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やまねこ翻訳クラブ 資料室
大久保寛さんインタビュー


『月刊児童文学翻訳』2000年4月号より一部転載

 大久保寛さんインタビュー

【大久保 寛(おおくぼ ひろし)さん】

 1954年、東京生まれ。主な訳書にリチャード・ハーマン・ジュニア『ウォーロード作戦』『米中衝突』(新潮文庫)、ディーン・R・クーンツ『コールド・ファイア』(文春文庫)『ファントム』(ハヤカワ文庫)、ジェイムズ・リー・バーク『天国の囚人』(角川文庫)他多数。埼玉県在住。

Q★翻訳のお仕事は、どのような経緯で始められたのでしょうか。

A☆ぼくはもともと英語になんか興味がなくて、翻訳家なんていう職業があることすら知りませんでした。
 学生時代は、ジャズが好きで、ロン・カーターのようなジャズ・ベーシストになるのが夢でした。その夢に挫折して、とりあえず、小さな広告代理店に就職してコピーライターをやっていたんですが、そこへ早稲田の女子学生がアルバイトに来ていて、通信教育で翻訳を勉強中で洋楽の訳詞をしたいと話していました。そこで、初めて翻訳家という職業があることを知って、それなら自分もできると、全然英語もできないくせに勝手に思いこみました。さっそく、自分が好きなチャンドラーやハメットのハードボイルド小説のぺーパーバック版を買いこんできて、よくわからないまま読み始めました。それが出地点ですね。
 そのうち、ある翻訳学校で、敬愛するハードボイルド小説翻訳界の巨匠、小鷹信光氏が教えていることを知ったので、さっそく習いに行ったところ、ひと月半ほどしたら、下訳をやってみないかと声をかけられて、二つ返事で引き受け、勤めていた会社を即座にやめ、一冊長編の下訳をやらせてもらい、次の作品でデビューということになりました。
 デビュー当時は、英検のレベルでいうと2級くらいでしたね。今も大差ないですが。


Q★ハードボイルドやミステリの翻訳でご活躍されていますが、児童書に興味を持たれたきっかけを教えていただけますか。

A☆自分自身が子どものころは、いわゆる児童書はほとんど読みませんでした。まじめに読んだのは、『昆虫図鑑』くらい。それが、娘が生まれてから、ちょっと何か読んでやろうかなと思って、手にとってみたのがきっかけですね。「子どもの本ってこんなにおもしろかったのか!」という驚きがありました。
 また、原書の絵本を即席翻訳で読み聞かせているうち、いつか自分が訳したものを娘に読んでもらえたらいいなと思うようになったんです。いい作品とめぐりあえたら、ぜひともやってみたいと思っていました。でも、小4の長女は、『黄金の羅針盤』は読んでくれなくて、『ハリー・ポッターと賢者の石』に夢中です。


Q★児童書としては初の翻訳である『黄金の羅針盤』について、お聞かせください。どのような経緯で、翻訳のお話があったのですか。

A☆ぼくが児童書をやりたがっていると知っている出版社の方から、依頼がありました。原書を一読して、これは翻訳するのはそうとうたいへんだと感じたのと同時に、おもしろさに感嘆して、ぜひやってみたいと思いました。宗教的なテーマを扱ってはいますが、冒険物として読んでも楽しめる展開のうまさとテンポの良さがある。もともとの自分の嗜好とも合っていました。
 長く翻訳の仕事をしてきて、心から訳したいと思える作品に出会うのはなかなか難しいと感じていましたが、そういう意味で、この出会いは宝くじに当たったのと同じくらいラッキーなことだったと思っています。

「黄金の羅針盤」表紙
『黄金の羅針盤』
フィリップ・プルマン著
大久保寛訳(新潮社)

Q★原書を読まれたときに「翻訳するのはたいへん」という印象を持たれたとのことですが、実際訳されて具体的にどのようなご苦労がありましたか。

A☆まずは、用語のむずかしさですね。かなり大きな辞書にしか載っていないような特別な用法や専門用語が多く、また造語なのか既存の言葉なのかわからないような単語もありましたので、調べものには非常に時間がかかりました。
 また、初めての児童書ですので、その点でも苦労はありました。まず、訳に取りかかる前に、対象年齢を小学校高学年以上と考えて、その年齢向けの本を読んで文体や語彙を研究したり、本になったときにページが黒っぽく読みづらくならないよう、あらかじめ漢字の含有率を設定したりしました。実際訳していく段階では、大人向けの本ばかり訳してきたぼくとしては、英語を日本語になおし、それをさらに子どもにもわかる言葉になおすという二段階の作業が必要になりましたし、結局訳了には通常の1.5倍から2倍の時間がかかりました。

