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小島希里さんインタビュー


『月刊児童文学翻訳』2001年4月号より

 小島希里さんインタビュー

【小島希里さん】

 1959年、東京生まれ。『かみなりケーキ』(ポラッコ作/あかね書房)、『ねこのジンジャー』(ヴォーク作/偕成社)、『自分をまもる本』(ストーンズ作/晶文社)など、児童書の翻訳を中心に活躍している。中でもカニグズバーグの作品を多く手がけ、『なぞの娘キャロライン』(岩波書店)をはじめ、これまでに6冊を翻訳。2000年には、そのうちの3冊、『ティーパーティーの謎』『エリコの丘から』『800番への旅』が立て続けに出版され、創刊50周年を迎えた岩波少年文庫の新装版に加わった。

Q★まずは、カニグズバーグの作品との出会いからお聞きしたいのですが。

A☆出会いは小学生のときです。カニグズバーグのデビュー作、『クローディアの秘密』(松永ふみ子訳/岩波書店/1967年)を読んだのが最初でした。都会っ子のクローディアが弟と一緒に家出をして、ニューヨークのメトロポリタン美術館で暮らすという話ですが、都会育ちのわたしには共鳴する部分が多く、とても楽しみながら読んだことを覚えています。当時は、子どもながら、日本の児童文学に物足りなさを感じていたので、このカニグズバーグの作品には衝撃すら感じました。主張がきちんとしていて、しかもそれが押しつけがましくなく、ストーリーのおもしろさが際立っている。子どもの本だからといってごまかしていないということが伝わってきたんです。わたしがおもしろいと思える日本の児童書がたまたま周りになかっただけかもしれませんが……。とにかくそのときからカニグズバーグが大好きになりました。
「クローディアの秘密」表紙

Q★カニグズバーグの作品を翻訳できることになったときはうれしかったでしょうね。

A☆もちろんです。訳者の松永ふみ子さんがお亡くなりになったのは残念でしたが、わたしがそのあとを引き継ぐことになったときは素直にうれしかったですね。カニグズバーグはすばらしい作家なので、実力以上のことを引き受けてしまったのではないかとも思いましたが、作品と一緒に自分も成長できればという気持ちで翻訳に臨みました。
Q★実際に訳してみて、どんな感想をお持ちになりましたか?

A☆まず、英語の文章が完成されているということですね。シンプルで、まったく無駄がないんです。乾いたパキパキした感じ、といいましょうか……。そこが好きなんですが、日本語にしてしまうと、どうしてもそのパキパキ感が失われてしまうような気がして、ときどき日本の読者に申し訳ないなと思ってしまいます。みんな英語で読んでくれたらいいのに、って(苦笑)。
 それから、やはりテーマがはっきりしているということですね。カニグズバーグの作品は、プロットは複雑かもしれませんが、言いたいことはとてもわかりやすくて、「信頼」とか「友情」とか、そういったものを大事にしているように思います。主人公はいつも思春期頃の子どもたちで、ピアプレッシャー(仲間からの圧力)に悩みつつ、孤独を見つめ、旅をし、信頼に足る大人に出会い、他人との関係を築き上げていく。プレッシャーを受け入れるでもなく避けるでもなく、それとどうつきあっていくか、どう生きていくかを考える――。孤独というのはとても大事だとわたしは思います。それがなければ、他者とは出会えませんから。他者と出会って初めて自分を見つけることができる。カニグズバーグはそう教えてくれているような気がします。
Q★カニグズバーグの作品で一番好きなものは何でしょう?

「800番への旅」表紙 A☆『800番への旅』です。再婚する母親が新婚旅行に出かける1か月のあいだ、12歳の少年がラクダ引きの父親のもとへ行き、いろんな「規格はずれ」の人に出会うというストーリーですが、そのちょっとずれたところがわたし自身にも当てはまるような気がして、とても親しみを感じました。 カニグズバーグの作品には気づかされることが多いのですが、『800番への旅』でも、「おまえは旅人なんだ。旅人が、習慣を決めることはないんだ」という父親の息子に対するセリフにはっとしました。ああ、そうだな、わたしもそんなふうに考えて暮らしていけばいいんだなって。そのほかの作品を読んでも、本当の知性とは何かとか、蚊帳の外に置かれた子どもの気持ちとはどんなものかとか、いろいろ考えさせられます。
 欧米人は自己主張が激しいように思われていますが、カニグズバーグの作品を読むと、日本人と同じように内面の問題に苦しんでいることがわかります。「自分らしく生きなさい」と言うのは簡単ですが、実際にそうするのは難しい。それができないからこそみんな悩んでいる。カニグズバーグは、そういった人たちにひとつの指針を与えているのではないでしょうか。同じ問題を抱える大人たちにも読んでほしいですね。
Q★今後のご予定を教えてください。

A☆カニグズバーグの作品では、既刊の全作品に、最新作の "Silent to the Bone" や過去の未訳作品をプラスした選集が、岩波書店からハードカバーで出る予定です。"Silent to the Bone" は、口のきけなくなった男の子が主人公のひとりで、まさに「言葉」を扱った物語。カニグズバーグらしい巧みなプロットとユーモアが光る、これまでの集大成とも言える作品です。 また、絵本作家、アニタ・ローベルの自伝もポプラ社から出版されます。ポーランドのユダヤ人だった彼女が、収容所から収容所へ移り住み、悲惨な子ども時代を経て、空っぽの状態の中で絵の美しさに出会う。その過程が、匂いや色までも伝わってくるような文章で見事に描き出されています。児童書の作家が自伝を書くと、どうしてこんなに味わい深いのでしょうね。神沢利子さんの自伝も、石井桃子さんの自伝も読みましたが、本当にすばらしかったです。わたしが神沢さんからお話を聞いて文章をまとめた『おばあさんになるなんて』(晶文社)という本も出版されていますので、ご覧いただけるとうれしいです。
Q★最後に、翻訳家をめざすみなさんにアドバイスをお願いします。

A☆実はわたし、翻訳家になりたいと思ったことはないんです。自分が翻訳家だという自覚もあまりありません。訳したい本がなくても翻訳がしたいという方の気持ちもよくわかりませんし……。ですから、アドバイスになるようなことは何も言えないと思います。ただ、わたしは普段はのんびりしていますが、訳したい本が見つかったときだけは行動的になります。先ほどお話したローベルの自伝も持ち込みです。待っていても仕事は来ないということもありますが、やはり本当に自分が訳したいと思える作品を出したい。まだ日本で紹介されていない価値のあるものを手がけたい。そういう気持ちがないと、売れればそれでいいという商業主義に流されてしまうような気がします。
 いい作品に出会うためには、自分が普段どう暮らしているか、どう生きているかも関係してくると思います。自分がどんなものを必要としているかによって、出会うものは違ってくるはずだからです。翻訳だけでなく、いろいろなものに関心を向けて、自分で「これ!」と思えるような作品を見つけてほしいですね。わたしも、そのときによって求めるものは違って、ナンセンスなものを読みたくなることもあるのですが、とにかく芯のある作品、リアリティのある作品、大人も子どもも味わえるような作品を訳したいと思っています。歴史の問題もきちんと考えていきたいですね。

「話をするのは苦手で」と、慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと語ってくださった小島さん。その言葉のひとつひとつには重みがあり、カニグズバーグの作品を読んだあとのように、いろいろなことを考えさせられました。    
インタビュアー : 宮坂宏美

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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