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やまねこ翻訳クラブ レビュー集

やまねこのおすすめ(2002年9月)

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『町かどのジム』

"Jim at the Corner"

エリノア・ファージョン/文

エドワード・アーディゾーニ/絵

松岡享子/訳

童話館出版

2000.03.31

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*表紙の画像は、出版社の許可を得て使用しています。

 おじいさんのジムは、町かどでみかん箱に座っています。そして、人が通るとあ いさつをします。「おはようございます、ベインさん。ちょうだいしたぼうしです」 という風にね。ジムの身につけているものは、みな近所の人たちがあげたもの。み んながジムを好いて、目をかけていました。ジムはというと、人にあげる物は何ひ とつ持っていません。でも、その頭の中には胸がときめく冒険話がたくさんはいっ ていました。昔、船乗りだったジムは、色々なところに旅をしました。新米のころ は、ナマズの女王さまのいる海の底で、宝石のような魚たちをみてきました。南極 を探しにいって、雄のペンギンにプロポーズされたこともあります。それにね、ジ ムの耳輪は色も形も虹にそっくりの海蛇からもらったものなのです。でも、船の話 をしてくれるジムなのに、もう長いこと海を見ていません。次の80歳の誕生日には 海を見られたらなと、ジムは思っていました。
 この本を書いたファージョンは、子ども時代を本と演劇に囲まれて育ちました。 普通の子どものように学校に通うこともなく、家中にあふれる本を読み、子ども部 屋で演劇ごっこに明け暮れたファージョンの頭の中には、独自の空想の世界がむく むくと広がっていきました。そうしてできあがったファンタジーを物語の中の登場 人物に語らせるのが、ファージョンの得意なスタイルです。この作品も、ジムが1 章ごとにお話をひとつしていくというオムニバス形式になっています。   さて、このジムは不思議なおじいさんです。人のお古しか持っていないのに、と ても豊かな生活を送っているのです。それは80年間、目に見えるものでなく、見え ないものを「稼いで」きたから。銀行にお金をためる代わりに、たくさんの経験を 積んで、思い出を心にためてきました。財産をつくる代わりに、他の人とのあたた かい関係をつくってきました。それでおじいさんになった今、お話をしては子ども に喜ばれ、大人には「この通りにはなくてはならない人」と思われているのです。 これってなんだか、ぱりっとした洋服を着るよりずっとかっこいいなという気がし ます。もちろん、何を「稼ぐ」のが1番かはその人によってちがいます。時々、将 来の自分はどんな町かどにいるんだろうと考えてみるのもおもしろいですね。いっ たい子どもにどんな話を聞かせているのやら! 

【作者】エリノア・ファージョン(Eleanor Farjeon):1882年、ロンドンに生まれる。作 家・劇作家の父と芸能一家の血筋の母を持つ。芸術的な環境の中で育ったファージ ョンは、小さなころから当たり前のように詩や物語を書いていた。作品が本となっ て出版されたのは、1916年と遅かったが、その後『リンゴ畑のマーティン・ピピン』 など、イギリス児童文学の古典ともいえる作品を世に送り出した。『ムギと王さま』 で、カーネギー賞と国際アンデルセン賞を受賞している。

【画家】エドワード・アーディゾーニ(Edward Ardizzone):1900年、ベトナムに生まれる。 5歳の時にイギリスに移り住む。27歳で画家として独立して後、挿絵画家、絵本作 家として人気を博す。『チムひとりぼっち』(なかがわちひろ訳/福音館書店)で ケイト・グリーナウェイ賞受賞。ファージョンの他、アンデルセン、ディケンズ、 ウォルター・デ・ラ・メア、グレアム・グリーン等の挿絵も手がけた。第2次世界 大戦後、最も活躍した子どもの本の挿絵画家のひとり。

【訳者】松岡享子(まつおかきょうこ):1935年、神戸に生まれる。大学で図書館学を学ん だ後、アメリカで引き続き図書館学を学び、図書館員として勤務。帰国後も図書館 勤務をするが、やがて子どもの本の創作や翻訳を手がけるようになる。自宅で開い た家庭文庫が現(財)東京子ども図書館の母体のひとつとなった。創作に『おふろ だいすき』(福音館書店)、『なぞなぞのすきな女の子』(学習研究社)がある。 また、『番ねずみのヤカちゃん』など翻訳書多数。

大塚典子

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『ぶたばあちゃん』

"Old Pig"

マーガレット・ワイルド/文

ロン・ブルックス/絵

今村葦子/訳

あすなろ書房

1995.09.30

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*表紙の画像は、出版社の許可を得て使用しています。

 ずっと長い間、一緒に暮らしてきたぶたばあちゃんと孫むすめ。家の仕事を分け合いながら、孫むすめはばあちゃんから生きる術を教わった。時が経つうち、孫むすめは少しだけ、ばあちゃんの老いを意識し始めた。さようならをしなくてはならない日が来るんじゃないか……。孫むすめは、そんな日が来るのが一日でも遅くなるように「これを食べたらばあちゃんが長生きする」なんて願かけするようなつもりで、嫌いなものだって、がまんして食べていた。それなのに、やっぱり別れの日は近づいてきた。ばあちゃんは、自分に最期の時がせまっていることを知ると、なにやら支度を始めた。何の支度だか、ばあちゃんは何も言わなかったけれど、孫むすめには、それがどういうことだかすぐにわかった。今にも泣き出したい気持ちを抑え、孫むすめはばあちゃんと残された時間を過ごす。
 最期を迎えるために、いろいろな始末にはしるぶたばあちゃん、懸命に悲しみを表に出さないよう努力をする孫むすめ。このふたりのお互いを思いやる深い愛情が、痛いほど伝わってくる。大好きな人と永遠のさよならをしなくちゃならないのは悲しい。でも、命あるものは必ずそのときがやってきてしまう。遅かれ早かれ。この本には、その時がやってきてしまったおばあちゃんと孫むすめの、すてきな別れが書いてある。さようならまでの時間をどう過ごすかってことも大切なんだ。孫むすめはずっと、ばあちゃんとの最期の時間を忘れないだろう。ふたりで散歩したどの場所にも、ばあちゃんが最後に教えてくれたものがあるから。

【作者】マーガレット・ワイルド(Margaret Wild):南アフリカ生まれ。1972年にオーストラリアに移住。シドニー在住。かつてはジャーナリスト、現在は編集者兼作家。当作品は1996年オーストラリア児童図書賞の候補作である。

【画家】ロン・ブルックス(Ron Brooks):1948年、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州生まれ。ワイルドと共に取り組んだ作品、"Fox"(『きつね』BL出版)は2000年オーストラリア児童図書賞を受賞。またケイト・グリーナウェイ賞にもノミネートされた。『ぶたばあちゃん』は、鉛筆でざっと輪郭を描いた上に、水彩を使い淡い色をのせている。柔らかな絵が作品の温かみを上手く表現している。

【訳者】今村葦子(いまむらあしこ):1947年熊本県生まれ。『ふたつの家のちえ子』で野間児童文芸推奨作品賞を含め3つの賞を受賞。著書に『あほうどり』(評論社)など多数。訳書としては『おそざきのレオ』『おじいさんのハーモニカ』(共にあすなろ書房)などがある。

西薗房枝


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