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やまねこ翻訳クラブ 資料室
福本友美子さんインタビュー


『月刊児童文学翻訳』2002年5月号より

【福本 友美子(ふくもと ゆみこ)さん】
1951年生まれ。慶応義塾大学卒業後、図書館に勤務し、主に児童サービスに携わる。退職後、児童書の翻訳、研究に専念。訳書は、『おぎょうぎのよいペンギンくん』(H・A・レイ作/岩波書店)、『リディアのガーデニング』(サラ・スチュワート文/デイビッド・スモール絵/アスラン書房)など多数。 『リディアのガーデニング』表紙
『リディアのガーデニング』
サラ・スチュワート作
デイビッド・スモール絵
アスラン書房


Q★児童書の仕事にかかわるようになったきっかけは何でしょうか?
A☆私は、スタートは児童図書館員だったのですが、今考えてみると、そのことに少なからず影響を及ぼしていると思える体験があります。それは、子どものころ先生に本を読んでもらった思い出です。本が好きで、学校の図書室でよく本を借りていましたが、小学校2年のときに、図書の先生に『はなのすきなうし』(マンロー・リーフ作/ロバート・ローソン絵/光吉夏弥訳/岩波書店)を読んでもらったことは、今でも忘れられません。また、中学のときは、『はるかなるわがラスカル』(スターリング・ノース作/川口正吉訳/学習研究社)を授業の合間に、1章ずつ読んでくれた先生がいて、物語の印象ばかりか、続きを楽しみに聞いたその時の気持ちが今でもはっきりと思い出せるんです。人に本を読んでもらうと、その本の印象は大きく変わりますし、世界の広がり方もちがうんですね。この二つの思い出は私の中で今でもとても大切なもので、児童図書館員になったことと、潜在的な関係があるように感じています。また高校生のころには7つ年下の妹が読んでいた子どもの本を、一緒になってずいぶん読みました。ちょうど日本で世界の新しい児童文学が次々に翻訳された時期と重なるのですが、学研の新しい翻訳シリーズや岩波書店のケストナーやリンドグレーンなどをリアルタイムで読み、児童文学のおもしろさにはまりました。またそのころ、石井桃子さんの『子どもの図書館』(岩波書店)を読み、子どもと一緒に本を読むという仕事に魅力を感じるようになりました。

Q★児童書の翻訳にかかわられるようになった経緯をお聞かせください。

A☆翻訳という仕事を最初に知ったのは、大学にはいってから、小学校時代の恩師石竹光江さんの主催する「おはなしきゃらばん」の事務所に出入りしていたころです。さきほどの『はなのすきなうし』を読んでくれた先生は石竹先生だったんです。その事務所でコールデコット賞受賞作などアメリカのすぐれた絵本の原書にふれたり、スタッフの方々がそれをストーリーテリング用に翻訳するのを一緒に勉強させていただいたりしました。4冊の絵本がセットになった「じぶんでひらく絵本」(H・A・レイ作/石竹光江訳/文化出版局)は、石竹先生のご指導によるグループ作業から生まれた翻訳絵本です。これは私が翻訳にかかわった最初の本ということになるのですが、偶然にもその後、H・A・レイの作品を多く手がけることになって、不思議なご縁を感じています。その後、大学では図書館・情報学科に進み、渡辺茂男先生に師事しました。英米から帰国直後の先生の授業はとても新鮮でおもしろく、学科の図書室には、英米の黄金時代の児童書や、ブックリスト、参考図書も数多く揃っていて、暇さえあれば図書室で勉強していました。

Q★『図説 子どもの本・翻訳の歩み事典』の編纂を終えられたそうですね。これを手がけることになった経緯と、本の特徴を教えていただけますか?

A☆2000年の5月に国際子ども図書館が部分開館したときに、JBBY(日本国際児童図書評議会)で長年にわたって続けていた研究をもとに「子どもの本・翻訳の歩み展」という展覧会が開催され、児童書の翻訳作品281点を展示しました。その後、研究会ではまだまだ多くの作品を紹介したいという思いがあり、展覧会用の図録をもとにして、今度は962点という膨大な作品を載せた事典を出版し、資料として活用していただけるようにしたわけです。
『図説 子どもの本・翻訳の歩み事典』表紙

『図説 子どもの本・翻訳の歩み事典』
子どもの本・翻訳の歩み研究会編
柏書房
 今までは、日本の創作児童文学、翻訳児童文学、さらに翻訳書は、国別、言語別に分けて研究されることが多かったのですが、この事典は、日本の創作も、海外の翻訳作品も、ともに日本の子どもたちが読んできたもの、という観点から、同じ流れのなかでとらえているのが特徴です。明治から1979年までを8つの時代に分け、エポックメーキング的な日本の作品と、主な翻訳書を載せているので、それぞれの時代にどんな本が読まれてきたかを概観できるようになっています。全962作品に解題がつき、索引は「著者・原作者名」「翻訳者名」「作品名・書名」と3種類つけましたので、かなり使いやすい資料になっていると思います。またところどころに各分野の専門家が執筆したコラムも入れましたので、読み物としても楽しめます。このコラムは今回紹介しきれなかった分野をカバーする役割も果たしています。たとえば、この本でとりあげたのは英語圏、独、仏、伊、北欧、中国の翻訳書だけですが、それ以外の国に関しては、できるだけコラムで取り上げました。他に、イソップ、神話、マザーグースなどの受容の歴史も収録しています。そうそう、コラムにでてくる作品と人名についても、索引をつけたんですよ。ぜひご活用ください。
 また全作品ではありませんが、表紙写真も多く掲載していますので、昔読んだ懐かしい本がきっと見つかると思います。ですから、専門家や研究者ばかりでなく、学生さんや一般の方にもぜひ読んでいただきたいですね。

