メニュー読書室レビュー集千葉茂樹レビュー集


小五教育技術 1995年4月     掲載紙から   トップ

がまんできない物語

ポール・ジェニングス/作
吉田映子/訳
トパーズプレス 1100円


 元気な子どもたちが活躍する短編集。オーストラリアが生んだ世界的ベストセラー作家の作品というだけあって、そのストーリー展開は絶妙。ただし、それぞれのテーマを聞いたら驚くかもしれない。ハエタタキ、やぎの糞、小鳥の死体、足の悪臭……。
 ウエーッ! 教育者としてそんな本を子どもに勧めるなんてとんでもない、なんてことはいわないで。いつの子どもたちも排泄物や死体の話は大好き。それらは、子どもたちの身体に直結する感覚を刺激する。つまり、言葉で体をくすぐられるようなものなのだ。くすぐられれば喜ぶはずだ。
 一度巻頭の作品「なめちまった」を教室で読み聞かせてみませんか。子どもたちが食いいるように耳を傾ける姿が目に浮かぶよう!ただし、給食の前はやめておいた方が……。


ふくろうめがね

くどうなおこ/詩 あべ弘士/絵
童話屋 1288円


 くどうなおこの動物の詩にはルナールの「博物誌」に通じるものがある。簡潔な言葉で心のキャンバスに動物たちの姿をかっちり描き出したかと思うまもなく、その動物たちが生き生きと動きだす。これこそ詩のだいご味といっていいだろう。
 目の前にアフリカの平原が広がり、しまうまの子どもがかけぬける。冷たい北の海ではあざらしのなかまたちが気持ちよさそうに泳いでいる。密林のナマケモノとはゆっくりごあいさつ。ほたるやコガネムシといった虫たちも登場する。
 この小さな詩集を一冊読み終えた子どもたちの心には、静かで広々とした空間が新しく生まれているだろう。
 現役の動物園の飼育係でもあるあべ弘士の絵も秀逸。


落としたのはだれ?

高田勝/文 叶内拓哉/写真
福音館書店 1300円


 ファミコンもすきだけど、川や林で遊ぶのも大すきな小学校5年生のつよしは、ある日、林のなかで宝石のように美しく輝く緑色の羽をひろった。この羽を落とした鳥は、いったいだれ?
 たった一枚の羽から、つよしの「探偵」がはじまった。図鑑で調べてみても、先生やお父さんに聞いてみてもなかなかわからない。だが、林のなかでであった、ちょっとふしぎなお兄さんの助けもあって、最後には、鳥の種類も判明し、その鳥が羽を落としたときの状況まで知ることができた。
 ストーリーを読み進めるうちに、鳥の羽の構造ばかりでなく、羽のファイルブックの作り方までわかるという好奇心を刺激する大型の写真絵本。読後、すぐにでも鳥の羽を収集しにでかけたい気分になった。




小五教育技術 1995年6月   掲載紙から  トップ

おじいちゃんの口笛

ウルフ・スタルク/作 アンナ・ヘグルンド/絵
菱木晃子/訳
ほるぷ出版 1500円


 短い作品の中にこれほどにも深く豊かな世界を描き得るということに驚いてしまう。
 著者ウルフ・スタルクの子ども時代の体験をもとに描かれた作品ということだが、おじいちゃんが欲しい少年と、老人ホームで孤独な余生を送る老人との出会いというテーマは、きわめて現代的といえるだろう。芝居として上演されたり、テレビドラマになったというのもうなずける。
 暖かく、ちょっとおかしな交流のあとには老人の死がまっているのだが、決して陳腐なセンチメンタリズムに流れないのはさすがだ。前向きな少年の生命力に照らされて、老人の最期もまた光り輝いた!
 モダーンなのに懐かしいアンナ・ヘグルンドの絵は、豊かな少年の時間を紡ぎ出したこの作品に一層の輝きを与えている。


おてんばこっこの夏メニュー

高橋由為子/作・画
フォア文庫(童心社) 800円


 子どもにとって、料理はお手伝いというよりは創造的な遊びだ。ちょっとしたヒントを与えてやれば夢中になること請け合い。楽しいストーリーを読み進めるうちに、次々と魅力的なレシピーが登場する本書など、気負わずに料理に取り組むためにはもってこいの入門書といえそう。
 何より、著者でありイラストレーターである高橋さん自身が、楽しみながらこの作品に取り組んでいる様子が伝わってきて、読者もいつしか浮き浮き気分に。登場人物たちの作るメニューが絶妙にキャラクターとマッチしているのも楽しい。
 しかし、この本を女の子だけに勧めるようなまねはまちがってもしないように。料理は男の子にも女の子にも欠かせない技術だ。
 秋、冬、春のメニューも続々刊行中。


