の救いも残されていない。  この話は現実に起こった出来事に基づいて書かれているという。この事実を受けと めるのに時間がかかった。サッカー選手になる夢をもつ普通の少年たちの現実は、あ まりにも苦しくてつらい。  銃を手にした少年たちは、報酬でラジカセ・CDプレーヤーを買い、新しい服を買う。 母にも楽をさせたいと願う。しかし、そのささやかな慰めが長くは続かないと、心の 奥底で感じている。読み終わって、人が人を殺してしまう重さがずしりと残った。ど んな理由があろうと、どんな望みがかなおうと、人を殺してしまえば、自分の心も死 んでしまう。心のなかに、決してぬぐいきれない汚点が残り、明るい未来は望めない。 いま同じ時代に、このような子どもたちがいて、危うい毎日を生きているのだと、し っかり胸にきざんだ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作】マット・ワイマン(Matt Whyman):1969年生まれ、英国在住。大人向けの小 説から子ども向け小説やノンフィクションまで幅広い分野で執筆している。ティーン エイジャー向けの雑誌で相談コーナーを多数もっており、サウジアラビア、ロシアで はワークショップを開くなど、多方面にわたって活躍中。最新作 "Inside the Cage" が今年7月に発表された。 【訳】長友恵子(ながとも けいこ):北海道、美幌町生まれ。ボストン大学経営大 学院を修了し、翻訳家として活躍中。訳書に『中世の城日誌 少年トビアス、小姓に なる』(リチャード・プラット文/クリス・リデル絵/岩波書店)、『ひとりぼっち のねこ』(ロザリンド・ウェルチャー作/徳間書店)などがある。やまねこ翻訳クラ ブ会員。 【参考】 ▼マット・ワイマン公式ウェブサイト http://www.mattwhyman.com/ ▼"Boy Kills Man" Film Production http://www.boykillsman.com/                                (竹内みどり) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(未訳絵本)●時を越えた、子どもへのあたたかな贈り物 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『ぼくもそだってる?』(仮題) ルース・クラウス文/ヘレン・オクセンバリー絵 "The Growing Story" text by Ruth Krauss, illustrations by Helen Oxenbury HarperCollins Children's Books, 2007 ISBN 978-0060247164 33pp.  春、木に芽がでてきた。草ものび、花もさいた。ひよこや子犬やぼくも育っている のかな? だんだん日がのびてくる。ぼくはママとトウモロコシの種をまいた。あつ めの服も高い棚の上にしまった。夏が来て、ひよこも子犬も大きくなったのがわかる。 トウモロコシもよく育っている。ぼくも大きくなっているとママは言うけれど、ほん とうなの? やがて、秋になり、木の葉が赤や黄色になった。もう花はさいていない。 ひよこはニワトリに、子犬も大人の犬になった。でも、ぼくは……?  私の子どもたちも同じように聞いてきたことがある。この普遍的な子どもの質問が 季節の移ろいとともに繰り返される物語は、クラウスの初期の作品で、60年前にフィ リス・ロワンドの絵によって絵本になった。それが、長い年月を経て、今春オクセン バリーの絵で新たに出版されたのである。  赤と緑と茶を基調にしたロワンドの絵は、刺しゅうの図案のようにシンプルで、懐 かしく素朴な印象を与える。これは当時の印刷技術のせいもあるだろう。いっぽうオ クセンバリーの絵は、彩り美しい四季の移り変わりや人物の自然な動きをそのまま表 現しているため、明るく自由な雰囲気を感じさせる。まさに、現在の読者を惹きつけ る新たな命をこの絵本に吹き込んでいると言えよう。  クラウスは、子どもの視点に立ち、子どもの言葉を使って絵本を作ろうと努め始め た作家のひとりであり、その姿勢はこの絵本にも確固として表れている。オクセンバ リーもまた、大人は子どもとともに笑ってほしいと言い、常に子どもの側に立った絵 本作りを続けている。60年の歳月を経て、共通したスタンスの作家と画家のコラボレ ーションが完成させた、現代の子どもへのあたたかな贈り物のような絵本である。  1948年初版の絵本 "Bears" も同じくロワンドの絵であったが、クラウスを師とし て仰ぎ敬愛し続けたセンダックの絵で2005年に新装版が出されている。時を越えて愛 され続ける文章や絵があれば、限られた年月の間のみ輝く文章や絵もある。こうして 新たによみがえった絵本を幼い子と分かち合えるのは実に幸せなことだと思う。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【文】Ruth Krauss(ルース・クラウス):1901年、米国ボルティモア生まれ。1940 年代より米国の代表的絵本作家として活躍。"The Happy Day"(『はなをくんくん』 マーク・シーモント絵/木島始訳/福音館書店)、"A Very Special House"(『うち がいっけんあったとさ』モーリス・センダック絵/渡辺茂男訳/岩波書店)でコール デコット賞オナーに選ばれている。夫クロケット・ジョンソンとの共作も名高い。 1993年没。 