Q★『翻訳の歩み事典』で、苦労された点がありましたらお聞かせください。
A☆複数の人がかかわって作った年表なので、962点にもおよぶ作品の書誌情報を統一し、正確に記入するのがやはり大変でした。今、インターネットで本の検索ができて便利になりましたが、同じ本のデータが所蔵館によって違っていることもあり、複数の情報を集めたり、現物をもう一度確認したりする作業が必要でした。また古い時代の作品は、ほとんどが翻案、抄訳であるうえに、情報も少ないので、原作を特定するのに苦労しました。編纂者みんなで手分けして、何年も地道な作業をつづけ、少しずつ年表を完成していきました。索引を作る段になって、別人だと思っていた訳者が同一人物だったことがわかったり、多くの発見がありました。

Q★翻訳をする本は、ご自分で選ぶのでしょうか。
A☆その場合もありますし、出版社の方から依頼されたものもあります。たとえば、『いぬおことわり!』(マーガレット・W・ブラウン文/H・A・レイ絵/偕成社)は、ミネソタに行ったときに、書店で偶然見つけたものです。また、『チキン・サンデー』(パトリシア・ポラッコ作/アスラン書房)は、以前訳した「ウィスコンシン物語」シリーズ(アン・ペロウスキー文/ウェンディ・ワトソン絵/渡辺茂男共訳/ほるぷ出版)を読まれた出版社の方が、声をかけてくださったものです。先方とはそのときが、初めてのお仕事でしたので、ちょっと驚きました。 『いぬおことわり!』表紙
『いぬおことわり!』
マーガレット・W・ブラウン文
H・A・レイ絵
偕成社

Q★翻訳のお仕事のほかに、JBBYで書誌の作成もされているそうですね。具体的にはどんなものを作っていらっしゃるのでしょうか?

A☆例えば『海外で翻訳出版された日本の子どもの本1998』は、日本の児童書が、どこの国でどのくらい翻訳出版されているかがわかる資料です。書誌情報は英語、日本語の両方で記載し、解題のついたものもあります。その他、歴代の国際アンデルセン賞受賞作家・画家の全作品リストとその邦訳情報を載せた『国際アンデルセン賞』も便利な資料だと思います。また、JBBYの本部IBBYが2年に1度、各国の推薦作品を載せたオナーリストを発行していますが、その日本語版も作っています。写真と解題がついているので、最近の各国のすぐれた児童書が見渡せる興味深い資料だと思います。いずれもJBBYの会員有志の協力によって制作したものです。(※編集部注:上記の冊子3冊はJBBYの会員以外の方も購入可能だそうです。詳しくはJBBY事務局へお問い合わせください)

Q★時代とともに児童書も変化してきていると思いますが、長い間、児童書にかかわってこられたご経験から、よい児童書の条件とは、何だとお考えでしょうか?

A☆やはりおもしろいもの、のひとことです。といっても、ただおもしろおかしいという意味ではなく、読んだ後にああよかったと思えるもの。シリアスな状況を描いていても、どこかで子どもの力になってくれる本です。児童文学も、社会の変化に伴って暗い設定のものが多くなりました。今の子どもたちは、現実につらい思いをしていると思いますが、本の中ではどんなに苛酷な状況にあっても、主人公が自分でものを考え、自分の道をきりひらく姿が描かれていれば、それは読者にも先に進む力を与えてくれると思います。何が描かれているかではなく、どう描かれているかだと思います。たとえ、残酷なことが書かれていても、惨めな結末であっても、読者に勇気を与えてくれる作品には、子どもをひきつけるものがあるし、後々まで残っていくと思います。

Q★翻訳をされるときには、どんな点に気をつけていらっしゃいますか?

A☆絵本は、まず大人が子どもに読んであげるもの、と思っていますから、翻訳するときは、第一に、耳で聞いて心地よく、声に出して読みやすいということを心がけています。絵本は字数が少ないですが、逆に時間をかけて訳します。一旦訳したものをしばらく寝かせて、英文を忘れたころに、日本語だけで声に出して読んでみます。

Q★翻訳を志す読者のかたにアドバイスをお願いします。

A☆子どもの本を訳そうと思っていらっしゃるみなさんには、なにより、子どもに興味をもっていただきたいですね。英語の勉強ばかりでなく、子どものことばやものの感じ方を知ってほしいです。それを知るのにとてもいい本があります。亀村五郎さんの著書『幼児のつぶやきと成長』(大月書店)です。大人では思いもつかない子どもならではの発想や、子どもらしいことばのつかいかたを知ることができます。これは、雑誌『母の友』に読者のお母さんが子どものつぶやきを投稿したものを、亀村五郎さんが選んでコメントをつけたものです。たとえば、「おかあさん、へびはどこからしっぽなの」とか、昔話をきいて「昔はおじいちゃんとおばあちゃんがたくさんいたのね」など、本当に面白いですよ。

Q★今後のご予定をお聞かせください。

A☆私は児童図書館員という仕事が大好きでしたが、諸事情で途中で辞めることになったとき、これからは図書館員に役立つような仕事をしていこう、と心に思いました。リファレンス資料づくりはこれからも励みたいですし、翻訳は、昔のものでも、どういうわけかこれまで翻訳されなかった傑作がけっこうあるので、これから訳してみたいです。 
 それから、大学の社会教育課程で、児童サービス論を教えていますが、ひとりでも多くの学生が子どもに本を手渡す仕事の魅力に気づいてくれたらと思っています。
インタビュアー:高原昴
2002-5-21作成

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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