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やまねこ翻訳クラブ 資料室
西崎憲さんインタビュー
(翻訳家)


『月刊児童文学翻訳』1999年2月号より

【西崎憲さん】

1955年、青森県生まれ。青森県鰺ヶ沢高等学校卒業。英米文学翻訳家。編・共訳書に、『怪奇小説の世紀』全三巻(国書刊行会)、『英国短篇小説の愉しみ』全三巻(筑摩書房)、訳書にアントニイ・バークリー『第二の銃声』(国書刊行会)、A・E・コッパード『郵便局と蛇』(国書刊行会)などがある。東京都在住。

『英国短篇小説の愉しみ 1』

『英国短篇小説の愉しみ 2』

『英国短篇小説の愉しみ 3』

英国短篇小説の愉しみ 1
『看板描きと水晶の魚』

英国短篇小説の愉しみ 2
『小さな吹雪の国の冒険』

英国短篇小説の愉しみ 3
『輝く草地』

【インタビュー】

Q☆翻訳を始められたきっかけはなんですか?

A★読みたい作家の本が訳されていず、それをぜがひでも読みたいと思ったからだと思います。

Q☆最初のお仕事はどのようにして決まりましたか?

A★すでに文筆家として立っている友人がいて、その友人から編集者に「これこれこういう友人がいて企画書を見てもらいたがっているので見てやって欲しい」という電話を入れてもらってから企画書をその編集氏宛に送りました。幸運にもそれが通り、本を出すことができました。

Q☆最初のお仕事をなさったとき、どのような点に苦労なさいましたか?

A★普通に英語で苦しみました。あと編集氏とのやりとりはやはり社会人として常識をもってやらなければ駄目なのだなと思いました。当たり前のことですが。

Q☆西崎さんは、ミステリー、ファンタジー、怪奇小説、純文学などを訳されていますが、この中で特にお好きな分野はありますか?

A★「スーパーナチュラル」ということで私の趣味は大雑把に括られるかしれません。でもそれ以外にも好きなものはあります。

A.E.コッパード作 西崎憲訳 『郵便局と蛇』 (国書刊行会)→

『郵便局と蛇』

Q☆西崎さんは、イギリス文学を中心に訳されていますが、それについては、何か理由はありますか? 今後、アメリカ文学を訳される予定はあるのでしょうか?

A★確かにイギリスのものはとても好きですが、アメリカのものが嫌いというわけではないので、いつかナンシー・ウィラードやヘルプリンは訳してみたいなと思っています。

Q☆西崎さんは、新しい作品よりも、古い作品がお好きだという印象があるのですが、そのへんについては、いかがでしょうか?

A★そうです。でも新しいものでも好きな作品はあります。古いものの好きな新しい人の作品ですね。

Q☆話は変わりますが、子どもの頃から本はお好きでしたか? 子どもの頃にお好きだった本について、具体的に教えていただけるとうれしいです。

A★もちろん本は好きでした。しかしあまり上等な子供用の本は知りませんでした。宮沢賢治は読んだ覚えがあります。あと『赤い鳥』の選集を読んだ記憶があるのですが、それは定かではありません。どうも何でもよかったらしく、大人向け大衆雑誌にのっていた乱歩の「一寸法師」をどきどきしながら読んだ記憶もあります。翻訳の絵本・児童文学とはまったく無縁でした。子供のころアーサー・ランサムとかを読んでいたらもっとかっこいい都会的な大人になっていたように思います。

Q☆絵本の翻訳に興味をお持ちだそうですが、その理由は何でしょうか?

A★難しい質問ですね。修辞のひとつの形態として好きという以外に理由もありそうです。絵本の翻訳と言うより、もう少し年齢層の高い児童文学のほうが好きかもしれません。絵本も児童文学もおそらく自己確認みたいな作業かなと思います。つまり子供の頃の世界を取り戻したいということですね。その意味では子供のために、ということを強調するのはあまり好きではありません。自分が好きなふうに訳してそれが結果として読者である子供の楽しみにもなるというのが一番いいかなと思っています。というか実際にはそれしかないかなと。散漫に好きなものを並べると、ドリトル先生の井伏−石井の訳(※)は日本の翻訳史のなかで最上位に位置するものだと思います。アリスもかなり好きだし、エルマーも好きだし、レオーニとかもいいと思います。古典になっているリンクレーターの、挿絵が大好きな『月に吹く風』や、ほぼ百年前に書かれたサイレットの可愛らしい物語『魔法の街』(これも挿絵が美しい)など訳せたらなと思いますが、今の状況では無理のようですね。

 ところで全然質問の答えになっていませんね。まじめに考えると、確かに詩的な部分に惹かれもしますし、少ない文字に凝縮された何かに惹かれもするのですが、それより何かオブジェのような、確固としたものを、絵本の訳でやってみたいのかもしれません。文章には形はないですよね。でも、絵本はほかの玩具などと一緒で、「物」であるわけですし、おそらく、そのなかの文字・文章も「物」的な側面があるのではないでしょうか。だから、こつこつと、木とかを使って遊具を造るように、文を造ってみたいという気があるのかもしれません。喜びを与えてくれる小さな愛らしい玩具、そうしたものをつくってみたいです。やらせてくれる方募集中。

Q☆今後の翻訳のご予定について、もしよろしければ教えてください。

A★意外にたくさんあることに気づいてしまいました。まず『ヴァージニア・ウルフ短篇集』でこれは文庫です。気が遠くなるくらい難しいです。それから『ドイル傑作集』、二巻本で共同編纂もやります。これは自分の担当するのは八作くらいだし、難しくないし、楽しく訳せるので、締切以外に大変なことはないです。あとG・K・チェスタトンの中篇集があります。こちらもウルフ同様難しいのですが、チェスタトンの文体は自分にあっているような気がするので、長さ以外に気が重い点はありません。あとアメリカのフォークロアを集めた『アメリカの想像力』という本をある出版社に企画として持ちこんでいますが、こちらはまだ企画自体が通っていません。これは大部なので十人くらいでやる予定です。それから大分以前に原稿を渡しているのですが、遅れているものがあって、早く出て欲しいものだと思っています。『エレガント・ナイトメア』というもので共訳です。ああ、あと事典もありました。編集・訳に携わった『幻想文学大事典』というものが二月末に出ます。でも二万円という恐ろしい値段がついているので、ちょっと個人では買えないですね。図書館にリクエストしてくだされば嬉しいです。そのほかに今考えているものとしては『東洋幻想譚』『英米怪談集』『ヘルプリン短篇集』などがあります。果たして実現するかどうか。

Q☆最後に、文芸翻訳家をめざしている読者のみなさんへ、ひとことお願いします。

A★ただ翻訳家を目指すのではなく、良い翻訳家を目指して欲しいなと思います。で、私の考える良い翻訳家とは、英語の読めるということでもなく、日本語の達者なということでもなく、小説や文章にたいする理解が深い翻訳家ということになります。小説や文章があまり好きではないのに文芸関係の翻訳をやるというのは私には不思議なことのように思われますし、腹立たしいことでもあります。それに原文にたいして尊敬の念を持っていない翻訳者には殺意を覚えることもしばしばです。ああ、これを書いて自分がいかに頑迷固陋な人間か判りました。

(インタビュアー 宮坂宏美)


※編集注:ドリトル先生シリーズは、全巻井伏鱒二の単独訳だが、実際には編集者だった石井桃子が下訳などで訳業に大きくかかわっており、共訳的な側面の強い訳書であったとされている。

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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