【絵】Helen Oxenbury(ヘレン・オクセンバリー):1938年、英国サフォーク州生ま れ。夫ジョン・バーニンガムの影響もあり、出産を機に舞台美術から絵本創作へ転向。 幼い子を描く第一人者となる。"The Quangle-Wangle's Hat"(『カングル・ワングル のぼうし』新倉俊一訳/ほるぷ出版)、"Alice's Adventures In Wonderland"(『ふ しぎの国のアリス』中村妙子訳/評論社)でケイト・グリーナウェイ賞を受賞。 【参考】 ▽コールデコット賞受賞作品リスト (やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/caldecot/index.htm ▽ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品リスト (やまねこ翻訳クラブ資料室) http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/greenawy/index.htm ★参考文献 "The Growing Story" text by Ruth Krauss, illustrations by Phyllis Rowand Harper & Row, Publishers, Incorporated, 1947 ISBN 978-0060233815 (ISBN は米国アマゾンの記載に基づく) "The Essential Guide to Children's Books and Their Creators" by Anita Silvey Houghton Mifflin Company, 2002 ISBN 978-0618190829 "Ways of Telling" by Leonard S. Marcus Dutton Children's Books, 2002 ISBN 978-0525464907 "Bears" text by Ruth Krauss, illustrations by Maurice Sendak HarperCollins Publishers, 2005 ISBN 978-0060279943                                 (リー玲子) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞速報● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★2007年ミソピーイク賞発表 ★2007年エスター・グレン賞/ラッセル・クラーク賞/エルシー・ロック賞/     Te Kura Pounamu(マオリ語で書かれた児童書およびYA向け小説対象)発表 ★2007年オーストラリア児童図書賞発表 ★2007年ブックトラスト・ティーンエイジ賞候補作発表                       (受賞作の発表は10月31日の予定)  海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を ご覧ください。 http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●イベント速報● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★展示会情報  三田市立有馬富士自然学習センター「世界のバリアフリー絵本展」  西宮市大谷記念美術館「ボローニャ国際絵本原画展」  イルフ童画館「チェコ絵本の現在(いま)」など ★セミナー・講演会情報  教文館 子どもの本のみせ ナルニア国 「渡辺鉄太氏講演会『父、渡辺茂男の思い出』」  クレヨンハウス「岡田淳氏講演会『ぼくは小学校で図工の先生をしていた』」など  詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、 空席状況については各自ご確認願います。 http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event                                 (笹山裕子) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●世界のお祭り●第10回 フェアー(アメリカ) 夏から秋 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  各地が猛暑に見舞われた8月も終わり、ようやく秋の気配が漂ってきました。秋と いえば実りの季節。そしてその年の収穫に感謝するお祭りの季節でもあります。アメ リカではこの時期、農業や牧畜業の成果を競い合い、収穫を祝う「フェアー」が各地 で開かれます。州ごとや郡(カウンティ)ごとのものなど、アメリカ全土で催される フェアーの数は3千にものぼるそうです。  フェアーでは、農作物や家畜、自家製のビールやジャムなどの食べ物、キルトなど の手工芸品まで、さまざまな分野の品評会が行われ、優勝者には青いリボンが贈られ ます。そのほかにも、サーカスや観覧車、見世物小屋や食べ物の屋台、アーティスト を招いてのコンサート、豚のレースなど、たくさんのお楽しみが用意されており、一 日中遊べる大規模なイベントです。  