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やまねこ翻訳クラブ レビュー集

やまねこのおすすめ(2003年5月)

<人生は潮の満ち引きのように>

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『海辺の王国』

"The Kingdom by the Sea"

ロバート・ウェストール/作

坂崎麻子/訳

徳間書店

1994.06.30

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*表紙の画像は、出版社の許可を得て使用しています。


 1942年、英国ノース・シールズ。ハリーはその夜も、空襲のサイレンが鳴ると即座に行動した。暗いなかでてきぱきと服を着こみ、貴重品の入ったママのかばんと毛布をかかえて、庭の防空壕へ急ぐ。すっかり慣れっこになった手順だ。ドイツ機のエンジン音に耳をすましながら、すぐにやってくるはずのパパとママと妹を待っていたが、だれも来ないうちに、爆弾が落ちた。気づいたときには家が崩れ落ちていて、家族の姿はどこにも見当たらなかった。

 知らない人にあれこれ聞かれて、親類のところに預けられたりなんかしたくない。そう思ったハリーは、どこへともなくひとりで歩きはじめた。やがてやってきた砂浜で、人なつこいドイツ・シェパードと出会った。首輪のネームプレートに「ドン」という名が書いてある。この犬もまた、空襲を生きのびてきたらしい。ハリーはドンを相棒にしようと決めた。人目を避けて海ぞいに進むなか、ちんぴらにからまれたり、お百姓さんに怒鳴られたりしたが、そのたびにドンが、命の危険まで冒して助けてくれた。ハリーは家族とすごしたもとの生活をうまく思い出せなくなっていた。けれども、いまはドンがいる。それでじゅうぶんだった。

 ハリーは、牧師だった息子とその一家を空襲で亡くしたというある老人との会話をきっかけに、〈聖なる島〉と呼ばれるリンディスファーン島をめざすことにした。行く先々で、いろいろな人との交流があった。海岸でものを拾って暮らしているジョセフ、遠くに疎開中の息子がいる軍の伍長アーチー……。ようやく目的地にたどりついたものの、精神的にも肉体的にも打ちのめされたハリーに、マーガトロイドさんという男の人が手をさしのべてくれた。おかげでハリーの内に希望がめばえた。人生は、これからも続いていくんだ――。ところがその矢先、あまりにも理不尽な出来事が訪れた。

 戦争という異常な状況のなかに、12歳という年齢でひとり放りこまれたハリーの気持ちは、めまぐるしく変化した。ドンという仲間ができてほっとしたかと思えば、急に空腹をおぼえて心細くなる。通帳からお金をおろしに行った銀行で知り合いに見つかりそうになって冷や冷やしたかと思えば、そのあと訪れた別の村では、だれにも怪しまれることなく買い物ができて満足する。微妙な心の動きを、作者ウェストールは丹念に克明に描いている。まるで、ハリーの心のなかをそのまま映し出しているようだ。

 ことあるごとに思い出したパパとママの言葉は、ハリーに知恵や強さを与えてくれた。旅のあいだずっと持ち歩いたママのかばんの中身は、家族の大切な思い出の品であると同時に、ハリーを守る命綱ともなった。しかし、ドンという新しい仲間ができ、さまざまな人々の人生をかいま見るうちに、なつかしい家族のおもかげは薄れていった。そうして迎えた結末は皮肉なものだったが、それはハリーの成長の証でもあった。

 思いがけず楽しくすごしたある一日の終わりに、ハリーはこう思った。〈人生は、こんなによいものにもなるのに、どうしてあんなにひどいこともあるんだろう? うまくいってると思っていると、いきなりそれがうちくだかれる。いいことなんか何もないと信じていると、今日のようなすばらしい日がひょいとやってくる……さっぱりわからないよ〉潮の満ち引きのように、失望と希望が交互にやってくる人生を知りつくしたハリーは、きっといまごろ〈王国〉での暮らしを満喫しているにちがいない――そう信じたい。

【作者】ロバート・ウェストール Robert Westall:1929年、英国ノーサンバーランド州タインマス生まれ。ロンドン大学在学中、兵役に服する。美術教師を務めながら書いた『“機関銃要塞”の少年たち』(越智道雄訳/評論社)で1975年カーネギー賞を受賞し、1981年の『かかし』(金原瑞人訳/徳間書店)で2度目の受賞を果たした。本作は1990年同賞HC、またガーディアン賞受賞作でもある。戦争を題材とした作品が多く、人気・評価ともに高い。1993年没。