そしてぼくだけが生き残った

チア・サンピアラ/文 
石井勉/画 
学研 1100円


 小学校の教育現場で、アジアの現代史を学ぶ機会はどれほどあるのだろう。現代を生き、未来を託される子どもたちにとっては必要不可欠な知識だと思えるのだが。
 本書は七歳のときにはじまった内戦に人生を翻弄され、ポル・ポト政権下の大量虐殺を生き抜いたあるカンボジア難民の証言だ。悲惨な境遇を語るその口調はあくまでも静かで、かえってその体験の重味を伝えている。
 しかし、想像を絶する苦しみをも生き抜いた著者が、命からがらたどりついた日本で無知からくる心無いいじめを受け、自殺まで考えるほど追いつめられる姿には胸が痛む。歴史的無知からくる差別は、明らかな罪だ。
 いかなる国際問題とも無縁ではいられない現代社会を生きる日本の子どもの教育に携わる教師の責務は重い。




小五教育技術 1995年8月   掲載紙から  トップ

まぼろしの小さな犬

フィリパ・ピアス/作 
猪熊葉子/訳 
岩波書店 1850円


 フィリパ・ピアスが存命の児童文学者のなかの最高峰の一人であることに異論を唱える人はないだろう。児童文学史上に残る傑作『トムは真夜中の庭で』はもちろん、『ハヤ号セイ川をいく』『幽霊を見た10の話』など、ピアスの作品はどれも文句無しのお勧め。そのなかでも、子どもの心の動きをリアルに描ききったという点で、本書は異彩をはなっている。誕生日にやってくるはずの犬を心待ちにする少年。そして、裏切り。犬を求める少年の強い意思はやがてまぼろしの犬を生み、その犬が生き生きと生命をもつに従って、少年の現実との接触はどんどん希薄になっていく……。


じょうぶな頭とかしこい体になるために

五味太郎/作 
ブロンズ新社 2000円


 五味太郎の絵本群ほど、子どもたちの支持を広く受けている絵本はほかにそうはない。その人気故に、人気の秘密が理解できない大人たちから無視されてしまうほど。でも子どもたちは五味太郎の作品に自由を感じ取り、自分たちをとりまく不自由な気配からの解放感に喝采しているのではないだろうか。この本は子どもの様々な質問に、自由の使者五味太郎が真っ正面から答えるという形の本。一見ひねくれた解答に見えても、これほど本気で今を生きる子どもに必要な知恵を授け、心の自由の必要性を説こうとする大人がいるだろうか。読後、救われる子どもはきっと多いはず。


ともだちは海のにおい

工藤直子/作 長新太/絵 
理論社 1000円


 五味太郎が挑戦的な自由の人だとしたら、工藤直子はすべてをほんわかと包み込んでくれる受容の自由人。本書はお茶がすきで、あたまをなでてもらうのがすきで、口もとがきりりとしているいるかと、ビールがすきで、あたまをなでてあげるのがすきで、目もとがやさしいくじらの友情の物語。この本を読みながらいつのまにかうとうとと眠ることができたら、心身ともに疲れた子どもたちもおだやかな夢を見て、やさしい気持ちで目覚めることができるにちがいない。子どもたちだって色々たいへんだもんね。
 いるか曰く「笑ったり、ひるねしたりするのは、とてもいいことだよ」


地球/母なる星

企画/編集ケヴィン・W・ケリー 
竹内均/監修 
小学館 5970円


 先にあげたくじらは読書好き。すきな本を質問されて、こう答えている。「宇宙関係はよくよみます。じーんとして、ぼうとなる感じがすきです」
 この大型の写真集は、まさに「じーんとして、ぼうとなる」本。宇宙からとらえられた地球の美しさはいくら見ていてもあきない。地球を飛び立ち、また帰還するまでを追うという構成に沿って並べられた写真を見ているだけでも様々なことを考えさせられるが、写真に添えられた実体験に基づく宇宙飛行士たちの言葉も、この本に厚みを加えている。親子が肩を並べてこの写真集に見入っている姿なんて、かなりいいかもしれない。


冒険図鑑

さとうち藍/文 松岡達英/絵 
福音館書店 1500円


 「冒険」、なんてすてきな響きをもつ言葉だろう。冒険をテーマにした児童文学は数多くあるが、せっかくの夏休み、物語の世界ではない本当の冒険に出かけてみたいものだ。そんなときにこの一冊があれば、うんと充実した冒険を体験できるかもしれない。くつの選び方、歩き方からはじまって、地図や天気図の読み方、食事に便利な道具の紹介や料理の仕方、植物や生物の基礎知識、危険との対応まで、細かいさし絵の配された、かゆいところに手が届く気の利いた構成だ。パラパラとめくっているだけで、おしりがもぞもぞしてくるぞ!