収穫を祝うお祭りは大昔から世界中で催されてきましたが、アメリカで現在行われ ているフェアーは、農業振興に務めたエルカナー・ワトソンというビジネスマンが、 マサチューセッツ州ピッツフィールドで1810年に開いたのが始まりといわれています。 その成功をきっかけにフェアーは東海岸から西海岸へ広がり、20世紀の初めにはアメ リカだけでなくカナダでも、各地で同様の催し物が見られるようになりました。中で も有名なのがテキサス・ステート・フェアー(テキサス州)やロサンゼルス・カウン ティ・フェアー(カリフォルニア州)などで、毎年百万人以上が訪れるそうです。  年に1度のフェアーは、子どもたちにとってもわくわくするイベントで、絵本や読 み物に数多く登場します。古きよきアメリカの生活を描くターシャ・テューダーの絵 本にも、文字通り "The County Fair"(『おまつりの日に』ないとうりえこ訳/メデ ィアファクトリー)という作品があります。小さな兄妹が自分たちの育てたガチョウ や子牛などを品評会に出して、お弁当を食べたり、見事に育った野菜を見たり、メリ ーゴーラウンドに乗ったりしてお祭りを楽しむようすが丁寧に描かれています。  フランソワーズの絵本にも、フェアーに出かけたまりーちゃんを羊のぱたぽんが探 しにいく『まりーちゃんとおまつり』(ないとうりえこ訳/徳間書店)があります。  昨年、実写で映画化された『シャーロットのおくりもの』(E・B・ホワイト作/ さくまゆみこ訳/あすなろ書房)では、品評会がクライマックスの舞台になります。 生まれつきひ弱な豚のウィルバーは、クリスマスには殺されてベーコンかハムにされ ることになっています。でも品評会で優秀と認められれば、生かしておいてもらえる のです。ウィルバーをかわいがっている少女ファーンとその家族、そしてウィルバー の持ち主のザッカーマンさん一家がフェアーに到着した場面は、このように始まりま す。 *〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*  品評会の会場に近づくと、にぎやかな音楽がきこえ、大観覧車がまわっているのも 見えてきました。散水車が水をまいた競馬のコースからは、土ぼこりのにおいがして きます。ハンバーガーの焼けるにおいもするし、ふうせんがうかんでいるのも見えま す。かこいのなかで羊が鳴いている声も聞こえます。ラウドスピーカーからは、「ナ ンバーH2429のポンティアック車をお持ちの方、花火小屋のまえから車を移動させて ください!」という大きな声がひびいていました。 *〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*  子どもも大人も、心躍らせてフェアーに向かうようすが目に浮かぶようですね。 ★参考文献・ウェブサイト "Encyclopedia of Americana" "Encyclopedia of Britannica" 2007年ロサンゼルス・カウンティ・フェアー公式ウェブサイト http://www.lacountyfair.com/2007/homepage.asp                            (笹山裕子/村上利佳) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●読者の広場●海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  このコーナーでは、本誌に対するご感想・ご質問をはじめ、海外児童書にまつわる お話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せ ください。 ※メールはなるべく400字以内で、ペンネームをつけてお送りください。 ※タイトルには必ず「読者の広場」とお入れください。 ※掲載時には、趣旨を変えない範囲で文章を改変させていただく場合があります。 ※質問に対するお返事は、こちらに掲載させていただくことがあります。原則的に編 集部からメールでの回答はいたしませんので、ご了承ください。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●お知らせ●  本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。 こちらの「やまねこ翻訳クラブ オンライン書店」よりお入りください。 http://www.yamaneko.org/info/order.htm  本号の html 版を9月19日に公開予定です。以下の URL よりお入りください。 http://www.yamaneko.org/mgzn/bncorner.htm#html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▽▲▽▲▽   海外児童書のシノプシス作成・書評執筆を承ります   ▽▲▽▲▽    やまねこ翻訳クラブ(info@yamaneko.org)までお気軽にご相談ください。 PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━やまねこ賞協賛会社      ☆☆ FOSSIL 〜 Made in USA のカジュアルウオッチ ☆☆ 「FOSSIL は化石って意味でしょ? レトロ調の時計なの?」 これは創業者の父親が FOSSIL(石頭、がんこ者)というあだ名だったことから誕生したブランド名。オーソ ドックスからユニークまで様々なテイストの時計がいずれもお手頃価格で揃います。 