Q★今月21日、シリーズ2作目の『神秘の短剣』が出版されますが、ずばり、1作目をふまえての読みどころを教えていただけますか。

A☆ストーリーテリングの妙で読ませる本なので、ネタバレなしに話すのはたいへんむずかしいですね。1作目をまだ読んでいない方もいるでしょうし。
 まず、注目はウィルという新しい登場人物。この少年がライラと出会い、ふたりが”アダムとイブ”の役目をになっていて、この壮大なファンタジーのテーマが、再創世(世界の再創造)であることがわかってきます。でもまあ、そんなことはどうでもよろしくて、謎が謎を呼ぶ巧妙なストーリー展開、危機また危機の連続のハラハラドキドキ、とにかく、近ごろこんなにテンポよく読める物語はめったにないので、話のおもしろさをそのまま素直に堪能してほしいです。
 とくに、14章、気球乗りのリーとダイモンのやりとりは感動的、人間とダイモンの密接なつながりもよくわかり、痛切で涙すらこぼれます。ここだけ読むためにも、『神秘の短剣』は一家に一冊ぜひ必要でしょう。ラストは、明日にも3作目を読みたくなる、「そんなせっしょうなぁ」という終わり方です。

Q★完結編であるシリーズ3作目は未発表ですが。

A☆3作目は、The Amber Spyglassというタイトルで、英米で9月に刊行予定らしいです。2作目までで話を広げるだけ広げたわけですが、それをどうやって収束させていくのか、早く読みたくてうずうずしています。きっと、あの魅力的なクマもまた出てくるでしょうしね。ここまで来た以上、絶対に後世に残るような傑作ファンタジーに仕上げてほしいですし、また”打倒ハリー・ポッター”めざしてガンバってもらいたい、と思います。
 あと、完結していないということで、最後まで読めない状態で翻訳しなくてはならず、たとえば、作者があるひとつの言葉にどんなニュアンスを持たせているのか、きちんとつかむのがたいへんでした。まさに、想像して、作者と同じ思考になるしかないないわけで。そういう点でも、1、2作目の翻訳は苦労しました。


Q★お好きな児童書を教えていただけますか。

A☆基本的には楽しく読めるものが好きですね。『勇者の剣』(ジェイクス作/西郷容子訳/徳間書店)のREDWALLシリーズは、原書で読んでとても気に入っていました。古い作品では『赤毛のアン』やケストナーの作品などが好きですし、エンデも大好きです。日本の作品なら「ズッコケ三人組」シリーズ、柏葉幸子さんもおもしろいですね。新しいところでは、風野潮さんの『ビート・キッズ』に感動の涙を流しました。
 子どもに読ませるとなると、つい教育的な意味を優先させてしまいがちですが、個人的には「おもしろければいいじゃないか」と思っています。


Q★お仕事の息抜きは、どのようになさっていらっしゃるのですか。

A☆ウクレレを弾くこと! 1年ほど前、NHK教育テレビで「高木ブーのいますぐ始めるウクレレ」の第1回放送を見て「これだ!」と思い、次の日曜にはさっそく買いに行きました。思い立ったが吉日、というやつです。
 ウクレレのいいところは、なんといってもあのお気楽さでしょう。ギターは、きちんとかまえて弾かないとだめだけど、ウクレレは、そのへんにぽいっと置いておいて、気が向いたら拾って寝転がってでも弾けます。軽いので、年をとってからも楽しめますし、もうライフワークですね。そのうち、ウクちゃんとレレちゃんというコンビ(ぐりとぐらみたいな)が活躍する絵本もしくは童話を書こうとすら思っているくらいです。
 ちなみに得意な曲は、「あーあ、やんなっちゃった」です。


Q★最後に、文芸翻訳家をめざしている読者のみなさんに、ひとことお願いします。

A☆ぼくがそうであったように、まず「自分は必ず翻訳家になれる」と思いこんでしまうことですね。「なれる」と思うからこそ、一生懸命努力することもできるわけで。「どうせだめだ」と思ったら、そこで終わりです。ひたすらプラス思考で行きましょう。英語力は、英検2級程度でいいんですから。

インタビュアー : 中村久里子

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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