妖怪画談

水木しげる/著 岩波新書 850円

 子どもに岩波新書を勧めるって? と疑問に思う方もいるだろう。でも試しに手渡してみてごらんなさい。本嫌いな子でも食い入るように「読む」ことまちがいなし。水木しげるの妖怪画は、妖怪を感じる人にしか描けない本物だ。その本物の持つ力に、大人なんかよりはずっと感度のいい子どもたちが感応しないわけがない。目に見えないものを感じる能力は、心の余裕と自然に対する畏怖を生む。妖怪は最近流行りの陳腐なオカルトや新興宗教とちがって、太古にまでさかのぼることのできる、日本人の民族性に深く根ざした信頼に足る「老舗」といっていいだろう。


よく飛ぶ紙飛行機集 第1集〜第5集

二宮康明/著 
誠文堂新光社 650円


 型紙がついていて、それを切りとって組み立てるとそのまま工作ができあがり、といういわゆるペーパークラフトの本は意外なほどたくさんの種類が出版されている。恐竜、建築物、動物、乗り物などそれぞれがシリーズ化されていて、人気をうかがわせる(これを夏休みの工作の宿題として提出するのはちょっとまずいだろうけど)。そうしたなかでもこのシリーズはペーパークラフトの元祖といっていいだろう。その名の通り、本当に小気味いいほどよく飛ぶ。作って楽しく、飛ばして楽しい夏休みにはもってこいの本だ。


ユージン・スミス――楽園への歩み

土方正志/文 長倉洋海/解説 
佑学社 1300円


 ユージン・スミスの名は知らなくとも、表紙の写真『楽園へのあゆみ』や、水俣病におかされたわが子を入浴させる慈愛に満ちた母親をとらえた写真には見覚えがあるのでは。本書は、ヒューマニズムを貫く道具としてカメラを選んだフォト・ジャーナリストの伝記だ。水俣病を考える上で歴史的な意味をもつ写真集『水俣』を残すなど、日本と関わりの深いスミスの日本での足取りを丹念に追った取材に基づいており、子ども向けの伝記とはいえ人物像も彫りが深い。ところでこの本を発行した出版社は今はもうない。手に入りにくいかもしれないが、ぜひ図書館で探してみてほしい。


動物学者(やってみたいなこんなしごと19)

関戸勇/写真 山下恵子/文 
あかね書房 1500円


 パイロット、看護婦、ケーキ屋さんといった人気職業からパークレンジャー、ハチ屋さん、ぬいぐるみ作りなどちょっと珍しいものまで、様々な職業をとりあげて紹介する全二十巻の一冊。豊富な写真と、わかりやすい文章でつづった絵本形式。興味はあっても漠然としている「働くということ」に、かなりはっきりとしたイメージを与えてくれそう。この巻の場合、動物好きな子には宝の山に見えるだろう職場の様子や、充足した楽しそうな動物学者今泉さんの表情を見ているだけで、これが仕事だなんていいなあと思わせる。目的ができれば勉強にもはりがでるというものだ。




小五教育技術 1995年9月   掲載紙から  トップ

イルカの手紙

廣瀬裕子/作 杉田比呂美/絵 
講談社 1000円


 イルカのところに街のにんげんの男の子から手紙が届いた。「ぼくはイルカのことが、とてもすきです。ですから、イルカのようになりたいとおもっています。どうすればいいでしょうか」そんな内容の手紙だった。
 子どもに限らず、こんな願いを持つ人間は最近とみに増えているようだ。人間たち、ちょっとお疲れなのかな。
 手紙がうれしくてたまらないイルカは、自分の生活を振り返ることからはじめて、男の子のことをあれやこれや想像しながら、適切なアドバイスをしようと一生懸命考えた。
 さて、男の子はイルカからどんな返事をもらっただろうか。
 お話も絵もさっぱりしていてさわやか。ひんやりとした海水が肌をなでる感覚を思い出した。