2005年より新しいスローガン "What Vintage are you?" を掲げ、更にパワーアップ した商品ラインナップでキャンペーンを展開。Vintage を表現する重要なツールが TIN CAN(ブリキの缶)のパッケージです。年間200種類以上の新しいTIN CAN が発表 され、時計のデザイン同様、常に世界中のコレクターから注目を集めています。 http://www.fossil.co.jp/      (株)フォッシルジャパン:TEL 03-5981-5620 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。           吉田真澄の児童書紹介メールマガジン              「子どもの本だより」      http://www.litrans.net/maplestreet/kodomo/info/index.htm  。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★☆       出版翻訳ネットワーク・メープルストリート       ☆★         http://www.litrans.net/maplestreet/index.htm 新刊情報・イベント情報などを掲載いたします。詳細はmaple2003@litrans.netまで。        出版翻訳ネットワークは出版翻訳のポータルサイトです ★☆★☆★☆★☆★☆★☆ http://www.litrans.net/ ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ =- PR -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=      ★☆メールマガジン『海外ミステリ通信』 隔月15日発行☆★                http://www.litrans.net/whodunit/mag/           未訳書から邦訳新刊まで、あらゆる海外ミステリの情報を厳選して紹介。翻訳家や 編集者の方々へのインタビューもあります!    〈フーダニット翻訳倶楽部〉 =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=- PR -= ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ *=*=*=*=*=*= やまねこ翻訳クラブ発行メールマガジン&ウェブジン =*=*=*=*=*=* ★やまねこアクチベーター(毎月20日発行/無料)   やまねこ翻訳クラブのHOTな話題をご提供します!                  http://www.yamaneko.org/mgzn/acti/index.htm ★英文ウェブジン "Japanese Children's Books (Quarterly)"   英語圏に日本の児童文学情報を発信! 自由閲覧です!                  http://www.yamaneko.org/mgzn/eng/index.htm *=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=* ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆次号予告は毎月10日頃、やまねこ翻訳クラブHPメニューページに掲載します。◆         http://www.yamaneko.org/info/index.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●編集後記●本誌が初めてハリー・ポッターを紹介したのは1998年9月号でした。ま だ日本国内では話題に上らない時期、やまねこ翻訳クラブ内で静かに火がつき、いち 早く原作のレビューを掲載することができました。邦訳が出版されたのはそれから1 年以上後のことです。各国の賞に目を向け、新しい作品を探してきたやまねこは、こ の秋10周年を迎えます。いつも応援してくださっているみなさまに感謝するとともに 「月刊児童文学翻訳」も100号を目指し着実に発行していきたいと思います。(お) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 発行人 村上利佳(やまねこ翻訳クラブ 会長) 編集人 大原慈省/井原美穂(やまねこ翻訳クラブ スタッフ) 企 画 池上小湖 かまだゆうこ 児玉敦子 笹山裕子 竹内みどり 冬木恵子     村上利佳 横山和江 リー玲子 協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内     ながさわくにお ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・このメールマガジンは、「まぐまぐ」( http://www.mag2.com/ )を利用して配信 しています。購読のお申し込み、解除もこちらからどうぞ。 ・バックナンバーは、http://www.yamaneko.org/mgzn/ でご覧いただけます。 ・ご意見・ご感想は mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せください。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ◆無断転載を禁じます。