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毎日新聞 1999年1月       掲載紙から   トップ

しーっ! ぼうやがおひるねしているの
ミンフォン・ホ/作 ホリー・ミード/絵 安井清子/訳 偕成社 1300円

ヘビのベルディくん
ジャネル・キャノン/作・絵 今江祥智・遠藤育枝/訳 BL出版 1600円

もりにはいっぱい
内藤里永子・吉田映子/編訳 落合皎児/絵 架空社 1500円

モグラの地中
今泉吉晴/著 フレーベル館 1500円

パパが金魚になっちゃった!
リリアンヌ・コルブ&ローランス・ルフェーヴル/作 佐々木寿江/訳 徳間書店 1500円


 ハンモックに揺られて気持ちよさそうに昼寝する(?)ぼうや。その眠りをさまたげないように、お母さんは、『しーっ! ぼうやがおひるねしているの』と、近づく動物たちを次々としずかにさせていきます。作者はミャンマー生まれ、タイ育ちだけあって、登場する動物たちもトロピカル。小さな蚊から、巨大な象まで、すべての動物を同等に扱って物語に織りこんだ、絵本ならではのダイナミックな構成です。

 トロピカルといえば、『ヘビのヴェルディくん』もそう。でろりとしたたいくつなおとななんかにはなりたくないと願うミドリニシキヘビの子ヴェルディくんは、せいいっぱいおとななになることに抵抗しようと無鉄砲な冒険をくりかえすのですが……。でも、しっかり成長しないと見えてこないことだって、あるんだよね。あくまでもリアルに描かれたヘビ、ヘビ、ヘビなのですが、なんとも愛嬌たっぷりです。

 常々、子どもたちには詩に触れる機会がもっとあるといいのにと思っています。『もりにはいっぱい』は、森をテーマにしたイギリスの詩を集め、絵本にしたてたアンソロジーです。マザーグースをはじめ、キプリング、デ・ラ・メア、イェイツなどの楽しいものから、ちょっと不気味なものまで三十編弱収められています。ぜひとも子どもといっしょに声にだして楽しんでほしいもの。イギリス詩集と銘打った同シリーズには、ほかに『そらにはいっぱい』『ゆめにはいっぱい』『はたけにはいっぱい』などがあります。

 『モグラの地中』は動物行動学のおもしろさが存分に伝わる科学絵本。小さいうえに土の中にいるモグラの暮らしぶりを知るには、どんな方法があるでしょう。周到な観察に基づいたちょっとした工夫で、地面のなかの生活が生き生きと明かされていく様子には、ドキドキしてしまいました。畑や公園の芝生などではよく見かけるモグラ塚が、森の中には全然ないなんて知らなかったなあ。

 パリで暮らす十二歳の少年レオが、ある日、ひょんなことから知った魔法の言葉を唱えると、なんと『パパが金魚になっちゃった!』。おとなたちにはないしょでパパをもとにもどそうと、親友とともに、パリじゅうをかけまわるレオ。さて、パパは無事にもとにもどるのでしょうか。ユーモアたっぷりの楽しい物語。きっとうちの子たちも、口うるさいオヤジを魔法で物言わぬ金魚に変えて、金魚鉢で飼えたなら、なんて思ってるんじゃないかな。 



毎日新聞 1999年4月       掲載紙から   トップ


おとなってじぶんでばっかりハンドルをにぎってる
ウィリアム・スタイグ/作 木坂涼/訳 セーラー出版 1500円

おおかみのこがはしってきて
寮美千子/文 小林敏也/画 パロル舎 1500円

笹舟のカヌー
野田知佑/文 藤岡牧夫/絵 小学館 1800円

女子中学生の小さな大発見
清邦彦/編著 メタモル出版 1200円

見えない道のむこうへ
クヴィント・ブーフホルツ/作 平野卿子/訳 講談社 1300円


 『おとなってじぶんでばっかりハンドルをにぎってる』は、子どもから見た大人の様々な姿が、これでもかこれでもかというぐらい描かれている絵本です。それはそれは、理不尽でこっけいで、ときにグロテスク。スタイグの洒脱で毒のある画風にはぴったりのテーマといえるでしょう。こんな大人たちと、いやでもつきあわなきゃいけない子どもたちが読んだら、喝采の声をあげるかもしれません。そして、大人はちょっぴり反省。

 『おおかみのこがはしってきて』は、アイヌの人々に伝わる民話を元にしています。氷の上を走ってきたオオカミの子が、ツルンとすべってころんだのはどうして? それは氷がオオカミよりえらいから。でも、氷はとけちゃうよ。どうして? それはね……。次々と発せられる質問の先にある、いちばんえらいものとは一体なにだったのでしょう。大地とともに生きる人々の知恵に満ちた、雄大なスケールの絵本です。ポイントとなる言葉にはアイヌ語でルビも振られています。

 日本のカヌーイストの草分け的存在である野田さんらしきヒゲの人物が、犬のガクとともに『笹舟のカヌー』で、川をくだってゆきます。どのページの絵も隅々までこまやかな神経がゆきとどいているせいでしょうか、若草のにおいが立ち昇り、水音や虫の声まで聞こえてきそう。ページを流れるゆったりとした時間に身をゆだねるうちに、心は穏やかに、そして、あたたかくなりました。

 万歩計をつけて寝てみたり、お茶碗一杯のご飯粒を数えたり、汚れた布をトマトジュースで洗ってみたかと思えば、イヌにお酒を飲ませてみたり……。こんな多種多様の「研究」(なんと、その数五百以上)の集大成が『女子中学生の小さな大発見』。なかなか鋭いものも、なんだこりゃ、というようなものもありますが、どれもこれも、目を輝かせながら取り組んだであろう姿が目に浮かび、読んでいて楽しい気分になりました。で、例にあげた研究の結果はどうなったかって? それは読んでのお楽しみ。

 放浪の画家と、音楽家を目指す少年の出会いと別れを描いた『見えない道のむこうへ』は、静かな静かな短編なのに、長い旅を終えたような読後感が残ります。静謐さをたたえた緻密で謎に満ちた絵と、ひとつひとつの言葉が深い意味を持つ、丹念に織り上げられた文章とが、みごとに融合した物語です。この密度の高い絵と文が、ひとりの人物によって成し遂げられたものだとは、にわかには信じられないほどです。
 


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