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やまねこ翻訳クラブ レビュー集

今月のおすすめ(2000年8月)


ダンデライオン表紙 **************************

  『ダンデライオン』

     Junk

   メルヴィン・バージェス/作 
    池田真紀子/訳  東京創元社 2000.2
 

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*表紙の画像は、出版社の許可を得て使用しています。

 

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 タールとジェンマは14歳。家出中。タールは暴力をふるう父親とアルコール依存症の母親から、ジェンマは過保護で体面ばかりを気にする両親から逃げ出した。家出先の都会で、年上のアナーキスト青年たちに拾われ、面倒を見てもらうことになったふたり。新しい経験でいっぱいの毎日は楽しかったが、ジェンマは、自分の行動に何かと口を出したがる彼らを、次第にうっとうしく感じ始める。

 そんな中、あるパーティで、同年代の家出少女リリーと知り合ったジェンマ。全てに型破りなリリーに心酔し、彼女がボーイフレンドと暮らす家に転がり込む。ジェンマを追って、タールもアナーキストたちの家を出た。そしてふたりを待ち受けていたのは、自由という無秩序と、ドラッグという泥沼の快楽だった……。


 何でも好きなものを選んでいい、と言われて困ったことはないだろうか。困った果てに、本当は大して欲しくもなかったのに、人に勧められたものや、たまたまそのとき目に入ったものを選んでしまって、後悔したことはないだろうか。

 タールとジェンマも、そうだったのかもしれない。

 親に思うところあって家出をし、年上のアナーキストたちのもとも去る。自分たちを縛るものから逃れつづけて、ついに本当の「自由」を手に入れた。「何でも好きなものを選んでいい」生活は、楽しいし、得意な気持ちにもなれる。たとえ間違ったとしても、自分で決めたことなのだから、いつでもやり直せる……はずだった。なのに、気付けばドラッグで身も心もボロボロ。いったい、どこで間違ってしまったんだろう?

 きっと、彼らが本当に欲していたのは、「何でも好きなものを選んでいい」状態だけ。そこで何を選びたいのかは、自分たちでもわかっていなかった。目の前に差し出された、おもしろそうなこと、刺激的なことに飛びついても、本当に自分の意志で「選んだ」ことにはならない。それに気付けず、つまらない自負ばかりが先に立って、過ちを認めることもできなければ、やり直すこともできない。そしてどんどん、がんじがらめになっていく。

「何でも好きなものを選んでいい」状態そのものは、多分「自由」じゃない。いくつもある選択肢から、ひとつを選び、他の可能性を捨てる。選ぶことで生じるリスクも責任も、自分で引き受ける。そして、それを楽しめて、初めて「自由」になれる。

 そう、「自由」って、実はとても「不自由」なことなのかもしれない。


 家出、ドラッグ、セックスが赤裸々に語られているけれど、この本には、生きていくうえで大切なことが、いっぱいつまっている。だからこそ、タールやジェンマと同じ10代に読んでもらいたい。わたしも今ではすっかり常識的な大人ではあるけれど、教科書じゃ絶対に学べないこともあると、久しぶりに思い出してしまったから。
                                                    (森久里子)

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【作者】Melvin Burges(メルヴィン・バージェス):1954年ロンドン生まれ。18歳で学校を卒業し、ジャーナリストを目指すも半年で断念。その後、レンガ積みや服飾関係の仕事をしながら、断続的に小説や戯曲の仕事を続け、1990年に『オオカミは歌う』(神鳥統夫訳/偕成社/"Wolf":カーネギー賞候補作)でデビュー。邦訳は他に『メイの天使』(石田善彦訳/東京創元社/"An Angel for May")、『エイプリルに恋して』(雨沢泰訳/東京創元社/"Loving April")がある。

【訳】池田真紀子(いけだまきこ):1966年東京生まれ。上智大学卒業。英米文学翻訳家。主な訳書に『ボーン・コレクター』(ジェフリー・ディーヴァー作/文藝春秋/"The Bone Collector")、『トレインスポッティング』(アーヴィン・ウェルシュ作/青山出版社/"Trainspotting")、『めぐみ』(キョウコ・モリ作/青山出版社/"One Bird")など多数。

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〔やまねこ会員の声〕
★大人になるまでは、もしくは大人になってからも、生きるのはある意味「生き延びる」ことなのだと、いま、私は大人になってほっとしています。(さかな)
★衝撃的で恐ろしい作品だと思いました。作品が多面的な要素を抱えているように、わたしの中でも何かがせめぎあっているような感じでした。(わんちゅく)

〔この本が気に入ったあなたにおすすめする次の一冊〕
★自由について考えさせられる本 『
北極星を目ざして』 (キャサリン・パターソン)
★衝撃的な本 『チョコレート・ウォー』(ロバート・コーミア)

〔ここも御覧ください〕
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