【訳者】坂崎麻子 さかざき あさこ:学習院大学文学部卒業。『猫の帰還』、『クリスマスの猫』(ともにロバート・ウェストール作/徳間書店)、『わるがきノートン』(ディック・キング・スミス作/偕成社)、『片目のねこ』(ポーラ・フォックス作/ぬぷん児童図書出版/1998年に『十一歳の誕生日』と改題)など、訳書多数。

須田直美

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<子どものころ、わたしは……>

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『風に向かっての旅』

"Reise Gegen Den Wind"

ペーター・ヘルトリング/作

上田真而子/訳

偕成社

2003.05

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*表紙の画像は、出版社の許可を得て使用しています。

 
題名に「旅」とあるけれど、どこかへ出かける「旅」が書かれているのではない。では、どんな旅が?
最初に作者がこう記している。

 親をなくし、戦争にまきこまれ……。
 けれどもそんな、人間によって砂漠化されていた時代にも、
 あたたかさを贈ってくれる、小さなストーブのような人がいたのです。
 大きなことを味わわせてくれ、
 なによりもしっりした確かさと安心をあたえてくれて、
 うけとめ、胸にだきしめてくれた人が。
                     ペーター・ヘルトリング

 物語を読んでいこう。

 第二次世界大戦でドイツが戦争に負け、ベルント少年はカルラおばさんと共にウィーンへ行こうとする。しかし、電車が走っていないためラーという町に足止めをくう。ベルントは孤児だ。父親はロシアで戦死し、そのショックで母親も亡くなったので、おばさんに引き取られた。背が高くてやせていて、きびきびしているおばさんはベルントをしっかり守ってくれる頼もしい大人だ。避難民として滞留せざるを得ないラーの町でも、食べるところと住むところ、そしていつ電車が走るかの情報網をすぐに手に入れた。しかし、いくら待っても電車は来ない。少しの滞在がしばらくになり、そのうちマイアーさんという不思議な男の人と知り合いになる。

 戦争という混乱の中でも、子どもは日常に楽しみを見出す。ベルントも、とびっきりの楽しさを見つけた。それは線路カー。レールに乗って走る四輪の線路カー、ドゥライジーネだ。見せてくれたのは、不思議な人物マイアーさん。素性のよくわからない人だが、ベルントはこの人に惹かれていた。どの大人も、自分のことで精一杯で子どもにかまけてくれない。そんな中、マイアーさんはいつも明るい笑顔を見せて、話しかけてくれる。その笑顔をみると、マイアーさんと一緒にいたくなるのだ。そして、そのマイアーさんが乗せてくれる、ドゥライジーネはベルントを広い世界に連れていってくれた。

 こんなふうに、ウィーンへ向かうはずの「旅」の途中におきたことが、ベルントの視線で書かれている。

 だめだといういわれると、かえって子どもはやりたくなる。
 行くなといわれると、子どもはそこへ行きたくなる。
 外からいくら注意しようと、子どもの内側から発するエネルギーは大きく、止まらない。終戦直後、まわりにはまだまだ危険がたくさんあった。子どもだけで森へ行き、そこで兵士の死体をみてしまったり、ドゥライジーネで走りすぎてソ連兵に銃で撃たれそうになったり。ぞっとするようなことがおきても、ベルントは部屋の中でじっとしてなどいられない。特にドゥライジーネで風をきる楽しさは何ものにも代え難い魅力がある。乗っていると、このいやな重苦しい世界から解放されるような気持ちになるのだ。

 物語を読みおわると、自分の子ども時代を思い出した。
 戦争はなかったけれど、いやなことはあった。大人が助けてくれない時もあった。
 でも、やはり自分にもドゥライジーネやマイアーさんのような人がいたことを思い出したのだ。

【作者】ペーター・ヘルトリング Peter Hartling(aの上にウムラウトが付く)1933年、北ドイツに生まれる。ギムナジウムを中退して工場で働いたのち、新聞社、出版社に勤める。勤務中から、詩や小説を発表。専業作家となり、1970年頃から子ども向けの作品を書きはじめる。『ヒルベルという子がいた』『ヨーンじいちゃん』『ひとりだけのコンサート』『屋根にのるレーナ』(以上、上田真而子訳/偕成社)など、多くの本が日本で紹介されている。

【訳者】上田真而子 うえだ まにこ:広島生まれ。マールブルグ大学で宗教美術を学び、現在ドイツ児童文学の紹介に活躍。ヘルトリング、エンデ、リヒターなど多くの作家の本を翻訳。最近の訳書はヨハンナ・シュピリの『ハイジ』(岩波少年文庫)。ほかに随筆集『幼い日への旅』(福音館書店)がある。

林さかな

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