子ども色彩楽

末永蒼生/監修 スズキコージ/絵 
日本ヴォーグ社 1300円


 色をつかって創造力をひろげようという目的で構成されたワークブック形式の本。実際にどんどん色をぬって遊べる、いわゆるぬり絵本なのだが、下絵を書いているのがなんと異能の絵本作家スズキコージ。そんじょそこらのぬり絵とはひと味もふた味もちがう。あやしげな生き物がうじゃうじゃいるぞ。
 「知力と才能をのばす」かどうかはさておいて、スズキコージの自由で型破りな描線に誘われて、思いきりいろんな色をつかってぬりたくってみたい気になるのはまちがいない。既製の殻を打ち破って、何か新しい感覚を手に入れることができるのではという期待はできそう。
 巻末にはポストカード、おめん、サイコロなどの切り抜いて使える型紙のおまけがついていて、なんだか得した気分。


指はまほうの探知機

小林一弘/監修 
増田美加・嶋田泰子/文 穴沢誠/写真 
ポプラ社 2400円


 「障害者との共生」は時代のキーワード。教育の現場でもしっかり考えてみたいテーマだ。目の不自由な子どもたちの生活をていねいに追って、紹介してくれる本書はとても有効なきっかけになるかもしれない。
 写真にとらえられた子どもたちの表情が実に生き生きしていていい。きっと、この写真を見た子どもたちは、「この子たちとなら友だちになれそうだな」と思ってくれるのではないだろうか。巻末に実際の点字シートがついていて、さわってみることができるのもうれしい配慮だ。
 他に、耳に障害のある子どもたち、からだに障害のある子どもたち、知的障害のある子どもたち、病院から学校にかよう子どもたちをあつかった<「障害」について考えよう>という全五巻シリーズの一冊。




小五教育技術 1995年11月   掲載紙から  トップ

おじいさんのハーモニカ

ヘレン・V・グリフィス/作 ジェイムズ・スティーブンソン/絵 
今村葦子/訳 
あすなろ書房 1300円


 おじいさんと孫娘との心の通い合いを描いたせつなくなるような絵本。
 ジョージア州の田舎で暮らすおじいさんのところに、ある夏孫娘がやってきて、畑でともに汗を流しながらの豊かでゆったりとした一夏が過ぎてゆく。
 しかし、翌年の夏はちがっていた。おじいさんの体はすっかり弱り、畑は荒れ放題だったのだ。おじいさんは都会で暮らす孫娘のいる家にひきとられることになった。
 街ではすっかり意気消沈のおじいさんを元気づけようと孫娘は色々と試みる。最後に孫娘の奏でるハーモニカの音で、おじいさんは一気に生気を取り戻した。二人で聞いたジョージアのコオロギたちの歌声やハチの羽音、小鳥のさえずりがよみがえったのだった。そう、二人の心のジョージアは不滅だった!


嵐の大地パダゴニア

関野吉晴/文・写真 
小峰書店 1300円


 無茶なことを考える人がいたものだ。南アメリカ大陸最南端から東アフリカまでを、自分の腕と足の力だけで、つまり徒歩と自転車とスキーとカヤックだけで踏破しようという冒険家の記録なのだ。
 しかし、この無謀ともいえる旅は、ルートは逆だが、かつて人類が足だけを頼りに実際にたどった道にほかならない。著者は長い距離を移動するばかりではなく、人類の歴史までをも自分の足でたどっているのだ。
 美しさも荒々しさも桁はずれな見知らぬ国の自然に、子供達は釘づけになるだろう。
 本書は二〇〇一年に予定されている東アフリカでのゴールまでを追う「グレートジャーニー」シリーズの第一弾にあたる。壮大な旅の無事な完結を祈らずにはいられない。出版計画の方も。


庭に鳥を呼ぶ本

藤本和典/著 
文一総合出版 1480円


 自分の家の庭にいろいろな小鳥がやってきたらどんなにすばらしいだろう。朝、鳥たちの歌声で目覚めることができたら……。
 バードウォッチングの専門誌の別冊であるこの本が、そんな夢をかなえてくれるかもしれない。
 庭にくる鳥や鳥が好きな植物の図鑑をはじめ、ペットボトルなどの身近な材料を利用したエサ台や巣箱の作り方、エサのメニューなど、いずれも写真や図を交えたわかりやすい解説がついている。
 また、招かれざる客であるネコやカラス対策まで紹介されているのもうれしい配慮。かゆいところに手が届くきめこまかな情報が、もりだくさんの入門書だ。
 自然とのふれあいは、何も山奥まででかけなくても、自宅の庭からはじめられるのだ。


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